インフィニット・ストラトス~悪魔は乙女と踊る~ 作:ラグ0109
ドイツとフランスの国境沿いにある片田舎に俺の姿はあった。
俺は、その町にある古ぼけたバーのカウンターに座って、真昼間から酒をあおる様にして飲んでいる。
ドイツに入国してから早3日…既にあの男には連絡が入っている筈なので、動くとしたらそろそろの筈…。
「おっさん、おかわりくれー」
「あんたなぁ…良い歳した男が真昼間から酒飲んだくれるもんじゃないだろ?」
「なら、真昼間からバー開けてんじゃねっつの」
「まったく…体壊しても知らないからな!?」
グラスに注がれていたスコッチウィスキーを飲み干して俺がマスターに注文を入れると、マスターは俺に忠告するようにグラスを取り上げて新しく酒を用意する。
この3日間、俺は安宿とバーを往復する生活を続けている。
理由としては、待ち人が俺の元に辿り着くタイミングが計れなかったからだ。
一応このバーの営業時間は連絡してあるんだが…向こうもお偉いさんだ、中々時間も取れない事だろう。
お代わりのグラスが俺の前に差し出されると、マスターは訝しがる様に俺の事を見つめてくる。
「あんたが旅行者ってのは知ってるんだがよ…こんな片田舎の町に何の用があるってんだい?」
「この国に友人が1人居てな、ここで落ち合う約束を取り付けたんだがトンと連絡をつけられなくてねぇ。あっちもお偉いさんになっちまって不用意に電話ができねぇから、こうして待つしかねぇんだわ」
不用意に連絡が出来ない…これは紛れもなく本当の事だ。
なんせ、俺は本当ならばIS学園のベッドの上で寝ていることになっているのだから。
本当…狙って行ったとは言え、
「言っちゃなんだが寂れた町なら人目につきにくいからな。ま、そんなわけで待ってる間に金を落とさねぇってのも癪なんで、こうして飲んだくれてる訳よ」
「どっかの富豪の放蕩息子かい?」
「ははは、んなわけねぇだろう?放蕩息子でも、もっとマトモな身なりで旅するだろうさ」
夏も間近に控えた梅雨の時期にボロコートの一張羅姿である俺の姿を見て、マスターはそれもそうかとひとしきり頷いて納得し、口を挟まなくなる。
グラスの中身が半分ほどになった時に、バーの扉が開いて客が1人中へと入ってくる。
その男は逞しい体つきをしていて、何時か見た時の様にラフな格好で俺の近くまで歩み寄り、隣に座る。
「待ちくたびれたぜ、ボーデヴィッヒのおっさん」
「まったく、君のおかげで慌てて休暇申請を出す羽目になった僕の苦労を労ってもらいたいものだよ」
ラウラ・ボーデヴィッヒの養父であるヴィクトル・ボーデヴィッヒ少将は、俺に手を差し出して握手を求めてくる。
俺はその手を見て、素直に握手をする。
「ブリュンヒルデから君に関しての連絡は聞いていたが、壮健そうで何よりだ。娘は何か面倒を起こしていないかな?」
「その点に関しちゃ心配ねぇよ。堅物なのが玉に瑕なんだが、寮の連中におもty…可愛がってもらってるしな」
「それはよかった」
さて…そろそろ俺がこの場所に居る理由を述べなくてはならない。
一夏達との実戦をしたその日の内に、俺は千冬にデボラ夫人と少将に連絡を取ってもらい面会の約束を取り付けていた。
夫人とは準備が出来次第千冬から連絡を入れさせると言う形にして、俺は最初に少将と接触するためにこうして片田舎へと足を運んだのだ。
そして俺が単純にこの場所まで出てくることができた理由…それは、一夏が俺を刺した事により入院していることになっているからだ。
束協力の元、学園の医療ポットの中に精巧に作られた俺の人形を放り込んで、あたかも俺がそこで眠り続けているように誤認させている。
暫らく一夏にゃ悪い思いをしてもらうが、これも立派な授業の一環…これを乗り越える事ができないようじゃ戦士としては半人前が良いところだろう。
こうして偽装を終えた俺は、束の実験と称した人参ロケット打ち上げで無事に日本を出国。
ドイツに辿り着いた後は、こうしてバーに入り浸りになっていたって訳だ。
「しかし…まさか君が教師になるとは夢にも思わなかったな」
「俺もだよ…物教えるのは苦手なんだけどよ…」
