見える世界が歪んでる   作:藤藍 三色

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第八章

 

 

 

 

 セオドールの話だと、彼の母親はアクロイド家の人間なのだそうだ。しかも本家。弦の母であるレティシャ、叔父のコンラッド、そしてセオドールの母であるカレン。

 闇の全盛期、アクロイド家はやはり中立を貫いていた。しかし闇に傾倒していた純血一家たちはそれを許さず、血を絶やさないためにという名目でいくつかの縁談をアクロイド家に持ちかけた。政略結婚である。

 

 しかし長女で嫡子のレティシャはそもそも他人に興味がない。そしてその縁談話が舞い込んできた時期はイギリスにはいなかった。各地を回っていたのだ。両親もあの子を嫁に行かせられないとばかりに彼女に来る縁談はことごとく断った。いわく「あの子を本当に制御できるのか」と脅して。

 

「……」

 自分の母親がいかに問題のある女性かということを聞かされて弦はテーブルに撃沈した。

 

「長男のコンラッド伯父さんは家督を継がなければならない。普通ならそのまま縁談を結ぶのがいいんだろうけど、勢力中枢の家と婚姻を結ぼうものなら夫であると言うことで巻き込まれる。だからイギリス国内の純血の家ではなくフランスの血筋を選んでそちらに移ったと聞いている。問題は俺の母だ」

 

 三番目のカレンはコンラッドがフランスに移ることを許す代わりに寄越せと言われた。もちろん先代当主夫妻とコンラッドは激怒したが、当のカレンが了承したそうだ。

 

「俺の母は、なんというか、とても強かな女性なんだ。ノット家に嫁いできたその日に『自分はアクロイド家の一人として中立を誇りといたします』と宣言したそうだ。夫として俺の父を慕いはするが、闇の勢力に加担するのは別の問題だと。屋敷に閉じこもって一切外出しなかったそうだ」

 

 そしてセオドールが生まれた年に闇の帝王は倒れた。ノット家当主は家名存続のために奔走し、カレンとセオドールは屋敷で二人きり。屋敷僕妖精たちは主人一家には逆らえない。

 カレンの「セオドール育成計画~純血主義に染めてあげない~」が始まったのは仕方のないことだったのかもしれない。

 

「父が奔走する必要がなくなったときにはもう遅かったらしい。俺はすっかり母の考え方に染まっていたから。父は母と俺のことは現状、割と諦めている」

「……アクロイド家の女はとても強いんだと叔父が遠い目をしていた理由がよくわかった」

 

 カレン・ノット。すごい女性だ。そのおかげでセオドールはわりと自由に過ごせているらしい。純血主義ではないのにスリザリンの中では名家だからと優遇されているし、そもそも性格が一匹狼気質で自由なため遠巻きにされている。

 

「それでもやっぱりアクロイド家と母が交流を持つことは許されなくて、俺は一度も従姉弟と会ったことがなかった。母は甥と姪がいることを秘密裏に届いた手紙で知っていたそうだから、いつも話に聞かされていたんだ」

 

「ユヅルがその従姉だって気付かなかったのか?」

「今年までは半信半疑だった。顔があの分厚い眼鏡で隠れていたし。列車で見て気付いたんだ。ユヅルの顔は母が持っていた写真のレティシャ伯母さんにそっくりだったし、その右目の色はアクロイド家の血筋の色だから」

 

 だから弦とこうして話が出来て嬉しいのだとセオドールははにかんだ。その頭をなんとなくよしよしと撫で、弦は言う。

「もう一人の従兄のシアンもきっと喜ぶ。私達より三つ年上なんだ」

「そっか。楽しみだな」

 ぎゅっと抱き着いてきたセオドールはやはりテリーが引きはがし、宴が終盤となるころにはすっかり五人は打ち解けていた。セオドールはやはりちょっと天然だ。振り回される。

 

 テリーが「懐いたな」と言ったので弦は無言で肩をすくめた。ちょっと弟が出来た気分になったのは秘密だ。

 賑やかなまま宴会は終わった。しかし宴が終わって満足した気分の生徒達を襲ったのは、シリウス・ブラックが城の中に侵入したと言う恐怖だった。

 

 ブラックはグリフィンドールの寮に侵入しようとしたらしい。入り口の門番である太った婦人が目撃し、さらに彼女の絵が傷つけられた。別の絵で発見された彼女はすっかりおびえ、次の日からグリフィンドールの門番は占い学の教室がある北の塔にあったカドガン卿となる。

