「篝火……だと?」
村人の報せを聞き、広場へと戻ったスパルタカスは絶句した。
村へと来た時は篝火なんてものはなかったはずである。それが6箇所も……。さらにいうと、自分についてきてくれたプレイヤー17名全員が篝火の前に座って休息を満喫している。
いったい何時の間に篝火なんて代物が出現したのだろうか。いや、それよりもだ……。スパルタカスの内心に再び疑問が湧く。
(篝火があるということは、ここはダクソの世界なのか? それとも誰かが戯れに作った偽物か?)
「スパルタカス様、あの……兵士の皆さまはいったい何をされているのでしょうか?」
戸惑い気味に村長が尋ねた。ダクソプレイヤーでない者から見れば、プレイヤーたちの行動は謎だ。寒い季節ならば別だが、現在は半袖でも十分なくらいの気温で、普通は暖を要しない。
「まあ、その……我々の祖国の儀式みたいなものです」
ただの出まかせ、ウソだ。正直、村長に構っていられる状態じゃない。
スパルタカスは近くの篝火まで歩いていき、座って篝火を見つめている女に声をかけた。今すぐにでも、これらの篝火について訊きたかった。
「クラーゲさん」
「スパルタカスさん……。お疲れ様です。話し合いは終わったんですか?」
クラーゲの質問にスパルタカスは首を振って篝火を指し、村の人が驚いたみたいで、と苦笑を浮かべた。クラーゲは彼の言葉に、なるほど、とだけ言うと顔を逸らした。
仄かな暖かさを放つ篝火を見ると、彼女は急に睡魔に襲われた。――今日はとんでもないことが起き過ぎた。
「すみません、少し、寝ます……」
「え、ちょっ」
会話をそっけないやり取りだけで強制終了されたスパルタカスは慌てた。
「クラーゲさん? クラーゲさん、クラーゲさーーん」
クラーゲの名を何度も呼ぶが、どうやら彼女は寝こけることに決めたらしく、一向に返事をしない。
スパルタカスは諦めのため息をつくと、彼女の後ろに座るヨロイへと視線を向けた。
「ヨロイさん、少しいいですか?」
声をかけると、クラーゲの背後、漆黒の騎士がスパルタカスの方を振り向いた。
「ん~? なんすかー?」
巨漢が着るような漆黒の騎士甲冑一式――レイムシリーズ(兜以外)を着込んだ女は、軽い口調で答えた。
「なっ……」
ヨロイの声に村長は驚愕した。声を出しはしなかったものの、彼女の声を聞いた村人も同様だった。彼らを驚かせた要因は2つあった。それは、ゴツイ鎧を着ていたのが女性だったことと、振り向いた彼女がかなりの美人だからだった。金髪蒼眼で、髪をポニーテールにした娘だ。ドレスでも着せたら、貴族の令嬢と見紛うほどなのではないだろうか。
「んー?」
「っ……し、失礼しました、騎士様!」
ヨロイに見られた途端、彼女の気分を害したと勘違いした村長は、額に汗を浮かべて謝罪をした。そんな村長を、いきなりどうした、と思いながらヨロイはただじっと見つめる。
「……」
「ヨロイさん、この篝火はどこから?」
と、ここでスパルタカスが二人の間の空気をバッサリと切った。スパルタカスにとっては認知しないことではあるが、村長は助かったと、胸を撫で下ろした。
「篝火はワイさんが見つけたっすよ。というより、篝火の基となるアイテムっすけど」
「アイテム?」
「アレっす、アレ。あの剣を地面に突き刺すと、その周りが篝火になるみたいで」
ヨロイが指したのは篝火に突き立てられた剣だった。
「篝火の剣っていうらしいっすよ。たぶん、スパルタカスさんのアイテム欄にも入ってるんじゃないっすか?」
言われてすぐに、スパルタカスは当該アイテムを探った。すると、それを最下列で見つけた。
(な、なんだとぉー!!)
