インフィニット・ストラトス~悪魔は乙女と踊る~ 作:ラグ0109
基地内の軟禁生活の終わりを翌日に控え、俺は部屋で荷物の最終確認を行う。
と、言っても俺の荷物はトランクに詰め込める分だけでそう多い訳もなく、ものの10分もあれば確認自体は済んでしまう。
勿論、発信器や盗聴器の類が仕掛けられていないのも確認している。
プライベートの覗き見程、イラつかされるものはないからな…。
まぁ、ついてはいなかったんで、そこそここの国は良識があるって事なんだろう。
明日のチェックを昼までに終わらせた俺は、兵舎の屋上でボンヤリと間抜け面を晒しながら煙草を吸っている。
千冬がこの基地で訓練教官を始めてからと言うものの、ラウラはメキメキと頭角を現してきたらしい。
然るべき指導者が付いたことで自信がつき、訓練にも身が入るようになったのだろう。
この分だと、俺が居なくても何とかなったかもしれないな…。
俺は、そんなラウラの変化の兆しに少しだけ満足感を持っている。
男と女、おっさんとガキじゃ踏み込んで良い領域が測り辛いからな。
「よう、大佐。一本吸うかい?」
「まったく、君には敵わないな…君も訓練教官をやってみるかい?」
「ハッ、勘弁しろよ…俺には、根無し草がお似合いってもんだぜ」
隠れて俺を見張っていたボーデヴィッヒ大佐に、煙草を差し出しながら声をかける。
バレていたことに観念して出てきた大佐は、少しばかり肩を落としながら笑みを浮かべ、此方へと歩み寄ってきて俺から煙草を受け取る。
「良い身分の男が、こんな所でアブラを売っていて良いのかよ?」
「前に言っただろう?男たちは肩身が狭いってね。昼行燈は昼行燈らしく、適当にしていれば良いさ」
「随分とまぁ…スれてるなぁ」
軽く肩を竦めつつ、俺は大佐の煙草に火を点けてやる。
ISの登場による女尊男卑思想の社会的浸透…男女平等などと謳いながらも結局男女不平等となってしまうのも、人間の業と言えるだろう。
いや、言葉は存在していても、現実には平等なんてものは存在しない…存在できない。
必ず、比較する心が存在するのだから…。
それが正義だと…悪だと言うつもりは毛頭ないけどな。
「仕事自体はこなしているんだ…文句は言わせないよ」
「優秀な父ちゃんで、ラウラは嬉しかろうよ」
「だと、良いがね」
互いに忍び笑いをしながら、兵舎屋上から見える訓練場へと目を向ける。
今、ラウラ達は
千冬の話によると、ISは所謂鎧…こっちの時代風に言えば、パワードスーツと呼ばれるもので、地上で自由に扱えなければ空中戦なんてできるわけがない…だ、そうだ。
基礎を疎かにすれば応用できないのと同じだな。
何事も基礎を習熟することで、上達していく。
実際、そんな隊員が居たのか、転んでいる姿も散見されている。
「日に日に、元気になってるみてぇだな…まるで水を得た魚ってやつだぜ」
「あぁ…無理難題を押し付けてしまってすまなかったね…。このまま、元気になってくれれば良いのだが」
「どうしようと、本人次第だ。おっさんの俺たちがどうこうできる問題でもない。ガキってのはデカくなるのは早いぞ~?いつの間にか彼氏作って結婚したいなんて言い出すかもしれねぇ」
「む…それは嫌だな…手早く始末しなければ…」
軽くからかってやると、大佐は冗談とも思えぬ顔で拳をゴキゴキと鳴らす。
…愛されてるなぁ。
親バカの気が強すぎる気もするが、俺としては関係の無い話なんで、ラウラの未来の彼氏に同情くらいしかしてやれないが。
煙草の灰を携帯灰皿に落としつつ、煙を吐きだす。
「あんまり、干渉すっと嫌われちまうぞ~?」
「ハハハ、そんなまさか…所謂ドイツジョークさ、ハハハ」
「胡散臭ぇ…」
大佐は笑っていない笑顔をしながら乾いた笑い声を上げた後、すぐに顏を引き締め此方を見つめてくる。
