アルドニモーに住む人間達は宇宙一般で獣人(ワービースト)と呼ばれており、幼少から青年期の間は人寄りの容姿、そこからはどんどん獣化が進み最終的には獣の姿で死を迎えると言われている。
−−−絶句。
いや、正確には言葉が出ないだけかもしれない。あまりにも圧倒的な力を目の当たりにしてしまったからそれも仕方ない、あれが師匠の実力。
ディハルド武道大会二連覇を成し遂げたチャンピオンドーバスの力の一端というわけか。パイル先輩だって決して弱いわけじゃない、むしろ俺と互角かそれ以上かそれ以下。どちらにせよ俺と実力はそう変わらないはずだ、ここまで力の差があるなんて思いもしなかった。
右のストレートを撃った。その一撃、しかも飛ぶパンチだったから直接触れずに、威力だって落ちてるはずなのに。あれに直撃したらどうなるかなんてわからない方が馬鹿だ、それだけ師匠の実力は馬鹿げてる。
俺の隣で観戦してたラグナなんて顔を真っ青にさせちゃってるし、本人の前でないとはいえさっき思いっきり宣戦布告してたからなぁ、ドンマイ。
「な、なんだよアレ!?意味わかんねーぞ、お、俺のパンチの方が強いじゃねーか!」
.....無理して強がんなくてもいいのに、気持ちはわからなくもないけどな。
−−−負けたくない、テンション上がってきた。
実力差は圧倒的だが、あの人を全力で叩きのめしたい。勝ちたい、逃げ出したいとか勝てないかもしれないという感情よりも勝利への欲望が打ち勝っていたみたいだ。やってやろうじゃねぇか、面白ぇ!
『じゃあ、本日最後の一回戦だ!午前の部最終第四試合ィ!ダビッド・イーター対ラグナ・バルトニオン!早く来い、俺様もう待ちきれないぜ!』
「おい、呼ばれてんぞ」
「.....ホクヤぁ、俺わざと負けてもいいかな?」
なんちゅうヘタレだこの野郎。もう怖じ気付いてやがるぜ、そんなんでよくあんな大口叩いたもんだ。
「はぁ、それでも俺は困らないけどバッツにそんな格好悪い醜態晒すつもりか?」
ピク、と俯いてたラグナが僅かに動いた気がした。
「俺と戦うんだろ、だったらせめて勝てそうな試合くらい勝ってこい!俺は負け犬には興味ねぇ!」
「−−−上等じゃねぇか、コラァ!やってやるぜ!!」
うぉぉぉぉぉぉぉ!!!と雄叫びを上げながら馬鹿はコロシアム中央にまで全力疾走して行ってしまった。
『お、いいネ!ラグナは既に気合十分じゃねぇか!!まだドーバス退場してないってのに、だが俺様嫌いじゃないよ!!頑張れよォ!!!』
『そこの俗物ゥ!ドーバス様の景観を損ねるじゃろうが、どかんかい!』
『マラナ王妃ィィィ!?ちょっとォ!?何言ってんの、アンタ何口走ってるのォ!?』
.....なんというか、スゲー単純な奴だな。まさかあれだけで焚きつくなんて思いもしなかったぞ。
ま、ベヘモン国ではあいつの力は見ることなく終わったからここで見るのもアリだな。未だにギャーギャー騒ぐマラナ王妃を遠目に見ながら苦笑いを浮かべてしまう。さすが王族、どこでも自由だな。バッツ達の国はそうならないことを願おう。
「お、そろそろか」
「そうじゃな」
−−−第四試合が始まる!
