午前の部が終わり、午後の部が始まるまで休憩を挟む。俺も腹減ったから適当に飯でも済ませて軽くウォーミングアップして過ごすか。
とりあえず医務室に向かってミョルド王子達の様子を見に行く、距離あるけどここまで騒がしかったら大丈夫そうだな。うん、見に行く必要はなさそうだ。踵を返して来た道を戻る。
廊下を歩いてると何か騒がしいやつ、ラグナに絡まれた。
「おうホクヤ!試合見てたか、やっぱ俺は強かったんだよ、この調子なら次の試合もいけちゃうんじゃね?」
「.....お前のメンタルはどうなってんだよ」
こいつの前向き具合はどうなってんだ、一回解剖して分析してみたいくらいだ。そんなアホなやり取りをラグナとしながらズーマコロシアムの外を目指す。選手控えの中にずっといると息が詰まりそうなんだよね。あ、ラグナといえば...
「そういや、バッツ達も来てるんだよな?」
「バッツ陛下な!いつまでも友達気分でいるんじゃねぇよ、あの人とお前じゃ格が違うんだよ」
なんかムカつく言い方してくれるじゃねぇかよ。
「で、どうしたんだ、もしかして会いに行こうとか考えてないよな?」
「いや、普通に考えてる」
こいつに案内してもらおうかと思ったけど、その必要性はなさそうだと判断した。ちょうど出口にあたる場所でバッツが待っていたからである。
「ホクヤさん、お久しぶりです」
「あぁ、久しぶりバッツ陛下」
俺たちは互いに小さな笑みを浮かべてそれぞれの手を差し出して握手をする。数ヶ月前と比べて随分様になっているようだ。人を束ねる風格というかカリスマ性を感じる。
「ラグナも試合お疲れ」
「ったりめーッスよ。俺が負けるわけないでしょ!」
「ホクヤさんも以前来られた時と比べて随分強くなられたみたいだ」
「ま、少しでも目標に近づきたいためでもあるからな。他の取り巻き達はどうしたんだ、ベヘモンで留守番か?」
「いえ、全員来てますよ。僕らがいなくても国は十分回りますから」
なるほど、中々の自信だ。あの一件以来努力を重ねてきたことがわかる。いや、あの一件以来ではないのかもしれないが頭角を現したのがあの一件以来といったほうがいいのかもしれないな。どちらにせよあの日のバッツ王子ではない、ご立派なバッツ陛下ってところか。
「それよりもホクヤさん、アーサー王がどこにおられるかご存知ないですか?」
「レオナルドさん?そういえば開会の時以来見てないな、どっかで試合を見てると思うけど」
あの人も自由人だからな、今頃その辺の店巡ってる可能性もあるんだよな。気で追跡しようにもこれだけ人が多いと難しいし。
「そうか、見てもらいたいものがあったんだがそれなら仕方ないか」
「まぁ、大会開催中はその辺にひょっこり顔を出すだろうよ。それより飯くわねぇか?奢るよ」
「そうですか、すみませんね」
「気にすんなって」
「ケッ、テメェの施しなんぞ必要ねぇよ」
「そうか、ならラグナはいいな。バッツ、サラドにムレアジナ、タザニア、ランバーも呼んでくれ。ぶっ倒したお詫びとかそんなんじゃないけどあいつらにも奢るよ」
「本当ですか!?すみません」
「気にすんな」
「−−−ま、待てって!誰が行かないっつたよ!?仕方ねぇからゴチになるよ!なるから!!置いていくんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
※
ドーバスからの逃走に成功したバルバルドはハーレー街の片隅にある小さなバーにやってきていた。ここはある意味で思い出の場所であり待ち合わせ場所でもある。準備中という看板が斜めにかけられている。これは準備中ということではなく、予約客のみしか入ることができない仕組みとなっている。
−−−カランカランカラン、とバルバルドが扉を開くと甲高い金属音がバーの中に響く。そこで待っていた男、現ディハルド王国国王のレオナルド・アーサーがゆっくりと振り返る。手に持ったグラスを見るに先に飲み始めてる様子だった。
