「お前いい加減ダクソ2買えって。マジおもしれーから」
大学の講義が終わった後の帰り道、青年は友人にそんな事を言われた。昔からそのデモンズ、ダークソウルシリーズなるゲームについては、青年は興味があったのだが、難しいゲームということで敬遠していた。
友人の買え買え、という台詞は、もう何度目になるだろうか。青年は思わず苦笑を零した。
「ったく。わかったよ、そこまでいうならちょっとやってみる」
じゃあ、必要なアイテム手に入れたらオンラインで会おうぜ。
そう言った友人と途中で帰路を別れ、青年は近場の家電量販店でダークソウル2を購入すると、彼は早歩きで家へと帰宅した。
自室へと入り、PS4を起動。
ダークソウル2のディスクを挿し、メイン画面を経て青年は早速キャラメイクを始めた。
「まあ、こんなのは適当でいいや」
凝性の人なら1時間以上の時間を費やすキャラメイクを青年は数分で終わらせた。
制作したキャラの見た目は、デフォルト顔を坊主にした素性:騎士のぱっとしないものだった。そして、キャラの名前はMatch。
オープニングムービーの綺麗さに青年は思わず感嘆の声を洩らしながら、食い入るように画面を見つめている。ムービーが終了し、キャラが動かせるようになると、青年は心が躍った。アナログスティックをグリグリ動かしてその場を回ったり、無意味にR1を連打して剣を振り回したり……、そうしているうちに(暗がりのため、仕方ないことではあるが)彼の操作しているキャラが崖の奥、闇に吸い込まれていった。
「あ、死んだ」
虚しい気持ちにしばし駆られた後。いい加減先に進むか、と青年は前方に見える木屋へと進んだ。
何度も死にながら歩を進めていくうちに、朽ちた巨人の森でレベルが20になったところで、青年は地面に描かれた白い文字――召喚サインを見つけた。それを見つめながら、彼は以前友人の言っていたオンライン協力プレイのことを思い出した。
「これに触れればいいのか?」
キャラが召喚サインに触れる――その瞬間、異常が起こった。
青年の自室をまばゆい光が包み込む。突然の出来事に彼は唯々顔を手で覆うことしかできなかった。
◆
「何だ……何処だ、ここは?」
kra-geという名前のキャラを操作していた男は周囲の状況に困惑した。
自分は自室でダークソウル2をしていたはずである。外に出た覚えはない。突如、テレビ画面が発光したと思ったら、どういうわけかここにいた。
しかもだ。周りは自分の住居のある高層マンションの並ぶ都心部ではなく、木々が鬱蒼と生える森に囲まれた小高い丘。さらに、自分と同じように困惑した表情の男女が数十、いや数百人以上いる。
コスプレをしているのか、中世風の騎士甲冑やぼろぼろの布切れに身を包んだ人達がほとんどだ。
「あれ? なんだこれ?」
周りを見ることにばかり気を割いていたせいで気がつかなかったが、ふと自分を見てみると、何やら体に違和感がある。どうやら自分も騎士甲冑を着ているらしく、両手を見れば銀色の小手に覆われていた。
ますますわけがわからなくなっていると、群衆の中の一人がこちらを見ていることに気がつく。その者と目が合うと、相手は「く、く……クラーグがいる!」と声を上げた。
「クラーグ?」
クラーグとはあのクラーグだろうか? 男はダークソウルに出てくるボスの一体を想像し辺りを見回すが、何処にもそれらしき者は見えない。
「ほんとだ、クラーグだ」
「うほー、すげー」
周りの人々が自分を見ながら『クラーグだ』ということに、彼はまさかと思った。
心当たりがあるのだ。彼らの言うクラーグに。
それは自身が必死に魔改造したPS4にぶっ込んだ、自作クラーグMODだ。そしてそのMODを使ってキャラメイクをした自キャラは顔がクラーグそっくりになる。
いやな汗が頬を伝う。
「おい、もしかしてこれって……俺らダクソ2の中に入ってきちまったんじゃね? しかも自キャラとして」
「いや、そんなまさか、ウソだろおい」
「でもよ、これ絶対おかしいだろ。俺、赤毛ロングの女に生まれた覚えないぜ」
「え……お前、男?」
「はあ~、まじ……はまじ」
ゴツい髭面の男と赤毛の少女の会話をきっかけに、周りが騒がしくなってきた。
「今気づいたんだけどさ、君の頭上になんか書いてあるよ」
「ん?」
先ほど指を指してきて「クラーグだ」、と言った赤い鎧の騎士の男がクラーグ顔に向かって言った。
「く……クラーゲ?」
「っ!」
驚いた。クラーゲというのは自分が作ったキャラの名前だ。しかも今彼が言うには、自分はどうやらそのクラーゲと同じクラーグと同じ顔をしているらしい。これはますます先ほどの赤毛少女の台詞に信憑性が増してきた。
男――現在のクラーゲがテンパっていると、
「おおーい、皆! 聞いてくれ!」
ダークソウル2でいう、大鷹シリーズの防具に身を包んだ、『Spartacus』という文字が頭上に浮いている男が声を張り上げた。クラーゲが注視すると、彼は演説者のように両手を広げ、続けた。
「突然、自分の身に置かれた異常事態に大変だとは思うが、皆で今のこの状況を整理したい! どんな些細なことでもいい、何かわかったことがあれば教え欲しい!」
