見える世界が歪んでる   作:藤藍 三色

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第一章

 

 

 七月の頭から八月の終わりまでの二か月間の夏季休暇は弦にとってどう過ごすか少し考えさせるものだった。

 

 七月の半ばか三週目あたりまで日本の多くの学校は平日に登校しなければならない。つまりは平日の日中に出歩いていれば補導される可能性が高いと言う事だ。結果的に弦は平日の夕方まで家を出ることを控えた。出された課題は最初の一週間で終わってしまい、それから二週間は読書か魔法薬の練習に費やされた。

 母は相変わらず部屋に閉じこもって大鍋を前に淡々と薬を作りつづけていて、弦との会話は休暇に入って一度も成立していない。そもそも父が亡くなってから七年、成立したのは数えられるほど少なかった。

 

 ふくろう通販をほぼ毎日利用しながら、弦は日刊預言者新聞の購読も続けていた。叔母がこちらに滞在していたときの名残で新聞が届くのだ。九月からはまた叔母が弦の代わりに母の世話をするため滞在するのでそのままにしている。

 三週間目に入ったころになってハーマイオニーとロンから手紙が届いた。それぞれの手紙を届けた梟はへとへとになっていて、あの二人はイギリスと日本の距離を勘違いしているのではないのかと弦は呆れた。日刊預言者新聞はアクロイド家にまず届き、そこから弦の家のポストに直接送られる。叔父との手紙のやりとりもこれでしているために、梟が直接届けに来ることは滅多になかったのだ。

 

 梟たちを丁重にもてなし(水と餌をたっぷりとあたえ、その羽毛を綺麗に整えた)、弦は彼らの手紙を開いた。まずはハーマイオニーだ。

 彼女は近況を語り、弦がどうしているかを気にかけた。それから今年の教科書のリストがまだこないことを嘆き、どんな本が参考になるかと尋ねてくる。最後に「ハリーから手紙がこないの」と不可解なことが書かれていた。

 

 次にロンの手紙を読めば、やはり近況報告から始まり、そして弦のことを尋ねた。それからすぐにハリーのことになった。やはり彼もハリーからの手紙が来ないことを書いていた。自分達から送っても返事もないのだと。ロンは弦の知恵を強く求めていた。

 ともかく弦はハーマイオニーとロンに返事を書くことにした。

 

 日本の夏はイギリスよりも湿気が多くて少々過ごしにくいこと(慣れているけれど)。宿題はすでに終わってしまったこと。ハーマイオニーのほうには彼女が興味を抱きそうな本の題名をリストアップし、それから二人にハリーの状況についての推測を教える。

 

 一つはハリーのヘドウィグが使えないのではないかと言うこと。ハリーの叔父さん家族が真っ白で綺麗な梟であるヘドウィグを使っての手紙のやり取りを禁じている可能性は十分にある。だって普通じゃないから(ハリーからあの家族が普通でないことを嫌い、まともであることを好むことはすでに聞いて知っていた)。

 

 一つはこちらかの手紙はもしかしたら取り上げられてしまって読んでいないのかもしれないこと。帰ってきた梟たちの足に手紙がないなら、ハリーが返事を書かないように先に取り上げて燃やしてしまっているのかもしれない。

 

 最後にハリーのことについては梟便とは別の方法でコンタクトをとってみると約束し、弦は二通の手紙をそれぞれの梟の足に間違えないようくくりつけ、送り出した。一晩休んだからか、梟たちは力強く飛んで行った。

 

 それから弦は行動を起こした。まずは叔父であるコンラッド・アクロイドのもとを訪ね(ポートキーで日本の水無月家、イギリスとフランスそれぞれのアクロイド邸は繋がっている)、彼に魔法をかけてもらった小箱に非常食と水、それから日持ちする和菓子を入れた。非常食も水も日本製の商品だ。その上にハリー宛の手紙を置き、綺麗に包装する。手紙には箱の使い方と中に収納されている食べ物と水の量を記し、さらに箱は食べ物の臭いを盛らなさないからばれないだろうと書いた。

 

 紅い包装紙に包まれた小箱と、赤ワインの入った木箱、さらにイギリスの高級チョコレート店いちおしの商品、いい香りのする瓶詰のポプリを全て同じ段ボールに入れ、マグルの宅配便でハリーがいるダーズリー家に送った。電話番号と住所を彼から聞いておいて良かったとこのときばかりは思った。

 

 それが届く前にダーズリー家に電話をかけた。電話口に出たのは女性だった。

『もしもし?』

「もしもし。そちらはダーズリーさんで間違いないでしょうか」

『ええ、そうですが……』

「初めましてユヅル・ミナヅキと言います。ハリー・ポッター君の同級生です」

 