 

 それぞれの寮に帰り始めていた生徒は広間に再度集められた。一人ひとりに寝袋が与えられ、その一夜はそこで過ごせと言う。教師陣はブラック捜索のために散り散りとなり、ゴーストや絵画たちもそれに協力すると言う。広間の入口を見張るため監督生たちが交代で門番となった。今年の首席はその指揮をとっている。消灯時間が近いと監督生が注意を叫べば、生徒達はさまざまな憶測をひそひそと話すために身を寄せ合った。

 

「ユヅル、どう思う?」

 パドマとリサが手をとりあって眠る横で天井の星空を見つめていたユヅルにテリーがこそこそと問いかけた。二人と頭を向い合せて寝転がっていたマイケルやアンソニーもずりずりと頭を寄せてくる。

 

「ブラックはきっと抜け道をしっていたはずだ。誰も知らない、それこそ生徒達の間で細々と受け継がれるような秘密の抜け道。この城は古いからあながち間違いじゃないだろう。ただ疑問なのは、どうして今日なのかということだ。狙ってやったのか、たまたまそうなったのか……」

 

「たまたまだったら不運だな。宴会があるから生徒は広間に留まっている。ポッターもそうだ。戻るときは生徒が一塊になって動いていたから目撃者も多くなってしまう」

 マイケルの言葉に弦も頷いた。

 

「うん。私もそうであれば不運で片づけられた。ただもし、この日を狙っていたのだとしたら……」

「どういうこと?」

「ブラックは卒業生だからハロウィーンの夜の宴会を知っていて、そこを狙ったってことか?」

「……もし、そうだったら。ブラックが狙っているのはハリーの命じゃないかもしれない」

 

 もっと別のものを彼は狙っているのかもしれない。それこそ、誰にも考えられないような、彼にとっては重要な物を。

「そうだとしたらこちらからブラックの足取りを掴むのはほぼ不可能だろう。目的がわからないんじゃ対処のしようもない」

 

 夜は更けていく。明かりが消され暗くなった広間には一時間ごとに教師が出入りした。スネイプがダンブルドアに誰かが手引きしていると疑うようなことを言っていたが、ダンブルドアは教師全員を信じていると言う。

 

 吸魂鬼は入れないこのホグワーツだったら、見つからなければ外よりも安全だろう。ブラックはどこに潜伏しているのか。変そうするにしても姿を隠すにしても魔法だと限界があるはずだ。

 姿形を変えても長い間、平気な魔法。それがもしかしたら脱獄の方法に繋がったのかもしれないと考えながら眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 それ以降、生徒の間ではブラックの話題でもちきりだった。そんな中、弦たち四人は空き教室で去年もやっていた自主特訓をしながらブラックについて話し合う。

 

「トロフィー保管室にハリーの親父さんの名前が入ったトロフィーがあった。クディッチの優勝杯だ。ビーターだったらしい。それで、もう一人のビーターのところにシリウス・ブラックの名前があった」

「ということは、親友の線は濃厚そうだな」

「じゃあ、どうして寝返ったんだろうね?」

「……ブラックの人格について少し考えてみるか」

 

 シリウス・ブラック。ブラック本家の嫡子として生まれた純血の魔法使い。

 

「ブラック家なら学校に入る前からたくさん教育されるはずだよ。純血主義に関しても」

「ならなんでグリフィンドール? スリザリンに入ってもよさそうなのに」

「組分け帽子は本当に本人が望む寮をくみ取ってわけてくれる。ブラックはグリフィンドールに入りたいと強く願ったんじゃないか?」

 

「スリザリンとは正反対のグリフィンドールに入るってことは、ブラックは純血主義を否定していたのかもしれない。だからスリザリンを、ひいては家を嫌っていた」

「そういえば、父さんが気になることを言っていたかも」

 アンソニーが言うには、ブラック脱獄の記事を見たときアンソニーの父親は「闇側につくような男じゃなかった」と言っていたらしい。

 

「ブラックの経歴についても調べはついた。事件を起こす前、あいつは闇払いだったんだ。それにすでに家から勘当されてる」

「それじゃあ、ますますおかしいな。ブラックはどうして闇側に寝返ったって言われてるんだ?」

「…………ブラックはもしかしたら、裏切り行為をしたと考えられているんじゃないか?」

 罪人の言葉が意味をもつことは少ない。真実を知らない者達からしてみれば結果が全てだ。

 

