外付けオリ主で問題児   作:二見健

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第七話

 彦一が倒れている間に、事態は目まぐるしく移り変わっていった。

 

 魔王ペストが襲来。

 

 十六夜は軍服姿の男ヴェーザーと交戦。

 

 その間に笛吹きの女性ラッテンが、笛の音色で人々を操って都市を破壊していく。ラッテンと遭遇した飛鳥と耀は音色に翻弄され、まったく歯が立たなかった。味方を逃がすために殿になった飛鳥が行方不明になっている。

 

 さらに巨大ロボのシュトロムが大暴れ。

 

 あと白夜叉は黒い風に包まれて身動きが取れなくなっている。白夜叉はある条件を満たさなければゲームに参加できないらしい。

 肝心な時に限って役立たずだった。やはり駄神である。

 

 突然の大ピンチに黒ウサギが審判権限(ジャッジマスター)を発動。

 ゲームを中断して審議を行う。ルールに不備はなかったが、十六夜とジンによって提示された妥協案がペストに受け入れられる。

 

 色々あってゲームの再開は一週間後になった。

 

 そして夜行彦一は、相変わらず寝込んでいた。

 

(なんか、どんどん人が増えてる気がする……)

 

 ぐったりとしながら溜息を吐く。

 彦一の病室は個室である。魔王撃退の功績が評価されているらしい。

 

 大半の人間は隔離病棟で雑魚寝している状況だ。いずれベッドが足りなくなるだろう。その限界を加味したタイムリミットが、ゲーム再開の一週間後ということだ。というわけで彦一の当面の目標は一週間後までの生存である。

 

「夜行さーん、点滴のお時間ですよー」

「……どうも」

 

 若い看護婦がドアを開けた。

 

 感染の拡大を防ぐため、医者と看護婦は隔離病棟に詰めている。

 彼らの勤労精神には感服するし、頭も上がらない。だが――。

 

 ブトウ糖の点滴を交換しながら、看護婦が振り返って笑顔を浮かべる。

 

「おしっこは大丈夫ですか?」

「うっ、ま、まだ平気です……」

 

 立ち上がることさえできない彦一は、尿意を催すと看護婦を呼ばなければならない。

 無論、看護婦はプロなので、彦一の粗末なものを見ても何とも思わないだろうが、尿瓶にするというのは生き恥に等しかった。

 

「それと夜行さん。申し訳ないのですが、こちらにも病人を運び込むことになるかもしれません。大部屋のベッドも埋まっていて、外から布団を運び込んで、床で寝て頂いている患者さんもいるんですよ」

「ああ、はい。わかりました」

 

 状況はまだまだ悪化しそうだ。

 一抹の不安を抱きながら気絶するように意識を落とし、次に目を覚ました時には窓から強烈な西日が差し込んでいた。

 

 耳が尖っているゴスロリ水色ツインテール少女が、彦一の顔を覗き込んでいた。

 その後ろで、カボチャのオバケがゆらゆらと揺れている。

 

「あ、まだ生きてんのか。てっきり死んでるのかと思ったぜ」

「……誰?」

 

 これがアーシャ=イグニファトゥスとの出会いだった。

 

 これから始まるのは華々しい魔王との決戦ではない。

 病気で寝込んだ者たちが繰り広げる、ちょっとした騒動のひとつである。

 

 

 

 

 

 

 

 入院四日目。

 アーシャが襲来してから初めての夕食時。

 

 彦一は経口流動食を詰め込むと、力尽きたように寝転んだ。

 

「それ、うまいか?」

「まずい――と言うより味がない。でもこれしか食えん」

「あっそ」

 

 同室の少女はまだまだ元気があるようだ。通常の病院食を「すくねー」と文句を言いながら貪っている。

 

「行儀が悪いですよ、アーシャ。ほら、そこにこぼれています」

「うわ、ほんとだ! ありがと、ジャックさん!」

 

 カボチャのオバケがナプキンを片手に飛び回っている。

 

