知らない天井、じゃなくてめちゃくちゃ見慣れたギルドの天井だ。
あれ、何か前にも似たようなことがあった気がするぞ。でも、今回は倒れたことはきちんと覚えてる。前後の記憶もある、多分【テンション】を長時間使って気が抜けて強制解除みたいになったから今まで騙してた疲労とかダメージが一気にきたんだろうな。
まぁ、状況は何となくつかめたけど、時間も結構経ってるんだろうな。もしかして師匠とラグナの試合終わっちゃったとかそんな感じなのかな?
「あ、ホクヤ起きた?」
−−−ガチャ、と扉を開けて部屋に入ってきたのはミカだった。いつものウェイトレスの格好の上にエプロンをしている。
「おう、今起きた。ていうか大会はどうなったんだ?」
「大会は終わったよ、ドーバスさんの圧勝で。傷はマクベスさんが治してくれて、もうすぐ夜だよ」
「夜、か」
どっこいせ、とりあえず体を起こす。て、ミカ?何で顔を逸らすの?
「ちょ、ホクヤ、上着て!」
「.....あー」
下は履いてたけど上は何も着てなかったか、自分の状況を把握するの忘れてたな。ていうか服どこだろ、今の今まで寝てたから全然わからん。
「早くしてよ!」
「もういいだろ、今更」
「今更!?」
なんか面倒になってきた。そういやシャドルはどうなったんだろうな?
あの時考えなしに全力ぶっ放したけど大丈夫なんだろうか。
「ミカ、シャドルは?」
「シャ、シャドルさんは簡単な治療を済ませてどこかに行っちゃったよ!」
うん、心配する必要なさそうだな。
そういえば、試合の途中からシャドルの力。あれは一体なんだったんだ?
何か俺の【テンション】と似ている雰囲気だったけど、あいつはフェバルじゃない。はずだ。
知識が少ないから一概には言えないのが痛いな。そもそも同じ能力が宿ることなんてあるのだろうか?他のフェバルはエーナさんしか会ったことない、話にはジルフさんも聞いてるけど宇宙ってのは広いからもしかしたらあり得ることなのかもしれないな。
.....やめよう、考えても答えなんて見つからない。現状じゃあな。今は目の前のことに集中しよう。この星にいられる間にできること、そもそもいつまでいられるかわからないからな。
滞在できる期間がわかるっつう便利アイテムがあれば別だけど。
ていうかミカよ、まだいたのか。
「お前いつまでそうしてるんだよ?」
「うるさい」
「ホクヤさん!」
ここで新たな来客、まさかの王妃様。
「リリア王妃、お久しぶりです」
「はい、そうですね!まさに因縁の再会ですね!」
「違うと思います」
容姿端麗で国民の人気が高い王妃様、しかしどこか世間知らずでズレてるところがある人なんだよなぁ。
ホント、ドヤ顔で何てことおっしゃってらっしゃることか。
ミカはリリア王妃の傍に寄る、相変わらず俺と目を合わせてくれないけど。この二人、意外に仲がいいのか?
「リリア王妃はどうしてここへ?」
「はい、父上の代わりに来ました!」
「レオナルドさんの?」
「何やら大事な仕事があると言って...」
あのレオナルドさんが、仕事を優先させてる、だと!?
「友の見舞いにも行きたいが今回ばかりは外せないのだ、と本当に申し訳そうにしておりました。何か大災害の前触れのようにも思います」
「それは言い過ぎ」
でも、たしかにあの人なら仕事なんて二の次にしてこっちに来ると思ったんだけどな、よっぽどのことなのか?
まぁ、あまり思い詰めてくだらないオチの可能性だってあるからな。
それにレオナルドさんだからな、問題はないはずだ。
「それと、父上とマスターさんが今晩こちらのギルドの方でホクヤさんの決勝戦の前夜祭を行うとおっしゃってました!」
「前夜祭!?」
「えぇ!めでたいこととのことですので今夜は騒ぎましょう!」
「騒ぐの!?」
普通そこは優勝おめでとう!とか準優勝ドンマイ!とかではないのか!?
それとも、ただ単にレオナルドさんとオヤジが騒ぎたいだけなのか?