「ポッター家が強襲されたのがブラックのせいだと思われているなら、寝返ったと思われてもおかしなことじゃない」

「情報を流したとか?」

「あの当時の情報のやりとりはかなりひどかったはずだ。スパイ合戦みたいなものだろう。ブラックだけが特別なわけじゃない。なにより十三人惨殺したことはどうなるんだ?」

 

「だよね……ううん。もしかしてブラックってとても重要な立ち位置にいたんじゃないかな」

「それも考えられる。変わりがいないような、特別な立ち位置にいて、情報も誰よりも持っていたとしたら……」

 だがそれは本当にブラックだけか? 誰よりもそうであったのはダンブルドアとヴォルデモートだろう。自陣の情報には誰よりも詳しかったのは勢力トップのあの二人だ。

 

「ヴォルデモートがハリーを狙っていて、そのことでポッター家が隠されていた。その居場所を知っていたのはダンブルドアとブラックだけか、はたまたまだ何人かいたか……とにかくポッター家が襲撃されたのはその情報が漏れたからだとみて間違いない」

 

「問題はそれをやったのがブラックかってことか。確かにグリフィンドールに入ることを心の底から願うような人間が闇側につくとは考えにくいな。少なくとも家を勘当され、闇払いに入って闇側と戦うくらいには反発してたはずだ」

 

 テリーがそこでううーんと首を傾げた。

「だけどやっぱり十三人惨殺したところがひっかかるよな。マグル大量に殺してんだぜ?」

「そこにいたのってマグルだけ?」

 

「いや、魔法使いが一人いたらしい。確か……そう、ピーター・ペティグリュー。ブラックを追いつめたと新聞に書いてあった。ただ最後にはブラックに殺されたらしいが。残ったのは小指一本だと」

「小指だけ?」

 それはなんとも不自然な話だ。あとは跡形も残らなかったというのか。

 

「…………」

「ユヅル?」

「そのピーター・ペティグリューってどういう人だったか調べた?」

「いいや、調べてない。調べるか?」

「うん」

「あ、俺も気になることある。この写真のこっちの小さい人」

 

 テリーが示したのは例の写真に写った少年だ。ルーピンの横にいる小柄でそばかすの目立つ冴えない少年もまたグリフィンドールの制服を着ている。

「この人も親友だったなら調べる価値あると思う」

「そうだね。なら僕は当時のポッター家について調べてみるよ。彼らがどういう立ち位置にいたのかわかれば何か発見があるかもしれないし」

「なら私は魔法を調べるかな。ブラックの脱獄方法と潜伏方法は同じはずだ。どちらも吸魂鬼に気付かれていない。長時間続けていても平気な姿の変わる魔法を調べてみる」

 

 そう宣言した通り、弦は図書室でひたすら変身術の教科書を読み漁った。だがどれもイマイチだ。そもそもブラックは杖を持っていない可能性もある。もしかして魔法ではないのだろうか。

 ふっと息を吐きだして本から顔をあげる。時計を見ればもう少し続けられそうだった。

 

「やあ」

 小さな声でそう呼びかけられる。見ればセドリック・ディゴリーが立っていた。

「ああ。こんにちは」

「こんにちは。今日も勉強?」

「少し調べものを。ディゴリー先輩は課題ですか」

「うん。変身術のね」

 

 五年生となってますます背が伸びただろうか。ハンサムな顔立ちにも磨きがかかっている気がする。

「五年生はどんな課題がでるのか聞いても?」

「かまわないよ。僕達はふくろうがあるからそれに向けて勉強と今までやったことの復習が主かな」

 ふくろう試験は五年生の学期末に行われる魔法省のテストだ。その成績しだいで六年生からの授業の選択肢が広がったり狭まったりする。

動物もどき(アニメーガス)のレポートが課題に出されたんだ」

「動物もどきですか」

 

 不意にそこでディゴリーは苦笑した。どこかくすぐったそうな顔だ。

「できれば敬語は止めてほしいな。どうにもくすぐったくて。あと名前も」

「……まあ、とれというならとるけど」

「そっちのほうが僕は嬉しいよ」

「そう」

 それからセドリックは課題をするからと本を捜しに行った。それを見送って、弦はぽんと手を打つ。

 

「動物もどきか」

 それは調べていなかった。あれはたしか魔法省に登録しなければいけないが、何も登録した人だけということはないだろう。見落としだ。

「不法な動物もどきなら周囲には秘密にする。魔法省がそうである可能性を切り捨てて捜索しているのなら見つかる可能性はぐんと下がるな」

 これはあの三人に報告しなければ。足取り軽く弦は図書室を去った。

 