「ジャック・オー・ランタン。アイルランドのカボチャのオバケか。ってことは鍛冶師のジャックおじさん、それとも松明持ちのウィルってことか」

「……なに言ってんの、こいつ?」

「ヤホホ! お若いのに博識ですね! しかしそのどちらでもありません。私は生と死の狭間に顕現する大悪魔、ウィラ・=ザ=イグニファトゥスの最高傑作! 詐欺師のジャックや、ろくでなしのウィルの人格は引き継いでおりません。生前は鍛冶師ではありましたがね!」

「あー、なるほど。深読みしすぎたか。あんたは民間伝承で口伝されてきた、普遍的なカボチャのオバケってわけだ。元ネタをさかのぼってもあんたと繋がるわけではないと」

「うぅ、意味わかんねぇー」

 

 ジャックはヤホホと小気味よく笑いながら、天井の近くをぐるぐると回っている。

 

 ジャック・オー・ランタンにはこのような逸話がある。

 

「あるところに鍛冶屋のジャックという酒飲みがいた。ジャックが酒場でのんだくれていた時、支払いの代金が足らないことに気付く。困り切ったジャックに悪魔が囁いた。足りない代金を出してやると」

 

 勿論、その代償は魂である。

 

 しかし酔っぱらっていたジャックはその提案を受けてしまった。

 悪魔はコインに化けて支払いを終えると、悪魔の姿に戻ってジャックの魂を回収しようとする。

 

 ところがジャックは思いのほか狡猾で、コインを十字架で押さえ付けた。身動きが取れなくなった悪魔は、今後十年間、魂を取りに来ないと約束させられる。

 

「十年後、再びジャックは悪魔と出会った。……って、俺、重病人なんだけど、何やってんの?」

「続きは? 早くしろよ!」

 

 だらだらと『うんちく』を垂れ流してしまった彦一は、自己嫌悪の嵐に襲われていた。

 余計なことを言うのが、この少年の悪癖である。何度も痛い目を見ているのに一向に治らない。端的に言ってしまうと口が軽い。

 

 わくわくと続きをせがむアーシャに、彦一は溜息を吐いてから記憶をさぐって言葉を紡いだ。

 

「十年後、今度こそ魂を回収しようとする悪魔に対して、ジャックは木の上にあるリンゴを取って来て欲しいと頼み込んだ。最後のお願いだ。悪魔はそれぐらいならばと引き受けてしまう」

 

 悪魔のくせして間抜けにもほどがあるが、どこか愛嬌を感じてしまうのは彦一だけだろうか。

 それはともかく。

 

「ジャックは悪魔が木に登っている隙に、持っていたナイフで木に十字架を刻み込んだ」

「うわー、人間のくせに卑怯すぎるだろ」

「人間ほどずる賢い生き物はいないと思うが」

「ヤホホ! それもまたひとつの真理ですね。アーシャもよく覚えておきなさい」

 

 悪魔は木から下りられなくなり、二度と魂を取りに来ないと約束させられる。

 

 めでたしめでたし――にはならない。

 流石にジャックは天国には行けなかった。仕方なく地獄に行こうとしたのだが、悪魔に魂を取られないという契約は続いており、地獄にも行けなかった。(ここの地獄のシステムに違和感を覚えるが、民間伝承ということだろう)

 

 天国にも行けない。地獄にも行けない。

 ならどこに行けばいいのか。悪魔は言う。「元の場所に帰れ」と。

 

「悪魔はジャックを哀れんで火をめぐんでやった。ジャックはその火をくり抜いたカボチャの中に入れて、永遠に現世を彷徨う幽霊になった。これがジャック・オー・ランタンの元ネタだな」

「ふーん。ジャックさんって、ずる賢かったんだな」

「違います! こんなに心優しいカボチャを捕まえて何を言うのです!」

 

 わいわいと騒いでいる二人(?)を横目に、彦一は苦笑する。

 何だかんだで人恋しかったようだ。病気になると心持ちが弱くなると言うが、彦一は自分がその状態にあったと初めて自覚する。

 

「ちなみにジャック・オー・ランタンとよく似た怪異であるウィル・オ・ウィスプにも、ジャックおじさんに似た逸話があるんだが……」

「『ウィル・オ・ウィスプ』? 私たちのコミュニティと同じ名前だ!」

「……正直、しんどいです。続きは明日、俺が生きていたら」

「えー!」

 

