ガゼフとスパルタカスが意見を言い合った結果、作戦は2部隊による挟撃で決まった。内容はいたってシンプルなもので、騎兵で機動力の高いガゼフの部隊が包囲を抜けて外側へと回り込む。次いで、スパルタカスらが弓で攻撃しながら接敵。2部隊で近接戦に持ち込み、敵
敵は
「では、スパルタカス殿……御武運を」
「ガゼフ殿こそ、御武運を……」
民家の外。スパルタカスが敬礼して見送る中、馬に騎乗したガゼフは二十余名の配下と共に、敵陣へと向かっていった。
約10分後に行う挟撃作戦がうまくいくかどうか未知数だが、今自分のやれることだけはやっておこう。スパルタカスはクラーゲのおかげで閃いた悪事を実行すべく、プレイヤーたちを広場へと集めていった。
クラーゲ以外が集まると、スパルタカスはちょっと提案したいことがある、と前置きし、
「俺はガゼフ殿の勘違いを最大限に利用しようと思う」
と告げた。
「勘違い?」
ヨロイが首を傾げて尋ねる。それにスパルタカスは口端を上げて答えた。
「ガゼフ殿はクラーゲさんの台詞から、彼女をどっかの国の王様だと勘違いしている」
「えっ、マジっすか?」
「ああ」
スパルタカスの首肯に、ヨロイ以下この場にいるプレイヤー全員が引いた。ネタを知っているプレイヤーたちからすれば、あの台詞はただのネタであり、それ以上でもそれ以下でもないのだが、知らない人間からすれば本気で言っているように見えるのだろう。そういうことにしておこう……と、この場の全員が思った。
「だから、クラーゲさんにはドラングレイグという架空の国の王、という立場を演じて貰おうと考えている。配役は後で決めるとして、とりあえずは、俺たちは彼女の腹心の部下だ」
「仮にそれをして、彼女と私たちに何のメリットがあるのだ?」
両腕を組んだワイが、低い声色で言った。彼はこういった、騙りが嫌いなのだ。
「まず一つ目、身元不詳人だった肩書がドラングレイグ王国騎士団員、とかになる」
「中二乙」
「やかましい。それで二つ目、もっと上手く
「……続けてくれ」
「3つ目、さらにうまくいけば、そういった連中とコネを作って、いろいろな所からの情報を手に入れられるようになる」
「デメリットは?」
「ガゼフ殿がどう勘違いしたかによりますが、最悪、不法入国による国外退去といったところかと。彼を見た限り、さすがにそれはないとは思いますが……」
「ふむ……」
スパルタカスの提示したメリットは、ワイにとって非常に魅力的なものだった。彼が今一番欲しているのは、この世界の情報だ。この国の上役連中ともなれば、それに関して事細かく知っていることだろう。
ワイがスパルタカスの言うメリットを吟味していると、
「おもしろそーだから、リーダーの意見に賛成!」
などとヨロイが軽いノリでスパルタカスの提案に飛びついた。そして、ワイに向かってぐっと親指を立てる。
「貴公、何も考えてはおらんだろう」
ワイは呆れて、そのバケツ頭を左手で押さえた。
「とーぜん!」
腕組みして胸を張る彼女に、ワイは深いため息をついた。
「ん~、まあ、みっともない流れ者よりはましか」
そう言ってプレイヤーの一人がヨロイの隣に並ぶ。
「クラーゲ殿が王でござるか……デュフフフ、いや、女王様ですな、デュフ」
さらにその隣にシコシコが並ぶ。
「あの戦士長さんの糞真面目そうな人柄なら、大丈夫だろ」
茶髪ゴリラ男のプレイヤーがシコシコの隣へ。そして彼に続いて初老の髭男爵が、そのまた彼に続いて道化師顔の男が……。
と、繰り返すこと数回。気がつけば、ワイとスパルタカスらが向き合って1対14という構造になっていた。
「ワイさん、どうします?」
スパルタカスは勝利ゆえの余裕を持って訊いた。
ワイは小さく嘆息すると、仕方あるまい、と言って、彼らの列に加わった。
「おっと、危ない危ない」
