ローガは嗤っていた、体の調子を整えながら全身から憎悪にも似た殺気を無造作に振りまきながら、元から大きな奴の体が一回り大きく見えた。
一瞬、俺は奴と目が合った気がした、体が思うように動かさなかった。師匠とも、レオナルドさんとも違った意味での圧倒的強者の気迫。
「カァ、ハァ...」
奴の呼吸、瞳孔の移動、関節の調子を確かめる仕草、逆立つ全身の毛、その全てから禍々しく忌々しいモノが発せられているように感じる。
ダメだ、何故かはわからないけど奴はこれまでに会ってきた奴らとは違うってことを肌で感じ取ることができた。
奴は、解放しちゃいけない存在だったんだ!
「何事だ!?」
「さっきすごい音がしたぞ!」
皆、気づいてたのか。正直あれだけ騒いでたら気がつかないと思っていたんだけど。
「ホクヤ、こいつはどういうことだ?」
「俺も正直まだよくわかんねぇっす。いきなりのことすぎて、ホント、何が何だか」
「お、おい!人が倒れてるぞ!」
「誰かマクベスさん呼んでこい、それかこの人を連れて行け!」
ギルドの中にいた人が一斉に出てきたものだから、パニックに近い状態になっちまった。ちょっとマズイ、ここにはまださっきいた透明人間(?)が潜んでるかもしれねぇってのによ、集団でいられちゃ何人か犠牲になっちまうかもしれねぇ。
気を目に集中させたら奴の姿が見えるかもしれねぇ。もし、あの透明になること自体が気でできることなら気を発していても不思議じゃないからな。
−−−いた!
「−−−ちょ、うお!人並み!?なんだこの人波ぃ!!?」
.....逆に俺一人だけの方が危なかったかもな。それに鬼の双牙の皆も実力者なんだから大丈夫だろ。ここに来たのはいつも前線に立ってるような人達ばっかみたいだし、そこんところオヤジの采配はさすがだ。
「.....ッ」
「し、師匠?」
そうだ、この人もここにいたんだ。だけど、様子がおかしい?
「−−−ロォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
「!」
−−−師匠の右ストレートが大気を震わせた、何て衝撃だ!今まで見たことないレベル、全力で撃ったなこの人!
飛ぶ右ストレートはそのまま真っ直ぐ奴、ローガの方へと寸分も狂うことなく正確に放たれる。
「おっと」
あれを躱した!?
「フゥー、フゥー!」
「いきなりのご挨拶じゃねぇか、ドーバス兄。当たってたら死んでたぞ」
「そのまま死んどきゃよかったのによ!」
「ったく、久々の再会だってのにもうちょい感傷に浸らせてくれや」
ゴキ、とまるで骨でも折れたかのような音が鳴るが奴は関節の調子を整えただけ、なのか。いや、それよりもドーバス兄って...
「師匠、さっきのは...?」
「あいつは、ローガは俺と同じ師の元で育った弟弟子だ」
あいつと、師匠にそんな関係が!?ということは、奴の実力も相当なものじゃねぇか!
俺がさっき感じた嫌な感覚はそれだったんだな。
「カハッ、体が鈍ってるねェ。何年も動けなかったからなぁ、カイヤの野郎もギャスタもノロノロしやがってよォ!」
バキ、と体に残る鎖を喰いちぎる。
その姿、その気迫、まさに悪魔そのものだった。何故、こんなにも変わるものなのか?師匠と同じ環境で育ったにも関わらず、ここまで気にまで違いが現れるものなのか?
「−−−ようやく、暴ァれらァれるゥ」
気が、膨れ上がった!
半壊したビスティーブ牢獄をバネにして勢いよくこちらに向かって飛んでくる!あれは、止めないとヤバイ!
