その頃、ナナ・ヴァンプは駄々を捏ねながらカイヤと共に背中から生える羽をいつも以上にパタパタと揺らしながらハーレー街を歩いていた。
「ボスー!ここまで来たんなら行きましょーよ、武道大会!せっかくホクヤ様出てるんですから!!」
「アホか!たしかにあいつの試合は少し見てみたい気もするが、今はそれどころじゃねぇだろ!この機を逃すとチャンス来ないかもしれねぇんだぞ!」
「ぶー!ぶー!」
「ったく、文句言うくらいならついてくるなっての!」
現在、ディハルド武道大会で盛り上がってるディハルド王国は警備も薄れ、実力者はズーマコロシアムに集結している。ローグ街から誰かが来ても気付かないレベルにまでは、だからこそカイヤはわざわざ来たくもない国内へと侵入しているのだ。己の目的を果たすために。
他国からも多くの人々はやってきているが、誰もカイヤとナナがスラムあつかいとなっているローグ街出身だということは誰も知りはしない。
(−−−この機会だけは逃さない、あの人のためにもここで諦めて止まるわけにはいかない)
普段よりも人が多いようで少ない、そんな微妙な今日のディハルド王国ハーレー街で二人の悪童が何をもたらすのか、この時はまだ誰も知る由はなかった。ズーマコロシアムから一際大きな歓声が爆発した。
「キニナルー!ホクヤ様ー!!」
−−−この馬鹿をコロシアムに放り込んで一人ででも目的地に行きたいが、不安も残る。とりあえず連れて行くことにした。
※
バルバルド・クェーサー。
53年前の大戦時に活躍した五人の英雄の一人にしてアーサー王十二世とジルフ・アーライズの盟友として知られている。今はディハルド王国には住まずして未開の地を求めて旅立ち、ひっそりと身を潜めていた。あと、ドーバスの師匠でもある。
「バ、バルドさん...!」
「久しぶりだなドーバス、二十年ぶりくらいか?」
小柄な老人、バルバルドは小さく笑みを浮かべる。ドーバスは懐かしさ、驚き、戸惑いよりもまず最初に現れた感情がある。それは怒りである。
「−−−バルドさんッ!ここ選手以外は立ち入り禁止なんですよ!?何してんですか!!」
「まぁ、そう固いこと言うなよ。ローガの奴は元気なのか?」
「人の話を聞いてくださいッ!どうやってここまで入ってきたんですか!?」
「ん、ちょろっと見張りのやつを張っ倒しての−−−」
「頼みますから、やめていただけませんかね!?」
ドーバスが頭を抱える。現在対戦しているシャドルとブライオの勝敗も気になるのだが、今はこの小さな師匠を何とかするのが先である。この人を放置しては何をしでかすかわかったものではない、色んな意味で危険なのだ。
「おぅ、わかったわかった。だが、一つ確認させてくれ、第一試合で勝ったあの男はお前の弟子か?」
「そうっすけど」
「ふむ、やはりか」
「あいつがどうかしましたか?」
「−−−いんや、少し気になっての」
バルバルドが先と打って変わり真面目な表情を浮かべる。ドーバスとしても色々と聞きたいが、とりあえずここを出てもらうことが先決である。
「確認ってそれだけですか?」
「うむ、ちょっと会ってくる」
−−−そう言葉を残し、隠居したと思えないほどのドーバスすらも度肝を抜く超人的速度でその場を去ってしまう。
ドーバスが呆気に取られてる間にもうバルバルドの姿は見えなくなってしまっていた。
「バルドさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!?」
チャンピオンドーバスの滅多なことがない限り聞くことのできない悲鳴がズーマコロシアムに響き渡った。
ドーバスは第三試合である、第二試合が終わり次第行かねばならないのでここを離れるわけにはいかない。
故に、バルバルドは放置ということになった。ホクヤに謝罪の気持ちを送りながら。
※
−−−一回戦第二試合開始から二十三分が経過していた。
シャドルが宙を蹴りながら跳躍、ブライオの死角から気爪拳としなる鞭のごとく蹴りで攻める。ブライオの反応速度も見事だが、スピードに関してはシャドルの方が一歩も二歩も上手であった。シャドルは痛む脚に表情を苦くしながら、四肢を地につけてすぐさま立ち上がり、ブライオを睨みつける。
(−−−脚が、もうこれ以上は歩けなくなりそうだ)
シャドルの空中闊歩は脚に気を溜めて勢いよく大気を蹴りつけることによって実現している。海中で勢いよく推進するような要領であるのだが、あまりやりすぎると脚が攣ってしまう。
既にシャドルの脚は限界が近づいていた。
「−−−どうした、もう来ないのか?」
「ハッ、アンタが来いよ!さっきから受けてばかりで自分から攻撃しようとしねェ臆病者がァ!」
「上等」
シャドルはこの試合を通してブライオのことをいくつか学んだ。パワーやスピードよりもタフネスが飛び抜けているということ。でなければいくらシャドルの一撃が弱くてもあれだけの連撃をモロに喰らっていれば体力的にもキツイものがある。そして、挑発に乗りやすい。
ブライオは頭に生える二本の角を前に、両腕は大きく広げてエルボーの体制を取っていた。
「なるほど、横に逃げてもダメな感じのヤツか」
「−−−例え上に逃げたとしても、角の餌食よ!」
たしかに先ほどの急ブレーキでそれは実証された。止まれない速度ではないのだ、しかも本人に負担がかからないレベルで。だからこそである、こんな状況であるがためにシャドルはいつもより冷静でいられた。
−−−シャナのために、ホクヤをぶっ潰すために、まだ負けるわけにはいかない!
