インフィニット・ストラトス~悪魔は乙女と踊る~   作:ラグ0109

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#8 腐海ファイト

俺が織斑家に転がり込んできてから早三か月…秋なんてとうの昔に通り越し、世間はクリスマスムード一色となっている。

()()()が功を奏したお蔭で、嫌がらせや不法投棄はめっきり無くなり、一夏も学校では何かを言われる事も無く元気に過ごしているそうだ。

これは、あいつのダチ公である五反田 弾と凰 鈴音の尽力もあるんだと思う。

弾は中学生だと言うにも関わらず髪の毛を赤く染めている、所謂チャラ男と言う外見をしているが、性根は良く気遣いも中々できる…ただまぁ、ベビーフェイスが傍に居るせいで女にモテず、常日頃女に餓えている点がマイナスポイントか…アイツの良さが分かる女が出てくることを祈るばかりだ。

鈴音…鈴は、ツインテールがトレードマークの小学生みたいな体型をした少女だ。

歯に布着せぬ物言いをするものの、快活な少女でそう言った言動も気にならない。

むしろ、変に気遣わない所為かガキだって言うのにとっつきやすい…が、此奴は一夏にホレている…盲目的に。

その恋が一夏の所為で、当面報われない物になっている辺りが何とも(愉悦)を誘う。

一夏もなー…もうちょい女心に気が付けばなー…無理だろうが。

弾から聞いた話なんだが、裏で朴念仁ならぬ朴念神とか言われてるくらいの鈍感だって話だし。

さて、長ったらしい近況はここまでにして…俺は今、とある部屋の前で重武装をして立っている。

エプロン、クイ○クル○イパー、雑巾、バケツ、ゴム手袋、ゴミ袋etc.etc.…。

千冬と一夏から硬く入るなと言われたが、流石にいい加減掃除しないと不味い状況になっているのが扉越しに分かってしまっている。

所謂、腐海の気配ってやつだ。

 

「お、入っちゃうのかぁ~?」

「…もう驚かねぇぞ、これは幻聴だからな」

「え~、あっくん、ひ~ど~い~。あの時あんなに滅茶苦茶にしてくれたのにぃっ!」

 

…隣のメカニカルウサ耳付けた女性とは何もありませんでした。

兎に角、俺は気合を入れ直し、腐海の…千冬の部屋の扉をゆっくりと開けていく。

新築の様に綺麗な扉なのにも関わらず、何故か蝶番がさび付いたかのような嫌な音を上げている。

まず、俺の鼻孔を刺激臭が襲い掛かってきた。

ツンと突き刺さるその匂いは、人の汗やら酒やらが作り出し醗酵した何かの様に思える。

次いで目が沁みる様な刺激が走った所で、俺はギブアップと言わんばかりに扉を思い切り閉め直す。

 

「ハーッ!ハーッ!なんだこれ…!?」

「うっひゃ…流石に束さんでもドン引きだよ…ちーちゃん…」

 

何故か俺の隣に居た束も、俺と同じ症状が出たのか軽く嘔吐きながら目をごしごしと擦っている。

一夏がとんでもない状況に陥って家事が出来なかったことが、この部屋が出来上がった原因ではあるものの…ちょっと、女として問題ありませんかねぇ、ブリュンヒルデさんよぉっ!?

 

「おう、束…ここまで来たら一蓮托生…地獄まで付き合ってもらうぞ?」

「束さん、用事思い出したから帰って良い?」

「用事があるから此処に来たんだろーが…良いから、掃除するぞ!」

「ヒェッ…」

 

俺は逃げようとした束の首根っこを摑まえて確保し、思い切り扉を開ければすぐさま腐海へと突入する。

間髪入れずに行ったのは閉め切られたカーテンを開いて、窓を開ける作業からである。

兎に角、淀みに淀んで魔界の墓場みたいな空気を新鮮な物と入れ替える必要がある。

 

「束、カーテン外して部屋の外に出しとけ」

「え~、なんでさ~」

「黙って、やれ」

「アッハイ」

 

汚れた衣服が山の様に置かれたベッドを暇そうに観察している束に殺意の籠った視線で射抜きながら、床に散乱している一升瓶やら酒の空き缶、果ては食べ残しのツマミ類やらを片付けていく。

…弟である一夏が家事全般を完璧にこなせる事を考えると、どうも千冬は家の事を一夏に任せっきりにしてやってこなかったのかもしれない。

それにしたって最低限の事すらできてないのは非常に…ひっじょうに拙いけども。

せっせせっせと部屋に散乱したゴミや、ダメになってしまった衣類をゴミ袋に突っ込みながら素直に片づけを手伝ってくれている束に声をかける。

 