うん、こっちの方が可能性高いな。何かの理由を口実に騒ぐつもりだったんだな、それで俺に白羽の矢が来たってわけだ。
「ミカ、もしかして」
「やるよ、あの駄目父はりきっちゃってさ」
やれやれ、ってお手上げ状態じゃねーかよ。だからエプロンしてるのか、調理を手伝わされてたんだな。
「ミカさん、姉上達は厨房に入ってませんよね?」
「え、マラナ王妃とイビルタ王妃なら普通に料理してましたけど」
「止めなきゃ!早くしないと!!」
「ちょ、俺も行くの!?」
「ホクヤさんでないと、マラナ姉上を止められません!」
「ホクヤ!まずは!!服!!!」
「脱兎の如く!急ぎますよ!!」
「ちょ、ちょっと待てェェェェ!!」
俺は意外にも握力の強かったリリア王妃に引っ張られる形となった。リリア王妃の危惧はホクトの姉貴みたく歩く生物殲滅毒物生成器みたいではなく、マラナ王妃が包丁を手にすれば万物を斬り裂き、イビルタ王妃が材料を手にすれば変なスイッチ(意味深)が入ってしまい厨房そのものが破壊しかねないからであった。
俺が行った頃には既にその片鱗が姿を露わにしており、上半身裸体のまま行ってしまった俺を見たイビルタ王妃はさらに変な方向へと暴走し始めたというのはまた別の話であり、事態が落ち着いたのは一時間後のことであった。
※
その頃、王宮のレオナルドの元には一人の客人が訪れていた。シャナとシャドルが側に控え、大臣であるバルダーがレオナルドの側に立つ。
客人の名はバッツ、ベヘモン小国を納める現国王である。取り巻きを数人連れてレオナルドと対面していた。
「お久しぶりです、アーサー王」
「久しぶりだな、バッツ。ゲリィのことは本当に残念だったが、否すまない。この場でする話ではなかったな」
「とんでもない、私は父を尊敬しています。父もあなたに世話になっていたみたいですし」
「そうか」
レオナルドはバツの悪そうな表情を浮かべる。事情を知るシャナも表情を少し曇らせる。
「−−−早速ですが、こちらをご覧ください」
バッツの取り出したのは三枚の石盤。そこには文字が記されていた。
「これは?」
「我が国の宮殿の父の部屋を掃除していたときに見つけたものです。正確には父の部屋の奥にある隠し扉の先にありました」
「失礼」
大臣バルダーが一歩前に出て石盤を手に取る。モノクルが光り、バルダーの目が徐々に細くなる。
「これは、古代スア文字」
現在ディハルド王国で一般的に使われているルスア文字が普及する前、ディハルド王国が建国される以前の千年近く前にほんの一部で使われていたとされる文字の一つである。
「読めるか、バルダーよ」
「.....申し訳ありません、何せ古代スア文字の資料はおろか、使われていた地域も少ないものですから。解読できる者がいるかどうか」
「そうか」
「バルダーさん、あなたは古代スア文字の存在はご存知で?」
質問を投げかけたのはバッツ。彼はバルダーの言葉に若干の違和感を感じた。
「えぇ、存在自体は一部知られてますが、あまりに不規則な文体故に解読できる者どころかその研究者も生涯をかけても解読できなかったものなのです。私も一度挑戦しましたが、十年かけても一文を解読することは叶いませんでした」
バルダーは申し訳なさそうにレオナルドに一礼し、石盤を元の場所に戻して下がる。
「わかった、バッツよ。この石盤を我に預けてくれないか?」
「それは構いません。元々お渡しする予定でしたので」
「それはありがたい、この文字を読める者に我は少し心当たりがあるのでな。少し当たってみる」
レオナルドのその一言でその場はひとまずお開きとなった。
「シャドル、シャナ」
「はい」
「明日決勝が終わってからホクヤを宮殿に呼んでほしい。あやつならこの石盤を読めるかもやしれん」
「ホクヤを?」
シャドルは嫌そうな顔をする。王の前であるに関わらず隠せてなかった。
「わかりました」
代わりにシャナが返事をする。シャドルとシャナはそのまま一礼して部屋を出る。
「お兄ちゃん、せめて表情だけでも隠してよ」
「無理」
ケッ、と吐き捨てて歩く速度を早めてシャナを置いてけぼりにする。
シャドルはあの時、自分の身に何が起こったのかわからずにいた。不思議と湧き上がる力、自分が何人もいるかのような不思議な感覚だった。
−−−あの力をもう一度引き出せたら、これまでできなかったこと、技のバリエーション、戦略の幅が一気に広がる。
ドーバスを倒すことだってできるかもしれない。努力しても届くことが叶わなかったあの領域に踏み込めるかもしれない。
−−−もう、シャナのためにも、俺が俺であるためにも負けはしねぇ。
一年、次の大会までに打倒ホクヤと打倒ドーバスを掲げる。自然と傷と痛みは癒えている。少しでも無理をしなければあの二人には永遠に追いつけないかもしれない。
シャドルは一人訓練室の扉を開けてこれまで以上に鍛錬に励むのだった。
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