俺はそんな態度の変化を素知らぬ態度でかわし、新しい煙草の封を開ける。
「…さっきの話の続きだが、やってみないか?」
「言っただろ…俺は根無し草の世捨て人…好き勝手に生きるだけだってな」
「私としては、君の様なサッパリとした男を部下に迎え入れたい。君は思想に惑わされない…君の様な人間が居れば、この基地内だけでも考えを改める人間が出てくるだろう」
現状に喘ぎ続けるこの男は、使える手は何でも使いたいのだろう。
男尊女卑にしたいわけでは無い。
かと言って、現状のまま野放しにはしたくない。
現状を放置すれば組織の腐敗にも繋がる…それだけは防ぎたいんだろう。
だが、まぁ…それをするのは俺ではなく、現場で必死に頑張っている人間がやるべきだろう。
俺はこの世界の弾かれ者なのだからな。
「旅に飽きたら考えといてやるよ」
「…嘘でも、そう言ってくれると嬉しい…おや?」
大佐は人を視る目があるのか、嘘を見透かされてしまった。
旅に飽きたら…つまり、旅が終わった時にはこの世界に俺の存在が無くなっている。
あくまで、この世界に滞在しているのは仕事だからだ…そうでなければ、この世界に居る筈もない。
ため息交じりに煙を吐きだすと、大佐が何かに気付いたのか出入り口付近へと目を向ける。
俺もつられて其方へと目を向けると、千冬が此方へと歩み寄ってくる。
あぁ、大佐に用事か…。
「ご苦労…訓練はどうかな?」
「滞りなく…これから飛行訓練を行いますが、視察していかれますか?」
「ここから眺めていたのがバレていたかな?」
「えぇ、煙草を呑気に吸っていると…」
ギロリ、と千冬に揶揄する様に睨まれるが、俺は口笛を吹きながら顔を背けて煙草を吸い続ける。
俺は悪くない…誘いに乗った大佐が悪い。
俺は、今暇人だからな…や、勿論此処で調べ物自体はしてたけどな。
この世界の歴史から、ISに纏わる事件まで…。
なんせ、上司が必要な情報を寄越さないもんだから、こうして自分で調べなきゃならない。
なんで、情報寄越さないんだか…?
「これは、手厳しい…アモン君もどうかな?」
「俺か?そう言うのって見ちゃ不味いんじゃないか?」
「なに、構わないさ…何より、君は口が堅いみたいだからね」
…ドイツ軍の緩さに閉口していると、千冬は笑みを浮かべて肩を竦める。
まったく、なんでこんなに緩いんだ…?
軍隊ってのはもう少し規律がキツいもんだと思ってたんだが…どうもそうでもないらしい。
「それは良い。アモンはISに対して興味が無さすぎるからな。私の友人が作った物に興味を持たれないのはあまり面白くない」
「友人…?しの…あーっと天災だったか?」
「篠ノ之 束…頭がメルヘンの住人だが、天才は天才だ。アイツとは小さいころから付き合いっがあってな」
篠ノ之 束って言うのか…あの玩具を作ったのは。
頭がメルヘンの住人と言うくらいだから、とんでもない変人なのだろう。
変人に良い思い出が無い俺としては、あまり関わりたくないってのが本音なんだが…。
「ま、明日にゃここを発つんだ。見学して良いってんなら見学していくかね」
「開始時刻は?」
「13時からです」
「了解した。ではアモン君、行こうか」
「あいよ…じゃ、また後でな、千冬」
大佐が歩きだせば、その後に続いて俺も歩き出す。
ISの飛行訓練は、専用のアリーナでやるそうだ。
全天をISに使われているシールドエネルギーによるシールドで閉鎖した空間で、仮に事故で暴走してしまってもアリーナ内から出る事ができない様になっている。
たしか、シールドの名称は絶対防御…だったか。
衝撃こそ通してしまうが、人体には一切影響を与えない優れものだそうで、国の重要な機関の幾つかには、自前でその絶対防御が張れるようになっているそうだ。
