俺はとりあえず自主トレを始めた、さすがにいきなり大会に出て優勝!!なんて都合のいいことがあるはずもない。
武器防具の使用禁止のガチンコ勝負、予選から選ばれた10人のみが本戦に出場できるものらしい。
とりあえず朝はラナさんよりも早く起きて住宅街をダッシュ、そして朝食、オヤジさんの元でひたすら山を掘って掘って運んで、ついでに運ぶときにボランティアで他の人のも運ぶ、それで寝るまで体はゆっくりと休める。
これを一ヶ月続けるつもりだ、不思議なことにここに来てから疲労の回復と筋肉痛の回復がやけに早い気がする。
それにまだ一週間ちょっとしか経ってないのに筋力がついてる気もする、仕事に慣れただけかもしれないが作業速度も格段に上がってる。
大会まであと二週間、俺は今日も山を掘る!
最近つるさんの出番は少なく、素手で掘ってる人もいたので真似してみたらまず指が死んだ。
でも、パンチやキックで効率は悪いけど少しだけ掘り進めれるようになった。
人間って無限の可能性秘めてんだね、まさか殴ってズボッていくとは思わなかったよ、だって山だよ。
最近では山の壁をサンドバッグにしてパンチ力とキック力を、運搬で足腰を鍛えてる。
よく骨折れないなぁ、本当に、これもフェバルの不死作用働いてるのかな?
もう俺も人間卒業ってことでいいのかな?
金も貯まるし筋力も上がる、まさに一石二鳥だ。
鈍っていた体を慣らすのにはちょうどいいが、実戦でしっかり動けるかが不安だがそこはまぁ、臨機応変ってことでいいや!
「おう、ホクヤ!最近頑張ってるみてぇだな。もうここに就いちまえばどうだ?」
「嬉しいッスけど、俺は別にやりたいこともあるんで!気が向いたらお返事させてもらい、ますよ!」
「ガハハハハハ、慎重なのはいいことだ!」
オヤジさんは長い爪で穴を掘りながら豪快に笑う。
ていうかあの人一体いくつ穴掘ってるんだ、この前は隣の穴掘ってたし...
もしかして普段行ってる大穴もあの人が掘ったものだったりして。
「それとホクヤ、もっと作業効率を上げたいなら無駄な力は抜くことだ」
「無駄な、力?」
「そうだ!オラの見た所お前さん肩に力が入りすぎてる。それじゃスピーディに動けない、もっとリラックスして、自然体で呼吸するのと同じ感覚で掘って運ぶんだ!」
なるほど、一理ある。
たしかに最近強くなることばかり考えていて肩に力が入り気味だった。
それに慣れない土地に来たという不安も若干あったのかもしれない。
「ありがとうございます、オヤジさん」
「さん付けはよせやい、オラとオメーの仲だろーが!とっとと山を掘ってきやがれ!」
それから俺はひたすら体を動かした、オヤジに言われたことを意識しながら一緒に働いてる傭兵さんのアドバイスと経験談を聞きつつ、自分でもイメージトレーニングを繰り返す。
そして行動に移し、山を掘る!
靴もボロボロになってきたから、そろそろ新しいのを買った方がいいかもしれない。
丈夫で動きやすいやつを、思えば故郷からずっと履いていたものだ。
それからさらに時間は流れ、あっという間に大会当日になった。
※
早朝。
まだ街が真っ暗で本来であれば外に出るような時間帯ではないのだが、予選は朝早く行われるらしい。
俺は眠気を押し殺しながら会場であるズーマコロシアムへと向かう。
正直に言おう、すっごい眠たい。
なのに案内されたコロシアムの地下闘技場にはとんでもない数の男たちが集まっており、熱気とやる気に満ちていた、暑苦しいことこの上ない。
あ、そういやこの大会って男しか出場できないっていうルールがあったんだった。
受け取ったゼッケンを着る、待ってるだけじゃ暇だから軽く準備運動しておくか。
知り合いがいないってのも辛いが、こんな大勢の中から10人しか本戦には出れないのか。
ザッと見渡す限りでは軽く100を超えてるぞ。
これディハルド王国の外からも来てないか?
