警報が鳴り響き始めた頃、リルナの体に支障をきたしていた電磁ボールの効果が切れ自由が戻ってきた。
簡単なストレッチをして調子を確かめながら二度のみならず、もはや三度も仕留め損ねた忌々しきヒュミテに対して殺意を再発させる。
「–––おのれ、ヒュミテめ」
リルナ自身、この言葉を今日だけで何度言ったかわからない。
テオ達の向かった方向には先程ブリンダとザックレイが向かった。そして、収容所内にはステアゴルとジードが残っているとのことだ。
一旦本部に戻ってエネルギーを充填するのもありだが、特別収容所の中にはあの男がいる。
–––ホクヤ。
ステアゴルとジードの実力は信頼している。だが、それ以上にホクヤという男がどれほどの力を持っているか、未だに計り知れない。
負傷しているとはいえ、すんなり倒せる相手ではないことはたしかである。
それに、リルナ自身の興味もある。
ヒュミテがディースナトゥラ内に侵入し、指名手配として扱うことにしたユウとホクヤ。同時期に侵入し、未知数という存在は同じであるのに、何故かユウは生け捕りも可能に、そしてホクヤは死のみという扱いだ。
相変わらず、百機議会の考えていることは理解できない。
エネルギーもまだわずかに残ってる。ディートレスも展開できることを確認し、リルナは収容所へと戻る。
激しく暴れた跡が目立つ。囚人達も半分以上が外へ逃げた、リルナが斬り刻んだ囚人達の死体が転がっている。
それは肉塊だったり、機械片であったり様々だ。
リルナに生命エネルギーを探知する機能は搭載されていない。しかし、それでも、違和感を感じることはできる。
–––あまりにも、静かすぎる?
もしや既に戦闘が終了したのかもしれない。だとすれば取り越し苦労だ。
それでも確認は必要だ、先程戦闘を行っていたテオ収容フロアを目指し、下へ下へと下っていく。
–––そこでリルナが見たのは仲間の倒れる姿だった。
「ステアゴル、ジード!?」
ステアゴルは自慢のパワーアームを粉々に粉砕されているがまだ息はある。しかし、ジードはどうしようもない、助かる見込みがとても薄い状態だった。何かが爆破したと思われる中心地の周囲にジードのものと思われる残骸が転がっている状態だ。
共に倒れてる頭と両腕のないヒュミテと思われる男がジードをここまで追い詰めた。リルナはキッと睨みつけたが、もう死んだ男を斬り刻むという趣味はない。獲物は生きていなければ意味がない。
様子を見に来てよかった、ステアゴルを背負い今度は来た道をさっきの倍以上の速度で戻っていく。ジードのことは諦めるしかない、ああなってしまえば助かる見込みはない。
ステアゴルをオープンカーに乗せて本部へ戻る。ギリギリ入った。
ホクヤの行方はわからなかったが、今は仲間の安否が優先だ。
「ぐ、た、隊長...」
「ステアゴル!よかった、目が覚めたか!」
「ガハハ、ハハ、すまねぇ!負けちまった!」
「もういい。あまり無理をするな」
ステアゴルが無理して笑ってるのは目に見えていた。戦士として負けが、自慢のパワーアームが壊されてしまい悔しいのは目に見えている。
「隊長、もしかしてこれから戻るのか?」
「あぁ、お前達はゆっくり休め。私もエネルギーを補給したらブリンダとザックレイの応援に行く」
「ジード.....」
「.....お前達の相手は、ホクヤか?」
俯かせていた顔を上げ、ステアゴルに静かに尋ねる。
「あぁ、中々の実力者だった。まだヒュミテにあんな奴がいるとは思いもしなかったから、油断した」
キッと表情を締め直し、僅かに残った右腕を握りしめて静かに目を細めて笑う。
「–––けど、次は負けねェ!」
「あぁ、そうだな」
リルナもステアゴルの言葉に呼応する。あんな、どこからやってきたかもわからない余所者に負けるわけにはいかない。
ディーレバッツのプライドもある。
「まぁ、私たちが回復を終えるまではブリンダとザックレイに任せるとしよう」
「ガハハハ、なら俺たちの出番はもうないかもな!」
※
「この野郎!」
「チビが、図に乗りやがって!」
「.....何とでも言えよ、低俗な出来損ない共」
クイ、とザックレイが軽く指を動かすとハッキングされた車が旋回する。
あらゆる機械に対してワイヤレスでハッキングをし、その機能を奪うことのできるザックレイにとって武器はそこら中にあるといっても過言ではなかった。
ズガガガガガガガガガ、と車体が路上を擦れる。振動に耐え切れず、バルナド達は振り落とされる。
さらに、立ち向かってくるのはザックレイだけではなかった。
「.....お前ら!」
「す、すまねぇ、バルナド!」
「体が、言うことを.....ッ!」
そう、かつて同じ牢に投獄されてたナトゥラだ。ザックレイにとってはナトゥラも機械同然、ハッキングの対象となる。
「まさか、身内から反逆者が出るなんて思いもしなかったよ。だからこそ遠慮なく使える」
「う、うわぁぁぁ!!?」
バルナドはかつての同胞の攻撃を避け、背負い投げの要領で腕を掴み投げとばす。
「悪く思うなよ、リットナー」
「あぁ、それでいい」
「–––おいおい、この場の支配人の僕を置いて勝手に盛り上がらないでくれるかな?」
ザックレイが車を走らせこちらに向けて突進してきた。
(クソ、兄貴のためにもディーレバッツは一人でも減らしておきたかったが、ウィリアム達とも分断されちまったし、こいつ思いの外強い!)
