インフィニット・ストラトス~悪魔は乙女と踊る~ 作:ラグ0109
澄み渡る青い空。
間もなく九月になるとは言え、まだまだ照りつける夏の日差し。
眼下に広がる青い海と白い雲と陸地。
俺はそれらを眺めながら、今後の行動方針について思案していた。
雇い主が求める事は、兎に角この世界に居座り続けること。
それも事件が起きるような場所の近くに居れば、尚良し。
と、なると篠ノ之 束の傍に居るのが一番いいように思えるが、あんなトラブルメーカーの傍に居たら胃が牛並みに存在していても足りない。
天災なんて二つ名も、強ち間違いじゃないんだなと思わされたからな…。
あのクズの掃溜めで拾った少女は、俺の言葉を実行するために束からの処置を受ける事になった。
束程のマッドサイエンティスト…もとい科学者であれば、多少不完全でも一般生活を送れるくらいには回復させることもできるだろう。
その後の身の振り方まで、とやかく口出しはしなかった…あの娘の人生だしな。
まぁ、精々生き抜いて…そんでもって生きていて良かったと思えれば、俺としちゃ嬉しい限りだ。
さて…束からの依頼の報酬である、『日本に無事送り届ける』と言う報酬は、俺の中で反故されたことになっている。
確かに今居る場所は日本だろう。
それは間違いない…日本列島も見えたし。
問題は…
「ぶっ殺されてぇのかゴルァ!!」
『え~、だって束さん追われる身ですしおすし、こうするしか無かったんだってば~。謀殺しようなんてそんなそんな』
「おう、殺す、次顔見せたらマジで殺すぞ!」
『きゃ~、こわ~い(棒)』
身に着けたままだった兎型インカムから罵声を浴びせると、束は実に愉快そうな声で返信してくる。
現在高度4000メートル…絶賛スカイダイビング中なのだ。
流石に束も情くらいはあったのか、パラシュートの入ったバックパックと一緒に放り出してくれた。
身に付けさせてくれなかったけど。
余談ではあるが、スカイダイビングにおける自由落下速度って言うのは、空気抵抗の受け方によって多少変化する。
俯せ状態では、平均時速200キロ、頭を下にした場合は平均時速300キロまで跳ね上がる。
また、空には比較対象となる物体が無いから、一体どの程度の速さで落下してるのかがまるで分からなかったりする。
そんな訳で、ニンジン型ロケットから放り出された瞬間に俺が最初にとった行動は、バックパックの空中装着と荷物の回収である。
其処からは俯せ姿勢で空気抵抗を増やしての減速を行いつつ、日本へと落下していた訳である。
…密入国って言うんじゃないか…これ?
『まぁ、それは置いておいて』
「いや、置くなよ…」
『キミの事はそれなりに気に入ったからね、近いうちにまた会いに行くよ~ん』
「来ないでくださいお願いします」
『わかった~、すぐに会いに行くね!』
それにしてもこの天才、話を聞かない。
まぁ、会いに来てくれるのは言葉と裏腹に好都合ではあるんだがな…。
なんせ、この女が世界の中心に近いと言うのは間違いじゃないからな。
問題は、そんな女と関わるとロクな目に合わないって事なんだが…まぁ、死ななきゃ何とかなるし、その都度問題を解決しつつ性格を調ky…改めさせてやればいい。
無理だろうがな!