−−−ガヤガヤとなっている最中で奥の方から大きな音が鳴り響く。
「えー、皆さんお待たせしましたー!これより皆様お待ちかね、年に一度のディハルド王国武道大会の予選を開催させてもらうぜ、イェー!!」
ハイテンションな声が地下闘技場を通り響き渡る。
さきほどと打って変わってシーンとなった会場は男の声だけが響いていた。
「ンー、皆さんもしかして低血圧気味なのかな?まー、そんなことァカンケーねェー!わざわざ今日と明日の決勝のために参加してくれた3218人の勇者たち!ズーマコロシアムとライバル達があんたらを全力で迎えるぜー!」
な、3218人!?
そんなにいるのか、100人はいくと思ってたけどここまでとは...
どうやらこの大会、思ったよりも大きくて楽しそうな大会みてぇだな!
「ヘイヘイヘイ、ボーイズ!興奮する気持ちはわかるが気は抑えてくれよ!?今から予選のルールを説明するからよ、焦るな落ち着け!」
彼の説明をまとめると、予選は一対一の試合形式。
一応本線と同じ形式で行われるが、試合時間が5分であること、場外に体の一部が着いてしまえば負けということが予選ルールだ。
本線と違い、カウントを取ることもないため審判の判断が全てを委ねると言ってもいい。
「おっと、そうだった!入り口で受け取ったゼッケンの番号がこの予選トーナメントの番号のあるところで試合してくれ!試合ブロックはAからE、一つのブロックから二人の出場者が出るってこったベイビー!じゃ、また本戦で会おうぜ、アディオス!!」
そう言って男はどこかへ姿を消してしまった、俺のゼッケン番号は57番。
トーナメント表を確認したところAブロックであることがわかった。
俺はAブロックへ向かう、他の人の試合を眺めているが中々個性的な戦いをする人がいて見てて退屈しなかった。
こういう戦術や動き方があるのか、今度練習してみるか。
「−−−では、56番と57番の方。どうぞこちらへ」
お、呼ばれた。
俺の相手は何だか柄の悪そうな兄ちゃんだった。
モヒカンに上半身裸って、もう見慣れた獣耳とふわふわの尻尾が不釣あいな人だった。
でも、結構強そうだ。
「制限時間は5分、ファイ!」
試合のゴングが鳴らされた瞬間に俺は走り出す。
リングはそこまで広くない、右手に力を込めて先手必勝!
ダッ!!と俺は一気に駆ける、反応が遅れた男は慌てて防御の姿勢を取るがもう遅い!!
俺は男の腹部に拳を当てるとゴォッ!!と勢いよく全体重を一気に拳にかける!
「ぉ、らぁ!!」
「う、うわ!?」
そのまま男はリングの外へ!
「はい場外、57番の勝ちです!」
よし!まずは一勝!
先輩に教えてもらった体重移動のコツが役に立った!
一撃一撃がむしゃらに攻撃しても意味がない、攻撃が当たった瞬間に全体重を一気に先に乗せる!
これは移動のときにも使える、そのため教えてもらってからというものの作業は超絶楽になったのも今ではいい思い出だ。
だが、これはあくまでも予選である。
試合数はまだまだ残ってるし、一勝できたくらいでぬか喜びなんてしてられない。
あの手は既に周囲に知られてしまったため使うのは悪手だ、今度はガチンコの殴り合いになる可能性だってある。
そして、数分後。
俺は再びリングに上がる、予選二回戦の開始である。
相手選手はゴキゴキと首の骨を鳴らしながらやる気満々である、しかも体型的に体重で吹き飛ばすのは不可能に思える。
明らかにあちらの方が体重多い。
「では、はじめ!」
−−−ならば、と俺はさきほどと同じようにダッ!と相手に向かって突撃する。
あちら側も俺に向かってきた、好都合だ。
ニヤリ、激突の寸前に一歩止まり右サイドへステップして左足で足払いをかける。
「うわ!?」
そのまま相手はゴロゴロ転がり場外へと行ってしまった、計画通り!
