アスティがホクヤを連れて特別収容所の外へ出た時は夜になっていた。
中で一時間ちょっと、ホクヤの特に一番酷い左目の流血を止めてから、最短ルートかつ敵に見つからないように移動してたのだ。ホクヤが目を覚ます様子は今の所ない。
「.....デビット兄」
置いてきた仲間のことも心配だが、彼は後から追いつくと言った。ならば信じてやるのが仲間としての筋だ。
今はホクヤを連れてギースナトゥラへ戻ることを考えたほうがいい。
ここで敵に見つかってしまえば、接近戦が苦手なアスティが一人で相手にするのは難しい。
物陰に隠れながら慎重に素早く移動をする。車さえ手に入れることができたら移動は楽になる。同時にそれは敵に見つかってしまう可能性を高めるということにも繋がる。
ホクヤが目を覚ましてくれたら、少なくとも状況は変わるかもしれない。だが、泣き言を言ってる暇はない。
ホクヤは勝利の鍵、彼の存在がこの戦いを勝利に近づけることができる。
何としてでも目を覚ましてもらいたい。身長差と体重差のせいでアスティにとっては辛いものだが、それでもまだホクヤは軽い方である。
アスティが特別収容所の出口の門に差し掛かった頃、彼女の頭上に水色のオープンカーが現れ、そこから一人の戦士が降り立つ。
「–––ッ、リルナ!」
「–––また会ったなヒュミテ」
かなり高い位置から着地したにも関わらず、足を止める様子はない。
両手にインクリアを握りしめてゆっくりと歩き始めた。
※
「.....思いっきり油断した」
「それはお互い様みたいだね。こっちも行方を辿れなくなった。少なくとも、ワイヤレスで繋がる範囲内の監視カメラには映らない」
「悔しいわね、してやられたって感じ!」
ブリンダとザックレイは合流しており、少しの間捜索を続けたが、見つからず断念して再度合流するという形となった。
「ねぇ、なんか心当たりとかないの?」
「そんなこと言われてもなぁ、地下は封鎖してるから行こうにも無謀。外に出るなら何かしら連絡がある。中央管理塔に行くのであれば監視カメラに映るはず.....」
ぶつぶつぶつ、と呟きながらザックレイは思索を張り巡らせる。
もし、自分が彼らと同じ立場ならどうしているだろうか。
もし、自分が彼らならばどういう行動をとって反撃に出るだろうか。
もし、自分が彼らとしたら次にどんなアクションに移るだろうか。
もし、と自分ならば、を中心にザックレイの脳内は様々な思惑が駆け巡る。
これがザックレイの良いところでもあり、悪い癖でもあった。
「......レイ?」
「ん、どうしたんだブリンダ?」
「–––私がさ、この街全体にガスを出すって言ったら反対する?」
ブリンダの提案にザックレイは一瞬キョトンとした。
「......いや、たしかにそれなら確実だけど、対ヒュミテ用のにしてよ。ナトゥラに影響のあるやつだったら後々の処理が面倒だから」
「つまり、レイは止めはしない、と。やっぱりレイは私に優しいね」
「そんなんじゃない、地下も封鎖してるんだし、ヒュミテ共は地上に出るしかないんだ。地下に最初からいるならまだしも、地上のヒュミテ共は片付けることはできる。ブリンダ、そのガスが街全体に浸透するまでの時間は?」
「大体二十分」
「わかった。僕は止めはしない、この際派手にやってやろう」
「ふふふ、そうね」
–––AH-B40ガス。
ブリンダの持つガスの中でも一、二を争う強力な毒ガスである。
潜伏性、発熱性、さらには感染性をもある毒性のガスだ。発症し、高熱に陥りやがては死に至るという拷問や捕虜に使うことが多い。
現在エルンティアにおいて複数の種類のウィルスが混合しあってる毒を解毒させる方法はない。
ブリンダの両腕に強力な毒性反応が集中し、それを勢いよく外へ放つ。
ガスは空気中に漂い、二十分後にはディースナトゥラ全体に蔓延することになる。
「–––さて、念のためにヒュミテ共を探すとするか」
ザックレイは近場の監視カメラに指を向けてワイヤレスによるハッキングを行う。
ザックレイの両手の指から放たれる特別な電子線が機器をハッキングするため、最高で一度に十の機器をハッキングすることができる。操作するのはザックレイのため、ハッキングする数が多ければ多いほど操作性が落ちるという弱点はあるが、監視カメラのような簡単な操作物なら問題ない。
「お前達もディースナトゥラ内を捜索、見つけたら僕に報告すること」
「「「「ハッ!」」」」
総勢39名のディークラン隊員もザックレイの指示のもと動き始める。
ディースナトゥラでの戦いは佳境に突入する。
※
一方、ユウ達はギースナトゥラの入り口にまで来て出入り口が封鎖されていることに気がついた。
「これは......!?」
「地上と地下を分離するってのはこういうことだったのかッ!」
「クディン達は、まさか中に!?」
目を覚ましたウィリアムは車内から顔を覗かせる。
「大丈夫、これくらい『俺』なら壊せる」
「お前はあまり無理するんじゃねぇ! テールボムがある!」
ロレンツがシャッターのような扉で封鎖された場所にテールボムを置いて準備を進める。
「ウィリアムさん、アスティ、他に出入り口は?」
「あるにはあるけど、距離がある。ここはロレンツの案で行くのが一番いいだろう」
「そうだな、迂回してディーレバッツと鉢合わせになってしまったら、テオを守りきれる自信がない。全員が手負いなんだ」
「少し離れとけよ!」と言ったロレンツは全員を庇うようにして立つ。
今いるメンバーの中で最も負傷が少ないのはロレンツだ。