ガタガタと漫才をしていれば何だかんだで地表が近くなったため、開かなくても死なないとは言え、パラシュートを開いて減速を行う。
住宅街が足元に広がり、とてもじゃないが着地できそうな場所が無かったため、パラシュートを操作して移動して着地できる場所を探す。
減速しているとは言え、徐々に落下自体はしている…学校の校庭に降りる事も考慮すべきかとは思うが、日本に来て面倒事を起こしたら千冬の顏に泥を塗りつけることになる。
いや、もう騒ぎになってるかもしれないが…。
ふと、小さいがなんともノスタルジックな雰囲気溢れる空き地を見つけ、俺は降下地点をそこに見定める。
パラシュートは…適当にポイ捨てしちまおう、そうしよう。
「よっと…」
受け身をとり無事に空き地に着地できた俺は、手早くパラシュートを畳み始める。
なるべくコンパクトに畳んでバックパックの中に放り込もうとした時、バックパックの中にメモの切れ端が入っている事に気付く。
何が描いているのやらと思い、メモ用紙を取りだして中身を見ると、其処には適当な地図と住所が書かれている。
アイツが変な意地悪をしてなければ、恐らく織斑宅の住所だろう…地図は土地勘も無ければ適当すぎる子供みたいな絵なので参考にしないことにする。
バックパックを空き地の傍に会ったゴミ集積場にそっと置けば、電柱に書いてある地区名を見て現在地を確認する。
恐ろしい事に、今居る街に織斑宅があるらしい…ここまで計算して俺を放り出したとしたら、規格外と自称するだけの事はあるな。
『ふふ~ん、もっと褒めたまえよあっくん」
「心を読むなっつーか、これ処分するの忘れてたな」
俺は未だ身に着けたままだったインカムを取り外して、束の抗議を聞く前にへし折って破壊する。
しばらく此処に根を張るとは言え、漸く静けさが俺の元に戻ってきた気がする。
気がするだけかもしれないが。
つーか、あっくんて…いきなり馴れ馴れしくなったな。
どうも、妙な生物に懐かれてしまった感が拭えない…もうちょい、身だしなみに気を使わせればいい感じにもっと輝ける気がするんだがなぁ…。
織斑宅を目指して住宅街を彷徨っている時に、ある事に気付く。
最初に言ったように土地勘が無い…なので、人に聞きながら目指そうと思ったのだが、織斑の名前を出した瞬間、皆逃げる様に立ち去っていく。
その目には若干の敵意…どうにも不安に駆り立てられる。
兎に角、千冬との約束を果たさなくてはならないので、俺は住所を頼りに急ぎ足で織斑宅へと向かう。
「…随分と…まぁ…」
漸く織斑宅へたどり着くことができた俺は、その惨状に思わず眉を顰める。
一般的な一軒家とそう変わらない織斑宅は、酷い有様だった。
植木はところどころ放火されたのか焦げていて、ブロック塀は千冬への酷い罵声がスプレーで落書きされている。
カーテンは閉め切られ窓は所々割れていて、ガムテープで応急処置した跡も見受けられる。
門を開いて玄関へ向かう途中に見える庭には生ごみが散乱していて、見るに堪えない。
…千冬の棄権がこんな事態を引き起こしてるなんてな。
千冬自身はこの状況を知らないんだろう…で、なければ日本に置いてくるなんて選択肢は最初から存在しないはずだ。
俺はゆっくりとインターホンのボタンを押すが、音が鳴らない事に気付く。
おそらく、鳴らない様にしたんだろう…。
気を取り直して、ドアを何度かノックして声をかける。
「アモンおじさんが遊びに来たぞ~、いるんだろ?」
声をかけてから数分後、ドアからチェーンと鍵が外される音がして重々しい感じでドアがゆっくりと開く。
俺はドアが開き始めれば、すぐに手をかけて開き中に入り込んで施錠する。
押し込み強盗みたいだが、出入りを誰かに見られたら面倒になりそうだからな…。
「っ…!」
「随分とヒデェ顔だな…飯、食ってるのか?」
薄暗い玄関、其処には束の様に目元に隈を作り、少しやつれた様子の一夏が立っていた。
恐らく、恐くて夜をまともに過ごす事が出来なかったんだろう…男とは言え多感な中学生…此奴はキツイ。
「一夏、とりあえず上がるぜ」
「う、うん…」
玄関から織斑宅に上がり込んで、まず向かったのは台所…冷蔵庫の中身の確認だ。
人間、兎に角美味いものを喰わなくちゃ元気なんて出る訳がない。
ましてや、今みたいな状況…負のスパイラル一直線になるからな。
一夏が声を上げる間もなく、俺は冷蔵庫の中に入っていた固形スープの素とご飯を取り出して調理を始める。
一夏は黙ってそれを見るだけだ。
「遅くなって悪かったな…千冬から聞いてるだろうが、しばらくお前の面倒を見る事になってよ」
「…俺は、大丈夫だよ…アモンは、旅をしてるん、だよな?」
「大丈夫ってのは、そんな顔をしている奴が言う台詞じゃねぇよ」
鍋に水を入れて火にかけ、ぐつぐつと煮立ったら固形スープを入れてゆっくりと溶かしていく。