「で、あの娘っ子は元気なのかよ?」

「ん~、クーちゃんのことかな!?聞きたい!?聞きたいんだね!?」

「クー…?なんでぇ、乗り気じゃ無かったのに名前まで付けたのかよ?」

 

あのドクサレ外道の住処から連れ出した少女は、内臓の殆どが機能不全を起こしていて、生きているのが奇跡だったとか言っていたが…俺の睨んだ通り、目の前の一人不思議の国のアリスは何とかしてくれたらしい。

束は喜色満面の笑みを浮かべて、鼻歌交じりに俺から手渡した雑巾で窓を拭き始める。

 

「まだまだ、体に馴染んでないから走ったりとかはできないけど、クーちゃんは元気だよ!」

「馴染…まぁ、いいやそこは…任せたのは俺だし…元気だってんなら言う事はねぇな」

「え~、パパの聞きたい事ってそれだけぇ~?」

「誰がパパだ、誰が」

 

束はニヤニヤとしながら俺の方を見て此方を指してくる。

この世界じゃ、身寄りのない子供に手を差し伸ばした瞬間身内になるのか…?

訝しがりながら束を見ていると、今度は自分の事を指差して笑みを浮かべる。

 

「もちろん、ママは束さんだよ!」

「もうちょっと、大人しい御淑やかな女性が伴侶だと嬉しい」

「束さんみたいな超超優良物件を拒否するなんて!クーちゃんもママって呼んでくれないし!」

 

俺はまるで家探しするように隅から隅まで…具体的にはクローゼットの中身とかベッドの下を探りながら掃除を続ける。

束がママねぇ…こんな人格破綻者が親ってのは何だか不憫だが、任せた俺が言って良い言葉じゃないな。

大まかなゴミを取り除いたら、埃と言う埃を落して部屋を綺麗にしていく。

千冬には最低限の家事を叩き込んでやってから、旅に出るかな…なんて考えながらふと束を見ると真剣な表情で手に下着を持って見つめている。

 

「ちーちゃん…使用済み…ゴクリ」

「ゴクリ、じゃねぇよ!変態か!?」

「失敬な!ちーちゃんと愛し合えるくらいには淑女だよ!」

「ねーよ」

 

束は手に持った下着をエプロンドレスのポケットにねじ込みながら、キリッとした顔で此方を見つめてくる。

少なくとも淑女は使用済みの下着を持ち帰ろうとはしないと思う。

 

「ただの変態じゃねぇかよ!」

「変態じゃないよ!変態だとしても淑女と言う名の変態だよ!」

「いいから、そこに置いてある洗濯籠に入れろ…」

 

深いため息を吐きだしながら、部屋の外に置いてある洗濯籠を指差して入れる様に促す。

束は渋々、と言った様子で俺に従って籠の中に洗濯物を入れていく。

他人に興味が無ければ言う事も聞かない…なんて聞いてたんだが、随分と従順に聞くな…。

不思議っちゃ不思議だが、変に引っ掻き回されるよりかはマシなんで、このまま言う事聞いてくれてればなぁ…なんて思っていながら掃除機をかけていると、玄関からドタバタとした音がしてくる。

一夏が帰ってきたのか…?

荷物を放り投げる様な物音に引き続き、階段を駆け上ってくる音がしてくる。

 

「…一夏の足音じゃねぇな」

「あっ、束さんもう帰るね!」

 

束は何かに気付いたかのように逃げ帰ろうとするが時すでに遅し…出入り口に黒づくめの女性が息を切らせながら立ちふさがっていた。

そうだね、織斑 千冬だね!

 

「こ、こ、これ、は…どういうことか…!?」

「どうって…掃除に決まってんだろうが…」

「ち、ちーちゃん、どうどう、どうどう…」

「貴様らー!!!」

 

千冬は気恥ずかしさからなのか、怒りなのか、それとも両方なのか…顏を真っ赤にして怒鳴り散らしながら踏み込み、宥めようとした束の側頭部に手刀による水平切りを叩き込んで弾き飛ばし、流れる様な動きで宙に浮いた束に思い切り踵落としを叩き込んで一気に床に沈める。

あまりの衝撃に規格外の天災もビクビクと痙攣しながら頬を赤らめ…あ、これ興奮してるだけだわ。

兎も角、一瞬の動作で束を沈めた千冬は、俺に標的を定めて一気に踏み込んでくる。

ドイツで手合わせした時が温く見える程の本気の踏み込み…あの時は此奴も手を抜いてたんだっけかな…?