目立ったデメリットとして、凄まじい勢いでエネルギーを喰うらしく、連続展開はあまり好ましくない…なんて事が書いてあったか。
「時に、君は千冬教官に気があるのかな?」
「おう、いきなり学生みたいな話題振るんじゃねぇよ」
アリーナの観客席について席に座ると、始まるまでの話題にする気なのかいきなり千冬との関係を話題に振ってきた。
気がある…と、言う言い方はちょっとばかしアレだが、興味は確かにある。
美人で気が強くて腕っぷしもある…とくればな。
ガチの殴り合いでは無かったにせよ、俺から一本取っている…ただの人間がだ。
興味を持つなって方が無理ってもんだ。
「あんな美人口説かなかったら、股間にモノぶら下げてる意味ねぇだろ?」
「君は随分とストレートに物を言うのだな…」
「言いたいことも言えねぇんじゃ、生きてる意味ねぇだろ?まぁ、時と場合くらいは選ぶけどな」
ケッケッケとからかう様に笑って煙草を取りだそうとするが、この場所が禁煙エリアだったのを思い出して手を止める。
なんせ、訓練を間近で見るんだ…真剣に見てやらなきゃ、頑張ってる奴に申し訳ないってものだ。
さっきの屋上?
見えてなきゃ良いと思ってたんだがな…ISについてる機能である『ハイパーセンサー』の事を失念してたぜ…。
他愛ない談笑をしていると、アリーナ内に黒いIS『ラファール』を台車に乗せた隊員がキビキビとした動作で入ってくる。
確かフランスのデュノア社が生産しているISだったな…部品調達がしやすい整備性の良さと、多数のオプションによる汎用性でトップクラスのシェアを誇ってるんだったな。
「…この訓練部隊は、そのままIS運用の特殊部隊にする事が決まっていてね。一年間の訓練でもっとも成績が高かった隊員が隊長となる」
「現状のまま行けば、あの黒髪の…クラリッサとか言ったか?アイツになんのかね?」
「一応、その予定だ。彼女は人望もあるからね…何より、責任感が強い」
「へぇ…」
本音を言えば…義娘に頑張ってもらって成績の上位に来て欲しいと思ってるのだろう。
だが、それだけでは駄目なのは本人が痛い程分かっている。
佐官ともなれば、それだけ命を預かる立場に居るって事の証だからな。
人望があると言う事は、それだけ部隊に命を預けられる人間が居るってことになる。
時に、戦場は残酷なものだからな。
千冬がアリーナに姿を現し、鋭い視線で隊員たちに指示を送り訓練を開始する。
1人1人がISを身に着け、航空機とは違った挙動でふわりと宙を浮き始める。
「重力の楔から解き放たれたみたいだな…あぁ、慣性方向弄って無理矢理浮かせてんのか…」
「…やっぱり、来ないかい?」
「行かねぇっての。しっかしまぁ…ISだけ文明レベルを5つくらい飛び抜けてねぇか?」
自動車は化石燃料と水素電池のハイブリット…しかもタイヤを使っての走行。
当然のことながら物質転送装置なんてものは無く、移動もその殆どが人力。
…天災ってのも伊達じゃねぇんだろう。
誰だって飛び抜けたものを見れば、魅了されてしまう。
欲深ければ欲深い程に…此奴の誕生は間違いなく現代に対する劇薬に等しい。
「コアの生産数を絞った天災殿には感謝しなくちゃなぁ…」
「…君としても同じ感想か…。こんなものが安易に生産できるようになったら、間違いなく人類は後退してしまうよ…自滅によってね」
慣性方向を弄る事で航空力学を無視したその飛行性能は、現代の主力兵器である戦闘機をそれだけで上回っている。
更にハイパーセンサーによる全天視界確保は、それだけで人の認識力を高める…こんなもの兵器にしないわけがない。
だと言うのにも関わらず、467個と言う何とも歯切れの悪い数のISの心臓部となるコアを配布したのは、それが作れないものだと本人が一番理解しているからか…。
