亡者だよ! 全員集合!   作:ニンジンマン

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遅れてごめんなさい


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 華美過ぎない、品性の窺える調度品の並ぶ一室。

 椅子に座るクラーゲは焼き菓子を頬張った。彼女はティーカップを手に持つと、それを口に傾けた。

 彼女は中身が空となったそれを置くと、ゆったりと背凭れに寄り掛かった。

 

「ふっ、高貴な者が使用人に身を窶す。そういうのもたまにはオツなものだと思わないか?」

 

 クラーゲはそう言って黒い燕尾服の袖をひらひらと振った。今の彼女は黒い鎧と白銀の王冠を身に付けた姿ではなかった。

 彼女の隣に腰掛けるヨロイは、変にテンションの高い彼女をジト目で見た。

 

「その台詞何回目っすか……」

 

 小さくため息をつくヨロイもまた、いつもの黒い全身鎧(フルプレート)姿ではなかった。今の彼女は黒を基調とした、裾だけが白い――いわゆるゴシック・アンド・ロリータなファッションのドレスを着ている。昨日、クラーゲにドレスを買わされて着させられ、スパルタカスによって髪型もポニーテールからツインテールに改造されたため、その姿は元の参考キャラと全くといっていいほど同じものとなっていた。

 彼女の元キャラを思い起こし比較してみても遜色ない。ヨロイの可憐さに萌えたために、クラーゲはテンションが高いのだ。

 

「だって、これ以外話題ないし」

 

 今着ている服装の話題など、たいていは一度で済む。そう何度も話し込むようなものでもない。

 だがそれを何度もしてしまうほどに、何もすることがなかった。

 

「というか、なんでコスプレなんすか?」

 

「い、いいじゃないか別に。ちゃんと下半身も人の、しかも男装したクラーグとか見てみたいとか思わない? 超レアだよ!?」

 

「レアだとは思うっすけど。クラーゲさんはクラーグじゃないし。所詮パチモンだし」

 

「パチモン言うな。ヨロイ君、君の認識は甘いぞ。クラーグは母が事故って化け物になった哀れな娘ってだけだけど、この私は騎士団を纏める偉大なる王なのだ! すなわち、偽物だけど私の方が凄いということだ!」

 

「……あ、そうすか」

 

「――ノってくれないと会話が弾まないではないか」

 

「そのテンション、ノリづらいっす」

 

「なん、だと? …………ううーん。だめだ、つまらん。まったく、ガゼフのおっさん早く帰って来いっての」

 

 ついに愚痴が零れる。

 ドラングレイグ王国騎士団は現状、ガゼフ・ストロノーフ個人に雇われているため、彼の意向に添わなくてはならない。

 街で待っていろと言われているせいで、いつガゼフが帰ってくるかはわからないこともあって、動きたくても動けない状態になっている。どうしようもないもどかしさが、彼女の中に燻っていた。

 

「ほんとっすよ。もう、ちょー退屈」

 

 これに関してはヨロイは同意した。

 朝食を済ませてから、お互いかれこれ1時間ほどはこの部屋でこうやっているのだ。

 何か暇を潰す良い案は無いものか――。

 二人は無い頭を捻って色々と模索するが、名案というものはなかなか思い浮かばない。

 

『――ですって――こわ――ね』

 

『――え――が――出――たの?』

 

「ん?」

 

 廊下から女性たちの話し声が聞こえた。だが、途切れ途切れで詳しくは聞こえなかった。

 興味をひかれたクラーゲは廊下側の扉へと近付くと、そこに耳を当てた。

 

「昨夜もまた女性が一人攫われたらしいですわ」

 

「もしかして、またあの?」

 

「ええ。そうお聞きしましたわ」

 

「まあ! これでは恐ろしくて王都へ向かえませんわね」

 

(人攫い? ということは野盗とかか?)

