インフィニット・ストラトス~悪魔は乙女と踊る~ 作:ラグ0109
どこぞの組織のスカウトマンであるスコールとの邂逅から早一日…移動中に纏めた今回のデュノア社騒動のレポートをこっそりと生徒会室の偉そうな机に放置して、医務室へとそそくさと入っていった。
医務室の中に別に用意されている医療用カプセル室へと入ると、その中にはまるで生きているかのように眠り続ける俺の人形がカプセル内に横たわっているのを確認することができる。
部屋の様子を見る限りでは見舞客も入ってきている様子はなく、隠蔽効果はそれなりにあったことだろう。
その間に一夏を精神的に苦しめてしまったことは、多少なりとも悪く思わないでもないが…。
俺はカプセルの装置を切って、扉を開いて人形の着ていた衣服を剥ぎ取って着替える。
残っている人形と先ほどまで着ていた衣服は、黒鬼の拡張領域内に仕舞い込むことで証拠を丁寧に消しておく。
室内やIS学園のあらゆる場所に設置されている監視カメラに関しては、天災殿が細やかに丁寧に修正してくれている。
「こうして、シュレディンガーの猫ならぬシュレディンガーのアモン作戦は幕を閉じたのだった、まる」
どこか充実感を得たかのような清々しさを感じつつ、医療カプセルに設置されていナースコールのボタンを押すことで、たった今目覚めたかのように俺は演出するのだった。
「レポートは確かに読ませてもらいましたよ、アモン先生」
「デュノア社から腕利きの技術者の引き抜きに、今後のラファール関連の装備や修理パーツの購入価格の割引、デュノア社で開発された新型装備の優先配備…よくもまぁここまで引き出せたものね~」
「へっへっへ…それなりに良いものもチラつかせてやったからなぁ」
場所は変わって学園長室…今回の件の報告と挨拶を兼ねて、学園長である轡木のタヌキと更識の猫娘と顔を突き合わせる。
無論、今回の件は俺が表立って動いているなんて事がバレてしまうと、学園の立場が非常に悪くなってしまう。
目の前の2人の情報操作能力と天災のイかれた手腕が無ければ、到底実現することが無かった事だろう。
「技術者に関しては整備課の外部講師としてお招きする形になっていますし、ラファール関連の装備が潤うのは学園の防衛と言う観点でも非常によろしい…ですが、念を押して言ったと思っていたのですが…?」
「ハッ、女置いて行くかよ」
「やーだー、もう自分の女扱い?」
「茶々入れんな」
轡木は笑みを浮かべていた顔から一変させ、険しい表情で俺の事を見つめてくる。
先ほども言ったように俺が外をブラついていた等とバレてしまうと学園の監督責任を問われる結果になり、学園の中立性を崩してしまう事に繋がりかねない。
IS学園は、上位組織であるはずのIS委員会からも事実上干渉を受ける事が無い。
今回はそういった立場である学園に傷をつける事態になりかねず、轡木としても俺がフラフラと歩きまわるのは胃に悪いのだろう。
「はぁ…貴方を舵取りできるとは思っていませんでしたが、天災と同じ性質ですか」
「おう、同列にされるのはマジで嫌すぎるぞ…アイツよりはまだ感性マトモだっつーの」
「感性がマトモなら、デュノア社の一件に関わろうなんて思う訳ないでしょう?今回の一件は私たちが動かなくて済んだから学園側に大きな利益を運んできたけれど…先生にはもう少し自分の立場と言うものを理解してもらわないと」
轡木と更識は大きくため息を吐いて俺の事を見つめてくる。
勿論、俺自身に反省の色が見られないからに他ならない…俺にとってこの学園は止まり木の様なもので、偶々巣を作らざるを得ない案件が重なってしまったからこの場所に居るに過ぎない。
出てけと言われたら5分以内に学園から出ていくことだってできる。