絶対数が限られている以上、喪失は避けなくてはならない。
だが、武装しなければ国は守れないから武装をする…そうした微妙な軍事バランスを保つためだとしたら、なるほど…天災で天才と言うのも頷ける。
仮に、ISを無制限に生産できるようになって、戦争を起こすほどの武力を得られてしまえば…そら寒い事この上ない。
「開発者の束だったか…行方をくらませてるってのは正しい判断だわな」
「あぁ…コアを作れるのは篠ノ之博士だけ…我が国を含めて水面下では血眼になって探し回っているよ」
「お、娘っ子の出番じゃねぇか。手でも振ってやったらどうだ?」
「ハハハ、できればそうしてやりたいけどね」
ラウラの出番になって、大佐をからかうように肘で脇腹をつつく。
立場上親子ごっこがしにくいからか困ったように笑っているが、その視線は真剣にラウラを見つめている。
ラウラはラファールを身に着けると、若干緊張したような面持ちで深呼吸する。
自信はつけてきたが、未だに心にしこりがあるようだ…慣性制御を行ってふわりと宙に浮き、背面に備えられているスラスターで徐々に加速を行っていく。
慣性制御の時と違い明確な推進力を得たラファールは、徐々に加速をしていく。
「…ありゃ、拙いな」
「どうかしたかね?」
ラファールが風の様に俺たちの目の前を通り過ぎた瞬間、ある異変に気付いて思わず立ち上がる。
ラウラの表情がやたらと強張っていたのだ。
恐らく機体トラブルか…それとも何かしらのトラウマなのかは分からないが、機体制御が上手くできていないみたいだ。
見た所、千冬達はまだ気付いていない。
ともすれば、胸中を不安が過るのは仕方がない。
「大佐、ありゃ一旦訓練止めねぇと拙いぞ?」
「キチンと飛行している様に見えるが…整備不良か!?」
「そりゃ分からねぇが…止めなきゃ拙いのは確かだろうよ!」
観客席からアリーナ内部に入るには、大回りする必要がある。
俺はシールドエネルギーに触れて、軽くノックをして耐久力を確かめる。
振れた感じでは柔らかいビニールの様な感触…だが、衝撃力に合わせて強度を変える様に設定されているようで、ノックをした瞬間石のような感触へと変化している。
「よくできてらぁな…千冬も気付いたな。なら、ちっと手伝ってやりますかね?」
「アモン君!何をする気だ!?」
「おう、まぁ…離れてな」
懐から黒の革手袋を取りだして身に付ければ、腰だめに拳を構えて大きく足を開く。
全力で拳を叩きつけてぶち破る…結界ってのはぶち破る為に存在してるんだからな!
「オラァァァッ!!!」
裂帛の気合と共にコンクリート製の床を砕きながら踏み込み、拳をシールドエネルギーに叩き込む。
まるで、ミサイルが直撃したかのような破砕音と共に、ガラスの様にシールドエネルギーが粉々に粉砕されて、キラキラと粉雪の様にアリーナ内に降り注ぎ消えていく。
アリーナ内のシールドエネルギーに過負荷がかかり、一時的に解除された所為かアラームが鳴り響くが、それを無視してアリーナへと降り立ちながら革手袋に仕込まれた両手合わせて10本の細く鋭い鋼糸を伸ばす。
「アモン!何をする気だ!?」
「良いから千冬はISつけて助けに来い!少ししか保たねぇぞ!!」
千冬は、声を張り上げて俺を制止しようとするが、今はそんな事どうでも良いだろう。
向かい側からスラスターの限界出力で突き進んでくるラファールを身に着けたラウラは、顏を蒼ざめさせてそれでも何とか意識を保っているようだ。
通り過ぎる瞬間にラファールの手足に鋼糸を絡ませ、アリーナの地面に思い切り踏ん張る。
「止まれええええ!!!」
「っぐ…!?な…化け物か!?」