ともあれ、鋭い眼光は俺の急所目がけて拳を叩き込んでくるが、そんなものは御見通しだ。

真っ直ぐに伸びてくる腕を紙一重で脇腹を通す様にして避け、一歩踏み込む。

それに対して千冬は舌打ちをしながら後退しようと床を蹴るが、時既に遅し…逃がさない様に腕と脇腹で千冬の腕を締め上げて捕縛し、膝蹴りを腹に叩き込む。

 

「グハッ…!!」

 

あまりの衝撃に千冬は体をくの字に曲げ、絞り出される様に息を吐きだす。

勿論、このままじゃ千冬が止まらないのは百も承知…俺は、動きが止まった瞬間に締め上げていた腕を解放してしっかりと両手で腕を掴み、一本背負いの要領でベッドに投げ飛ばす。

 

「頭に血ぃ昇りすぎだ…ったく。第一な、なんで部屋片付けてからドイツに来なかったんだよ?」

「っ、うるさい!わ、私は片づけられないんだ!」

「え~、ちーちゃん、限度ってあると思うよ?」

「煩いぞ、束」

 

俺は埃をはたくように両手を打ち鳴らしながら、若干頭の冷えた千冬を呆れた様に見下ろす。

千冬は気恥ずかしさから俺の視線から目を逸らし、体を起こして背を向ける。

束はニヤニヤとしたチェシャ猫の様な笑みを浮かべながら千冬の背中から抱き付いて頬をつつくも、顎にアッパーを喰らって吹き飛ばされる。

 

「で、なんでまたいきなり帰ってきたんだよ?」

「お上の気遣いでな…明後日には出立するが休暇を頂いてきた」

「ふぅん…?」

 

休暇、ねぇ…訓練訓練の訓練漬けじゃ部隊内に不満が出るだろうしってところか?

どうにもウラがある気がするが、それはそれ…一夏も喜ぶだろうしヨシとしておくべきだろう。

 

「ラウラは元気にしてっか?」

「ボーデヴィッヒか?アイツは中々筋が良い。向上心もあるし、今では部隊の中でも1、2を争う実力者だ」

「そらまぁ…教官が良けりゃ伸びも良くなるってもんか…」

 

落ちこぼれて不貞腐れてた娘っ子が元気にしてるのは、中々良いニュースと言えるだろう。

二度と会う事も無いだろうが…。

フローリングの床をクイ○クルワ○パーで掃除しながら、束を足で小突いて起こす。

 

「いい加減、起きろっつの。大したダメージじゃねぇだろ?」

「んっ…ちょっと下着が拙い事に…」

「千冬、ダチは選べ、マジで…」

「これでもまだマシになったんだ…」

 

千冬は両手で顔を覆い隠して深いため息を吐き、束は束で漸く体を起こしてモジモジとしている。

…これより酷かったって…どんだけだよ…。

 

 

 

 

 

掃除と洗濯が一段落し、近況を報告し合う。

千冬は普段から基地内に缶詰状態にされている為、中々連絡を取る事ができなかった。

それでも合間を見ては、一夏と連絡を取ってくれてたみたいだけどな。

束からは特に言う事も無く、クーの存在を伏せたままだ。

恐らく、あの基地での出来事と結び付けられるのを嫌った為だろう。

千冬なら漏らす事はないだろうが、普段からそんな事をやってると思われて心配をかけさせたくないと言うのがあるみたいだ。

俺は紅茶を丁寧に淹れて、あらかじめ作っておいた焼き菓子をテーブルに並べていく。

 

「それで…箒とは連絡をとったのか?」

「ん~、箒ちゃんかぁ…」

「箒?」

 

聞き覚えの無い名前が千冬の口から発せられ、俺は首を傾げる。

反応から見るに親族みたいだが…俺は二人に目配せして、口を開くのを待つ。

 

「箒と言うのは、そこの馬鹿の妹だ。此奴がISを開発した折、離れ離れになることになってな」

「私だけが行方くらませれば良かった筈なんだけどねぇ~…凡人の行動ってホント不可解だわー、しょうもないわー」

「いやいやいや、お前の思い通りに世界が回ったら堪らんわ。で、その箒ってのに会いに行ってねぇのか?」

 

束は鷲掴みするようにスコーンを手に取り、行儀悪く齧りつきながら悪態をつく。

その妹は国の保護下…っつーか、体の良い人質として秘匿状態らしい。

束は既に見つけて、時折様子を覗いているとの事だが…。

 

「ちーちゃん、いくら束さんでも箒ちゃんから嫌われてる事くらいは分かってるんだよ?」

「とは言え、そのままにしておくものでもないだろうが…」

 

