修行が始まって一ヶ月、未だに俺のパンチは飛ばない。
気を使えばいいのでは?と思ってやってみたがあまり結果は変わらず、空気で散ってしまった。
だが、少しだけだが地面に効果が現れ始めた。
なんと、パンチを打ったときに数センチだけだが、車が通った跡が残るようになったのだ!
大きな進歩である、外周マラソンはコースを覚えてしまえば後はひたすら走るだけなので最初に比べたらまだ楽になってきた、ちなみに現在の自己ベストは二時間五十分だ。
少しずつだが成果が出てる、師匠のパンチは相変わらず威力がおかしい。
何か日に日に強くなってる気もする、気絶する回数はあまり変わらない。
家事も慣れてきた。最初料理を出したときはいらないと食べるのを拒否られたが最近では食べてくれてる、あまり美味しそうな顔はしないが。
最初は辛かったモノも段々と持てるようになってきた、だって箒が三十キロってどういうことだよホント、まだ重いけどまだマシだ。
マラナ王妃にはまだ勝てない、勝てる気がしない、勝てないといえばUMAの巣の奴らもまだ全然倒せない。
避けるだけが精一杯である、買い出しは大体覚えた。
ていうか大抵買うもの一緒だからメモはもう必要なくなった、何の修行かは未だに理解できない。
筋トレは何とか毎日続けれてる、やはり基礎が一番だ。
謎の気は一週間に一回の頻度で出せるようになったが、これでは意味がない。
出せるときに出せるようにならないと、大岩五十メートル走はまだ完走できてない。
気の放出は最近無駄に思えてきた、何か全然増えてる気しないし、ホントにこれで気が増えるか疑い始めている。
騙されてる、なんてことはないよな?
師匠にはこの俺の進歩に対して「遅い!!」と一喝されてしまった。
中々無茶を言う人である、あの人が規格外すぎるだけなのかもしれないが。
というわけで俺は最近ある悩みを抱えている。
「んぅ、ホクヤしゃま〜」
「.....またか」
そう、二週間前くらいからローグ街に住んでるはずのナナが何故かウチに住み着き出したのだ。
いや、住むのは別にいいんだけど毎晩毎晩襲ってくるのは本気でやめてほしい。
結構怖いんだよ、牙を剥き出しにして飛んでくるとかさ。
というかカイヤさん心配してなきゃいいけど、許可とかちゃんと取ってるのかな?
「起きろナナ、ていうか起きなくてもいいからせめて俺から離れてくれ。起きれない」
「んん、あと、あと五分」
「長いわ!」
とまぁ、新たな同居人を加えてこんな毎日が日常となってきた今日この頃である。
二人分の朝食作って食って着替えて乱入してくるナナの相手をしてギルドに向かう。
今日はたしかオヤジと山を掘る約束してるからタルカッタ山に直行だな、そこから途中で抜け出して師匠の家に行こう。
最近ギルドの仕事と山掘が修行のウォーミングアップになってるんだよなぁ、体壊さないか不安だ。
−−−っと、今日も来たな!
「.....!」
「おっと、と」
ゴォォ、と屋根の上から勢いよくサバイバルナイフ片手に飛び降りてくるシャナの攻撃を片手で受け止める。
もちろん気を纏わせてだ、師匠のパンチに比べたら軽いが刃物は危ないからな。
「−−−やぁ!」
「−−−っ!」
シャナはそのままサバイバルナイフを振りかざし、もう片手にダガーを構えて確実に首を狙ってくる。
俺はそれを冷静に対処する、落ち着くんだ、まだ目隠しがないぶん動きはわかりやすい。
それにシャナは俺の命を狙ってる、生半可な部位は狙わずに急所ばかりを狙う癖が幾度の襲撃に学ばされた、学びたくなかったけど!
体勢が悪く腕の防御が間に合わない、迫り来るダガーを気を纏わせた左脚で迎え撃つ。
「ッ、そう簡単にはやられないぜ」
「面白い、それでこそ殺しがいがある!」
「つーか、いい加減やめてくれない?命狙われる理由ないんだけど?」
「ほざけ」
「!」
シャナは実に楽しそうに、めっちゃ悪い笑顔を浮かべてた。
ホントに怖いって、夢に出そうなんだけど、血の気が盛んすぎるよこの女。
ま、俺も似たような笑みを浮かべてるっぽいから人のことは言えないんだけど、今日の喧嘩はそろそろおひらきにさせてもらうぜ。
俺は姿勢を低くしてシャナのサバイバルナイフとダガーによる二刀の攻撃を避ける。
そして両腕を掴んでそのまま投げ、押し倒す。
拳をシャナの眼前にまで持ってきて。
「まだ、やるか?」
「.....また明日殺しに行くさ」
ふぅ、やっと終わった。
最近やっとまともな勝負になってきたんだよな、最初の頃は俺が防戦一方だったし。
いつの間にか距離も近くなって今では少しだけ会話も交わしてる、関係は依然として最悪だが。
あとは、もう一つやることがある。
「ようよう、兄ちゃん強いねー!ひゅーひゅー!」
「嬢ちゃんも惜しかったなぁ、頑張りな!」
「ホクヤー!ウチの野菜安くしとくから買っていけよ、ていうか買えコラー!」
「お前ら朝からあっついんだよー!羨まチクショーめがー!」
そう、いつの間にか集まってきたギャラリー達の整理だ。
ていうか何でナチュラルに混じってるんですか、パイル先輩。
「あ、う、い、いつの間に」
「そうだな、お前がダガーを取り出したあたりじゃないか?ていうか離れろよ、近いわ!」
「だ、だって人が、見てる」
コイツ、普段とのギャップ激しすぎないか?
