シャドル襲撃から翌日、俺はミカと一緒(半ば強引)に買い出しにやって来ている(荷物持ちとして連れ回されている)
ことの始まりを語り始めたらキリがない、というより尺が足りなくなるので割愛させてもらう。俺も俺でまだ目の前の状況が掴めずにいるのだ、つまり混乱していると思ってほしい。
「ヘーイ!こちらガルバッドの詰め合わせ売り切れねー!また来年よろしく、コンチクショー!」
「お前ら!肉ばっかじゃなくて野菜も買ってけ!収穫したばかりのクルナスの実とバルブブッチだよー、今なら大特価の500dr!!」
「水も大量に手に入ったぜー!なんと今なら一年分を1,000drだ!」
『その水買ったー!』
「まいど、ってお前ら!押すな押すな!店が押し潰される!」
「−−−さぁ!私たちも行くよホクヤ!」
「お、おう」
目をキラキラと光らせたミカに手を引かれて俺たちもあの人混みの中(という名の戦場)に突入する。微妙に気を感じられるところから周囲の本気度が伺える。
どうやら今日は年に一度行われる大販売祭という色んな物資が格安で大量販売を行う日らしい。あの祭り好きなレオナルドさんが主催ならば驚きはしないけど、あの人ホントに祭り大好きだよな!ディハルド王国の祭りの回数この一年ちょっとだけでもそこそこあるぞ。豊かな国だからできることなんだろうけど、それについていける国民達もまた恐ろしい。平和なハーレー街が今日だけで戦場と化してるよ!
とりあえず【テンション】を上げてなんとかしたいが、どうにも上がらない。昨日のこともあるし、本来ならば大会に向けて特訓しようと思っていたところにミカに連れ出されたのだから、悪いけどそう簡単にやる気なんて−−−
「ホクヤ店長!風呂に合う最高の酒が売ってる店を見つけました!」
「−−−っしゃあ!絶対に確保しろ!そしてデカした!!」
偶然その場に居合わせた同士(フェルダント温泉スタッフのバベル君)によってやる気が上がる!俺って結構単純だよな!
バベル君の的確かつ素晴らしい号令でラナさんと数人が温泉経営を任せ、それ以外のメンバー全員が一瞬にして集結した。
ミカと一緒に買うものを買いながら他にも石鹸やタオルのようなもの、鏡などちょくちょく今後の経営に使えそうなブツは買い占めてやったぜ、ニヤリ。
「−−−お疲れ様、ごめんね付き合わせちゃって」
「気にすんな、それなりに楽しかったよ」
「はは、結構買ってたものね〜」
二時間後、一通り必要なものを買い互いに両手一杯の物資になったところで店側も商品が減りだし目当ての物もなくなったので隅っこの方へ避難して休憩している。上着を脱ぎ薄着になったミカのシャツには汗がびっしょりとなっていた。普段ウェトレスの制服しか見ることがないせいか、私服がとても新鮮なものに見えた。俺は最初から割と薄着だったので脱ぐ必要はない。脱いでしまえば鍛えた肉体を大衆に晒すこととなる。誰も得なんてしやしない。
「それで、大会の方は大丈夫そう?」
「どうだろうな。この前は予選で終わっちまったからレベルが想像できない、全員が師匠レベルなら勝てる見込みはない」
「ドーバスさんは桁外れだから参考にしちゃダメだよ」
「だよなぁ、でもあまり慢心するのも良くないからコンディションは整えておきたいかな」
今年のディハルド武道大会、昨年とは違い色んな想いがある。予選を勝ち抜くことはもちろん、師匠及び大会二連覇の化け物ドーバスさんとも戦う約束があるし、シャドルを無視することもできない。二度、二度も圧倒的な実力を見せられたまま引き下がるわけにもいかないのもあるが、シャナのこともある。昨日のあいつの言葉が頭の中に反芻する。
『大会だ!次の大会にまで答えは出しておけ!!そンで、お前が首縦に振ったら大会で俺に勝つまで交際はこの俺が認めねェ!首横に振ったんならそん時にしっかりケジメはつけろや!』