顔色から見るに、まともな食事をとれていないみたいだからな…まずは御粥で胃を馴らしてやるのが良いだろう。
幸いな事に梅干しが見つかったので、丁寧に種を取り出して果肉を叩いてミンチ上にする。
兎に角、飯を食わせてから今後の事を決めていかなきゃな…。
「学校は明後日からか…行けるか?」
「行かなきゃ、千冬姉に心配、かける…」
「無理だけはすんなよ?」
喉に通らないと言って中々食事に手をつけなかった一夏に、無理矢理御粥を食わせながら今迄起きていた事を聞く事にした。
今は夏休みの終了間際…千冬が出て行ってから少しずつ嫌がらせが増えていったらしい。
一夏も最初は我慢できたとは言っていたが、夜中に引っ切り無しにかかってくる無言電話に始まり、落書き、投石、果ては放火と起きて段々と追い詰められて来たそうだ。
今からでも遅くは無いからドイツに行ったらどうだと提案をしてみたが、千冬にこれ以上心配と迷惑をかけさせたくないと言って首を横に振られた。
誘拐事件が起きたばかりで、そのことで迷惑をかけたことがしこりになってるんだろう。
聞けば姉との二人暮らし…ずっと世話になって来たと言う負い目が一夏を今の状況に追い込んでいるってのもあると思える。
「弾と鈴は良い奴だし…きっと大丈夫だよ…」
「…お前がそう決めたって言うんなら、それで構わねぇさ。けどな、弱音くらいは吐いておけよ。でなきゃ、一夏が潰れちまうからな」
「うん…」
「家の事は俺がやってやる…ガキはガキらしく学業に励んでろよ」
嫌がらせに関してやれることって言えば、警察に相談してパトロールを強化してもらうってことか…日本を代表する選手だった千冬の家族が棄権にさらされているって解れば、国の方でも何かしら動く可能性はある。
なんせ、女尊男卑…その権利は上手く利用するに限る。
あんなおっかない美女を敵に回そうなんざ思わないだろうしな。
「アモンは…いつまで、此処にいるんだ?」
「千冬がドイツでの仕事を終わらせて帰宅したら、だな。それまではここで家政婦暮らしだ。あっ、生活費の心配か?」
「いや、すぐに居なくなっちゃうのかなって思ったからさ…ははは、はぁ…」
一夏は笑う元気もないのか、深い溜息を吐きだす。
だが、一人で居なくて良いと言う安心感からか、来たばかりの時よりかは元気が戻ってきている様に見える。
「千冬から頼まれたしな…まぁ、概ね暇人ではあるし」
「アモンの収入って…どうなってるんだ?」
「そいつぁ、企業秘密ってな…まぁ、2、3年は楽して暮らせるだけの蓄えはある」
「…出奔した御曹司…?」
「さってねぇ…?」
テーブルに頬杖を突きながら煙草を咥えて火を点ける。
良い所から出奔したってのは強ち間違いってわけでもないんだよなぁ…中々鋭いもんだ。
金の出所は言うまでもなく、雇い主から提供されている活動資金だ。
実際の所、2、3年と言わずに一生遊んで暮らそうと思えばできるだけの資金はある。
どうやって調達してるのかは分からないけどな…。
出所が分かりにくいから意識的にあまり使いたくないってのはある…使うけど。
「ま、しがらみないのは気楽でいいけどな」
「その…ごめん、俺の…せいで…」
「言ってるだろ、ガキはガキらしくしてろって。俺に気ぃ使いてぇってんなら、もう一回りデカくなってからにしな」
「…ありがとう」
兎も角、今求められている事は何よりも家の安全だろう…落書きは置いておいて、投石やら放火が頻繁にあったんじゃおちおち寝てもいられない。
その結果が目の前で憔悴しきった一夏だし、この家の現状だ。
で、あれば家政夫役は改善してやる使命ができるわけだ。
「あ、一夏…お前今日はダチ公の所に泊まりに行って来いよ」
「へぁ!?な、なんで急に…」
「夜通しで家を片付けるからだよ…お前引き籠ってたみたいだし、ダチ公の所行って気分転換してこい」
一夏はいきなり、家を追い出されるとは思っていなかったらしく目を白黒させているが、困ったように顏を俯かせる。
大方、自分が泊まりに行って相手方に迷惑をかけるんじゃないかとか、そんな事を考えているんだろう。
…一夏は人に甘える事を覚えなきゃ駄目だな。
「向こうの都合もあるだろうが、お前の現状を知らねぇ訳でもねぇだろうし…大丈夫だろ」
「そんな、適当な…」
「良いから、連絡してみろって」
俺はシッシッと一夏を追い払う様に手で払い、友人と連絡を取る様に促す。
後から聞いた話なんだが、その時の俺の顏は悪役顔負けの凄まじい笑みだったらしい。
まぁ、ほら…『お掃除』は愉しいもんだからなぁ…。
その日の夜
アモン「この家(に纏わりつく不審者)を綺麗に掃除しましょう、ヒヒヒッ」
不審者「アイエエエエ!?」
アモン「汚物は消毒だぁっ!」
不審者「アバーッ!!!!」