再会を祝して乾杯をし、おっさん2人で真昼間から酒をあおる。
駄目親父此処に極まれり…ラウラが見たら呆れた様な目をされること請け合いだろう。
「それで…僕を此処に呼んだと言う事は、何か困っての事なのだろう?」
「おうよ…ガキが1人臭い飯食いそうになっててな。それをどうにかしてやらなきゃ夢見が悪くってよ」
「ふむ…それはお隣のお家事情と言うやつかな?」
どうやらドイツではシャルル…もといシャルロットの身元に関する情報を掴んでいる様だ。
そもそもが無理のある設定だ…バレていない事の方がおかしい。
俺は懐から煙草を取り出し、火を点ける。
「ふー…どうにも俺にゃ納得できなくってな。こうして色々と無理を言って出てきたって訳さ」
「とことん甘い男なのだな…君は」
「さぁて、そいつはどうかねぇ…?」
俺はくっくっくと忍び笑いを漏らし、ゆっくりと煙草を吸い始める。
今回、デュノアパパンには惨めな思いをしてもらう…それだけの事をなしてきたのだから、因果応報と言うものであろう。
俺はUSBメモリを懐から取り出して、准将の手に握り込ませる。
「こん中の情報を、それとなーくフランス国内のマスコミにリークしてもらいてぇんだわ。EUにはアンタくらいしか頼れる人間が居なくってよ」
「そういう風に言ってもらえるのは嬉しいが…それは勿論我々にリターンあっての事だろう?」
無償でやる仕事など無し…当然の話だ。
なにか自分たちに利益があるからこそ、物事は速やかに動いていく…。
だからこそ、それなりの報酬を求めずにはいられないのだ。
「人間災害の智慧の一部…ってところだな」
「…本気かね?」
「本気でなきゃ呼びつけたりするかよ、バーカ。つっても俺が引き出したのは、お前ん所の娘っ子が使ってる機体のパーツに関しての意見だけだ。あんまり期待するもんでもねぇからな?」
人間災害…つまり天災の智慧と言うのは、どの国も欲して止まない禁断の知恵のリンゴだ。
誰しもがそのリンゴを求めて独占したいと願っている。
そんなリンゴの一欠けら…手に入れられるのであれば、手に入れたくもなるだろう。
「良いだろう、取引は成立だ。天災とのコネクションを持つからこそできる交渉だな」
「まぁな…帰ったら可愛がってやらねぇと」
「噂には聞いていたが…本当に手籠めにしたのかね?」
俺は肩を竦めて笑うだけで返答を終える。
実際のところ、手籠めにされたのかしたのか不明瞭な所はあるのだが…。
勝手に惚れられて俺が折れた様なもんだしなぁ。
「まったく、君の価値は計り知れないものになるな…学園から出るのが困難になるのではないのかね?」
「まぁ、そこらへんはタヌキ共…こっちじゃキツネの方が分かりやすいか、そいつらとの交渉次第だろう」
「なるほど、老獪な人間との対決次第か…苦労が次から次へとやってくるものだ」
少将は同情するかのような視線を向け、煙草を懐から取り出す。
俺は素早くオイルライターに手を伸ばして火を点けてやる。
「苦労って点じゃアンタも相当だろ…どうだい、組織の実態は」
「話にならないね…上は利用する事ばかり考えている。これでは彼女たちが踊らされているとは分からないだろう」
女尊男卑に隠された実体…それは円滑な兵器的運用だ。
女性を優遇?
馬鹿言うな、こぞってISに乗りたがる奴らは目先の報酬にとらわれ過ぎている。
ISは国防の要になっている…つまり火種が起き、戦争になれば駆りだされるのがISになる。
戦争ともなれば、そこにISバトルによるルールなんて存在しない。
今でこそ平和なもんだから戦争らしい戦争は起きていない…だが…。
苦虫を嚙みつぶしたような顔をすると、少将は俺の肩を優しく叩く。
「そんな顔をするものではないだろう…最悪を想定しておくのは絶対だが、起こさなければ良いだけの話だからな」
「そりゃ、そうだけどよ…」
「君は、態度とは裏腹に優しい男だよ…君の美徳だ、大切にしたまえ」
美徳であり悪徳でもあるってところだけどな。
変に苦労を背負い込むのも、こんな性格だからってのは理解してるんだが…。
「こちらはこちらで上手くやるさ。ところで…これは個人的な質問なのだがね?