『−−−あいつは、シャナはお前のことが好きなんだよ!ずっと前からな!いい加減答えを出しやがれ!』
.....何やってるんだろうな、俺。こんなの柄じゃねぇ、悩むなんて俺らしくねぇだろ。いつもみたいに笑え、笑うんだよ俺。辛い時こそ笑う、そうだよな姉貴。
「.....ホクヤ、辛いことがあったんなら聞くよ?」
「ミカ.....」
さすがに悟られてしまったか、だけど、そういうわけにもいかない。もう、俺の都合で誰かを巻き込むことなんてあったらいけない。
「−−−なんもねーよ、俺は大丈夫だ」
「.....男ってそうやって誤魔化すよね、肝心なことぼかしてさ」
「.....」
「パ、駄目父もなのよ。あの日だって元気なフリしてたけど本当は辛かったはずよ。私もね、ホクヤが私を守ってくれて意識が戻らないと知ってとても悲しかった。もう、目が覚めないんじゃないかとも思った」
「.....ミカ」
「だから、さ、私もホクヤの役に立ちたい。何か抱え込んでるなら話してよ、私はシャナみたいに強くないしナナちゃんみたいに明るくないけど、ホクヤの力になりたい。私なりに、好きになった男の人のために何かしたいの」
「...........ん?」
「え、あっ!?」
あれ、聞き間違いかな?何か最後の方でとんでもない爆弾が投下されたような。ミカの顔からは爆弾が爆発したようにボンッと煙が上がり真っ赤に茹で上がってしまっていた。
.....どうやら聞き間違いじゃなかったみたいだな。
「気づかなかったな」
「ち、違うの!これは、その!!」
「−−−ミカ」
話そう。隠していたわけじゃないけど、俺のことを。いつかはバレることだったんだ。師匠にもレオタナルドさんにも話したから問題はない、元々いつかは信頼できる、ここにやって来て世話になった恩人たちには話す予定だったんだ。問題はねぇ。
「実は−−−」
ミカは俺の話を聞いて驚いたり、戸惑ったりと様々な表情を見せてくれた。
最後にはごくりと固唾を呑んで信じられないといった表情を浮かべる、当然といえば当然か。いきなりこんな話をされたら誰だってそうなるに決まってる。
「フェバル、星々を歩く存在...」
「そう。俺はこの国、もっというならこの世界の人間じゃない」
「.....」
「−−−いつかはわからないけど、俺はいつからここから離れる運命、なんだと思う。だから、ミカの想いにもナナの想いにもシャナの想いにも答えることはできない。だから−−−」
「らしくないね、そんなの関係ないでしょ?」
「ミカ、話を−−−」
「だったらさ、そのタイムリミットがやってくるまでの間をしっかり謳歌すればいいじゃない!そんな運命ノリと勢いで覆してやるみたいなこと、嘘でも言ってよ!あの時私を守ってくれたときみたいな強気で前向きな姿勢で理不尽を打ち倒してよ!!」
ミカは荷物を置いて勢いよく立ち上がる。俺は、言い返せない、否いいかえす言葉が出てこない。
「私は、例え貴方がいつかここから離れるんだとしても、それまでにいっぱい愛したいし楽しい思い出を作りたい!せっかく出会えたんだよ、後で後悔するくらいなら絶対にそっちがいいに決まってる...!」
ミカは両目に涙を溜めながら次の言葉を必死に紡ごうと、本当に必死になっている。
「−−−改めて言うけど、私ミカはホクヤのことが大好き!愛してる!もう二度とは言わないわよ!こんな恥ずかしいこと!」
「.....ミカ」
ならば、ここで答えを出さねば男ではない。決まってる、俺は−−−
「ありがとう、でもごめん。やっぱり俺は中途半端な答えは出したくない」
「.....理由、聞かせてもらえる?」
「俺は、ここに来てたくさんの出会いをした。ミカともシャナともナナとも、他の皆とも。たしかに全員にイエスと言えば簡単だけど、それじゃダメだ。だから、言い方を変えさせてもらう」