 不満を漏らすアーシャに苦笑を返しながら、彦一はさっさと意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 入院五日目。

 アーシャに続いて春日部耀がやって来た。

 

「年頃の男女を同室に放り込むのかよ……」

 

 エロいことを妄想する余裕すらないため、万が一にも間違いなど起こり得ないだろうが。

 ベッドが三つ並べられた狭苦しい個室を見回して、アーシャがふんと鼻を鳴らしている。

 

「また会ったな、『名無し』。たしか耀だったな!」

「……アーシャ。あなたもペストに?」

「まぁな。私はまだまだ平気なんだけど、周りにバイキンをばらまくのは駄目ってジャックさんが言うからさ」

「彦一。これ、うるさくない?」

「これって言うなよ!」

「いや、二人ともうるさいから……」

 

 二人とも重病人の彦一とは異なり、身体を起こす程度の余力は残っている。

 わいわいと騒いでいる少女二人に、ジャックが申し訳なさそうに頭を下げた。ふわふらと漂う彼に、彦一は気にするなと微笑みかける。

 

「お前ら、知り合いだったのか」

「うん。魔王襲来前にやっていたギフトゲームの相手だった」

「当然、私らが勝ったけどな!」

「……アーシャ。たしかにあなたが勝利を得ましたが、それは誇るべき結果でしたか?」

 

 威張るアーシャをカボチャオバケが窘める。しゅんとしたアーシャに、耀はかける言葉を迷っているようだった。

 

 そこに悪魔が襲来した。

 

「夜行さーん! おしっこは大丈夫ですかー!?」

「……おしっこ?」

「お前は鬼か! ぐえっ……げほっ……げほっ、げほっ!」

 

 怒鳴った拍子に息を詰まらせて、胸を押さえてもがき苦しむ彦一。

 咄嗟にアーシャが彦一の背中をさすりに向かった。

 

「アーシャ、すまない。約束の話はできないようだ……」

「死ぬなー! 彦一! 死ぬなー!」

 

 それから五分後。

 悪魔の看護婦はニコニコ笑顔で病室を出て行った。後にはしくしくと泣き続ける、心に大きなトラウマを刻み込まれた少年がひとり。

 

 耀とアーシャは頬を染めて、ごくりと生唾を呑み込んでいた。

 

「……彦一、気をしっかり持ってね。早まっちゃだめだよ」

「自殺しようとしているやつを思いとどまらせようとするような台詞ありがとう」

「それより彦一! 昨日の話の続き!」

 

 アーシャは元々、地災で命を落とした子どもだった。それが地縛霊になって、コミュニティに拾われ、今では地の精霊になりかけている。

 

 話をせがむところはまるで子どもだ。『ノーネーム』の子どもたちと同じだった。

 

 また子どもたちに本を読んでやりたいなぁと、彦一はそう思いながらウィル・オ・ウィスプの逸話を語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜だった。

 

 目を覚ましてしまった彦一は、何となく少女二人の顔を眺めていた。

 ジャックは起きている彦一に気付いたが話しかけなかった。寝ている二人への配慮だろう。

 

 ペストの潜伏期間は五日前後。耀とアーシャもそろそろ本格的に発症する。

 

 ギフトゲームの再開を一週間後に決めたのは魔王ペストだという。

 こちらの戦力が減っていくのを待つところが、あいつらしい意地の悪さがうかがえた。

 

 眠気の到来を待ちながら時間を潰していると――。

 

「――っ! 笛の音色!?」

 

 管楽器の音色が隔離病棟の中をかけめぐった。

 

 音色はトランペットのようなラッパの類である。

 

(ハーメルンの笛吹き男はラッパでネズミを操る曲芸師だ! たしか敵側のラッテンはフルートを使っていたらしいが、まさか新手か!?)