束はいつも浮かべているような笑みを浮かべずに、どこか憂鬱そうな顔をしている。

妹の存在と言うのは、束にとって非常に大切な存在だったんだろう。

そんな相手から嫌われていると言うのは、神経が大樹クラスの図太さを誇る束でも堪えるらしい。

 

「あの人たちも箒ちゃんから離れちゃってさ!何考えてんだか分からないよ!」

「政府の取り決めでは親であろうと逆らえん…」

「聞くだけなら、束が好き放題したツケだろ…。物事ってのはバランス取る様にできてんだからな?」

 

紅茶をゆっくりと飲みながら、束を横目で見る。

本人も今までの事で十分に理解しているのか、黙したままだ。

誰も彼もがお手手繋いで仲良くしましょうなんて、洗脳でもしない限り無理だろ…そんな事ができるんなら、今頃国なんて枠組み自体が無くなってる。

 

「束よぅ…妹に会ってボッコボコに言われて来たらどうだ?」

「うえ…箒ちゃんに悪口言われたら生きていけないよ…」

「仲直りしてぇんなら、それくらいは腹括れってこった」

「ぐぬぬ…」

 

さながら、パンドラの箱だな。

今、箒と会うと言う事は束にとってはその箱を開ける作業に等しい。

ただまぁ、パンドラの箱の中身は…。

 

「会わず仕舞いで平行線になるよりは、マシだと思うがな…。束、どうだ?」

 

千冬は提案する様に…一夏と接している時の様な声色で束に声をかける。

友人だからこその想い…しかし、束は首を横に振る。

 

「駄目だよ、まだ…今は会っちゃ駄目だと思う。会いたくない訳じゃないからね~…具体的には監視が緩んでからかな~みたいな~」

「…なら、良いがな」

 

千冬と束のティーカップにお代わりの紅茶を注ぎながら、俺は口を噤む。

会わないとは言っていない訳だし、本人たちでどうこうすべき問題だ…。

それに、恐らくお上は箒を餌に束が接触してくるのを待っているんだろう。

束は世界で唯一ISコアを生産できる人間だ。

そんな人間を手元に置かないとか馬鹿でもない限りやらないだろうし、な。

 

「あれあれ~?なんだかしんみりしちゃってる~?」

「テメェは気性の乱高下が激しいな、おい」

「へっへっへ~、あっくんに言われると照れるぜぇ」

 

束は両手を頬に当てながらクネクネと体をくねらせながら、俺に熱い視線を送り込んでくる。

別に褒めたわけじゃないんだが…突っ込むのもなんだか疲れて来た…。

 

「そういえば…お前達、やたらと仲が良いな」

「なんだか知らねぇが懐かれたんだよ…」

「え~、だってあっくん面白いじゃん!ちーちゃんより強い人間なんか初めて見たよ!」

「…まさか、軽くあしらわれるとは思いもしなかったからな…」

 

束は俺の事を完全に興味の対象と捉え、千冬は千冬でやはり興味…と言うより好敵手と言う様な目で俺の事を見つめてくる。

とんでもない女に目をつけられた気がするな…女難の相でも出てるのか…?

 

「あ~、ま~、なんだ…俺明後日まで家空けるから」

「…なら、束さんと一緒に行動しようぜぇ~」

「ほう…よもや、勝ち逃げと…?」

「「む…」」

 

話題を切り替えようとしたが、どうにも地雷を踏み抜いたらしい。

千冬と束は互いに視線を交わし、なにやらテレパシーで会話をしている様に思える。

俺としては束と行動するつもりは無いし、かといって姉弟の団欒を邪魔するつもりもないってだけなんだが…。

 

「アモン、私と一夏に気兼ねする必要はないんだが?」

「ちーちゃん、久々にいっくんと会うんだから、姉弟同士気兼ねなく居ればいいんじゃないかな~?」

「「ぐぬぬ…」」

「いや、少しばかり羽根伸ばすだけだからな?気兼ねとかそんなんじゃねぇしな?」

 

俺は二人を宥める様に言いつつ、席を立ちそそくさと家を出ようとする。

このまま此処に居ると拙い気がするからだ。

っつーか、なんでこの二人に行動を制限されなきゃならないんだと、小一時間問い詰めたい気がする。

マトモな返答が無い気がするが。

 

「友情とは脆いものだったな、束…」

「やれやれ…本気になった束さんにちーちゃんが敵うとでも…!?」

 

俺はこれから起こる惨状から目を背け、無事に家を出る事に成功した。

この二時間後、しっちゃかめっちゃかになった上にダブルノックダウンしていると一夏に泣きつかれて織斑宅に戻る羽目になった。

どうも、この家に厄介になっている間は、自由行動も許されないらしい…はぁ…。


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