「場外!勝者57番!!」
よし、次で三回戦!
怖いくらいに順調に進んでいる、俺の実力も十分に通用するということがわかってきた。
故郷で姉貴やババァから逃げ回ったあの日々は無駄じゃなかった、ここに来て山で金銀銅を掘ってきた日々も決して無駄じゃなかった。
「次、57番と60番リングへ!」
おっともう出番か、早いな。
リングに上がった先にいた男は今までの二人とは明らかに格の違う男だと、気配でわかった。
美しくもくすんだ銀色の髪に他者を圧倒する吊り目、若いながらも鍛え抜かれたバランスのいい肉体と立ち振る舞いから彼が凄まじい修羅場を潜り抜けてきた強者であることは明確である。
心していかねば。
「はじめ!」
合図と同時に奴は姿を消した、え?
いや、消えたんじゃない!早くて目で追いつけないだけだ!
俺も一歩遅れて前へ飛び出すが、止まれという信号は間に合わなかった。
背後に凄まじい殺気を感じ、勢いよく振り返り回し蹴りを放つ。
当たった、たしかに攻撃は当たったはずなのに攻撃はすり抜けた。
それからしばらくして奴の姿も幻のように消え、足払いをかけられ俺は何もすることができずに場外へと弾き飛ばされた。
「場外!勝者60番!!」
こうして俺の大会は終わった、本戦にすら行けず予選敗退という結果で。
そのときリングの上から見下ろす奴の視線が嫌という程頭に焼き付いた。
−−−顔は覚えた、絶対にあいつは俺がぶっ潰す!
※
そのまま俺は来年の大会に備えて休むことなく鍛え直し始める。
ズーマコロシアムからアレン達の家には戻らず、タルカッタ山へ。
オヤジの呼びかけにも応じず、大穴を向いただひたすら素手で山を掘る!
掘る、掘る、掘る!手から、足から血が滲み出ようが関係ない!
俺は今よりも強くなる、もっと、もっともっともっともっともっともっともっともっとも...
「ストップ、そこまでだ」
「.....オヤジ」
左腕をオヤジに掴まれた、勢いよく振り払いたいがオヤジの握力は強くてとてもではないが俺の力では振り払えなかった。
「落ち着け、山はストレスをぶつけるところではない。現実から目を背けるための逃げ場でもない、今のお前さんに山を掘る資格はない」
「.....離してください、俺は強くならなきゃならない」
「.....何がお前さんをそこまでさせる」
オヤジの言葉が耳に刺さる、目頭が熱くなるのがわかる。
「悔しいんですよ、今の俺じゃお世話になりっぱなしだ!ここに来てからアレンやラナさん、オヤジに頼りっぱなしだ、自分一人じゃ何もできなくて情けないんですよ!」
「.....そうか、悔しいか、強くなりたいか」
「なりたいよ、今よりもずっと、ずっと!!」
「なら、オラのギルドに入れ。傭兵ギルド「鬼の双牙(クラッチ・オーガ)」に、歓迎する」
傭兵ギルド、そこには強い奴はたくさんいる。
傭兵ってからには戦闘技術も身につけられる、今よりも強くなれる!
「男なんだ、強くなりたい?当たり前さ。負けて悔しい?何が悪い、当たり前さ。その逆の位置に立ちたいなら立ち上がりオラの手を取れ、お前が男なら−−−」
オヤジの言葉を待つことなく手を掴む、願ってもないことだ!
俺は自分のために、生きるために強くなる!
もう悔しい想いをしないために!!
「.....聞くまでもなかったな、歓迎するぞ、息子よ!」
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