 

「アーシャ、起きて!」

「な、なに?」

 

 すぐさま耀が飛び起き、寝ぼけていたアーシャに声をかけた。

 

 ジャックはすでに部屋の入り口を塞いでいる。あの耀をギフトゲームで破ったというのだから、その実力は疑うまでもない。任せてしまって問題ないだろう。

 

「彦一! 後ろだ!」

 

 目を閉じてうとうとと頭を揺らしていたアーシャが、パッと目を開けて大声で叫んだ。

 

 窓際のベッドにいる彦一の後ろ。それはつまり、窓からの襲撃ということだ。

 やばいと思う。しかし身体は動かない。

 

 がしゃんと窓ガラスが割れて、大きな影が彦一を組み伏せようとして――強かに殴り飛ばされた。

 

「ヤホホ! させませんよ!」

「助かったよ、ジャック。正直だめかと思ったね」

「礼には及びません。にしても、これは……」

 

 壁に叩き付けられたのは、獣のようだった。ようだったというのは、それが黒いシルエットだったからである。

 まるで影のようだ。なのに実体を持っている。

 

 頭部は犬。身体は馬。背中には白い羽が生えており、尻尾は猫のように細長い。

 

「キメラ?」

「ならどうして影みたいな姿なんだ……って、お前らは逃げろよ」

 

 耀の独り言を拾って考察を始めようとした彦一が、われに返って言う。耀とアーシャの二人は寝たきりの彦一とは異なり、まだ動き回れるはずだ。

 

「俺たち三人を守りきるのは、流石のジャックでも厳しいだろう」

「……でも。ううん、逃げない。彦一を置いて、逃げたりはしない」

「いや、だから」

 

 耀は強い意志のこもった瞳を彦一に向けていた。どうしたものかと弱り果てていると、呆れたようにアーシャが口を挟む。

 

「と言うかよ、笛を吹いているやつが病院内にいるんだろ。彦一は病人二人をそんなところに追い出すって言うのかよ?」

「……あ」

「ヤホホ! これは一本取られましたねぇ、夜行彦一!」

 

 完全に失念していた。

 アーシャでもわかるようなことだ。病気で頭が回っていなかったというのは、言い訳にもならないだろう。

 

 つまり、ここでこの怪物をどうにかしなければならないと言うこと。

 

 影の獣は彦一に飛びかかり、ジャックの白い手で弾き飛ばされている。

 唸り声は獰猛というよりも、むしろ奇声である。聞いていると頭がガンガンする声だった。

 

「ぼーっと見ている場合? こう言うときの彦一の仕事は――」

「考えることだ」

 

 無茶を言ってくれる。

 朦朧としかけていた意識を叩き起こすと、彦一は苦笑しながら額に手を当てた。

 

「キメラとは生物学的には同一個体内に複数の遺伝子情報を持つ一個体のことをいう。誤解されがちだが、これは異種間の交配を意味しているわけではない。例えばラバ(馬とロバ)やライガー(ライオンとトラ)などの雑種は――」

「ストップ。どう見ても、あれは何種類も混じってるよね」

「……なるほど。雑種の生殖能力は低い。あんな混ざり方はしないってことか」

「だぁー! 意味わかんねー!」

 

 アーシャが頭を掻きむしりながら悲鳴を上げた。

 

「なら神話のキメラはどうだ? オーソドックスな伝承では獅子、山羊、毒蛇を混ぜた生き物だが」

 

 キメラ。あるいはキマイラ。

 

 ギリシア神話に出て来る怪物の一体だ。

 父はテューポーン。エキドナの夫であり、キマイラの他にもヒュドラやケルベロスなどを産んでいる。

 怪物の父親にして自らもまた怪物である。

 

 テューポーンはガイアの息子だった。キマイラはガイアの孫になるわけだ。

 

「となると高い霊格を持っていても不思議ではないが」

「そんなにすごいのかよ? 躾のなっていない犬っころにしか見えないぞ?」

 

 アーシャの言うとおりだ。

 影の獣はジャックに挑みかかっては撃退されている。彦一たち足手まといがいなければ、とっくに追い払われているだろう。

 

 つまりキメラではない。

 

「マンティコアでもない。鵺(ぬえ)でもない。……何かないか?」

 