 

 

 

 

 

 動物もどき。変身術のなかでも高度なこの魔法は、ひとつの動物に姿を変えることができる。なんの動物になるかは人それぞれでなってみるまでわからないそうだ。魔法省に登録されている動物ものどきは現在マクゴナガルを合わせて七名。そこにブラックの名前はない。

 

 未登録の動物もどきは違法だ。見つかれば捕まってしまう。ブラックがそうであるなら罪が重くなるだけだ。

 

 だがしかし、何故彼はそれを習得したのだろうか。現状を想定していたわけではないだろう。それに高度な技術を必要とするこの魔法を習得できたと言うことは栄誉に数えられるはずだ。登録をしないということは発表しないということ。何故、隠したのか。いつ身に着けたのか。

 

「身につける必要性があったから身に着けたと考えたらどうだ? 動物もどきになることがそのとき必要だった」

「習得したのは学生のときじゃないかな。闇払いは入れても数年は修行しなくちゃいけないし、それからも闇の勢力との争いが激化しているんだからそんな暇ないと思う。学生の時なら打ちこめただろうし」

「問題はなんで必要だったか、だよな。動物もどきになる必要があるなんてこと、ホグワーツで起こるか?」

 

 弦は一つだけ心当たりがあった。しかしそれを言っていいものか悩む。これはルーピンの問題だ。むやみやたらと吹聴するような三人ではないし、きっと秘密にするならよほどのことがない限り口にしないだろう。

 

 弦は心を決めて、口を開いた。

「みんなに話しておきたいことがある。ブラックがルーピンと親友だったとしたら、無視できないことだ」

「なに?」

「ルーピンは……彼は、人狼だと思う。これは十中八九間違いじゃない」

 

 三人が息を呑んだ。仕方のないことかもしれない。人狼は魔法界では迫害されている存在だ。変身しているときは理性がなく、人間を傷つけてしまう。さらにそのとき噛みつかれた者も人狼となる。

 

「この間、ルーピンにスネイプが脱狼薬を渡しているところを見た」

「……間違いないことなんだな?」

「私が魔法薬の判別を間違えると?」

「確かにユヅルは魔法薬を見分けるの得意だけど、本当に間違いないのか?」

「間違いない。あの臭いは脱狼薬のものだ」

 

「……ルーピンが満月の日の前後に体調を崩していたら、確定だね」

 ルーピンが人狼だった場合、彼の親友であると仮定したハリーの父親やシリウス・ブラックが動物もどきとなった理由そのものとなる。人狼は人間に対して凶暴だが、動物に対してはそうではないからだ。

 

 人狼である力を厭う者は、変身するとその凶暴性を自らに向けてしまう。嘆きや悲しみが自傷を繰り返させるのだ。それを落ち着かせるために動物もどきとなってルーピンを止めようとしていたなら、彼らが難しいとされるその魔法を習得したことも頷ける。

 

 ルーピンが人狼であることは言わずとも他言してはならないと三人もわかっているのだろう。堅い表情で言った。

「ルーピンのことは良い先生だと思ってるし、ホグワーツから追い出したいわけじゃない。ただこれがばれると大事になるぜ」

「保護者は黙っていないだろうね。うちの親も騒ぎそう」

 

「闇の勢力の被害者の人狼がいるとは聞いていたが、こうも近くにいるとは……あの人にとって今の時代は生きにくいだろうな」

「同感。こちらの人は呪われた人間に対して厳しすぎるね」

「ユヅルの国にもルーピン先生みたいな人達っているの?」

 

「いるよ。彼らの場合、完璧に封印するか、自分の力に変えてる。異形を体に宿す人達は決して少なくない」

 封印し続ける人もいれば、戦う力に変えて利用している人達もいる。個人でそのありようは違うが、共存できていた。害意がない相手に石を投げあらぬ疑いをかけるのは愚か者のすることだ。

 

 そこでクスリとテリーが笑った。

「ルーピン先生こそ、ユヅルの国に行くべきかもな」

「先生が教師を止めることになったら言ってみるさ。叔父が上手く紹介してくれるかもしれない」

「先生って甘い物好きなんでしょ? 和菓子で釣り上げてみればどうかな」

「いい考えだな」

 すっかり固い表情が抜け、四人はお互いにこのことは秘密だと誓い合ったのだった。

 

 

 

 


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