俺が一歩、踏み出そうとしたが師匠に止められた。
「師匠!?」
「−−−お前はここで王族と皆を守れ」
そう短く言い残して勢いよく跳躍して行ってしまった。
「ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォバスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!ウォーミングアップにゃ最適だな、オイィ!」
「−−−余裕ぶってんじゃねぇぞ」
二人が激突した。二人の体格はほぼ同じ、俺の倍以上ある体と気が、まだ俺が【テンション】の力を借りなければ、いや、借りても並ぶことができるかも怪しいレベルだ。
「アーサー王の一族の前に、テメェを殺してやるよォ!」
「させるかァ!!」
ローガの蹴りが師匠に向かって撃たれるが、躱した師匠はそのまま拳を握りしめてローガを殴り飛ばす。
被害が広がらないようにここから離れて戦うつもりなんだ!
「オヤジ!マラナ王妃とイビルダ王妃とリリア王妃は!?」
「まだ中のはずだ!早くアーサー王にも知らせねぇと!」
師匠とローガの気の量はおそらく同等。しかし、ローガには何年も牢獄に幽閉されていたというブランクがある。あの化け物の師匠が負けるなんてとても思えない。今は天下無敵のチャンピオンを信じるしかない。
「−−−見つけたぞォ!あの時のクソ野郎ォ!」
ドゴォォォォォォォォォン!!!!!とハーレー街が大爆発を起こす。ビスティーブ牢獄の方面、ということは、あんなことできる野郎なんて俺は一人しか知らねぇ!
「あん時の借りィ、ここで返してやるぜ、ゴラァァ!!」
「ギラ!めんどーな野郎が出てきたな!」
「俺があいつをもっかいぶっ飛ばす!オヤジはレオナルドさんにこのことを、あとは頼みます!」
「仕方ねぇ、ここは任せる!」
気分はイマイチだけど、【テンション】上げていかないとな。
相変わらず、角を光らせて一直線にしか走らない野郎だぜ。そのパターンしかねぇのかって!
「死ねェェェェェェェェェェェ!!」
「お前に、構ってる時間はねぇ!」
奴の攻撃は相変わらず単純だ、凄い速度だけど今となっては遅いんだよ!ノロマ!
「ぎっ!?」
方向転換してくるのか?反応が遅いよ、そんなんじゃ一生俺に追いつけねぇよ馬鹿。
両手を地面につけて、腰を勢いよく捻り、右の横蹴りで気が溜まりに溜まってる角に向けて【テンション】と気を重ね勢いも加えた重撃をくらえ!
「おらぁ!」
「ば、ガバァ!?」
その一撃で、奴の角の一部に亀裂が走り砕けた。ザマァ。
角に溜まった気が逃げ場を無くしてそのまま爆発が起こる、いくらお前の体や角が頑丈でも今の俺の一撃をくらった後じゃ無事じゃいられねぇだろ?
「で、テ、テメェ!」
しかし、こいつが出てきたってことはビスティーブ牢獄に他にも入獄してる奴らも自由になってる可能性があるんだよな。しかも、コイツよりも実力も罪も重い野郎共が。
−−−正直、俺一人じゃ、しんどいかもな。
※
「戻れギム!妾はドーバス様と共に彼奴を、お祖父様と兄上と姉上の仇を取る!」
「そうはいかねぇ!いくらあんたが強くても、奴の目的はあんたらだ!」
「だが!−−−」
それでは、一体何のために強くなったのか!?ドーバスに指示を受けたのも、ディハルド武道大会を開き強者を育ててきたのも、全ては家族を殺したローガに対する復讐をするため!