 ハリーの名前を出すと夫人はあからさまに声を固くしたが、弦はかまわなかった。

「実は学期中にハリー君に“大変”お世話になりまして、そのお礼に贈り物をさせていただいたんです。××日ごろの昼に届くと思いますので、先にお知らせしようとお電話させていただきました」

『それはどうもご丁寧に……』

「いえ、ほんのお礼の気持ちです。ハリー君だけではなく、ダーズリーさんたちにも心ばかり包ませてもらいました。叔父と共に選んだものなので気に入っていただけると嬉しいです」

 

 最後は本当に心からそう思っていると言う風に言えば、ダーズリー夫人は弦が可愛らしい“まとも”な女の子であると考えたらしい。声を柔らかくしてお礼を言ってから、弦がハリーと代わってほしいとお願いしても快くそうしてくれた。

 

『もしもし? ユヅル?』

「やあ、ハリー。久しぶり」

『久しぶり! うわあ、すっごく嬉しいよ! 君から電話をくれるなんて!』

「喜んでもらえてなによりだ。ハリー、あまり時間がないからできるだけ静かに聞いてくれ。そちらにあまり不審に思われるんじゃないぞ」

『わかった』

 

 ハリーがそう素直に頷いてくれたので、弦は少しだけ声を潜めて今回の計画を全て話した。ハリーのあてに届く荷物の中でハリーのものは紅い包装紙のものだけであり、他は全てダーズリー家のご機嫌取りのためだけの品物であること。包装紙の中の手紙に詳しいことが書いてあるのでその包みだけ部屋に持っていくこと。

 

「マグルの贈り物ばかりだから問題はないはずだ。包装紙は小さ目だし、すぐに持ってあがれ」

『うん、そうするよ』

「ああ、それと、君の所に手紙は届くか?」

『ううん、それが……誰からも手紙が来ないんだ。一通も』

「叔父さんとかに手紙を取り上げられているわけじゃないんだな?」

『うん』

「……そうか、わかった」

 

 誰かがハリーあての手紙を奪っている。ダーズリー家ではないのなら十中八九魔法界関連だ。今年も何かに巻き込まれているらしい。トラブル吸引体質か。

 

「ハリー。ハーマイオニーとロンは君に手紙を出しているけれど、返事がこないって心配してる。手紙のことは私から二人に伝えてみるよ。もしかしたらロンが何か行動を起こしてくれるかもしれない」

『うん……うん、わかった。本当にありがとう』

「礼はいらない。来学期まで生き延びてくれ。どうしても助けが必要なときは電話しろ。番号のメモは持ってるか?」

『うん。大丈夫』

 

「よし。じゃあ、切るぞ。あ、ダーズリー夫人に『突然のお電話、すみませんでした』と伝えてくれ」

『わかった……ねぇ、ユヅル』

「ん?」

『叔母さん、機嫌がいいんだけど、何を言ったの?』

「社交辞令だ。じゃあな」

 

 ハリーが言葉を続ける前に電話を切った。彼が長電話していて良い顔をする人達ではないだろう。

 叔父に聞きかじった処世術が役に立ったと弦は疲れた様に息を吐きだした。

 

 

 

 

 

 

 八月に入って弦のもとになんとハリーから手紙が来た。例のごとく手紙を運んできたヘドウィグはへとへとに疲れ切っていた。可哀そうな彼女を精一杯お世話すればひどく懐かれた。どうやらダーズリー家でひどくストレスをためていたらしい。なんて家だ。

 ハリーの手紙にはロンと彼のすぐ上の兄の双子(彼には五人の兄と妹が一人いる)が助け出してくれたらしい。手紙にはここ数日の出来事が全て書いてあった。

 

 まとめるとこうだ。家に訪問客がきた夜のこと、部屋に一人の屋敷しもべ妖精がいた。妖精はドビーと名乗り、ハリーにホグワーツに戻らないよう説得した。話を聞いてみればその妖精がハリー宛の手紙も、ハリーが送った手紙もすべて奪っていたらしい。 ドビーはハリーのためだと何度も繰り返したらしく、強硬手段にうってでた。ハリーの杖を使って魔法を使い、逃亡。ハリーは魔法を使ったと濡れ衣を着せられ、魔法省から警告が届いたらしい。

 

 就学中の未成年魔法使い(杖を所持している)が学校外で魔法を使うことは法律で禁止されている。一回目は警告文で済むが、二回目は退校処分となり杖もとりあげられるという。中には魔法省の監視の目から逃れる細工を家に施している仄暗い貴族連中もいるみたいだ。ちなみにアクロイド家はこの法律ができてから有事以外は絶対にこれを犯していない。法律だって緊急事態である場合は魔法使用を容認すると明記されているのだ。