 頭が疲れてきていた。未来を予知するギフトもさばき切れていない。

 今、この病室には敵は一体。しかし、笛で影の獣を操ってるやつがいるはずだ。そいつが現われたら戦力の均衡が崩れてしまう。

 

 彦一は藁にすがる気持ちで情報を求めた。

 

「犬と馬と、あの羽は何だ? 鳥? ペガサスとか言わないよな?」

「尻尾は猫か? トラかもしれねー。だあぁぁ! もう、わっかんねー!」

 

 ふと、耀が呟いた。

 

「鳴き声」

「……春日部。今の、もう一回」

「だから、鳴き声」

 

 耀は耳をすましている。彼女の五感は野生の獣に等しい。

 ――当然、聴覚も。

 

「あの鳴き声も『混ざってる』。犬と猫。あとは馬かな。そして――鶏」

 

 耀は影の獣が上げていた奇声から、違和感を拾っていた。

 

 黙り込んでしまった彦一に視線が集まる。

 十秒だろうか。二十秒だろうか。もしかすると一分以上経っていたかもしれない。彦一は時間を忘れて考え込んでいた。

 焦れたアーシャが口を開きかけている。

 

「おい、彦一。なんで黙って――」

「……でかした」

 

 頭の中で、情報が繋がっていく。そして彦一は肩から力を抜いた。

 

「結論から言うと、これは『ハーメルン』とはまったく関係ない。少なくとも魔王の手下ではないだろう。悪意を持って襲撃してきたのは確かだが、これはまたはた迷惑なやつがいたものだな」

「何時もそうやって勿体ぶるよね、彦一って」

「……癖だ。悪かったな」

 

 耀にジト目で睨まれる。アーシャも眉間に青筋を浮かべていた。ジャックの背中もさっさとしろと言っているようだった。

 彦一はふて腐れた。物事には順序があるのだと主張したい。

 

「『ブレーメンの音楽隊』。それがあれの名称だ」

 

 名前だけは聞いたことがあるはずだろう。

 

 あるところに年老いたロバがいた。

 ロバは仕事ができなくなったため飼い主にいじめられ、堪えられなくなって脱走してブレーメンの音楽隊に入ろうとする。途中で同じ境遇の犬、猫、鶏と出会い、一緒にブレーメンに向かうことになった。

 

 日が暮れて動物たちは森の中で休憩することにした。

 すると家があった。

 

 近付いてみると、中にはごちそうを食べながら金貨をかき集めている泥棒がいた。

 動物たちはごちそうが食べたかったので、泥棒たちを追い出すために作戦を練った。

 

 それはロバの上に犬が乗り、犬の上に猫が乗り、猫の上に鶏が乗るというものだった。こうして動物たちは一斉に鳴いた。泥棒たちはその声に驚いて、窓に映った影を見て、オバケが出たと泡を食って逃げ出した。

 

「動物たちはごちそうを食べて、音楽を奏でながら、その家で楽しく過ごしましたとさ。めでたし、めでたし」

「それで、ブレーメンの音楽隊は?」

「動物たちはブレーメンに辿り着いていない。途中で幸せになってしまったからな」

「ならどうして……」

 

 どうしてと言われても、そこまでは彦一も知らない。

 不満そうな耀に、彦一はさらに続ける。

 

「この『ブレーメンの音楽隊』は泥棒を驚かせて追い出すという話になっている。俺たちに直接危害を加えるような類ではないだろう。と言うわけでジャックは俺たちを守る必要はない。さっさと叩きのめして、犯人の笛吹きもろとも縄に縛ってやれ」

 

 彦一は一気に言い切ると、頭からシーツを被って意識を落とした。

 

「いや、えっと、それでいのか? まぁいっか。アタシも寝る!」

「なら私も」

「三人とも、もしかして私一人で後始末をしろと言われるおつもりですか?」

 

 ヤホホ……と渇いた笑い声が漏れ聞こえてきた時には、彦一の意識は闇に落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 個室を占領しているやつらを追い出したかった――というのが犯人の動機である。

 

 自分たちが大部屋で雑魚寝しているのに、『名無し』たちが個室を使っている。『名無し』のくせにと舐められていたのも理由のひとつのようだ。

 