 

 これは良い暇つぶしになりそうな話だ。そう思ったクラーゲは扉を開け放ち、先ほどの会話をしていたと思われる女性二人に顔を向けた。

 華やかなドレスを着ている若い娘であることから、二人は高貴な身分であろうと予測できる。

 クラーゲは今、執事の様な恰好をしている。彼女は彼女のイメージするそれっぽそうな口調で二人の女性に声をかけた。

 

「失礼、そこのお美しいお嬢様方」

 

 魅惑的なハスキーボイスが二人の鼓膜を震わせた。声のした方を向けば、そこにいたのは気障ったらしくお辞儀をする男装の麗人がいた。理想的な女性版執事像といった相好をしたクラーゲに、女性二人は驚き固まった。

 

「クラーゲさん?」

 

「あ……」

 

 クラーゲの背後から、絵画から飛び出て来たような絶世の美少女が現れた事も相まって、二人は声が出なかった。黒を基調としたドレスに身を包んだヨロイは、貴族の女性から見ても文句なしの令嬢然とした風情だった。

 急に目の前に現れた美女二人に、女性二人は金魚のように口をパクパクと開閉させた。

 

「いかが、なされましたか?」

 

 クラーゲはそう言って、ずいっとその端正な顔を女性たちへと近付けた。

 

「い、いえっ!」

 

 僅かに頬を赤らめ、片方の女性が両手を胸の前で振った。

 

「その……あの、わたくしたちに何かご用件が……?」

 

 どうにか心を落ち着けたもう片方の女性が訊いた。

 

「無礼を承知でお聞きしたいのですが、先ほどの女性が攫われた、という話を詳しくお話し願えないものかと思いまして」

 

「会話を聞いていたんですの?」

 

「聞き耳を立てていたようで申し訳ありません」

 

「いいえ、構いませんわよ。街道で起きた人攫いのお話でよろしいのよね?」

 

「はい。お願いします」

 

 クラーゲが頷くと、女性は街道に現れるという盗賊団の噂を語った。

 

 

 

 

 現在、クラーゲとヨロイの二人はエ・ランテルから馬車を借りて、女性たちから聞いた噂の場所を目指している。そんな道中、黒い全身鎧(フルプレート)に身を包んだヨロイが隣に視線を向けた。

 

「勝手に街の外に出てきてよかったんすか?」

 

「問題ない。何せ私は王だからな。誰も私の行いを咎められまい?」

 

「基本的にはそうすけど。でも、実質的なリーダーのスパルタカスさんに愛想つかされたら、ボッチにされるっすよ」

 

「ばれなきゃいいんだよ、ばれなきゃ!」

 

「ばれたら?」

 

「ジャンピング土下座を決めまする」

 

「あ、そうすか」

 

 相変わらず偉そうな態度の割に肝っ玉の小さいクラーゲ。ヨロイは彼女を一瞥すると小さくため息をついて視線を前に戻した。

 辺りは薄暗くなってきている。この世界の外での夜が危険だということは、ガゼフたち王国兵との行軍の際に教えてもらった。この世界には危険な未知なモンスターがわんさかいる、らしい。

 野盗退治なんてとっとと終えて、すぐエ・ランテルの普通のベッドで寝たいものだ。

 ヨロイは恨みがましい視線をクラーゲに送る。

 

「ど、どうかした?」

 

「なんでもないっすよ」

 

 目を逸らしため息を再びつく。

 と、その時だった――。

 がくん、と車体が大きく揺れて停まった。

 次いで外が喧騒に包まれてきた。どうやらこの馬車を数人から十数人の男たちが取り囲んだらしい。

 噂の野盗どもだろうか? 

 ヨロイは大きく息を吸うと、インベントリから煙の剣と大剣を装備欄にセットし、応戦体勢へと入った。

 

「は?」

 

 一方のクラーゲは、思わぬアクシデントに顔を顰めると、車内のドアノブへと手をかけた。

 まともな戦いを数日以上もしていないせいか緩みきっている。ヨロイは舌打ちをした。

 

「クラーゲさん、まっ……!」

 

 軽率な彼女のその行動に、ヨロイは待ったをかけようと手を伸ばした。しかし、その手が届く前に事は起こった。

 車内から出たクラーゲの胸の中央に、鈍色の刀剣が刺し込まれる。

 この馬車の御者であるザックは、この野盗の一味だったのか。

 クラーゲはこちらを卑しい目つきで見る彼に対して、途轍もない蔑みの感情を抱いた。

 

