自分は頸を刎ねられて死んだ。そういう感触と感覚が今でも残っている。
目を覚ましたアルトリウスは、突然襲ってきた吐き気に、口元を押さえた。
「う……っ、ここは……?」
空は、故郷では見られないほどの透き通った夜空で、辺りは暗く良く見えない。彼はたいまつを点けて、辺りを照らすことにした。
光を頼りに辺りを探ると、今いる場所は小高い丘だった。先日、プレイヤーの皆が召喚された、あの丘だ。
「なーんだ。やっぱりここゲームの世界じゃねえかよ」
死ねば現実に戻れるのかも、なんてちょっと期待していたのが馬鹿みたいだ。
そう思って、アルトリウスは座りこむと、途方に暮れたように、ぼうっと星を眺めた。
「アルトリウス。お前もここに?」
突然声が掛けられた。振り返ると、そこにはオーンスタインがいた。
ああ、こいつもやられちゃったのか。
アルトリウスは馬鹿にしたい気持ちに駆られたが、自分も同じやられた側なので、やめておいた。
「っくしょ~! あのロン毛野郎、次あったらぶっ殺してやる!」
物騒な台詞を吐きながら、アルトリウスの隣にどかっと座る。それを横目で見ながら、負けた時のことを思い出す。
目にも止まらぬ斬撃の嵐、全てを受け流す美しい剣捌き、それを可能とした最強究極奥義、
そう考えると、御しがたい怒りが湧いてきた。
「オーンスタイン、もっかいあいつらと戦おうず」
「おけおけ」
「でも、まあ、あれだ。今日は疲れたから休もうぜ」
「おう、俺も疲れたわ。つーかさ、どうやったらこのゲームからログアウトできんのかねぇー」
「わかんねーよ。俺も知りてえわ」
「……まあいいか。まずは、あのムカつくあいつらをブチころがすのが先だな」
「ああ、早く戦いてえぜ。疲れてんのに、何でかな。しかも、無性に腹が立ってんだよな、今」
そう言った後、アルトリウスは良からぬことを考えた。
あれ、負けたのってこいつのせいじゃね? とっととこいつが加勢してくれば、俺があんな風に負けることなんて――。
そこまで考えたところで立ち上がる。冷めた目をオーンスタインに向け、アルトリウスはすっと剣を抜いた。
◆
プレイヤーの一人、ユースケはさながら、ゲームや漫画の主人公になった気分だった。自分の作ったこのキャラが、ありきたりなラノベ主人公の様な風貌をしていることも、一役買っていた。
エ・ランテルという町。そこで冒険者登録をしたのがつい6日前のこと。依頼はどれも、彼にとっては簡単なものばかりだったが、依頼をこなせば賞賛され、ランクがすぐに上がった。
あとはハーレムさえできれば完璧だな――。
厭らしい妄想をしつつ、彼はエ・ランテルにある、暗くなった共同墓地を進む。
今回の依頼は、最近増加しているというスケルトンの討伐だ。
共同墓地の中腹辺りで、早速討伐対象のスケルトンを数体発見する。ユースケはグレートクラブを担ぐと、スケルトンを複数体まとめて叩き潰した。横に薙げば、動く骨は吹き飛んで、あっという間にバラバラになる。
1分もしないうちに、周りのスケルトンは全滅した。こんな簡単な仕事で、お金と名声が貰えるなんてラッキー。彼はそう思いながら、帰路につく。
「はあい、お兄さん」
いきなり、背後から声をかけられた。周囲には誰もいなかったはずだが――。
驚いて振り返ると、そこには紫紺色のマントに身を包んだ女性がいた。
金色の髪をボブカットにした女性だ。鋭い瞳に、歪んだ口元が特徴だった。
「び、びっくりした。き、君は誰だい? それに、ここはスケルトンが徘徊しているから危ないよ?」
親切心から、そういった台詞が口を衝いて出たが、ユースケはおかしいことに気が付く。
ここは、最近になって危険になったと知られている墓地だ。一般人だったら、まず近寄らない。
「あ、私はクレマンティーヌ。まあ、確かに、ここは危ないかもねー」
「……クレマンティーヌ、さん。君は何者だい?」
緊張したユースケは喉を鳴らした。嫌な感じがするのだ。
「ねえねえ。どうして白金級冒険者の自分が、こんな簡単な依頼に指名されたのか? って、疑問に思わなかった?」
「え……? どうしてそのことを知ってるんだ――」
ユースケの言葉は途中で遮られた。彼が咄嗟に横に跳んだためだ。
さっきまで彼の居た場所には、スティレットの切っ先があった。
冷や汗が流れる。
何故自分がこの女性に命を狙われるのか、ユースケには見当もつかない。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! なぜ攻撃をするんだ!」
「なぜって、そんなの……こういうことをするのが、趣味だからに決まってるじゃない」
(や、闇霊だこれー!)
