亡者だよ! 全員集合!   作:ニンジンマン

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 燃える刀に接触しただけで、天使が焼き尽くされ消滅する。

 目の前で起きている光景に、隊員は夢でも見ているのかと思った。いや、思いたかった。

 陽光聖典ご自慢の天使たちは、剣を交えることすらできず、灼熱の業火の前に消え去っていく。演武を行っているかのような流麗な動きで、クラーゲは天使たちを次々に葬る。本来、彼女の中身にこのような芸当は不可能だ。しかし、ゲーム内でのこのキャラクターに積み重ねられた経験が、歴戦の勇士たるガゼフをして唖然とさせる動きを可能とさせていた。

 

「ふっ……。弱い、弱すぎる!」

 

 スパルタカスたちが合流するまでもなく、僅か2分足らずの戦いで20を超える天使が全滅した。

 クラーゲは刀を一振りして剣先を下げると、左手を腰に当て、片足を前に踏み出し、顎を上げ、目線を僅かに下げ、お気に入りの決めポーズ。そして……満面のドヤ顔をニグンに向けて放った。

 

「ば、馬鹿な……全滅……だと?」

 

 しかしながら、ニグンにはドヤ顔に構っていられるほどの余裕はなかった。起きてはならない、信じられない光景を受け止めるだけで精一杯だった。

 

「くっ、こんな、こんなことがありえるかぁっ!!」

 

 敵のあまりの強さから来る恐怖に、なりふり構っていられなくなったニグンは、

 

監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)! やれっ!」

 

 と、自身の召喚した天使に、切羽詰まった様子で命令を下した。ニグンの命令により、監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)はメイスを出現させると、ドヤっているクラーゲへと接近した。

 

「おっ……」

 

 自身が影に覆われるほどの、敵天使の大きさに、クラーゲは目を丸くして見上げた。

 監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)は隙をさらしたクラーゲに向けて、手に持った凶器を振り下ろした。

 瞬間――、金属同士がぶつかり合う、かん高い音が響き渡った。同時に、その衝撃の余波で砂煙が舞う。

 その場にいた者たちが皆、クラーゲと監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)の居る場所を注視した。煙が晴れると、いつの間にか漆黒の騎士がその間に割り込んでいた。その左手には巨大な鉄板のような形状をした黒い特大剣が握られており、彼女はそれを盾のようにして、監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)のメイスを防いでいた。

 

「ていっ!」

 

 ヨロイは手首をひねって特大剣を回転させ、監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)のメイスを弾いた。そして特大剣を地に走らせると、下から掬い上げるような斬撃を放った。

 

「!」

 

 ニグンは絶句した。監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)のメイスが、斬撃を受けた個所を起点に、真っ二つに折れたのだ。

 クラーゲはヨロイの攻撃の威力の高さに、ほお、という感心の声を漏らすと、

 

「ふっ……。さすがは第一の騎士(プリメーラ・カバリェロ)

 

 と、言って誇らしげに頷く。

 

「え? プ、プ、プリ……なんて?」

 

 クラーゲの台詞がうまく聞き取れなかったヨロイが訊き返すが、クラーゲはニグンに対してのドヤ顔に夢中らしく、残念なことに無視されてしまった。

 ガゼフにとって第一の騎士(プリメーラ・カバリェロ)という言葉は聞き慣れぬものだったが、クラーゲの面持ちとヨロイの献身的な姿勢に、ヨロイが一番クラーゲに近しい騎士なのだろうと当たりを付けた。

 

「まあ、いいや。そういえばさっきのおもしろかったなあ……」

 

 無視されたことは既に頭の中から消えた。

 ヨロイはクラーゲの持つ業火を纏った長刀を見ると、つい真似したくなってきた。彼女は“炭松脂”を取り出すと、先ほどのクラーゲ同様にそれを刀身に滑らせ、

 

「万象一切灰燼と為せ! 流刃惹火ぁ!」

 

「パクんなし!」

 

 灼熱の業火を纏った長刀を見つめながら、いや、そっちもパクリじゃん……。などとヨロイはクラーゲに心の中でツッコミを入れた。

 黒い煙を上げながら燃え盛る特大剣に、陽光聖典の面々は絶望した。どう見ても、あの特大剣はクラーゲの長刀よりも危険な代物だ。

 

(あれは触れるどころか、近づいただけで炭にされるな……)

 

 刀身の周囲が歪むほどの炎の熱に、ガゼフは顔を顰めた。

 

「さてと……」

 

 とんとん、とヨロイはつま先で地面を軽く叩くと、一気に最大速度まで加速する。彼女は監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)を走り抜けざまに、特大剣で薙ぎ払った。

 攻撃を受けた監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)は無残にも、炭となって消滅した。

 

「くっ!」

 

 分かってはいたことだった。自慢の天使があの黒騎士に歯が立たないということは。だが、力の差をこうも見せつけられると、悔しさが滲む。ニグンは唇を噛みしめた。

 

「ニ、ニグン隊長っ!」

 

