「ふふふふふ、パ、パイル様ぁ!あのときの、あのときの後頭部への蹴りを、今一度、どうか、どうか私にぃぃぃぃぃぃ!!」
「.....帰りたい」
「.....気持ちはわからんでもないが、なんとかしてくれ。我々では手に負えん」
「署長の頼みといえ、限度がありますぜ」
ったく、本当にどうしてこうなったんだか。まさかこの女、アスカが変な扉を開かなければこんなことにはならなかったのにぃ!お陰で仕事もできないしナンパもできない!
ブライオ署長の頼みだから来てるも、そろそろ俺のメンタルも限界だ。今頃ホクヤ達は水着のエンジェル達と楽しくイチャラブしてるんだろうなぁ、クソッタレ。
今すぐ殴り飛ばしたいけど、そうしたら喜びそうな人種だから厄介だ。しかもこのビスティーブ牢獄の決まりで囚人には手を出しちゃいけないことになってるし。
ちょっと聞きたいこともあるから情報聞き出すか、そのことも兼ねて来てるわけだし。
「ちょっと聞きたいことあるんだけどいいか?」
「はい!ドロップキックですか?アイアンクローですか?」
「違う!」
ダメだ、ここで諦めたらダメだ!
「お前の兄、アッシュのバックにいるやつは誰なんだ?」
そう、あの一件。実は誰かが糸を引いていたのでは?という仮説が浮上している。N.E.O.なるものを提供する者が存在する。しかし、アッシュ亡き今こいつに聞くしかない。もう一人は頑固で口なんて一切開かないし。
「兄様は、そのことを私にあまり詳しく話しませんでした。私は兄様の指示に従っただけです」
「なんだと?」
まさかコイツですら知らないなんて、こうなってしまえば闇の中、迷宮入か。
「−−−ただ、兄様は時折誰かと話していました。ベヘモンの部下ではない、どこか、他国の者と思われる間者と」
「お前ら、ベヘモンに行く前はどこにいたんだ?」
「それが、よく覚えてなくて」
記憶が曖昧になってるのか、それともそれ相応のことがあったのか。よくわからんが、とりあえずアッシュが思った以上のクソ野郎だってことはわかった。
「もしかしたらあの後頭部への一撃で記憶が飛んだのかも、あぁ!忘れられない!お、お慈悲を!もう一度あの蹴りを!」
「しつこい!」
そんなこんだで半日、やっとのことで落ち着いたこの女から解放された。あくまでも、今日はだけど。
「署長、このことは」
「うん。近いうちにアーサー王に話しておくよ、シャレオン」
「ここに」
うぉ!?こいつどっから現れやがったんだ?気配がなかった、見えもしなかった。
「驚いた?コイツは気配だけじゃなくて姿をも消せるんだ」
「さっきの話はあんたの隣で聞かせてもらったよ」
それはいいがシャレオンとやら、肩を組むな!馴れ馴れしい!
「つれないねぇ」
俺は早く帰りたいんだよ。ゆっくりしたいんだよ、わかってくれ。
「先程の会話をアーサー王にお伝えすればいいんですよね?」
「そうだ、できれば早めに頼む」
「了解しました」
そう言うとシャレオンは目の前からスゥゥゥゥ、と姿を消した。肌の色といい長い舌といい、少し不気味な奴だな。でも、ブライオ署長が信頼を置いてる人物なんだろう。それなら心配する必要もないな。
「パイル」
「何ですか?」
「最近ローグ街が騒がしい気がするんだ。何かよくないことが起こらなければいいけど」
「そうですかね?いつも通りだと思うんですけど」
「.....思い過ごしならそれはそれでいいんだけどね」
「署長は昔から心配性なんだよ、もう少し前向きに生きてもいいと思うぜ」
ブライオ署長との付き合いは長い。「鬼の双牙」に所属していた頃からの付き合いで共に仕事もよくしたものだ。でも、まさかこんな真面目な堅物がビスティーブ牢獄の署長様になるなんて当時思いもしなかったけど。
「とにかくオヤジさんにも注意を促しといてくれ。もうすぐ武道大会も始まる、そのあとは建国祭だって、この前の建国祭でも−−−」
「アー、はいはい!わかったから、わかったわかってる!その為に俺たち傭兵がいるんでしょうが!修行も続けますよ、強くなくちゃ急な襲撃にも対応できないですからね!」
そうだ。俺がやることはディハルド王国を、皆の家を、帰る場所を守ることだ。そのためには、ホクヤに遅れを取らないように強くならないとな。
ビスティーブ牢獄の心地よい地下から聞こえる獣のような唸り声をBGMに出口へと向かった。