「へへっ。残念だったな、若いの」

 

 愉悦じみた笑みを浮かべながら、野盗の男はクラーゲの胸に突き立った剣を抜き去る。

 その際、クラーゲの巻いていたサラシが解け、ザックたちは目を大きくした。

 

「なんだよ、こいつ女だったのかよ。ちっ、もったいねえことしたな……あん?」

 

 剣を胸(心臓)に受けておいて、倒れない。夥しい出血をしているのに平然と立って、こちらを睨みつけている。クラーゲのその異様な姿に、野盗の男たちは背筋が冷たくなるのを感じた。

 なんだこいつは……? 何故死なない?

 クラーゲを攻撃した男は、恐怖に足が鉄の塊のように固く動かなくなっていた。

 しかし、彼の恐怖はこれだけでは終わらなかった。

 何か巨大なものが崩れるような大きな音に、野盗たちは身を震わせた。その音の方向を見ると、馬車であったものが細切れの廃材へと姿を変えていた。そしてその中央には、屈強な漆黒の戦士が佇んでいる。

 スリットから除く青い瞳が、松明の光を反射して怪しく輝いていた。

 ザックは驚愕した。確かこの馬車へと乗り込んだのは、剣を胸へと突きつけられたあの執事と、年端もゆかない美しい少女だったはずだ。しかし、粉々になった馬車から顔を除かせたのは全身鎧(フルプレート)の戦士。

 話が違う。野盗たちは一斉にザックへ顔を向けた。しかし、当のザックも困惑している。その様子から、ザックもまた知りえないことだったのだということを理解した。

 

「どうした、顔が蒼いぞ?」

 

 声のした方を見れば、黄金の瞳と目が合う。

 

「ひいっ!」

 

 明らかに、人であれば致命傷であるはずのそれを意に介していない。野盗の男は顔を引きつらせて、後退りした。

 クラーゲは自身を刺し貫いた剣を注視すると、鼻を鳴らした。

 

「対人用の剣か、おもしろい。それなら、こちらにもあるぞおおぉぉ!!」

 

 絶叫のような怒声を放ち、右手に氷の刺剣を握る。

 クラーゲは硬直する野盗の男の眉間へそれを突き立てると、それを手放し、今度はレイピアを装備して隣の野盗の胸に風穴を開けた。

 動き始めたクラーゲに呼応するかのように、ヨロイも動き始めた。

 彼女は煙の特大剣で剣ごと野盗をへし折ると、煙の剣を投擲してもう一人の野盗を仕留めた。目にも止まらぬ速さで投げつけた剣を回収すると、すれ違いざまに野盗の脇腹を切り裂き、続けてもう一人を特大剣で潰殺する。

 野盗が全滅するのは一分もかからなかった。

 ザックは目の前で起こった信じられない出来事に、腰を抜かして股を濡らした。

 

「下郎ごときが……よくもこの私を騙してくれたな」

 

「た、たすけてくれ! い、い、い、い、命だけはあああ!」

 

 頭を地面に擦り付け、ザックは泣き叫んだ。

 その無様な姿に、クラーゲは些か頭が冷えていくのを実感した。彼女は開いた胸元を隠すと、ザックに目線を合わせて屈んだ。

 クラーゲの目的は野盗の全滅。その一員を、情報も聞きもせずに死なせてしまうのはもったいなかった。

 

「ザック。命が惜しいか?」

 

「は、は、はい!」

 

「そうか。なら、少しの間だけ生かしておいてやる」

 

 その言葉に、ザックは大きな安堵感を覚えた。少しの間だけ、とはいえ時間があるのなら出し抜く方法を考える時間があるということ。あいつらを当て付けている間に己は逃げ出してしまおう。そう考えた。

 

「お前の親玉のところへ私たちを連れて行け。連れて行かなかった場合、即殺してやろう」

 

 そのクラーゲの要求にザックは、ついているな、と心の中でほくそ笑んだ。


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