戦闘において目立った戦果の少なかったザックレイ。それは他の前線メンバーがあまりにも戦闘に長けすぎたためである。
特にヒュミテの集落はディースナトゥラと比べて機械量が圧倒的に少ない。
いわば、ザックレイにとってディースナトゥラは武器庫。彼にとってこれ以上戦いやすい場所はない。
周囲の監視カメラをハッキングすることで死角からの一撃も容易だし、近場の重火器や重車両をハッキングすることもできる。
–––となれば、ザックレイに勝つ方法はただ一つ。
(こいつを、街の外へ誘導する!)
–––そして、こいつをザックレイの頭、もしくはコアに向けて撃つ!今思いつく勝利法は、それしかない。
しかし、外へ行くにはあの壁を越えなければならない。それにディースナトゥラ封鎖体制とやらが外への道をも遮断してしまっていた場合は無駄足になってしまう。
なら、せめて機械の少ない場所へ。この工業地帯で戦闘をするのはあまりにも危険すぎる。
「どこへ行くんだ?」
–––ザックレイ!それだけじゃない。
バルナドの向かう先からディークランの集団が隊をなして現れたのだ。
※
一方、ラスラの向かった移動手段を失ったテオを護送していたチームはブリンダの襲撃でウィリアムが虫の息、ラスラが苦戦を強いられていた。
テオも気絶している。元々衰弱していた状態だったので危険な状態に変わりはない。
「.....ッ!」
「さて、いつまで保つかしら?」
ラスラが呼吸を止めてから既に一分近く経過している。ブリンダの操るガスの侵入口は鼻と口が主だ。
そのことに気がついたラスラは鼻と口を可能な限り抑え、現在も呼吸を止めている状態だ。そう長くは続かないが、空気を求めてしまえばもれなくブリンダの攻撃を受けることになる。
運動能力が鈍り、スレイスを振る様子からもいつものキレが感じられない。
既に何種類かのガスも吸ってしまっており、その影響もあるだろう。
大振りの一撃は簡単に回避されてしまう。そう、肉弾戦を得意としないブリンダにさえ避けられてしまうほどラスラの動きは鈍っている。
–––ブリンダがお返し、とばかりに拙い回し蹴りをラスラの腹部目掛けて放った。
「–––ッ!?」
「ふふふ」
端から見ても素人技だとわかるくらい形を成さない一撃であったが、呼吸を止めてるラスラには決定打とも言える一撃となった。
必死で口元を覆いながら、少しで酸素を逃さないようにするが、ブリンダの追撃が入る。
今度はスレイスを勢いよく振ったおかげでブリンダが後退したので、攻撃を受けることは避けれたがラスラに限界が近づいていた。
–––ダッ!と一か八か駆け出した。
肺が爆発しそうだ、全身がガクガクと震える。しかし、ここで決着を付けねばテオとウィリアムが危険な状態、今動ける自分よりも危険な状態なのだ。
それにテオは自分よりももっと苦しんできた、痛みに耐えてきた。
ならば、この程度の苦痛なんてどうってことない!
「–––ッ!」
「なっ!?」
正面から突進し、サイドステップを駆使して勢いよくブリンダの背後に回り込む。もし、相手がリルナやホクヤ、ユウだったらここで反撃されていただろう。
だが、今戦ってる相手はそこまでの化け物ではない!