ユースケは依頼を受ける前に戻りたい気分になった。彼は対人戦や、闇霊との戦闘が、この上なく苦手なのだ。
「うふふふふっ。さっきの身のこなし、結構いい感じだったわよ? さあて……それじゃあ、次はどうかしら、ね!」
一瞬で、クレマンティーヌはユースケとの距離を縮めた。スティレットを突き出し、ユースケの左肩を狙う。
「わああああっ!」
情けない大声を上げ、ユースケは地面を転がる。
クレマンティーヌの素早い一撃をかわせたのは、彼にとって奇跡に近かった。
(やべえよ、やべえよ……あの女イカレてるよ)
まずは回避に専念しよう。今のままだと、『ドッスン』だから、グレートクラブは外そう――。
ユースケはグレートクラブを装備から外し、右手と左手に、異なる剣を装備した。
「ううん? さっきまでアンタでっかい獲物持ってたよね? どうやって隠したの?」
グレートクラブは身の丈以上もある大きさだ。それが忽然と消えたことに、クレマンティーヌは首を傾げた。手元で“魅了”の付加されたスティレットを弄りながら、ユースケを観察する。
「くっ……」
「ねえ、訊いてるんだけど」
「……」
「だんまりか……じゃあいいわ。お姉さんが、話したい気持ちにさせてあげる」
武技を使い、一気に標的の懐へと潜り込む。先ほどと同様に、ユースケの左肩を狙っての一撃を放つ。
だが、その一撃は、右手に持ったシャープな形をした短剣によって逸らされる。
ユースケの構える短剣と刺剣。それらは、一目見てわかるほどの業物だった。
刺突剣を好んで扱う身とすれば、是非とも欲しい一品だ。クレマンティーヌは、口端を釣り上げ、舌なめずりをした。
「く、くそおおおお!」
恐怖と緊張に耐えれなくなったユースケが、右手の短剣を突き出す。あまりにも、拙い攻撃だ。
武技を使うまでもなく、クレマンティーヌは屈んで避けると、下からの蹴り上げを見舞った。
「あっ!」
宙を舞うユースケの短剣。
奪う絶好のチャンスだ。クレマンティーヌは両手を地に着けると、背を向けての渾身の蹴りを放った。
「ぐあっ」
ユースケの身体は宙に浮き、数メートルは吹き飛んだ。
空中でくるくると回りながら、自由落下をする短剣。それを難なく掴んで手に入れる。
クレマンティーヌは奪い取った獲物に、笑みを浮かべた。
「良い武器持ってんじゃん。まさに、宝の持ち腐れってやつね」
「ふ、ふざけんな! それは俺がマックスまで鍛えた武器だぞ! 返せ!」
「あんたが作ったの? ふうん?」
返せと言って凄んではいるが、ユースケはもうすでにへっぴり腰だった。クレマンティーヌは左手に持った短剣を一瞥すると、視線を前に戻した。
「私、この武器気に入っちゃったぁ。だからさぁ、そっちのも……頂戴」
ねっとりと、絡みついてくるような甘い声。短剣に舌を這わせる姿。
ユースケには、目の前の女が、人の皮を被った化け物にしか見えなかった。
「じゃあ、次はこっちから行くわね」
再度行われる、急加速の突進。
ユースケは驚いて、接近を許さないように、左手に持った刺剣で切り払いを行う。
「不落要塞」
「えっ?」
ユースケはパリィされた。
無様に尻餅をつき、致命的な隙をさらす。
クレマンティーヌが壮絶な笑みを浮かべた。右手に持ったスティレットが、鎧を壊して貫通したのが見える。
左肩に走った激痛に、刺剣を落としてしまう。これで、彼はインベントリから取り出さない限り、無手の状態だ。
「はあぁ……すごく良い」
苦悶の表情を浮かべる顔を見て、クレマンティーヌは恍惚の表情を浮かべる。
「ぐぅ……く、くそっ!」
「あらぁ? アンタ、魔法耐性高いのね」
魅了の付加されたスティレットの一撃を受けて、魅了状態にならない。そのことに多少驚きはしたものの、それも時間の問題だろう。
クレマンティーヌは腰に挿してある2本目のスティレットを手にすると、ユースケの右足を地面に縫い付けた。
「ぎゃああああ!!」
「あー、もう、少しうるさい」
「がっ……あ、あ……」
叫ぶのを唐突にやめ、目の色が変色する。
「ふふ……じゃあ、教えてもらうわよ。あなたのこと……」