 

 ハリーは魔法を使ったために(それによって訪問客との会食はめちゃくちゃになった)部屋から一歩も外に出ないよう閉じ込められたらしい。扉は何重にもロックされ、窓には鉄格子が取り付けられたと書いてあった。そこまでするのか、ダーズリー家は。

 学校に行かせないと宣言されたハリーは弦が送った食料品で食いつなごうとし、そして一週間もしないうちにロンたちに助けられたらしい。そこでどういう手段を使ったのか事細かに書いてあって弦は呆れてしまった。彼らが行動を起こしたのが深夜で良かったとそれ以上考えるのは止めたが。

 

 弦は返事をしようとペンをとり、便箋にアルファベットを綴った。

 

 

 

 

 

 

 ハリーはこんなにも楽しい夏休みは初めてだと喜んでいた。ロンの家である“隠れ穴”の毎日は楽しく、魔法に溢れた生活はまさに楽しいものがいっぱい詰め込まれたおもちゃ箱のようだった。

 ウィーズリー家に温かく迎え入れられ、そこでお腹いっぱいご飯を食べた。ユヅルにもらった非常食やお菓子はおやつとして双子とロンにほとんど食べられてしまったがかまわなかった。

 

 ハリーは次の日にすぐ弦に手紙を書いた。ずっと閉じ込めて不機嫌だったヘドウィグの機嫌はまだ直っておらず、彼女は手紙を足につけられてすぐ飛び立った。つんとした態度にはさすがに落ち込んだ。

 それから三日後の朝に、ヘドウィグは帰ってきた。少しだけ機嫌がいいようでハリーの手元に手紙を落とすと、彼の皿からベーコンをくわえて休みに行った。

 

「ユヅルから?」

「うん」

 隣にいたロンがスクランブルエッグをかきこみながらそう尋ねてきたので頷く。ハリーはさっそく封を開けた。

 彼女の書く文字は相変わらず綺麗だなと思いながら読み進める。全て読み終わって、ハリーは朝食を再開させた。

 

「ユヅル、僕が無事で良かったって」

「そりゃそうだよ。水と食べ物も送ってくれたし、本当にユヅルって未来でも見えてるみたいに行動するよな」

「そうだね」

 ユヅルの頭が良いことは学年首席だったことでも証明されているし、去年の騒動を通じてハリーもロンもよくよく理解していた。彼女は人の行動を読むのが物凄く上手い。

 

「それと手紙のやりとりがしたいなら宛先を変えろって書いてあったよ。直接運ぶのは梟たちが可哀そうなくらいへとへとになるからって」

「僕も最初の手紙を送った時にそう返事に書いてあったよ。ハーマイオニーもそうみたい。そのときはもう送るなって書いてあったけど」

「僕達が手紙を送るのを止めないって思ったんだよ、きっと。えっと……そうそう、叔父さんに送って貰えればすぐに届くんだって」

「叔父さんって誰だい?」

「待って……」

 

 ハリーもロンもユヅルの家族のことには詳しくなかった。聞く機会もなかったし、弦も自ら話そうとは一度たりともしなかったからだ。

 手紙を読み返し、ユヅルの叔父の名前を捜す。

 

「『コンラッド・アクロイド』って書いてあるよ」

 

 ハリーの言葉にロンよりも早く彼の父であるウィーズリー氏が驚きの声をあげた。

 

 

 

 

 

 

 叔父経由でまた手紙が届いた。ハリーとロンの連盟だ。それとは別にハーマイオニーのもある。ハリーに手紙の返事を送った後、ハーマイオニーにも叔父宛に手紙を送ってくれれば届くと書いて出したのだ。

 ハーマイオニーの手紙には本のリストのお礼と手紙のやりとりを続けたいと書かれており弦も了承の意をしたためた。

 

 問題はハリーとロンの手紙だった。それには「『アクロイド家』との関係について弦にくわしく聞きたい」と書いてあったのだ。ウィーズリー家は純血の魔法使いの家だから叔父の名前を出したのは失敗だったかと弦は面倒くさそうにペンを握った。

 

 

 

 

 

 

「ロン! ユヅルから返事が来たよ!」

「本当か!?」

 ユヅルからの返事は手紙を出した次の日の夜に届いた。すぐに封を開けてロンと二人で顔を寄せ合って読む。

 

『ハリーとロンへ

 まず手紙はこっちに無事に届いていることを書いておく。このまま叔父あてに出してくれればすぐ返事も返せると思う。

 君達が聞きたいことを簡潔に説明すれば、コンラッド・アクロイドは私の母の弟だ。アクロイド家を継いで今はフランスにいることは大人が誰か知っているんじゃないか? イギリスの古い家柄だってことは知っていたけど、そこまで驚かれるとは思わなかったよ。