 隣にいる部下が焦燥に駆り立てられ、情けない声を上げる。彼の視線の先には、こちらへと一直線に向かってくる、10を超える歴戦の猛者たちの姿が映っていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「援軍だ!」

 

「スパルタカス殿らが来たぞー!」

 

 敗北手前からの一転した攻勢、援軍登場による戦力の逆転に、ガゼフの部下たちは歓喜の雄叫びを上げる。

 ガゼフも、ついに来たか、と口元に笑みを作った。

 

「ガゼフ殿! 無事ですか!?」

 

 プレイヤーたちを率いてきたスパルタカスが、ガゼフのボロボロとなった防具を見て訊いた。

 

「私は平気だ。クラーゲ殿から雫石なる一品をいただいたのでな」

 

「へぇー。それ、不死者以外にも効果あるんだ」

 

「何か?」

 

「いえいえ、独り言です」

 

 スパルタカスは良いことを聞いた、と思うと同時に、彼はガゼフらに恩を売る機会を得たことを機敏に察知した。

 

「皆! 傷ついた兵たちに雫石を分けてやってくれ!」

 

 スパルタカスの意図に気づいたのか気づいていないのかはわからぬが、プレイヤーたちはそれぞれ雫石を兵士たちに分け与えていく。

 

「ヌフフフ。さあ、受け取りたまへ」

 

 そう言ってシコシコは兵士へと、股間を覆う布から取り出した雫石を差し出す。

 兵士は顔を引き攣らせると、

 

「か、かたじけない……」

 

 と心底嫌そうな顔をして、それを受け取った。

 血の気の引いていた、弱っていた兵士たちに血の気が戻っていく。その光景を前に、ニグンは『敗北』のニ文字を意識してしまった。

 

「ニグン隊長! 敵兵が!」

 

「わかっている!」

 

 仕舞には部下が騒ぎ出す始末。

 

(くそっ! だが、まだこちらは切り札を切ってはいない!)

 

 ニグンは懐にある魔封じの水晶へ手を伸ばした。それを掲げると、夕暮れの光を反射し、美しく煌めいた。

 

「最高位天使を召喚する!」

 

 ニグンの宣言に隊員たちから喜色ばんだ声が上がる。

 

「何、あれ?」

 

 クラーゲはニグンの持つ魔封じの水晶に興味を示した。彼女は遠眼鏡を取り出し、それを覗き込んだ。

 彼女に倣い、他のプレイヤーたちも兜を取って遠眼鏡を覗く。綺麗な水色をした水晶に、プレイヤーたちはその視線を釘づけにされた。

 光り輝く魔封じの水晶だが、次第にその輝きを強くしていく。そして――

 

「出でよ! 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)!」

 

 今までの天使とは比べ物にならない強さの天使が降臨した。陽光聖典側からは『おおおお!!』という歓声が上がり、王国戦士側からはどよめきが巻き起こった。

 一方のプレイヤー側はというと、プレイヤーの一人が、

 

「おいっ! こいつボスだぜ!」

 

 と、声を張った。

 プレイヤーたちの目には、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)に『法国の秘蔵』という二つ名がついて見えている。さらには、HPのゲージバーすら見える。

 

「ヒャッハー!! ソウルはいただきだー!」

 

 ボスは倒せば通常の敵よりも多くのソウルをドロップする。倒してソウルを得ようと、セイサイがクラブを片手に突撃していく。

 

「な、なんなのだっ、こいつらは!」

 

 ニグンは召喚した最高位天使に対して一切の怯えを見せない、むしろ眼光を鋭くしたプレイヤーたちに当惑した。

 しかし威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)は人では決して到達できない第七位階魔法を使用できる、人の上位にある存在だ。負けるはずがない。

 

威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)よ! 聖なる極撃(ホーリー・スマイト)を放て!」

 

 ニグンの命令を受け、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)は極大の光をセイサイに向けて放った。その攻撃範囲の広さに、セイサイはローリングでは避けきれず直撃してしまう。

 

「オオウッ!!」

 

 野太い悲声を上げ、セイサイは吹き飛ばされた。

 

「ふ、ふん……驚かせおって」

 

 冷や汗をかいたが、相手は威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)の一撃によって沈んだ。ニグンは不安から解放された反動か、にやりと笑みを浮かべた。

 しかし、それは僅かの間だけだった。

 吹き飛ばされたセイサイが、

 

「くそがよぉ~」

 

 と言いながら立ち上がった。アクション中に攻撃を受けたためか、彼の受けたダメージは深刻なものだった。

 セイサイは膝が笑って立ち上がれなく、その場にへたり込んだ。

 

「生きている……だと?」

 

 普通ならありえない光景に、ニグンの心は『敗北』を受け入れた。

 ニグンは指揮官としては、類稀なる才を持っている。ここは威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を盾にして撤退すべきだ。人を超える身体能力を持った化け物集団が王国にいる。何としても、この情報を持ち帰るべきだ。彼の理性がそう告げていた。