魅了によって得た情報によれば、シャープな形をした最初に奪った短剣は、“夜の短剣”という名前らしい。もう2本目は“鎧貫き”という名の刺剣。2本とも、切れ味最高の逸品である。
また、興味深いことに、殺害した彼は、“ダクソプレイヤー”という存在のようだ。
「プレイヤーねえ……ちっ」
殺した瞬間に、灰となって消えた事象が、まったくもって理解できなかったが、彼を含めた“ダクソプレイヤー”は不死身らしい。不死身であり、篝火というものの傍で復活する。
ということは、復活後に報復してくることが考えられる。しかも、死なないから永遠にだ。魅了で縛ろうにも、効果時間に制限がある。風花聖典のことだけでも面倒なのに、さらに厄介事を増やしてしまった。
また、篝火という物も何かわからない。ただの明り火なのか、それとも特別な焚火なのか。それが、どうして復活に関係があるのか。
「ああー、もうっ。わっけわかんない」
わらないこと尽くしで、いらいらしたクレマンティーヌは、頭をがりがりと引っ掻いた。
「まあ、いっか。良い物手に入れられたしねぇ……」
手に収まった両剣を見つめると、クレマンティーヌは満足気な笑みを浮かべた。
■
『それでは、マッチさんたちは、カルネ村に残るんですね?』
スパルタカスは、城塞都市エ・ランテルへ向かいながら、数日前のカルネ村でのやり取りを思い出していた。
「俺、だるいからここに居るわ」
広場の篝火の前、そう言って欠伸するアカを、スパルタカスは白い目で見た。
(こいつ青ニートかよ。くそ使えねえ……)
「そ、そうですか。では、村の人たちと協力して、何とか帰る方法を探して見てください」
そう言って、スパルタカスは作り笑いを浮かべた。
村長から、すでにプレイヤーたちへの報酬として、空き家を2軒頂戴している。悪ささえしなければ、居住くらい許されるだろうが、ニートを置いておくなど心配だった。何もしない癖に、飯よこせ、娯楽よこせ等々言われたら、せっかく築いた村との関係が悪化してしまう可能性があるからだ。
その対策として、何か良い方法はないものか――。
「おうふ、何やら召喚サイン作れますぞ」
シコシコの戯れによる実験は、非常に良いタイミングだった。白いサインろう石は、プレイヤーを霊体として呼べるサインを書き込むアイテムだ。そして、書き込んだ名前のプレイヤーが、呼んだ者の元に仲間として派遣される。
気は進まないが、これで、何かあればすぐにでも、カルネ村に駆けつけることができるようになるというわけだ。
「お、いいっすね。アタシも書こ」
「私も書いておくか」
「おいらも」
「俺も」
「おいどんも」
プレイヤーたちが次々に、篝火周辺にサインを書き込んでいく。
「おい。近すぎて俺とおまえの名前、ドッキングしてんじゃねーか!」
「知らねーよ! お前がこっち側に書き込んできたからだろうが!」
「あー! アタシ、自分の名前のスペル忘れたっす!」
「お前、馬鹿だろ!」
四つん這いになり、白い石を地面に擦りながら、プレイヤーたちがぎゃあぎゃあと喧しく騒ぎたてる。
「何も、広場に限定する必要はないだろう」
スパルタカスの言葉に、プレイヤーたちは顔を見合わせた。
そして、一拍置いて、
「おっしゃあ! エンリたんの部屋にサイン書いてくるぜ―!」
「おうふ、では拙者はお風呂場に書いてきますぞ」
「ベッドの上に書いてくるか……呼ばれたら即行で寝よ」
「うひょー、俺は屋根の上に書くぞ! いいな! 屋根の上だからな! ぜってえ忘れんなよ!」
蜘蛛の子を散らすように、プレイヤーたちはばらけていく。
一人、篝火の前に残されたスパルタカスは、バカっぽい奴らだな、と呆れ混じりのため息をついた。
「まあ、俺も書きに行くか」
そう呟くと、スパルタカスは若い女性の住む民家へと、歩を進めるのだった。
ユースケ
ダクソレベル:200
オバロレベル:24
シコシコ
ダクソレベル:838
オバロレベル:100
成長結果
クレマンティーヌ
Lv34→35
武器に“夜の短剣+5”と“鎧貫き+10”が追加
漆黒聖典隊長
Lv75→76
第六席次
Lv36→38
武器に“栄華の大剣+5”が追加
セドラン
Lv34→36
第四席次
Lv35→36
第二席次
Lv35→35