まさかの恥ずかしがり屋だったなんてな、顔真っ赤だぞ。
「.....どうでもいいけど泣くな」
「な、泣いてないし!」
もうどうしろってんだよ、これ。
とりあえず絡んできたパイル先輩をぶっ飛ばしたいが、仮にも先輩。
ウザいが先輩、めんどいが先輩、クソウザいが先輩、殴り飛ばしたいが先輩なんだよ、この人!
「お前酷くね!?ていうか何で俺の扱いこんなに酷くなってんのさ!」
「いや、だってパイル先輩だし」
「だってってなんだよー!」
うわ、余計面倒くさくなった!
※
「おうホクヤにパイル!遅かったな、お前ら喧嘩でもしてたのか?」
「「いや、こいつがあまりにもしつこかったのでつい」」
「そ、そうか」
ついついパイル先輩のことをこいつ呼ばわりしてしまったが、俺は全然悪くない!
この人がしつこく俺とシャナの関係を面白おかしく聞いてくるのが悪い!
あまりにもしつこかったので殴ってしまった俺に非はあらず!!
タルカッタ山に着いた頃には俺の体に傷があり、同じくパイル先輩にも俺が殴りまくった跡があった。
俺とパイル先輩は睨み合ったままタルカッタ山に入山し、途中で別れて掘る。
絶対に先輩より掘り進めてやる、大量に収穫してやる!!
うぉぉぉぉ、テンション上がってキタァ!!
ちなみに俺はもう既につるさんの出番はない、もう素手で十分に掘り進められる。
硬い岩もたまにあるが、気を纏わせた拳ならば簡単には砕ける。
そんなこんだで二時間掘り進め、金銀銅を収穫し、オヤジのところへと戻る。
パイル先輩は既に戻っており、俺よりも量が僅かに多かった。
「な、なんだと」
「フフフ、ぬははのはぁ!!これが先輩の威厳ってやつだ!後輩がイチャイチャしてた罪は重いぜ!」
クソ、舐めてた、まさかパイル先輩が仕事できたなんて!
いっつもナンパに失敗して自棄酒してダラダラしてマクベス先輩に説教されてる、あのパイル先輩が俺よりも収穫量が多いなんて...
ドヤ顔がめっちゃうざい、だからこそ認めたくない、認めんぞー!
「ぜ、絶対に認めねぇ!認めてなるものか!!」
「そこは諦めて認めろ」
悔しい、俺は着替えて関所を飛び出し師匠の家に向かう。
師匠の家に着くとマラナ王妃は既にいらっしゃった。
「師匠!マラナ王妃!本日もよろしくお願いします!!」
「お、今日は一段と気合入ってるなホクヤ!」
「その心意気良し、嫌いではない!妾が相手をしてやろう、かかって来い!」
「っしゃあ!!」
うし、やってやる!!
俺が駆け出すと同時にマラナ王妃は構える。
−−−ビキビキビキ。
拳をしっかり握って、どんな動きが来ても対応できるように気をしっかりと循環させる!
「!これは」
師匠が何やら驚いてるが気にしねぇ、今は何故だかわからねぇが全身から力が漲ってきてそれどころじゃないんだよォ!
全力の一撃をマラナ王妃に撃つ、王妃といえど手加減してしまえば修行にならない。
本人もいつも全力で来いと言ってくれたからいつでも全力でやってる。
しかし、いつものごとくマラナ王妃は俺の一撃を片手で受け止める。
「.....少しはマシになったの」
「がっ!?」
それを軽くいなし、左の蹴りが顔面に飛んできた。
クソ、ホントにこの人王族なのかよ!?
だが、俺はまだ諦めねぇぞ、すぐさま体勢を立て直すがマラナ王妃の手刀が迫る。
−−−速い、俺が体勢を立て直す前に既に次の攻撃のモーションに入ったのか!
と、なると、これしかねぇ!
右脚を槍のように放ち、手刀と打ちあう。
気と気がぶつかり合い、火花を散らす、グ、強い!
「まだまだよ、ノォ!」
「うぎッ...!」
なんちゅう、動きを、この王妃様は!
手刀で俺の右脚を押し潰してそれからそのを軸にして一回転したと思えば俺に向かって左の踵落としをするなんて!
人間の、動きじゃねぇ!
「今宵も妾の勝ちじゃの」
「チクショー!明日こそは、明日こそは絶対勝ーつ!」
「ホホホホホ、その意気じゃ若者よ!精一杯修行に励め!」
さらば!と言ってマラナ王妃は空中を飛び、いや、空中を蹴るように跳びはねながら王宮へ戻って行ってしまった。
あの人、ホント王妃やめればいいのに。
「.....ホクヤ」
「はい、師匠」
師匠が何やら神妙な表情をしている。
果たして何かあったのか、もしかして何かやらかしたか!?
「マラナ様のパンツ、何色だった?」
「知るかー!」
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