 学用品の買い出しは叔父に相談して調整中だ。運が良かったらダイアゴン横丁で会えると思う。

 ユヅル・ミナヅキ』

 

 便せん一枚の内容にロンだけではなく双子のフレッドとジョージも「おったまげ~」と眼を丸くしていた。

「アクロイド家っていったら純血名家の中でも有名だぜ」

「『例のあの人』が全盛期のころはずっと中立を貫いてたって話だ」

 双子の話はウィーズリー氏からの情報だろう。

 

 話を聞いていたらしいパーシーがウィーズリー氏に尋ねる。

「アクロイド家のご当主とはお知り合いなんですか?」

「ああ、何度か顔を合わせて話したことがあるよ。コンラッドはとても気のいい男だ……そうか、ロンがよく話してくれたユヅルって子は彼の姪なのか……ということは彼女の娘か……いやはや……」

 最後の方はほぼ独り言だった。ぶつぶつと何事か呟いている父親にロンが声をかける。

 

「パパ、ユヅルのママのこと知ってるの?」

「あ、ああ……きっとその子の母親はレティシャ・アクロイドで間違いないだろう。コンラッドの姉は彼女しかいないから。コンラッドもそうだが、レティシャとは同じ時期にホグワーツに通っていてね。それはそれは優秀なレイブンクロー生だったよ。とくに魔法薬学では上級生でも彼女には敵わなかった」

「ユヅルが優秀なのは親譲りなんだ!」

 ハリーとロンは少しだけ誇らしかった。

 

 しかしウィーズリー氏の顔は少ししかめられていて、まるで苦い魔法薬を呑んだときのような顔だった。

「あら、どうかしたのですか?」

 ウィーズリー夫人が台所から戻ってきた。追加の料理をテーブルに置きながら夫の顔を見て首を傾げる。

 

「アー、モリー。レティシャ・アクロイドのことを君は覚えているかな?」

「レティシャ? あのアクロイド家の問題児と言われた、あのレティシャ・アクロイドですって?」

 夫人は盛大に顔をしかめた。怪しい雲行きに子供達は顔を見合わせ、そして話を遮ってしまわないようただただ聞く態勢に入る。

 

「ああ、彼女のことだよ」

「ええ、ええ、もちろん覚えていますよ。それはもう優秀で、常に学年首席だった彼女のことでしょう。彼女がどうしたのです?」

「いや、なに……ロンがよく話してくれるユヅル・ミナヅキさんが、どうやら彼女の娘さんなんだ」

「なんですって!?」

 ウィーズリー夫人は眼をカッと見開いてロンを見た。ロンがびくりと肩を跳ねさせる。

 

「ロン! 本当なの?」

「ウ、ウン、僕もパパから聞いて知ったんだ。ユヅル、家族のことまったく話さなかったから」

 その言葉に夫人は鼻息荒く席に座った。

 

「まさか、あのレティシャの娘だなんて!」

「ね、ねえ、ユヅルのママってそんなに“ひどい”の? ユヅルってすっごくしっかりしてるし、優しい所もあっていい友達なんだ。僕もハリーも、ハーマイオニーだって何度も助けてもらってて……」

「ええ、わかっていますよ。ずっとそう聞いていましたから。どうやらユヅルはレティシャに似なかったようだわ」

 夫人の最後の言葉にウィーズリー氏も頷いて見せた。まったくそうだと言わんばかりのその表情をしている。

 

「ああ、本当、そうと分かればユヅルって子が心配になってきたわ。あのレティシャがまともに親をしているとは思えないし、大丈夫かしら……」

「モリー、そんなに心配することはない。コンラッドがいるんだ」

「ええ、ええ、わかっていますとも。ねえ、ロン。その子、ちゃんと食べているようだったかしら? まともな生活ができていた?」

「それは大丈夫だよ。それにユヅルにはパパだっているはずだし、そんなに心配する必要はないんじゃないかな」

 夫人はそれからもぶつぶつと何か呟いていた。その声はとぎれとぎれハリーたちに聞こえていたが、夫人は気付いていなかった。

 

「……あのレティシャと結婚した男よ……きっとまともじゃないわ……」

 

 苦々しくそう呟いた夫人の言葉が、ハリーの頭の中でまわっていた。

 

 

 

 






 誤字報告がありました。ありがとうございます。

×名残で新聞 を 届くのだ。
○名残で新聞 が 届くのだ。

 失礼いたしました。
 これからもよろしくお願いします。

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