彼の言葉を皮切りに、数十人の男女がその周りに集まり、あーだこーだと話し合い始めた。その中にはゾンビのようなグロテスクな身体をした者(亡者状態の者)もおり、クラーゲは認めたくない事実を認めざるを得なかった。
「はぁ~、大変なことになっちまったなぁ」
クラーゲに話しかけてきた男、『Aka』はくたびれた様子でその場に座り込んだ。
「アカ、さんはあっちのスパルタカスさんの所へは行かないんですか?」
「え? ああ、俺はいいですよ。どうせこれは夢なんだ。ここで横になって休むことにします」
「そ、そうですか」
よっこらせ、と掛け声を一つ。アカはごろんと寝ころんだ。
現実逃避をしたくなる気持ちは十二分に理解できるが、クラーゲは彼と同じ行動をとるつもりはない。彼女(となってしまった)はアカを一瞥すると、スパルタカスの元へと向かった。
おおよそ1時間の情報・意見交換の結果、スパルタカスはここはダークソウル2の世界、もしくは異世界であり、自分たちはダークソウル2の自キャラとなってこの世界に入り込んでしまった、もしくは連れてこられたのだろうという結論に至った。異世界という意見は、勇敢な裸の男『724545』から出たもので、その理由は彼が50分ほど辺りを見回ってきた故のものである。
「なにやら近くに村らしきものがあったですぞ。しかも燃えてましたぞ」
「村が? でも穏やかじゃないな」
凛とした表情をしたクラーゲが目をスッと細めた。
「おうふ」
クラーゲの表情を見て、724545は恍惚とした顔つきになる。
「シコシコさん、その村の場所への行き方は覚えてるか? 可能なら案内してもらいたいんだが」
スパルタカスはここがダークソウル2の世界なのか、それ以外の異世界なのか、これから向かおうとしている村を見れば結論が出るだろうと確信していた。
「も、もし行って、そこにボスみたいな奴がいたらどうします?」
気の弱そうな亡者が不安げにスパルタカスを見やった。『Match』という名の彼はダークソウル2とそれ以前のシリーズも未経験者の初心者で装備も弱い。
そんな彼を安心させるためか、スパルタカスはインベントリからハイデの直剣とターゲットシールドを取り出して掲げると、それを縦横無尽に振り回して力を誇示した。
「安心してください、マッチさん。俺が絶対に倒しますとも。それに……もし本当にダクソ2の自キャラになっているのなら、不死なんで死を恐れる必要はないですがね」
そう言ってスパルタカスはカラカラと笑った。
「まあ、本当に自キャラになっているのなら平気でしょう」
柄が円状になった長剣とダガーを右手と左手に持ったクラーゲがスパルタカスに続いた。
そんな安易でいいのか、と思いながらもマッチは「はあ」という気のない返事しかできなかった。
◆
カルネ村というリ・エスティーゼ王国に属する村は今、滅びの危機を迎えていた。悲鳴や怒号が飛び交い、力なき村人たちが鎧を着込んだ兵士たちに次々と斬り殺されていく。
村で起きている惨状を目にし、スパルタカスは憤りを感じるとともに、ここがダークソウル2の世界でないことを確信した。
「力ない人々を無残に殺める。これはいけませんねえ、制裁をする必要がありますねえ」
茂みに姿を隠した『seisainokami』という名前のアヒル口の男が、今にも舌なめずりをしそうな表情をしていった。
「セイサイさん、あの兵士を二人で囲んで倒しましょう。私が囮を引き受けます」
隣のクラーゲが何処か冷めた表情で告げる。
彼女のレベルは833とほぼカンストしており、もしこの身体がゲーム準拠の身体能力を持っているのなら、斬られてもダガーでパリィをとるか、盾に瞬時に持ち替えて防げる自信があった。
「いいでしょう。では、1、2、3で行きますよ」
二人が段取りを決めているうちに、兵士は次なる標的に少女を庇う男性を据えた。
「1」
狂気をはらんだ目で男性を見、兵士は歩を進める。
「2」
兵士が剣を振り上げ、その顔に愉悦を浮かべる。
「3!」
茂みから突如として現れた、黒髪の美女にその場にいた兵士たちは目を奪われた。
そして次の瞬間――
「死ぃぃぃねぇぇぇぇーー!!」
叫び声と同時に兵士の胸部から刀身が生え、それに付随して起こる電撃。
セイサイの放ったレイピアによるバックスタブ攻撃は、見事に兵士の命を刈り取った。
レイピアをゆっくりと兵士から引き抜くと、セイサイは死した兵士を見下ろし、
「ざまぁみろ! クソが!!」
セイサイの充血した眼に、クラーゲは目を見開いた。
何かおかしい。ついさっきまでただの一般人だった人間が、こんな簡単に人を殺せるのだろうか。そして、自分も逆の立場ならセイサイと同じ状態になっていることが容易に想像できる。
そういえば、ゲームの設定では所持ソウルがないと亡者にそれだけ進行していくのだったか。
クラーゲが自分の所持ソウルを確認すると、わずか1000しかなかった。
このことは目の前の問題を片づけた後にスパルタカスに相談しよう。クラーゲはかぶりを振ると、自分とセイサイを取り囲むように陣形を取り始めた兵士たちを睨みつけた。