ブライオとの距離が縮まる。
『まさに猪猛突進!これはシャドルヤバイんじゃないのか!?』
『否、それはないな』
『イビルタ王妃、それどゆこと!?』
『此方にはわかるのだ、彼奴はもうこの試合勝つ気でいる』
−−−でなければ、どうしてあのような表情を浮かべれよう。
ブライオの角が迫る、シャドルは体制を瞬時に低くして四肢を支えにする。
四足歩行、四肢に気を込めてブライオの腹下にまで一気に潜り込む。
「しまった.....!」
腹下は完全なる死角、しかも腕は広げてすぐには戻せず脚は届かない微妙な位置。余程体が柔らかくなければ届かない、そもそもブライオは短足なのだ。
シャドルはそのまま仰向けになり両脚を揃えて気を込める。宙を蹴り跳ねることができるほどの脚力を備えた両脚。狙う先は腹部、溝内、いくら筋肉量がすごくても急所を全力で当てられたら誰しも堪ったものではない。
−−−ズドン!槍のように鋭く鍛え洗礼された自慢の両脚がブライオの腹部を貫いた。
『シャドルの容赦ない一撃でブライオ宙を舞う!ていうか無事なのかあれ!?』
『心配することはない、激突の瞬間腹部を気でコーティングしておった。致命傷を負ったようだが、死にはせんだろ』
「−−−く、はははははははははははははっはぁ!!!」
「.....しぶといおっさんだ」
宙に投げられたブライオの意識は飛んでいなかった代わりにシャドルの両脚はもう立つのが精一杯なほど攣っていた。ガクガクに震えて動くことは厳しそうだ。やはり、あの巨体を蹴り上げるのに少し無理をしすぎたか。
「俺の、勝ちだ!この速度で貴様の上で落下してやる!」
「.....」
ゴォォォォ!!と落下速度に身を任せてブライオは急降下を始める。シャドルはその様子を静かに見ながら、僅かな違和感を感じていた。
「.....あれ?」
「ったく、締まらねェな」
シャドルは溜息を吐いて、最後の力を振り絞り十歩先まで大股で移動する。壁にもたれかかって脚の回復に専念していた。
「−−−俺が動くことを計算して、落下場所はしっかり決めやがれ」
ブライオはそのまま隕石のように頭から落下したのであった。もちろんシャドルに当たるなんてことはなく、コロシアムの石盤に。
『呆気ねぇ!何だよ、今まで熱かったボルテージが一気に冷めちまったぞ!とにかく、勝者シャドル・ポスケスゥゥゥゥ!!』
ガレオスが宣言すると会場は歓声で覆われた。敗者のブライオは意識を失っており、勝者のシャドルは脚の痺れの回復を静かに待っていた。そして、誰かに聞こえるかもわからないほどの声量で呟く。
「−−−待たせたな、ホクヤ」
本来ならば勝利宣言と共に指差して宣戦布告してやるつもりだったのに、何とも格好のつかない勝利で終わってしまったが歓声は鳴り止まなかった。
※
数分後、第三試合の準備はすぐに整い両選手も既に入場を済ませていた。
『さぁさぁ一回戦も後半戦!お待ちかねの第三試合、ドーバス・ウーバー対パイル・ペンドラゴ!』
『ドーバス様ぁ!』
『マラナ王妃うるせぇ!』
ドーバスの登場に会場は再び歓声の渦で湧き上がる。覚悟を決めたのか、パイルの表情はいつにましても真面目で硬く、圧倒的存在を目の前にしても臆することなく睨みを利かせていた。
−−−そして、第三試合は終わる。
試合開始の宣言と同時に駆け出したパイルの攻撃に対してカウンターを放ったドーバス自慢の飛ぶ右ストレートが直撃したのだ。
−−−凄まじい風が発生し、コロシアムの壁にパイルが綺麗に埋め込まれていた。たった一振り、一分も経つことなく第三試合はまさに一瞬で決着がつき、ドーバスが大会二連覇、チャンピオンとしての実力をズーマコロシアムに知らしめた瞬間でもあった。
−−−会場は再び歓声で包まれる。
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