そんな状況で俺が此処に戻ってきたのは、ひとえに千冬と束の存在…そして弟分である一夏に依るところが大きい。
千冬と束は下手すりゃ俺を追っかけて来そうな雰囲気があるが…一夏はちぃっとばかし苛め過ぎたからな。
フォローしてやらないと、今後に差し支えるかもしれない。
「へぇへぇ…悪ぅござんしたっと…。確かに隠密性優先で勝手に動いたのは悪かったさ。でもまぁ、ガキ泣かせっぱなしってのはつまらねぇんでな」
「その子供の父親がお縄についたんだけど…?」
「そこまで面倒見てやれねぇよ。万能でもなんでもねぇからな」
…結果として、シャルロットは自身の本来の性別に戻り自由を手に入れ、代償として父親を失うと言う形になった。
何かを得るには何かを手放さなければならず、そして外道であったが故の末路であると思うと…俺は父親に対して何かをしてやろうと言う気持ちにはさらさらなれなかった。
元よりデュノアは女性として居たい、自由でありたいと願っていただけだ。
悪魔は契約外に関しては、とことん薄情になれる。
「後の調整は此方でやっておくこととします。アモン先生、
「あいよ~、任されて~」
「いまいち不安だわ…」
よっこらせとソファーから立ち上がれば、俺はひらひらと手を振りながらそのまま学園長室を出ていく。
学園長室の扉を閉めると同時に、ふわりと嗅ぎ慣れた良い香りが鼻孔をくすぐる。
「よう」
「おう」
SHRはとうに過ぎ、もはや1時間目の授業が始まっているにも関わらず、学年主任である織斑 千冬が壁に背を預けて俺の目の前に立っている。
互いに短く言葉を交わし、自然な動作で同時に歩き始める。
「久方ぶりの娑婆の空気はどうだった?」
「悪かねぇわな…旅が好きだってのは変わらねぇわけだし」
「…そうか」
俺は偽りなく本心を口にする。
偽ったところで俺の本質は知られてしまっている訳だし、そこに意味を見出すことができない。
俺は千冬や束に聞かれた事であれば可能な限り正直に話してやりたいし、そうしていきたいと思っている程度には大切に想っている。
千冬は何処か寂しそうな顔で――といっても表面上は鉄面皮の様にいつもの顔だが――少々俯き加減で俺の隣を歩いている。
「とっとと軟禁状態が解かれないもんかねぇ…?」
「そんなに外が良いなら、帰ってこなければよかったではないか?」
「馬鹿言え、帰って来るって約束したろうが」
「それは…そうだが…」
千冬は俺から顔を背ける。
ははーん、珍しく千冬は乙女らしい部分を表に出している様だ。
自分と束が俺を縛っているのではないか、と思わなくてもいい自己嫌悪に陥っていると。
俺が肩を震わせてくつくつと忍び笑いを漏らすと、千冬はバッと顔を上げて俺の方を睨み付けてくる。
「な、何がおかしい!?」
「いや、随分と可愛らしいもんだと思ってよ。千冬、俺が居なくなるのはまだまだ先だろうし、そう簡単にお前の傍離れようとはしねぇよ。今回の件は特別だってだけでな。俺が言いてぇのは、お前と旅行に行くのも悪かねぇなって事だ」
現状、本当に学園から出る事が許されていない俺は、誰かとどこかに出かけると言う事ができない。
がっちがちのお仕事空間に居続けると肩が凝って仕方がない…寝泊まりしている寮には生徒達もいるしな。
そういった視線が無い場所と言うのは、やはり精神的に落ち着いてくる。
こう言う所はいくら歳を重ねても、非人間であっても改善されることは無い。
「日本はこの辺りしかブラついたことねぇし…あれだ温泉とか有名なんだろ?」
「火山大国だからな…東京でも掘ったら出たなんて話がある程度には有名だが」
「いいねぇ…美味い飯に、美味い酒、それに別嬪同伴の温泉旅行…」
