「【テンション】」
ポツリ、その一言でスイッチが入る。
−−−ドクン、あの時の感覚が身体中を駆け巡りゴォォォォ!!と気とは少し異なる薄い赤紫色のオーラとなり体外に放出される。
「おぉ!たしかにあの時感じたのと同じだ。ついに自分のモノにしたのか!」
「えぇ、コツは掴みました」
師匠は驚きそれでいてどこか嬉しそうな様子、そりゃそうだ。
俺もまさかここまで簡単に制御できるようになるなんて思いもしなかったんだ。まるで自分で感情を操作するかのように爆発させることで発動してるのだから。
まるで昔から普通に使っていたかのような感覚。そう、自転車に乗る時と同じで一回コツさえ掴んでしまえば忘れることのない。それと同じノリだ。
「−−−そうか、ならもう俺が教えることはないな!」
「は?」
え、ちょ、どゆこと?まだ俺師匠の課題何一つまともにクリアできてないんですけど、え?
師匠はめっちゃ笑いながら名残惜しそうな表情だ。
「修行始める前に言ったろ、お前の能力を引き出すついでに稽古付けてやるって。お前は能力を引き出せた、それでいて十分に強くなったろ?これ以上俺が稽古してやるまでもないくらいに」
「いやいや、俺なんてまだまだですよ」
「次の武道大会まで半年切ってるんだ。後はお前なりに体、能力、技を鍛えてそこで闘おうぜ!なるべく闘う前から敵の手の内は知りたくないんだ」
なるほど、たしかに師匠は俺と稽古する前にそう言っていた。なら、突然だが仕方ないな。
逆に言えば師匠なしで残りの期間強くなってみせろという師匠のメッセージなのだろう(注:本人はそこまで考えてない)
「わかりました。俺も師匠と闘える日を楽しみにしてます!ご指導ありがとうございました!」
「気にするな!ディハルド武道大会のリングで会おうぜ!」
俺と師匠は沈む夕日を背に拳をコツン、と軽くぶつけた。
思い返せば本当に色んなことがあった。目を瞑ると地獄の日々が蘇る、うむ、頑張らねば。
※
「街に出ましょう、ホクヤ様!デートしましょう!!」
それから三日が経過し、ナナが突然そんなことを言い出した。あまりに突然だ、うん、ちょっと待ってくれ。
「珍しいな。お前が朝から出かけようなんて言うのは」
「えへへ、そうですか?」
ナナは生物本能的に夜行性と自称してたのに朝からこんなに元気なのも珍しい。太陽が苦手で外どころか窓を開けることすら嫌うコイツが。一体どういう心境の変化があったのだろうか?
まぁ、コイツがいきなり何かを言い出すのは今に始まったことではないが理由を知りたくないわけではない、むしろ知りたい。
「いいけど、どうしたんだよ急に?」
「いえ、ホクヤ様が何日も家を留守にしてたので成分が足りないというかその補充というか」
何この娘、怖い。
「−−−というのは建前で、明後日にはローグ街に帰るので最後にホクヤ様と街を歩きたいなと」
「え、帰るの?」
そりゃまた唐突な話だな。ていうか初耳なんだが、急に決まったことなのかな?カイヤさんのことだからもっと前もって言ってると思いたい。
「ちなみにいつ頃から帰る予定だったんだ?」
「一週間前です」
やっぱりか!しかもサラッと普通に言うなし!
まぁ、別に今日は特に予定ないから別にいいか。修行の時間も欲しいけど何とかなるだろう。
「じゃ、行くか」
「はい!」
クソ、笑顔が眩しい!その笑顔はマジ反則だわ!
最近血生々しい生活してたから輝きが強すぎると俺の目が潰れちまう!
というわけで朝食食って二人でハーレー街を歩くことになった。
「フフ、どうですか?この服!」
「うん、似合ってるよ」
「いやっほーい!」
あぁ、なんか微笑ましいな。肌の露出の多めの赤いキャミソールとホットパンツ。短めの白い靴下と少し高めの靴を履き、嬉しそうにはしゃぐナナは妹のように思う。
姉しかいなかった俺だからこういうときどんな言葉をかけてどう反応すればいいかよくわからないけど、素直に微笑ましく思う。姉貴達から見た俺もこんな感じだったのだろうか?