 

「各員傾聴! 天使を再召喚できる者は再召喚し、それを盾にしろ! これより撤退を開始する!」

 

 ニグンからの思いもしない命令に、隊員たちは驚愕し、困惑した。しかし、陽光聖典は統率の取れた部隊だ。思考が停止したのは一瞬だけ。彼らは天使を再召喚すると、移動用の馬が繋がれている森へと撤退を開始した。

 

「待て!」

 

「逃がさねーぜ!」

 

「追いかけろ―!」

 

 いち早く彼らの撤退に気づいた援軍組、スパルタカスらが駆けるが、その前に威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)と数体の炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)が立ちはだかった。

 炎の上位天使(アークエンジェル・フレイムは)は容易に倒せたが、スパルタカスの強さでは威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)に攻撃をしても、少しのダメージしか与えられなかった。

 ニグンと陽光聖典の隊員たちは背後を確認することもなく、必死に走った。取り損ねた獲物であるガゼフらに背を向けて走った。

 遠ざかっていく陽光聖典に、スパルタカスは大きな舌打ちした。

 忌々しく威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を見据えると、突如、雷撃が奔ってそれを貫いた。威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)のHPがおおよそ半分強も削れる。スパルタカスが背後を振り返ると、雷の槍を構えたワイがいた。

 

「私が倒してしまっても構わんか?」

 

「構いません」

 

 スパルタカスの了承を得たワイは、二本目の雷の槍を投げ放った。威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)は高速で飛来する雷の槍を避けることができず、その身を消滅させた。

 

『VICTORY ACHIEVED』

 

 プレイヤー全員の頭の中にポップアップが表示された。そして、3000ソウルと威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)のソウルをワイが取得した。

 

「……まるでゲームの中にいるみたいだな」

 

 ワイは手の中におさまった、白く輝くソウルを見て呟いた。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

「何故あの時、敵部隊を追いかけなかったんですか!」

 

 村の広場中央。

 華々しい逆転勝利を飾った余韻に浸るガゼフと兵士たち。そんな彼らを尻目に、スパルタカスは声を荒げた。彼が怒っているのは、陽光聖典追撃にクラーゲとヨロイが参加しなかったことにあった。実際、クラーゲとヨロイならば、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)を1~2撃で葬れるだけの力があっただろう。威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)に邪魔されたせいで陽光聖典を取り逃がしてしまった。それさえなければ完璧な事運びだった。彼の怒りは、思うように駒が動かなかったことにあった。

 

「天使のでかさと、攻撃のインパクトにビビったから」

 

「アタシはワイさんにソウルを譲るためっす」

 

 クラーゲとヨロイの言い訳に、スパルタカスは青筋を浮かべた。

 

「ヨロイさんはともかく……、クラーゲさんは情けないこと言わないで下さいよ」

 

 絶賛賢者タイムを迎えているクラーゲは、民家の壁に背を擡げ、体育座りをして小さくなっている。

 

「ま、まあまあ。スパルタカス殿、もちつけもちつけですぞ」

 

 シコシコが宥めるように言うが、もちつけなどというネットスラングは、煽りにしか聞こえなかった。スパルタカスは額の皺をさらに深くするが、シコシコに対しては特に言及しなかった。ああ見えて、シコシコはクラーゲよりも強いプレイヤーだ。しかも裸一貫・素手装備で、である。怒らせて攻撃でもされたら、ワンパンであの世送りだ。

 

「それにクラーゲたんは女王なのですぞ。女王に対してそのように凄んでは、ガゼフ殿に怪しまれますぞ」

 

「クラーゲたん言うなし」

 

 俯かせていた顔をばっと上げて、クラーゲがツッコミを入れた。

 戦が終わった後、クラーゲはシコシコに猛烈に激しく請われて、渋々ながら王になることを了承した。しかし、統率力に自信のない彼女は、しくったかな、ともう後悔し始めていた。

 

「ねえねえマリーたん、マリーたん。マリーたんの地位は何になるでござるか?」

 

 シコシコが今度は、ヨロイに顔を向けて言った。

 マリー? 彼女はヨロイさんだろう。クラーゲは首を傾げた。

 

「そういえば、シコシコさんはヨロイさんのことをいつもマリーって言ってますけど、マリーというのはもしかして別キャラの名前とかですか?」

 

 済んだことをぐちぐち言うのはもういいだろう、と切り換えたスパルタカスが訊いた。

 

「いんや、違いますぞ」

 

 意外な事に、彼は首を振った。

 

「では、何ですか?」

 

「彼女の顔を見て気付きませぬか?」

 

「顔?」

 

 言われるがままヨロイの顔をじーっと見るが、美少女ということを除いて、心当たりがなかった。

 

「わかりません」

 

「ああ~、残念。とあるゲームのキャラと瓜二つなのだが、きっと言ってもわからないんジャマイカ」

 

「ゲームですか? ちなみに、そのゲームの名前は?」

 

DOA(デッド・オア・アライブ)


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