「遅かったなバルド、そんでもって久しぶりだな」
「本当にな、レオナルド。同じことを一ヶ月前くらいにも同じこと言ってたよな?儂からしたらお前との再会なんぞ記憶に新しいぞ」
「そうだったな、そうか、あれは一ヶ月前だったか」
どこか空虚な笑みを浮かべるレオナルドはグラスの中におかわりを要求する。どこか穏やかな表情を浮かべてトクトクと注がれる酒を見る。
「−−−ッ、お前まさか!?」
「その話は今はいいだろ、シャナの言伝は届いたか?」
「.....しっかり届いたよ、でなきゃ儂はここにはいない」
「そうだな、我としたことが」
バーのマスターはグラスを拭きながら二人から背を向ける。客の会話を盗み聞くわけにはいかない、客から金は取るが情報は取らないのがここのマスターの主義であった。
「それで、N.E.O.なるものとカスティルアの接点は見えそうか?」
「儂もお前に頼まれて数週間住んだ程度だが、有力な情報は得られんかったよ。そもそもN.E.O.なるものの存在を確認することもできなかったが、本当に実在するのか?」
バルバルドがレオナルドの隣に静かに座る。高身長のレオナルドと低身長のバルバルドが並ぶ。互いの目線は合うことはないが、それでも長い付き合いであることは背中が語っていた。
「ある、奴がやっとの思いで引き出した貴重な情報だ。カスティルア国王は奴だ、我らに報復せんとはとても思えない」
「だが、それは53年も前のことだろ」
「そうなんだが、そうなのだが、どうもここ最近胸騒ぎがしてならんのだ。ホクヤ達がベヘモンに行ったあの日から」
「ホクヤ、あのフェバルの若僧か。ジルフと同じ星を紡ぐ旅人」
「会ったのか?」
「まぁな、弟子の顔を見るついでよ」
バルバルドは静かに差し出された酒を飲む干す。グラスはあっという間に空になり酒気を帯びた溜息を一つ吐く。
「.....これも、巡り合わせなのかもしれぬな」
「どうだかな。だが、今は年に一度の武道大会だ。しんみりせずに楽しくいこうじゃないか」
「.....そうだな」
※
バルバルドを見失ったドーバスはマラナ王妃に捕まり、隣に座らされている。食事も済ませ人々の声で湧くズーマコロシアムの陰で身を休めていた。普段傍若無人なマラナ王妃は眠りについており、まさに眠り姫だった。こんな穏やかな表情を浮かべられるのかとドーバスは感傷に浸りながら頬を優しく撫でる。
小さな足音がこちらに近づいてくることに気がつき、ピクリと耳を動かす。そこにいたのはシャドルだった。
「久しぶりだな、シャドル」
「そうかァ?ホクヤといるときあったからそうは思わねぇが」
「会いはしたさ、会話をするのが久しぶりだと言ったんだ。特にこうして面と向かって話すのは昨年の決勝以来じゃねぇか?」
「ハッ、違いないな」
チャンピオンとあと一歩でチャンピオンになれなかった者。静かな空間にピリピリとした緊張が走る。互いにマラナ王妃のことを気にかけている(というか起きられると面倒)ため殺気までは飛ばさない。言葉に出さずとも二人の考えが一致した奇跡の瞬間だった。
「今年は昨年みてェにはいかねぇぞ、今度こそテメェを正面から叩きのめしてやる」
「やってみろ!お前がこの一年でどれだけ強くなったか楽しみだ」
挑戦者とチャンピオン。
ここでもまた前へ進むために二回戦負けるわけにはいかない理由を持つ男の闘志の静かな火種がメラメラと燃え上がり始めていた。
※
動き出す者、動きを待つ者、動きに気がつかぬまま目の前の出来事に目を奪われている者。
様々な思惑、思想がディハルド王国を交錯する。
「.....待ってろよ、アーサー王。テメェを喰い千切るのはこの俺、だァ」
−−−そして、水面下の動きに気がつく者は誰もいない。
カルデラの鐘が国中に鳴り響き、ディハルド武道大会午後の部二回戦が始まろうとしていた。
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