「あの、スパルタカスさん」
膝を折ってがっくりと項垂れるスパルタカスの頭上から、マッチが遠慮がちに声をかけた。
「マッチさん。……どうしました?」
「どうかしたってわけではないんですけど……。せっかく村も無事に救えて、篝火も手に入れられたわけですし、丘で待ってる皆にこのことを教えた方が良いんじゃないかなって」
「ああ……、それもそうですね」
そう言ったスパルタカスは立ち上がると、マッチの肩に手を置いた。
「え?」
「マッチさん、よろしくお願いします」
「えっ……」
■
驚くべきことに、小高い丘を埋め尽くしていた100名以上のプレイヤー、そのほとんどが姿を消していた。残っているのはアカと、彼同様にぐうたらしている者たちが12名だけ。
マッチは急いで、プレイヤーの一人――アカへと声をかけた。
「すみません、あの、他の人たちは一体どこへ?」
「……さあね。俺、ずっと寝てたんで」
横になっていた身体を起こし、ふあ~、と欠伸をするアカ。マッチはその姿にイラっとしたが、心を落ち着けて、他のプレイヤーへ先ほどと同じ質問を繰り返した。
「あ~……そのことな……」
マッチの質問に、黒髪ロン毛の男プレイヤーは言い淀んだ。
彼はしばし俯いていたが、話すことが纏まったのだろう。槍を使って地面に何やら描き始めた。
『†Artorius† †Ornstein†』
男が描いていたのは文字だった。どうやらプレイヤー名っぽい。マッチはそう思うと同時に、痛い痛い痛い、と内心呟いた。
マッチの齢20の人生経験上、男なら誰でも通っただろう道を察した。特にプレイヤー名の前後に『†』を入れる奴は、大体がお子ちゃまだ。もちろん、精神的に、という意味で……。彼は男が次に何を言うのか悟った。
「まずこの二人が、要するに……Aの字が『この世界は絶対にダクソの世界か異世界。つまり、ダクソ界で最強と言われた僕は最強』つって、次にOの字が『ダクソ界で最強の玄人たる俺が、異世界でTueeee出来ないわけないじゃん』とかぬかし始めてよ」
言葉を紡ぐ毎に哀愁を帯び始めた男に、マッチは同情した。
「これがまた、どういうわけか同レベルの奴らが結構いてよぉ……。誰かが『最初に一国落とした奴が最強』とか言いだすもんだから、あいつら、エライはりきっちまって」
とは言っても大半の奴らは便乗で、馬鹿を人身御供にこの世界の情報収集に出たみてーだ。と、男は締めくくった。
マッチはこんな未知の状況でも粋がるお子ちゃまに、深い深いため息をついた。
「そうだったんですか」
「おう……」
「大変でしたね」
「おう……。まあ、俺は見てただけなんだけどな」
この男、止めようとしなかったのか。マッチは男に非難めいた視線を向けたが、用件を思い出して再びため息をつく。ここに残ってる連中もろくでもない奴らなんだろうな……。
そうは思いつつも、マッチは暫定的なリーダーのスパルタカスに頼まれたことはしっかりと果たすつもりだ。人の住む村を襲う蛮族兵士がいるような世界で、頼まれごとをすっぽかしたせいであの集団から仲間外れにされたら堪ったものではないからだ。
マッチは嫌々ながら男と、ぐうたらするアカ達に村のことや篝火のことをしっかりと伝え、自分に付いてくるよう促した。
◆
王国戦士長ガゼフ・ストロノーフとその部下たちは警戒を強めた。馬に跨る彼らの視線の先、カルネ村の広場からは火が上がっている。そして、その周囲には様々な鎧や甲冑を纏った兵士と思しき者たちがいた。
ガゼフは集団の中から頭一つ抜け出して先行すると、赤い軽装をした男の隣に、この村の人と思われる者が二人いることに気がついた。
篝火に屯するプレイヤーたちからの視線が集まる中、ガゼフは警戒を解かず、馬上から中年の村人へと声をかけた。
「私はリ・エスティーゼ王国王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らしまわっている帝国の騎士たちを討伐するために、王のご命令を受け、村々を回っている者である」
彼の言葉に、中年の村人――村長が、王国戦士長……。と、驚いた表情で呟いた。
「この村の村長だな。隣にいる人物は一体誰なのか……、そしてこの焚火の周りに集っている騎士たちが何者なのか、教えてもらいたい」
ガゼフの問いに、村長は村で起きた惨劇とスパルタカスたちが村を救ったことを説明した。村長の説明にガゼフは目を一瞬大きくすると、馬から降りてスパルタカスと相対した。
「この村を救っていただき、感謝の言葉もない」
ガゼフはそう言って、スパルタカスへと右手を差し出した。
王国戦士長と言うのは、おそらく軍のトップの地位だろう。そんな位の高い人間が礼儀正しく、実直で真面目な対応をすることに、スパルタカスは少し気を良くした。
「いえ。我々としても、罪のない弱者が一方的に嬲り殺されるのを見過したとあっては、寝覚めが悪いですからね」
本当は情報収集と検証が目的だったのだが、わざわざ心証が悪くなるようなことを言う必要はない。そう思ったスパルタカスは、信用を少しでも得るために大鷹の兜を外した。すると、黒い髪を丸刈りにした端正な顔が現れた。
「!(若い……)」