「…何を想像している?」
そういや、7月に修学旅行が予定されていたのだったか…宿泊する場所が温泉旅館だって話をチラッと耳にした事がある。
海沿いにあるって話なんで、新鮮な魚介に舌鼓を打つことが出来るんだろう…その間、俺は
「そりゃぁ何ってナニよ」
「いっそ握りつぶしてやろうか…」
「サーセンッシタ」
千冬は忌々し気に俺の股間を睨み付けて、掌を握ったり開いたりしている。
時折、コキコキとした小気味良い音をさせているところから察するに、半分本気で半分冗談なのだろう。
千冬の握力で握られたら、それこそお陀仏になりそうで怖いな…。
俺は軽く身震いしてため息を吐き、眉間の軽く揉み解す。
「まったく、軽口は変わらんのだな…アモンは」
「人間のコミュニケーションは黙ってちゃ伝わらねぇし、かと言っていつもクソ真面目に話してたって疲れるだけだろうが…多少はユーモアってやつが無けりゃな」
「良くも悪くも裏が無いな…お前は」
「さーて…そいつはどうかねぇ?」
裏が無いと言うのは、それこそ自分全てをさらけ出したモノにしか許されない言葉だろう。
そう言った意味では、俺にもそれなりに裏があるって言う事だ。
担当クラスの教室に辿り着くと同時に、授業終了のチャイムが学園内に響き渡る。
本来であれば、中で授業をしている真耶が出てくるのを待つべきなんだろうが、俺は躊躇することなく教室の扉を開ける。
「おっはよーさん。何日ぶりだ?」
「あ、アモン先生…もういいんですか?」
真耶はいきなり開かれた扉を見て俺が入って来たのを確認すると、少しだけ驚いたかのように目を見開いた後に少女らしく首をコテンと傾げる。
それと同時に教室中の視線が俺に集中する。
「き…」
「あ、やべ…」
「「「「「きゃああああああ!?!?!?」」」」」
俺は素早く両耳を手で塞いで衝撃に備えると、教室どころか学園中に響き渡るかのような悲鳴が1組の生徒全員から一斉に放たれる。
その衝撃たるや窓ガラスがびりびりと震えるほどであり、余程驚いたのだろう。
てっきりSHRで伝わっているものだと思っていたんだが…。
「先生!過労で倒れたって聞いてたんですけど!?」
「私は何者かに襲われたって!」
「篠ノ之博士に解剖されかけたとか!?」
「あー…まぁ、過労って事で…」
クラス中の生徒が俺へと一斉に詰め寄ってくると、尾鰭が付いた俺の噂を一斉に捲し立ててくる。
俺はあまりの勢いに思わず後ずさりしてしまう。
なんていうか…若い奴らのバイタリティってのは本当に…。
「シショーが起きたと聞いて!」
「はえーよ、チャイム鳴ったばかりだろうが」
隣のクラスから騒ぎを聞きつけてきた鈴が、教室の出入り口で生徒に殺到されている俺の腰目掛けてダイブするように抱き着いてくる。
もちろん鈴程度の体重の体当たり程度で揺らぐことはなく、そのまま抱き着かせて頭をポンと撫でてやる。
「うぅ…シショー…心配したんだからね!?」
「あー、はいはい…悪ぅござんした。ったく、生きてんだから泣くなっつかスーツに鼻水つけんじゃねって!」
「つけてないわよぅ!!」
鈴は俺の身体に抱き着いたまま体を震わせて大声で泣き始め、あまつさえ顔を俺に押し付けて涙をスーツに吸わせ続ける。
新手の嫌がらせかよこいつ…。
困ったように視線を彷徨わせると、千冬はニヤリと笑って顔を背ける。
教室内へと目を向けると大半の生徒が生暖かい目で俺を見つめている。
教室内に居たラウラとセシリアはどこかホッとしたような顔をし、箒はちらちらと俺に視線を送ってくる。
そして…――
「おう、一夏…随分腑抜けたじゃねぇか」
「あ、アモン…兄…」
どこか暗い表情をした一夏とシャルロットが俺の視界へと入り込んできた。