スパルタカスははっとした。そういえば、肝心のクラーゲをまだ呼び戻していないではないか。
「すみません、誰かクラーゲさんを呼んできて――」
「あ、アタシが行くっす!」
ヨロイは重厚な漆黒の鎧をものともせず、世界最速の男――ボ○トを超える速度で広場を駆けて行く。
「あ、ヨロイさんは遠慮し――」
スパルタカスの手が虚しく空を掴む。
クラーゲの不機嫌の原因はそもそもヨロイだ。その彼女を連れ戻し役にするのは御免被りたいのだが……。行ってしまったものはしょうがないが、あと一人くらい行かせるべきだろう。スパルタカスは、ワイさん、と声をかけ、彼に二人を連れ戻してくるよう頼んだ。
クラーゲはガゼフが騎馬で去っていった方角に居たためか、ヨロイは彼女をすぐに見つけることができた。遠くの平原を眺める彼女は凛々しく、スパルタカスのいう役割を果たせそうな雰囲気を纏っていた。言い得ぬ魔性・妖艶さに、見る人皆が話しかけ辛いと感じることだろう。しかしヨロイはそういったものを気にするような人間ではないので、クラーゲさん、とすぐに声をかけるのだった。
「……なんですか」
ヨロイに背を向けたまま放たれたクラーゲの声の色は、明らかに不機嫌そのものだった。賢者タイムを迎えた彼女は今、どうしても一人になりたかった。故にヨロイは邪魔者なのだ。
「スパルタカスさんが呼んでるっすよ」
「……ふうん」
「すごく大事な話なんすよ」
「……ふうん、あっそう」
関心の感じられないクラーゲの生返事に、ヨロイはむっとした。だが、クラーゲはそんな彼女のことなど知ったことかと言わんばかりで、仕舞には遠眼鏡を取り出して地平線を眺め始める始末だ。
そのことが頭にきたヨロイは、ずかずかとクラーゲに近づいて行く。と、その時だった。
「まずいっ」
遠くの平原で、ガゼフが敵陣を突破することなく、落馬して孤立しているのが見えた。
『クラーゲ殿、我々はスパルタカス殿らと敵を挟撃する。しばし、貴殿の忠臣たちの力を貸していただきたい。そしてわがままついでに一つだけ、頼みたいことがあるのだが……』
この場所でガゼフに言われたことは一つ。ガゼフ達が敵陣の一画を突破して抜けた場合、スパルタカスらに挟撃を開始するように伝えてほしい、というものだった。
作戦は失敗に近い状態だ。外側の攻撃の要、肝心のガゼフが敵陣内に取り残されてしまっている。そして彼を囲うように、複数の天使が出現する。
リンチの恐ろしさを痛いほど理解しているクラーゲは、ヨロイにスパルタカスを呼ぶように言い付け、彼女自身は愛刀“古い混沌の刃”を携え、平原を駆けていった。
「あーっ! 待って!」
ヨロイはクラーゲの言い付けを、言われたすぐそばから破った。
「ヨロイ殿、待たれよ!」
ワイはやっとの思いでヨロイに追いついた。追いついたのだが、こちらの声が聞こえていないのか、走り去っていく駄犬な彼女。
「…………」
ワイはヨロイの漆黒の背を、白い目で見送るのだった。
◆
包囲の突破に失敗したガゼフは、絶体絶命の窮地に立たされていた。
「くっ、まさか陣形を狭め、壁を厚くしているとはな……」
こちらの作戦を看破し、的確に防いだ敵指揮官を忌々しく思う。
「武技、流水加速!」
天使の攻撃を剣の腹で受け流し、返す刃で天使を斬り飛ばす。消滅した天使を一瞥し、ガゼフは唇を噛んだ。これで15体目。だが、倒しても倒しても湧いてくる天使たち。しかもその天使たちは、武技を使わねば倒せないほどに堅い敵ときた。こちらの身を案じ、戻ってきてくれた自慢の部下たちも、貧弱な装備のせいで苦戦を強いられている。一人が肩口を貫かれて倒れ、一人が脇を切り裂かれ倒れ伏す。
元々不利だった状況がさらに不利になっていく。
(スパルタカス殿の合流を待って、守りを固めるか? いや、我々の装備で守勢に転じるのは自殺行為か……。ならば、一か八かで特攻を仕掛けるしかあるまい!)