ラスラの勢いよく振るった下段からの斬り上げはブリンダの背に一文字の傷を負わせることに成功した。
「はっ、ご.....ギィ!」
しかし、ブリンダに致命傷を与えたからといって周囲に散らばったガスの効力が切れるなんて都合のいいことが起こるはずはない。
ブリンダの動きが鈍ってる間にテオとウィリアムを連れてガスの範囲外に素早く移動する必要がある。
しかし、無理に無理を重ねてきたラスラにそんな余力が残ってるはずなかった。
(クソ、ここまでか...ッ!)
意識まで朦朧としてきた。感覚が麻痺してしまい、息を吸うということが追いつかない。
「–––おのれ、ヒュミテ」
背後からブリンダが迫る。
目は細く、豹変してヒステリックでも起こしそうな雰囲気を出している。
その両手に握られてるのは戦闘で生じた鋭利な瓦礫片。
ガスでトドメを刺そうとしないところを見ると直接的殺傷性のある機能ではないらしい。せめて、その情報だけでも持ち帰りたいものだ。
「死ね」
ブリンダの無慈悲な声がラスラの耳にはとても大きく聞こえた。
「–––ツァ!!」
もう一つ、ラスラがよく聞く愛すべき馬鹿の声が聞こえた。
「ぎゃん!?」
その声でラスラの意識は完全に覚醒し、勢いよく起き上がろうとするが体が言うことを効かないことに気がつく。それと自分の体が誰かに引っ張られてることも。
「–––大丈夫、ラスラ!?」
「ユ、ユウ」
どうやらガスの効果はないらしい。
ブリンダの後頭部を勢いよく蹴ったロレンツは素早く気絶したテオとウィリアムを背負う。
「ユウ!少しは移動できそうか!?」
「少しなら、大丈夫!」
「よし、なら一旦ここから撤退するぞ!」
しかし、そんなことを易々と許すディーレバッツのブリンダではない。
後頭部を抑えながらヨロヨロと立ち上がる。
「行かせるか!」
再度ガスを出そうと手をかざす。ロレンツはそんな彼女に対して冷や汗を流しながら不敵な笑みを浮かべる。
「–––させっかよ」
懐からハンドガンを取り出し、かざした手に向けて一発撃つ。
ブリンダに一瞬の隙ができたところを確認し、ユウは予め手にしていた「けむりくん」をブリンダに向けて投げる。
「ちょ、むわ!?」
その隙にロレンツと合流し、一気に駆け出す。
「ナイスユウ!」
「ロレンツも!」
二人は予め強奪しておいた車に乗り込む。運転席にロレンツが乗り込む、一旦これでギースナトゥラを目指す。
「うし、とりあえずは逃げれたな」
「そうだね、でも急がないと!」
「–––あぁ」
ディースナトゥラ封鎖体制が行われていて、まして住民の誰も彼もが外に出てない状態で車なんて走らせてたら狙ってくださいと言っているようなものである。
だからこそ止まらずに進む、それがユウとロレンツの判断だった。
「二、人共、す、まない。荷、物になってしま、ったようだ、それと、ユウ、お前腕、が」
「いいよ、助け合いは当たり前だから」
「そうだぜラスラ。誰だって負けることも失敗することもあるんだからよ、そう気負うな。振り返るよりも前を向いてこれからをどう生きるか考えようぜ。礼なんて今更水クセェ」
「.....そう、だな、すまない」
ガク、とラスラが今度こそ意識を失った。ウィリアムとテオは未だに目を覚ます様子はないが息はあるようだ。
「さて、一旦ギースナトゥラと繋ぐぜ」
無線をギースナトゥラに繋ぐ、繋がりはしたが、誰も応答はしない。
電波を拾われては厄介なのでなるべく長時間の連絡は控えたいが、これはおかしい。
「どういうこと、なの?」
「わからねぇ。遮断されてるわけじゃねぇ、となると、何かあったのか?あまり良い予感はしないな」
※
アミクション、と呼ばれる機能がリルナには備わっている。
エネルギーの高速吸収に特化した機能であり、これによって他のナトゥラでは十分、二十分かかる活動エネルギーの充填をわずが数十秒で終わらせることができる。
エネルギーの充填を終えたリルナが愛用してる水色のオープンカーに乗り込む。
「–––待ってろ、ヒュミテ共。そして、ユウ」
リルナが再び動き始める。
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