「行きましょう、ハーレー街で一日デート!今日はホクヤ様を一日独占デーです!」
「はいよ、独占されちまうよ」
太陽をなるべく避けたいのかナナは俺の隣に立ったりと背中に隠れたりと移動が忙しそうだった。
一緒に買い物したり知らない道を歩いてみたりフィザーという冷たいお菓子をおやつ代わりに買ってあげたり子供のようにはしゃぐナナを追いかけたりしてたらあっという間に昼飯の時間になった。
「そろそろ何か食べるか」
「そうッスね!どこ行きます?」
「そうだな」
実は俺あまり行ったことないんだよね。大抵ギルドか家で済ませてるし、この前ポスケス兄妹と行った店は出禁くらってるし。もう少しあちこち散策すべきだな、仕事もいいけどこういうことも大切だ。いつ活かせるかわからねぇからな。
「ナナは何か食べたいのあるか?」
「私はなんでもいいッスよー、ホクヤ様が食べたいもので」
「んなこと言われてもなぁ」
バキッ。
ん?なんか後ろから石が砕けたような音が聞こえた気がする。まぁ、いいか。
−−−スルーしようと思ったのに肩を掴まれた、逃げられない。ヤバイ。
「き・さ・ま・はぁ!!!」
「シャナ、痛い。頭に気全開のアイアンクローはシャレにならないから」
コイツは何でこんなに怒ってるんだろう?いつも襲撃してくるときは気を完全に絶って静かに俺の首か胸か頭を狙ってくるというのに。らしくないと言えばらしくない。
「貴様は、何をしてるのだ?」
「ちょっと待て、一旦落ち着け!」
「落ち着けるかぁ!」
「ちょ、誰だか知りませんけど、私のホクヤ様に乱暴はダメッスよ!」
「私の、だと?」
ちょっとシャナさん?何でそんな怖い顔してるの?体もフラフラと顔も青い、貧血かな?
たしかに今日は日差しも強くてちょっと暑いけど、シャナがこんなになるなんてらしくないな。
「フ、フフフフフ」
「ちょっと、シャナさん?何で俺の片腕握りしめてくるの?骨が鳴っちゃいけない音出してるんですけど!?ちょっと待って!?」
どういうことだ、シャナとは実力拮抗してたはずなのに!気でガードしてるはずなのに何でこんなにダメージがダイレクトに伝わってきてるの!?
「ちょ、あんたいきなりやってきてホクヤ様を奪おうなんてやめてほしいッス!今日は私とデートしてるんですから!」
「黙れ、クソガキ!アタシが最初にコイツを狙っていたのだ!貴様こそ横取りするな!」
ちょ、ナナ!お前までなんちゅう力で腕を!?痛い痛い痛い痛いから!割とガチでシャレにならないくらい両腕の感覚がぁぁ!!
「生意気なお姉さんッスね。ちょっとお話しませんか?」
「そいつは奇遇だ。アタシもお前に言いたいことが腐るほどある」
.....何、この気のぶつかり合い?ていうかナナ、お前こんなに気量あったんだ。何故か俺の左にはシャナ、右にはナナという形でサンドイッチされてしまい今にも腕がもげそうだ。
ていうかこいつらどこに行こうとしてんの?ん?「鬼の双牙」?お願いやめて、よくわかんないけどギルドだけはやめてほしい!
飯食える目的は果たせるけど、嫌な予感しかしないんだよ!
ほら、入った瞬間ミカが運んでた酒瓶を落としてこっちにすごい怒りの形相でこっち来たし!
ていうか足踏まれた!蹄痛い!
「−−−随分いいご身分ね、ホクヤ」
「ちょ、痛い!ぐりぐりしないで!」
ヤバイ!何か今日死にそう!フェバルだから死ぬことはないはずだけど、今日が命日になりそう!師匠と一戦もせずに死ぬとか嫌だ!