ガゼフは驚愕した。スパルタカスはガゼフの見立て通りなら、少なくとも自分と同等の力を持った男だ。それゆえ、年のほども同じだろうと思ってはいたが、見た感じでは齢20ほどの若者。おそらくこれからも成長していくことだろう。
(将来は歴史に残る英雄になるかもしれんな……)
「重ね重ね礼を言う。この村を救っていいただき、本当に感謝する」
ガゼフとスパルタカスはお互いにしっかりと右手を交わしあった。
右も左もわからぬ世界の中では、味方は多い方がいい。しかも相手は一国の軍の戦士長。スパルタカスはどうにかして、彼の懐に潜り込めないかと考え始めた。そしてちょうどそんな時だった。一人の兵士がガゼフの元へと駆けてきた。
「戦士長! 周囲に複数の人影。村を囲むような形で接近しつつあります!」
斥候の言葉に緊張が走る。村長と村人は怯えた表情をし、不安げにガゼフを見つめる。
「村長、スパルタカス殿。少しよろしいか?」
▲
ガゼフは村長に村民は一つの建物内に避難するように命じ、自分たちは相手の様子を窺える家で相手の出方を探っていた。
「一体何なんだ、あいつら」
ガゼフについて来たスパルタカス、その彼について来たクラーゲがぼそりと呟いた。彼女は切れ長の目をすっと細め、ゴーレムのような見た目の天使を見つめた。かの“黄金”とはタイプが違うが、絶世の美女たる彼女に見劣らない美貌を持つクラーゲに、彼らは息を飲んだ。だが部下たちとは違い、ガゼフのそれは別の意味合いだった。
ガゼフにとって、クラーゲの纏っている雰囲気は異常だった。まるで最強の存在を見ているかのような、彼女はそういった絶対的な強者としての雰囲気を醸し出している。
それに彼女だけではない。ワイと名乗るバケツ頭の白銀の騎士や、ヨロイという名の漆黒の騎士(兜装着済み)、シコシコという名の腰巻しか身につけていない変態等……。自分やスパルタカスよりも強い存在が、彼を除く15名中14名。よってこの場には英雄級が少なくとも16人もおり、しかもそのうちの4名は圧倒的な雰囲気を持つ存在。はっきりいって、もし彼女らがこれから起こるであろう戦いに参戦してくれるのなら、敵が何であろうと勝利は固いだろう。
そう、相手が例え優秀な
「これだけの
スレイン法国……か。クラーゲはぼそりと呟き、スパルタカスを手招きした。
「クラーゲさん、何か?」
「地図プリーズ」
手のひらを上にし、くいくいと手招きする。
スパルタカスは村長から拝借した地図を取り出すと、それをクラーゲへと渡した。彼女はしばしそれを見つめると、ふうん、といってそれをスパルタカスへと返す。
(やべえ、文字読めないからどれがスレイン法国か全くわからん。メモするか振り仮名くらい振っておいてくれ)
スパルタカスの気配りの無さに呆れ、クラーゲは小さく嘆息した。
「スレイン法国に何か心当たりでも?」
横から見ていたガゼフが問うと、クラーゲは口の端を僅かに引き攣らせた。
「いいえ。にしても、一国の軍の頭を殺しに来るなんて……。もしかしてこれから戦争にでも発展する?」
クラーゲの台詞にガゼフは頭痛を覚える。
リ・エスティーゼ王国はただでさえバハルス帝国と戦争状態になっているのだ。そんな状態でスレイン法国と戦争をしようものなら、挟撃されて確実に敗北するだろう。さすがの貴族たちも、それを望むほどバカではないだろう。
ガゼフは首を振って、クラーゲの質問に否と答えた。
「ならばよし」
言うが否や、クラーゲは銀色に光る何かを手に取って片膝をついた。その場にいた者たちは一体何をするのかと彼女を注視したが、次の瞬間、プレイヤー以外のガゼフ達は目をむいた。なぜなら、彼女が突然木箱にその姿を変えたからだ。
まさか
「敵の具体的な数が把握できないまま、戦うのは危険な事だと皆はわかってると思う」
木箱が喋る。シュールな光景だが、プレイヤーたちは彼女が何をしようとしているのか察した。ソウルシリーズでのよくある死因に、数の暴力によるリンチがあげられる。『ごり押しダメ、絶対』はソウルシリーズプレイヤーの常識だ。まずは敵数と配置を調べ(覚え)、それから本番の戦いを仕掛ける。
しかしクラーゲの考えは、彼らの期待しているそれではなかった。危険な偵察役を買って出るのではなく、単純に擬態して敵に奇襲を仕掛け、美味しい所をいただこうとしているだけだった。
この世界でもダクソ同様に、何かを殺せば、殺した者のみにソウルが手に入る。そしてソウルは理性を保つために必要不可欠な神秘。所持しているボスソウル等を、保険として持っておきたい彼女の狙いはソウルの横取りだった。
「おふっ。クラーゲ殿が行くなら拙者もついて行きますぞ」
「クラーゲ殿、私も同行しよう」
「ワイさんが行くならアタシも」
だが残念なことに、クラーゲの目論見はすぐに破綻する。シコシコとワイ、ヨロイの3名がついてくると言い出したのだ。3名はクラーゲと同じように銀色のタリスマンを手に取ると、シコシコは仏壇の石像に、ワイは壺に、ヨロイはネズミの石像に姿を変えた。
「お前らそれ、絶対にばれるから」
スパルタカスが突っ込みを入れてやめさせようとするが、アホなヨロイが、
「大丈夫っすよ!」
などと言って民家から出て行ってしまった。そしてそれをクラーゲが追いかけ、クラーゲをシコシコとワイが追いかける。
あいつら余計なこと仕出かさないだろうな、とスパルタカスは痛む腹を押さえた。