※
その頃、ズーマコロシアム医務室ではマクベスが溜息を吐きながらせっせと働いていた。大会で負傷した選手を治療する、本来ならばもう少し人手を増やしたいところだがマクベス自身が一人でやると聞かなかったのだ。
一番重症のパイルはしばらく目を覚ましそうにない、午後の二回戦を控えてるシャドルの治療を済ませ(治療後どこかへ行ってしまった)ミョルドとブライオの治療に専念する。
まぁ、パイルもそのうち目覚めるだろうし、何やかんやで頑丈な奴だからな。
「−−−ホクヤめ!死ぬかと思った、我死ぬかと思ったぞ!」
「手抜くなって言ってたのアンタでしょ」
.....こんな状況下に何人も配置したら無事で済まないのは目に見えてる。今も乱闘起こしかねない危険な状態、しかも二人ともそこそこの役職だからこんな光景を見るのは自分だけで十分、それがマクベスの考えであった。
片やこの国の第三王子。
「っくそ!次こそは我が、我が必ず勝利する!」
片やビスティーブ牢獄署長。
「あの若僧には借りができちまったからな。早く犯罪ごと起こしてくれないかな、牢にぶち込んでやりたいね」
−−−マクベスは小さく溜息をついた。
※
「−−−ッ!あんた誰だ!?」
「今更かいな」
−−−試合開始から二十分が経過した。そこで俺はさっきから話し相手になってくれてた爺さんの名前を聞いてなかったことに気がつく。てか、ここ選手控え室だから選手以外は入れないはずなんじゃ、爺さんはやれやれと溜息を吐く。
「−−−まったく、期待外れもいいところだ。あいつの弟子でフェバルならばもう少し実力はあると思うたが」
「は?」
この爺さん!ヤバイ!!
なんで、なんで俺がフェバルだってこた知って、ていうかフェバルの存在を知っている、のか?
「あんた、一体...ッ!」
「わしか?わしはバルバルドじゃ、お主はホクヤだったか」
爺さん、もといバルバルド爺さんのさっきと雰囲気が若干変わった気がする。この感じ、師匠?いや、レオナルドさん、なのか?
レオナルドさんのような時間を重ねて積み上げてきた実力と師匠の圧倒的な覇気が混ざり合ったような、それでいて恐ろしい。
「−−−そう殺気立ちなさんな、お主とやりあう気はないわい。この老いぼれ、若僧とやりあったところで勝てやせんからな」
−−−そりゃ、こっちのセリフだ。
この爺さんには勝てない、本能でそう悟ってしまった。
「ふむ、なるほどのう。悪くはないがどこか粗があるの、必要な時だけ気を出すようにしとるようじゃが、繊細さに欠ける。やはりドーバスは師事するには不向きだったか」
師匠のことを呼び捨て?
「そこをフェバルの能力で補っとるのか、ふん」
爺さんは退屈そうに踵を返し、気がつけばもう隣にはいなかった。あの人は一体、でも、近いうちにまた出会う。
根拠はないけど、そんな気がする、いや違うな。出会わなきゃいけないんだ、あの人は俺の知らないことを知っている風だ。
−−−上には上がいる、か。
師匠を見てから麻痺してた、師匠より上に立つ実力者がいるなんて考えることもなくなっていた。
俺が試合に目を戻すとガッツポーズをしたラグナが雄叫びを上げているところだった。歓声が爆発する、試合が終わったんだ。
こうして、午前の部は終わりを告げたのだった。
※
ホクヤの元から立ち去ったバルバルドは静かに呟く。
「−−−求めよ、さずれば叶う。か」
それはディハルド王国、いやアルドニモーに伝わる母神時代の言葉である。その真意は理解できたものはいないが前向きに、師匠が弟子を門出に出すときに送る言葉として使われてきた。
「−−−見つけた!バルドさん!!勝手にウロウロせんといてください!」
「おぉ、ドーバス!腕は衰えておらんようだな」
「ったり前ですよ!ていうか、あんたまさかホクヤと?」
「−−−あぁ、お前の弟子らしい相応の実力者、となるのはこれから次第ってとこかの」
かつて、共に戦ったジルフ・アーライズと同じフェバル。弱いわけがない、まさか自分の弟子がそいつを支持することになるなんてな、運命とはわからないものである。
「そんなことより、レオナルドはどこかの?」
「アーサー王?さぁ、開会宣言以来見てないんですけど」
「そうか、ま、この辺ウロウロしとけば見つかるじゃろ」
「選手控え室から出て行ってくれ!」
弟子は師匠に苦労させられるものである。その意思も脈々と受け継がれていることに本人達は気付くことなく世代という名の波は荒々しく、次の世代へと飛沫を運び続けていることだろう。
−−−そう、脈々と。
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