 犯人は病室に『ウィル・オ・ウィスプ』のアーシャとジャックがいたことを知ると、真っ青になって震えだしたらしい。

 

 ほんとうにどうしようもない後日談である。

 

 なぜ『ブレーメンの音楽隊』というギフトを持っていたのか、問い質す気もなくなってしまった。

 

 それから。

 一日一回の彦一のお話が恒例になってしまったり、十六夜が隔離病棟に忍び込んできたり、なぜか黒ウサギは胸がエロいのか尻がエロいのかという話になったり(結論はすべてエロいになった)。

 

 で、気付けば魔王ペストが倒されていた。

 

「退院だ! いえーい!」

「いえーい」

「ひゃっほぉぉぉ! 久々のシャバだぁぁぁ!」

「アーシャ、そのような言葉遣いは教えていませんよ」

 

 建物の入り口から、三人とカボチャが並んで出て来る。

 

 ペストが討伐されてすぐに彦一たちの体調は回復していた。念のため検査してから、翌日、三人とも退院が許可されたのである。

 

「退院おめでとうございます。二人ともご無事でよかったです♪」

「見舞いに行けなくて済まなかったな」

 

 黒ウサギが満面の笑みを浮かべて彦一たちを迎え入れる。レティシアが心配げに声をかけた。

 十六夜、飛鳥、耀もいる。

 

 飛鳥の後ろにいる巨大ロボとか、飛び回っている妖精については――考えるのはやめておこう。もうどこから突っ込めばいいのかわからない。

 

「DEEEEEeeeeEEEEN!」

「だああぁぁぁ! うっせぇぇぇ!」

 

 頼むから現実逃避させてくれよと。

 

「ジャックにも色々と助けられた。ありがとう」

「いえいえ、私の力など微々たるものですよ。道を切り開いたのはあなたたちです」

 

 道を切り開く。

 ふと、未知を切り開くという言葉が頭に浮かんだ。

 

 わざと言っているのではないだろうな。疑念の目でジャックを見るが、カボチャのオバケは陽気に笑うばかり。

 

「あ、あの。帰るんだよな?」

 

 アーシャに尋ねられ、彦一は頷いた。

 なぜか叱られる子どものように、おずおずとしている。

 

 彦一はアーシャの頭に手を置いた。

 

「ま、機会があればまた会うだろ。必要があれば呼べ。うちには『境界門』を使えるほどの金がないから、呼び出す方法はよく考えろよ。気が向いたら出向いてやるから」

「な、なんだそれ! 上から目線すぎるだろ! しかも貧乏自慢かよ、ああ、うっぜー!」

「事実、貧乏だからな。じゃ、俺たちはそろそろ帰るから」

「……うん」

 

 出会いがあれば別れもある。

 それは散っていったペストのように。アーシャとも、ここでお別れだ。

 

 だが彦一は、アーシャたちとの再会を確信していた。

『ウィル・オ・ウィスプ』は六桁の上位のコミュニティ。そのリーダーは各方面から一目置かれるほどの実力者だという。

 彦一たちの『ノーネーム』は上を目指している。ならば、いずれまたぶつかるだろう。

 

「北の六七八九〇〇外門だ! 近くに来たら、必ず来いよな!」

「ああ、必ず」

 

 約束だからなと念押しされて、彦一は苦笑しながら頷いた。

 

 

 

 

 

 




・今回
アーシャ回にしたかったのに、耀が出番を食ってしまった感。
ちょっと文字数少ないです。平均一万越えがまた遠のいてしまった…。

・アーシャ
正直この話を書くまでアーシャの印象は薄かったです。

・ウィル・オ・ウィスプ
鬼火。イグニファトゥスともいう。

・ブレーメンの音楽隊
出典はグリム童話。
ブレーメンはドイツの地域。ここにはヴェーザー川が通っているので、その話と繋げてみようと思っていたのですが、結局それはナシになりました。

・オリ主の知識について
原作キャラ「オリ主は何でも知っているなぁ」
オリ主「何でもじゃないよ。wikiに乗ってることだけ」

・次回
アンダーウッド編……の前に何か挟みます。

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