奥歯が砕けそうになるほど歯を食いしばり、全力で暴走するラファールと綱引き状態に持っていく。
急激な制止に思わずうめき声を上げたラウラは、止まった原因を見て驚きの声を上げる。
徐々に徐々にラファールに引きずられ、アリーナの地面に二筋の痕を刻み込んでいく。
どうしても身体能力だけでは限界がある。
これがただぶち壊すだけならば、こんなに苦労しなくて良い。
だが、その方法ではラウラは無事じゃすまないだろうし、何より俺がヤバい。
千冬にも迷惑かけちまうしな。
だからこその綱引き…時間稼ぎに徹する必要がある。
「いいから、早く停止させろ!」
「できたら、もうやっている!言う事を聞かないんだ!!」
「千冬!!早くしろぉっ!!」
「お前は、無茶をするな…」
鋼糸を指に絡ませて思い切り引っ張っている所為で、指に思い切り喰い込んで血が滲み始めた頃、糸が1本…また1本と切れていく。
片手の鋼糸だけになった時、漸く千冬がISを身に纏って俺の頭上を通り過ぎてラウラのラファールへと取りつく。
「人間かと疑うが…その意気は好ましい。ラウラ伍長、手荒になるぞ!?」
「は、はい!」
千冬は此方にちらっと視線を向けた後、手に持った日本刀のような近接ブレードを振り上げてラウラのラファールのスラスターを全て斬り落とす。
暴走していたスラスターは遂に限界を迎えた為に爆発を起こし、破片が当たりに散らばっていく。
俺は両手をぶっきらぼうにポケットへと突っ込み、安堵に溜め息を吐いた。
「で、大丈夫なのか?」
「むしろ、その言葉は私の台詞なんだが…その、手は…」
結局訓練はアリーナのシールドエネルギーの制御システムのバグと、ラウラの扱っていたラファールの暴走により中止となった。
念のためにとラウラは医務室に担ぎ込まれたが面会OKとなり、俺はラウラのベッド脇に足を組んで座っている。
「あ?あの程度で怪我するかよ…ナめんな」
「いやでも、血が…」
「怪我してねぇだろ?見間違いだ見間違い」
俺は疑りかかる様に眼帯をつけていないラウラを見つめ、両手に傷がついていないことを見せる。
人とは違うからこその、トンデモ治癒力のお陰で怪我をしてもすぐに治る。
旅をしている時に、不意に事故が起きても確実に生き残るくらいの…所謂ゴキブリ並みの生命力は持っている。
ラウラは露わになった金の左目の瞼を閉じて、顏を俯かせる。
「何故、助けに入った…ISを身に着けている以上、怪我をすることは…」
「ISのシールドエネルギーはIS本体を動かすエネルギーを使っている。もし、あのままエネルギー切れになるまで飛んでいて墜落したら…死んでたのはお前だぜ?」
「…私は…出来損ないだ…IS一つ満足に動かせず…これでは大佐に失望されてしまっても仕方ない」
ラウラは諦めきった顔で顏を俯かせ、深く溜息を吐く。
ようやくでき始めた自信が、今回の事件でまた打ち砕かれた…偶々起きた事故だったのにも関わらずだ。
何とか奮起させてやりたいところだがな…。
「過ちってのは大人でも犯すもんだ…ガキがそんなに気にしてんじゃねぇよ」
「だが、私は軍人だ。軍人となるべくして生を受け、その為に努力してきた。だと、言うのにこの体たらく…こんな…こんな目にならなければ…私は!」
ラウラは激情に身を任せるままに目を見開き、左目を抉りだそうと手を近付けるが、とっさに俺はラウラの腕を握りそれを制止する。
随分と、追い詰められてたんだな…やっぱり。
俺は首を横に振り、諭す様に口を開く。
「事故で失うんなら良い、他人に奪われるんなら良い…だけどな、カミサマから貰ったものは、大切にしなきゃ駄目だ。たった1つのお前の体、大事にできんのはお前自身だ」
「だとしても!!」
「だから!大切にしなきゃダメなんだよ…そう言うのは…無意味なだけだ」