兄も姉も弱いから殺された、なら強くなればいいと思ってたのに!マラナは下唇を噛み、拳を誰よりも強く、深く握り締める。
「パイル、ビト!お三方を王宮へ無事に送り届けるぞ!」
「応!」
「もちろん!」
「すまない、此方と妹が世話になる」
「わ、私が弱いばっかりに」
「妾を置いて行け!」
暴れるマラナをパイルが抑える。普段ならば不可能なことだが、気が動転しているせいで余計なところに力が入ってしまっているためパイルでも容易く抑えることができた。
しばらく走り王宮へ続く階段を登ってる途中でパイルがマラナをビトに託す。
「パイル?」
「−−−ビスティーブ牢獄から大量の囚人共が王宮に押し寄せてきてる」
当然といえば当然のことである。誰も彼もとは言わないが、多くの囚人がアーサー王家の政策に賛同できない者たちや社会不適合者たち。恨みは十二分にある。
ここまでやってきて追いつかれるのも時間の問題である。
「ここは俺が食い止める、オヤジ、ビト、後は頼んだ!できれば応援も呼んできてほしい!」
「最後の台詞がなけりゃ格好良かったものの、承知しましたよ!」
パイルとビトがハイタッチを交わす。すれ違いが終わると、パイルは一気に駆け出す。自身の武器である脚を構えて五十を越える囚人達の前に立ち塞がる。
「−−−こっから先は通さんぞ」
「一人だけで格好つけてんじゃねぇぞ!俺の責任なんだ、俺も加勢するぞ!!」
ズガガガガガガ!と二本の角と大きな腕を拡げて囚人達をブライオが薙ぎ払う。ビスティーブ牢獄署長が参戦した。パイルは口の端を吊り上げながら向かってくる囚人達を蹴り捌いていく。二人は背中を合わせる。
「ったく、名誉挽回してモテモテになりたかったのに」
「んなこと言ってれる状況じゃないだろ」
「とにかく、ここは死守しますよ。王宮に繋がる唯一の階段ッスから」
「当たり前だ」
先程の囚人達が立ち上がる、やはり一筋縄ではいかないようだ。
数も増えてくる、持久戦は不利である。速攻で勝負を決めたいところ、加勢も待ってれるかわからない状況でパイルの耳に一人の少女の声が聞こえた気がした。
「.....パイル様」
−−−それと同時に、城の方から何かが衝突したような激突音と砂煙が巻き上がる。パイルとブライオは思わず振り返ってしまう。
その行為が勝負の分け目となった。
※
ハァ、ハァ、クソ!どんだけ数がいるんだよ!味方がいるとはいえ、こいつら数が多すぎる!
しかも、ローグ街の連中までやって来ちゃったしよ!お陰であの野郎に止め刺せなかった。
「.....次は、あんたかよカイヤさん」
「−−−そうだな」
しかも、あの野郎以上に面倒な人に絡まれちゃったし。
「本当に残念だ、あのときローグ街に来てくれてりゃこうして敵対することもなかったのによ」
「.....そういえば、あんたも」
『ローガさん、俺の恩人だ。ま、今はここにはいないけどな』
なんで忘れていたんだろうな。いや、繋がらなかっただけなのかもしれない。どちらにしろ、俺はこの事態を未然に防げたかもしれない。
「あの人の解放には長い年月を要したよ。うっかりお前に話してしまった後にはヒヤリとしたけどな」
「ナナが突然ローグ街に戻ったのも、この日のためってわけですよね」
「あァ、俺が戻って来いと伝えた。あいつも計画には必要だったんだ」
「.....俺たちは、こうなる運命だったんでしょうか」
「どうだろうな、ただ、俺はお前ともう一度こうやって拳を交えれることに喜びもあるぜ。あの頃のお前はまだ、未完成だったんだろ?」
「−−−奇遇ですね、俺もこんな状況ですけど、テンション上がってんですよ!」
バチリ、と静かに音を立てる。
「ガチでやろうぜ、喧嘩は派手にやらねぇと面白みがねぇ」
ゴキリ、と大きな音が響く。
俺は自分では見えないけど、笑ってる気がする。だって、カイヤさんだって笑ってるんだ。
お互いに、真剣なのに、ここでぶつかる理由も特にないのに。
ここでぶつかっても事態がいい方向に転ぶなんて思えない、むしろ悪化するかもしれないってのによ。
−−−何故か一歩も、引く気が起きねぇ!
「−−−ぉ、お、ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
「−−−ダ、ラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
−−−この戦いに、喧嘩に理由なんていらねぇ!
感想、評価、批評、罵倒、その他諸々お待ちしてます(^^)