「.....何なんすか、今日はホクヤ様独占デーなのにどうして邪魔な奴らがこんなに沸いてくるんですかね?」
「.....全く、今日ほど不愉快な日は中々にない。貴様らは一度アタシの力を思い知らせる必要があるようだな」
「.....はぁ、久々にゆっくり話せると思ったのにどうしてこうなるかな。ホンット最悪」
「.....あ、あのー」
「「「少し黙ってろ!」」」
「は、はいぃ!」
こ、怖い!あのナナまでもが俺に牙を剥いてくるとか一体どうしたの!?
ていうか待て!お前ら俺を置いてどこに行くつもりだ!
「おいナナ、昼飯はここでいいのか?シャナ、今日は後にしてくれ!ミカ、なんか酒くれ!」
とりあえずこの事態をこのまま続けてはマズイ。一刻も早く事態を収拾せねば!
「.....そうッスね。ここで昼飯をいただきましょう」
「.....貴様が言うなら仕方ないな。今日は休戦としよう」
「.....いつものでいい?値段二倍で出したげる」
少しは緩和、されたのかな?俺はとりあえずシャナとナナを座らせて落ち着かせる。ミカは厨房に酒を取りに行ってくれた。
「お前ら一旦落ち着け。喧嘩はよくない、仲良くしてこう」
「「仲、良く?」」
「.....めっちゃ嫌そうだな」
相性最悪だな、こいつらを次から会わせたらダメだな。碌でもないことになりかねない。
「とりあえずシャナ。すまないが今日のところは引き下がってくれ、ナナとの約束があるんだよ。コイツ明後日にはここを離れて帰っちまうから」
「.....そ、そうなのか。すまなかった」
「気にすることはないッスよ。これから注意すべきだといういい教訓ができたッスから」
あ、ちょっと雰囲気回復した。よかったのかな?ちょうど酒を持ってミカが戻ってきた。
「お待たせ、いつものよ」
「ありがとう。少し落ち着いたか?」
「う、うん。ちょっと動揺してたから気が立っちゃった、ごめんね、足踏んで」
「気にすんなよ。鍛えてるから何ともなかったよ」
めっちゃ痛かった、なんて口が裂けても言えない。
「お、おう」
「なんか食い物も頼むよ。昼飯まだでさ」
「わかったわ。そっちのお二人さんは決まったの?」
「えっと、じゃあ私はブルタリアンをお願いするッス」
「UMA肉の煮物を」
「かしこまりました、と」
ふぅ、なんとか場は収まったな。よかったよかった。
ナナとシャナも何か話してるし、打ち解けたっぽいな。料理持ってきたミカも少し会話に混じってたりもした。
そんな感じで昼飯を食べ終わり、俺とナナは二人でハーレー街を夜まで歩いたのだった。
※
おいしかった。あの二人は行ってしまったか。
しかし、どうしてあの時アタシはあんなに気が立ってしまっていたのだろう?ナナとは初対面ではないが、ミカとは初対面だ。
彼女たちを見ているとどうにもイライラが収まらなかった。
「食器持っていきますね」
「ありがとう。それと、さっきは睨んですまなかった」
「いいよ、気にしないで。私も何か喧嘩腰だったし」
そう、話してみればこんなに普通なのに、どうしてあの時は殺意を持ち敵意をぶつけてしまったのだろうか?
考えてもわからない、思えばあの男に対して抱くこの感情が殺意やら恨みやらそんな禍々しいものかすらもよくわからない。
「はぁ、ホントホクヤって罪な奴よね」
「そうだな。今すぐにでも殺してやりたいくらいだ」
「本当にね〜」
む、まさかミカもあいつの命を?そうか、あいつの命を狙う同業者に獲物を取られる嫉妬心がアタシをイライラさせたのか。いや、これは嫉妬なの、か?
わからない、あいつはただのターゲット。それだけなのに、どうして、こんなにも。
−−−もっと、もっと触れ合いたいと願ってしまうのだろう?
わからない。どうすればこの気持ちの答えに辿り着くことができるのだ?
熱だろうか、どうにもさっきから風邪っぽい。今日は帰って寝るとするか。
明日には、明日には治っていつも通りあいつの命を狙えばいい。
そう、それが日常だ。アタシはそれでいいんだ、それでいつも通りなんだ。
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