ガゼフは決死の特攻を敢行すべく、大きく息を吸って呼吸を整える。ガゼフは脇を締め、足に力を込める。彼の標的は、隊長であるニグンに絞られた。
「ふぅん……。各員、天使を失ったものは再召喚をし、ストロノーフに攻撃魔法を集中させろ」
対して、ガゼフの視線を察したニグンは隊員に天使を再召喚させ、それぞれが攻撃魔法を放つように命令を放った。
強い衝撃がガゼフを襲う。彼の貧弱な防具では、それらのダメージ軽減は期待できない。事実、ガゼフは身体をよろめかせ、口から血を溢した。
「がはっ!」
ガゼフの防具はひび割れ、欠け、その性能を低下させていく。
「今だ、天使で止めを刺せ!」
部下に闇討ちを仕掛けた
眼前に迫る天使。ガゼフはその一連の動作がスローモーションのように見えた。
天使は掲げた光の剣をガゼフへと振り下ろす。陽光聖典の誰もが、この時、作戦の成功を確信した。
『なっ!!』
陽光聖典の隊員たちが驚愕の声を上げた。隊員の天使に一筋の切れ目が入り、天使の上半身がずれた。重力に引かれるままにそれが地に落ちると、天使は消滅した。
「クラーゲ殿……」
刀を振り抜いた姿勢のクラーゲが、ガゼフの眼前に映る。
ガゼフはクラーゲの圧倒的な戦力に目をむいた。彼女の持つ長刀は禍々しく、身につけている装備品、その全てが国宝級以上の物品だとわかる。
「ガゼフさん、貴方に効果があるかはわかりませんが、これを渡しておきます」
差し出すクラーゲの左手には、光り輝く石があった。
「クラーゲ殿、これは?」
ガゼフはそれを受け取ると、首を傾げた。
「雫石と呼ばれる、手で砕けば使用者のエイチピー……生命力みたいなものを回復させる品です」
「なんと! かたじけない」
説明を聞いたガゼフは迷わずに、雫石を持った手をぐっと強く握った。石と言われた通り、雫石は硬いものだったが、握った途端に砕けた。
「何やら、体中の痛みが引いてきたようだ」
ガゼフは神妙な面持ちで、クラーゲを見た。
雫石は、ガゼフのような異世界の人間にも効果があるらしい。後で皆に教えておこう。
クラーゲはガゼフが回復したのを確認すると、敵隊長であるニグンを睨みつけた。彼女からの背筋も凍るような視線に、ニグンは心臓が止まったかのような錯覚に陥った。
ごくりと喉が鳴る。
「な、何者なのだ、貴様は……?」
自分の雄姿に怖気づいた敵。そう認識したクラーゲは、調子に乗った。
「我は王。呪われた火の王だ」
「呪われた火の王……だと?」
王という言葉と呪われた火という言葉に、ニグンは戦慄を覚えた。クラーゲの付けている白銀の冠は、王冠というよりもティアラの方に近い形状だった。しかし、彼女が王か女王かなどという小さな観点はどうでもよい。問題は、遠目でもわかるぐらいそのティアラが膨大な魔力を内包しているものであり、彼女の左手に迸る灼熱の炎の存在が彼女を
「奴が例の
ニグンが例の
(なんだとっ? ならば、少なくとも
ニグンは有利な状況が押し返されてきたことに歯噛みした。
「ああー! やっと追いついたっ!」
戦場に不釣り合いな少女のような女の声。
重厚な漆黒の鎧などものともしない猛スピードで走ってきたヨロイ。その姿は部下からの報告と合致している。
焦燥感に駆られ始めたニグンは泡を食った様子で、
「おい、まさかあの者か!?」
「ま、間違いありません、隊長!」
部下からの報告では、あの漆黒の騎士は
「ふん、向かってきたか……愚かな」
最早、“呪われた火の王”になりきってしまっているクラーゲは絶好調だった。彼女は懐から“炭松脂”を取り出すと、それを“古い混沌の刃”の刀身へと滑らせるように塗っていく。
「万象一切灰燼と為せ、流刃惹火」
クラーゲ渾身のオサレ魂が火を噴いた。