そのことを気遣ってか、彼は嫌々言うことなく作業を進んで行ってくれた。
勢いよくテールボムが爆破し、ディースナトゥラとギースナトゥラを繋ぐ出入り口を開通させることに成功する。
「うし、途中までは車で移動しよう。中に入っちまえばこっちのもんだ!」
ロレンツが運転席に乗り込む。
しかし、ユウとラスラはギースナトゥラの方をじっと見つめている。
「おい!? どうしたんだよ、二人共! 早く乗れよ!」
「......気づいたか、ユウ」
「うん、これは–––」
–––違和感。
そう、僅かに感じられる死臭と籠りすぎた熱。
ムワッと風に流れてくる嫌な雰囲気が二人の肌にべったりと貼りつく。
ロレンツも遅れて気がついたようで、表情を真剣なものに変える。
「......どうなってやがる?」
「わからない。けど、さっき通信が繋がらなかったことに関係しているのかもしれない」
テールボムで破れるシャッターで塞いだだけでは、通信が遮断されるなんてことは考えにくい。
あまり考えたくないことだが、目の前の現実から目を背くわけにいかない。
後ろからも敵がいつやってくるのかもわからないのだから。
「どうする、隊長?」
「......私の案でいいのかい?」
「多分、こん中で一番冷静だし頭が冴えてるだろ?」
「......行けるところまで車で行こう。 違和感を感じたら、車を捨てて撤退かそのまま進む。 この二択で行こう」
「–––なら、決まったな」
ルナトープの隊長が具体的な案を提案し、副隊長が実働に動かす。
慎重なウィリアムと大胆なアスティだからこそ為せることだ。
「この先、何があっても先へ進む! 倒れていった同胞達の為にも、助けたテオを無事にルオンヒュミテへと送り届けるために!」
ラスラの言葉に全員が頷いた。
ユウとラスラが改めて車に乗り、ロレンツが出す。
しばらく進んだところに一人のチルオンが倒れていた。
そのことに気がついたロレンツが車を停める。
「......ミレーナ」
そのチルオンはコアを正確に撃ち抜かれていた。
もしかしたら、何かを伝えようと外へ向かおうとしていた途中だったのかもしれない。
「......この中も、安全じゃねぇのかよ」
ラスラとロレンツはネルソンの制止の声を無視して飛び出したことを悔いた。
どちらかが残っていればこの事態は防げたかもしれない。
「ネルソンとマイナ、クディン達もまだいるはずだ。 先へ進もう、私は彼らを信じる」
「隊長、ここから先車は危険だ。 仮に敵がいたとして、狙われたら出口がなくて対処が遅れちまうからな」
「わかった、では車はここで捨てよう」
「じゃあ、私も『俺』に!」
ロレンツはテオを背負い、ユウは男に変身を済ませる。
地下のギースナトゥラにはセンサーがないため、敵に見つかる心配はない。ラスラ、ウィリアムはそれぞれ互いに支え合う。
ユウを先頭にわずかに感じられる気配を頼りに先に進む。
全体的にまばらで弱々しく、個人を特定することは難しい。
しばらく進んだところで、ユウの無線に一つの通信が入る。
『ユウ!? ユウなの!?』
「その声は、もしかしてレミか!?」
『えぇ、よかったわ無事で!』
おそらく、ユウが男になったことでレミが気を拾ってくれたのだろう。
「レミ、ここで一体何が起こったんだ?」
『その声はウィリアムね! 他にも無事な人はいるの?』
「今ここにいるのは、ラスラとロレンツとテオ、それに私とユウだ」
『そう、なら気をつけて!』
「やはり、敵か?」
『違うわ、あいつが裏切–––』
「うわっ!?」
瞬間、ユウの持っている無線が音を立てて弾け飛んだ。
破壊痕からして弾が飛んできた、つまり狙撃されたということ。
弾の飛んできた方向にユウが目を向けると、そこには見知った金髪が目に映った気がした。
「......マイナ?」
瞬間、ユウの頭と右肩、左胸に銃弾が飛来した。
「ユウ!?」
「大丈夫か!?」
「なん、とか.....ッ」
咄嗟に気を展開して防ぐことに成功する、もし男の状態じゃなかったら死んでたかもしれない。
スリーポイントスナイプ。
弾丸を一度に三度撃ち、狙いは頭と心臓、それに加えてどこか一撃を正確に狙い撃つマイナの得意とする技だ。
ホクヤ、アスティと訓練していた時に何度も視て受けていたから、対処することができた。
「あれは、マイナなのか?」
「わからねぇ。金髪ってことくらいしかな!」
「そんな、信じられん.....!」
ウィリアム、ロレンツ、ラスラが大きく動揺する。
ユウは慣れない右手に気剣を作り出し、腰を低く構える。
順にラスラ、ウィリアムもそれぞれスレイスを展開する。ロレンツとテオを中心に囲むような陣形を取り、どこから襲撃が来てもいいように備える。
–––ファノンによるレーザー攻撃が飛んできた。
咄嗟に反応したのはユウでセンクレイズで僅かに軌道をそらす。何とか直撃は免れた。
次の攻撃が来るまでの僅かな隙を狙いユウは女へと変身し、ファノンの飛んできた方向とは反対の方向に銃弾を放つ。
当たって欲しくはなかった、たしかな手応えがそこにはあった。
「......マイナ」
瞬発的な攻撃だったが、急所は外したはずだ。
これまでの訓練でインプットしたマイナの癖。ユウとしては当たって欲しくない事実であり、それは他のルナトープのメンバーも同様だった。
「......ユウ」
「ラスラ、行こう」
それでも、現実は確認しなければ前には進まない。
たとえ、残酷な結果が待っていようとも。
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