そう、これはもしもの可能性。本当に微かな可能性、まだ俺がフェバルという生物を理解していないが故の解答。
「もし、俺がもう一度ここを訪れることがあるとするなら、その時にはミカの想いに答える。もし、それまでに想いが途絶えてなければね」
「.....それ、他の子達にも言うつもりでしょ?」
「ぬぐ!?」
「いいよ、私はそれでも。ホクヤにも事情があるもんね、私の事情ばかりに構ってばっかりいられないものね」
あー、スッキリした!と伸びをするミカの姿はとても眩しかった。世の中の女性が全てミカのような女性がいたら昼ドラばりの展開なんて起こったりしないんだろうなぁ。
「−−−大会、優勝しなさいよ。ギルドのアイドルを振ったんならそのくらいのことはしてね」
「振ったわけじゃねぇし、しかもアイドルとか自分で言うなよ」
「いいのよ、言うだけタダなんだから」
俺もなんだかスッキリした。気分がとても晴れやかになった気がする。俺の出した答えが正しいかなんかわからない、だけど、今俺が言えることはそれだけ。フェバルとして強大な能力を持ってしまったが故の代償、というわけだ。今なら、あの時俺を殺そうとしたエーナさんの気持ちが当時よりもよくわかる。
「−−−そろそろ帰りますか!荷物もギルドに置きに行きたいし!」
「−−−そうだな!俺も温泉入りたいし!」
今日もディハルド王国の空は快晴、雲一つない綺麗なオレンジ色の空が清々しいほど眩しかった。
※
温泉に入った後、俺は王宮へと向かった。理由は二つ、シャナに会いにとマラナ王妃との模擬戦だ。大会まで日は少ない、ならば新しい戦術を模索するよりも今できることの向上に努力する他ない。シャドルとは出会いたくないがために心の中で祈りながら王宮内を歩く、いつの間にか俺顔パスになってることにも驚きだけど。多分レオナルドさんがやったんだろうな、いつも寂しがってたし。相変わらず無駄に多い地下へ続く階段をひたすらに降りて降りて降りる。
広い廊下に出たところでミョルド王子と遭遇する羽目になってしまった、チクショー。
「おー、ホクヤ!」
「なんだ、ミョルド王子かよ。何か用ッスか?」
「なんで我と顔合わすだけで溜息つかれなきゃならないの?最近我嫌われてない?」
「気のせいです」
まぁ、若干めんどくさいなー、とは思ったことは何回もある。でもシャドルじゃないだけまだ何倍もマシだ。昨日の今日で顔合わせるとか気まずいとかそんなんじゃなくて単純に嫌だ。今あいつの顔見て睨まない自信ない、殺意を飛ばさない自信がない!とりあえず用件だけでも済ませてしまおう。
「王子、シャナを見てないですか?」
「シャナちゃん?部屋にいるんじゃないかな、我も行こうとしてたんだけど」
なんでだよ、という野暮なツッコミはしない。丁度いいしミョルド王子にも話しておくか。後々説明してすんのも面倒だしな。
「じゃ、案内よろしくしてもいいですか?」
「構わないぞ。シャナちゃんに何か用なのか?」
「.....まぁ、ね」
−−−根掘り葉掘り説明するのも面倒なので適当に誤魔化す。未だにこの王宮内の地理を覚えられないからミョルド王子とここで出会えてよかった。じゃなきゃ今頃迷子だ。
数分後、雑談やら軽い殴り合いやらをしている内に無事にシャナの部屋の前にまで到着した。扉を三回ノックするとシャナは姿を見せてくれた。本当に久々に彼女の姿を見た気がする。
「あ、あんた」
「よ、よう」
「や、今日も来たよシャナちゃん」
お前は毎日来てんのかよ、というツッコミはせずに俺はシャナのことをしっかりと見据える。彼女も俺から目を離さずにいた。
「ま、まぁ入りなよ。アタシも聞きたいことあるから」
「悪いな」
−−−俺はミョルド王子の後に続き、シャナの部屋にお邪魔することになった。
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