「あ…」
随分と情けない顔をしている。
ラウラではなく、俺がだ。
ラウラの瞳に映る俺は、悔恨に蝕まれた様な嫌な顏をしている。
俺が産み出したわけでも、俺の庇護下にいるわけでもない…だが、命を、体を大事にしないのは悲しいものだ。
ラウラは冷静になったのか、体の力を緩める。
自傷に走らないのを確認して、ラウラの腕を離して席に座りなおす。
「ったく、情けねぇ…」
「ISと綱引きして拮抗するものが、情けないわけがない…」
「そらどうも。あぁ、そうだ…これをお前にくれてやろう」
コートのポケットに手を突っ込みラウラの手を掴めば、無理やりポケットの中の物を握らせる。
ラウラは不思議そうな顔をして、掌の中の物を見つめて首を傾げる。
「コレは…眼帯?」
「いつまでも医療用ってのも変だろ?見えてるなら尚更な。ま、餞別って事で…明日には俺は居なくなるし、命令とは言え世話になったからな」
ラウラに手渡したのは、黒に赤の縁取りをした眼帯だ。
実際、ラウラの左目が見えているのは分かっていた…医療用の眼帯をしてるって事は、眼に怪我を負ったって事になるが、ラウラには左側を庇う様な重心移動が見られなかった。
と、なると左目を隠すために眼帯をしているって事になる。
こいつ、まだまだガキな顔立ちだからな…少しはこれで箔がつくだろ。
「じゃ、そう言う事で…達者でな、ラウラ・ボーデヴィッヒ伍長殿」
「あ、あぁ…そ、その!」
「あん?」
「あ、ありがとう…」
俺は背中越しにラウラに手を振って、医務室を出る。
後は適当に過ごして…等と思っていると、出入り口のすぐ傍にボーデヴィッヒ大佐が壁に背中を預けて立っている。
「…会うなら仕事抜きにしとけよ?まだまだガキなんだからよ」
「…アモン君、君はすぐにここを発ちたまえ、少しばかりやりすぎてしまっている」
「だろうなぁ…」
少しばかり…と言うより、かなりと言った方が正しいか。
人の身でISと拮抗するだけの怪力…ましてやシールドエネルギーをぶち破るともなればな。
拘束されれば、俺は晴れて生きたまま解体される事になるだろう。
ホルマリン漬けは勘弁願いたいもんだ。
「荷物はこれで全部だね?」
「応…だけど、こんな事したら立場悪くなるんじゃねぇか?」
「なに、私も少しばかりは悪さをしなくてはね?悪くても左遷くらいだ…
行きたまえ」
大佐は予め用意しておいた俺のトランクを手渡しながら、子供の様な笑みを浮かべる。
男はいつまで経っても悪さを止められない…まぁ、時と場合はあるが。
「悪いな、大佐」
「なに、気にしないでくれ…愛娘を救ってくれた心ばかりの謝礼さ」
「ハッ、次は酒でも用意しとけよ?」
「それは君が用意したまえ」
互いに笑みを浮かべながら握手を交わし、俺はそそくさとその場を後にする。
幸い、大佐が誤魔化してくれているお蔭ですんなりと基地を出た俺は、通り過ぎるトラックの積み荷にこっそりと乗り込んで一息つく。
「ったく、もう少しお別れのドラマがあっても良かったんだがなぁ…」
「うんうん、それもいいね~。けどさ~、君には一仕事お願いしたいんだよねん」
「はぁ?勘弁しろよ…明日にしろ、明日…に…?」
気を抜きすぎたのか、幻聴と会話してしまったと思っていたが、不意に背後から抱きしめられ、思い切り背中に柔らかいものが押し付けられる。
そう、女性特有のその甘い香りは俺を背後からプレス機さながらの凄まじい力で抱きしめている女性から発せられている。
前門の地獄、後門の天獄だ…おっぱい万歳。
「ねっ、アモン・ミュラー…いっくんの所まで連れてってあげるから、この束さんのお願いを聞いてよ」
どうやら、俺には疫病神が憑りついているらしい…。
何故だかこの女から逃げ切れる気がしなくて、俺は深く溜息を吐いた。