「ハッ、反吐が出ちまったよ」
グラスの中に入っていた琥珀色の液体を一気に飲み干し、カウンターに叩き付ける様にグラスを置く。
今思い出しても腸が煮えくり返る様な思いだ…少将が俺にアタリをつけたのは、恐らく街で騒いでいた旅行者の情報を目にしていたのだろう。
今時監視カメラのない場所なんて無いからな…元より施設襲撃は束によって起きたものだと断定していたかもしれない。
「あくまで個人的な質問だ。僕は此処で聞いたことは外部に漏らしはしないよ」
「口が堅いもんだねぇ…」
「娘を助けてくれた恩人だからね…それくらいはするさ」
少将は席から立ち上がると俺に背を向ける。
「この件は明日にも動かせてもらうよ」
「確認取れたらデータをお前のデスクに送っておくわ」
「了承した…やれやれ、人間災害殿は末恐ろしい」
少将が店を出ていったのを見て、俺も席から立ち上がりトランクを担ぐ様にして持つ。
此処での用事は終えたので、早速フランスへと入国しなくてはならない。
いやぁ、真綿で首を絞める様に追い詰めていくのは何にしたって愉快なもんだわ。
「これ、口止め料込な…マスターは、此処で聞いたことはただの世間話だったし、俺の事は迷惑に思っていた…OK?」
「あ、あ、あんた何者なんだ!?」
俺はカウンターにポンと札束を置いて、さっさとバーを後にする。
「何者ってそりゃあ…悪魔だろうよ」
滞在していたホテルを後にし、その足で国境を越えて無事にフランスへと入国した俺は、今日の宿を取れなかったので教会へと足を運び、そこで宿を取ることにする。
寂れた教会ではあったものの、そこを切り盛りしていた老神父夫妻は快く礼拝堂の一画を提供してくれた。
時刻は22時…俺は黒鬼のコアネットワーク通信を利用して、束へと連絡をとる。
すげぇ…ワンコール目が終わる前に出やがった…。
『おっはよー!朝からアモンのラブコールなんて、束さん寝てないのに目が覚めちゃったよ!!』
「寝ろっつったよな、この馬鹿!」
『なにおう!?この天才にして完全無欠の束さんを馬鹿だとう!?』
束と共同生活を送るうえで、俺は最低限でも睡眠を5時間取る様に約束を取り付けていた。
見てくれは良いのに、睡眠不足や栄養失調からくる目の下のクマやら肌荒れや、枝毛やら抜け毛やらと女性としての最低限の身だしなみが壊滅的だったが為だ。
クロエは俺の言いつけを守って身だしなみに気を使ってくれると言うのに…この母親ときたら…。
「約束、破ってんじゃねぇっつの…ったく。そっちは変わりねぇか?」
『それはもう、色々と順調だよん。もちろんシュレディンガーの箱も開けられてないし?』
「そいつは重畳…この分ならサクッと終わらせて帰国できそうだな」
シュレディンガーの箱とは、言うまでも無く俺の人形が入っている医療ポットの事である。
流石にポットから出されると、体温が無いのでバレてしまう可能性が高まってしまう。
ある意味、時間との戦いを強いられているのだ。
『うへへ~、帰ったらしっぽりとね~』
「あー、はいはい時間がとれりゃぁな」
帰る頃には恐らく期末テストの採点やらなんやらで、しっちゃかめっちゃかになってると思うが…まあ、黙っておこう。
『ね~え~アモン~、言って欲しい言葉があるな~』
こう、前かがみで腰を振る様な動作で見上げてきている構図が容易に思い起こせるような甘い声で、束は俺に催促してくる。
たまにはカウンター気味に言ってやるのも悪かねぇか…?
「束」
『ん~?』
「帰ったら骨抜きになるまで
『んんんんっっ!!!…ふぅ、やっぱりアモンのサドっ気全開低音ヴォイスはイけるね』
突如悶えるような声が聞こえてきたと思ったら、いつもよりテンション低めの冷静な声で束は俺のセリフを評価してくる。
賢者モードになってるんじゃないよ…。
「そろそろ千冬に代わってくれ」
『あいあ~い、ちーちゃ~ん』
呆れた様な声で通信を変わる様に言うと、束は至極満足したかのように千冬を呼び出す。
暫らくすると、がさごそとした音と共に千冬が通信に出る。
『そちらはもう真夜中か、久々の外の空気はどうだ?』
「そら最高に決まってんだろ。あとでデボラに連絡入れておいてくれ」
千冬は特に心配している素振りを見せる事もなく、俺に声をかけてくる。
『あぁ、分かった。順調そうで何よりだ』
「まだとっかかりだけどな…それで、一夏の方はどうだ?」
『それなんだが…』
一夏の事を尋ねてみると、千冬は困ったような声で言いよどむ。
どうやら少々腑抜けになってしまっているらしい…人を刺すなんて初めてだろうし、仕方ないだろうが…正念場だな。
『授業自体はキチンとこなしているが、どこか上の空でな…相当に堪えているらしい』
「でなきゃ、怖いわ。まぁ、極端な話…命の取り合いをする事の怖さを知れただけでも儲けもんだろう?」
いずれ立つことになるであろうその場所で、自分が奪われないようにするために…。
可愛がってるからこそ心を鬼にして教えなくてはならない事がある。
『そう、ならなければ良いのだろうが…』
「無理だろ…男がISを使える様にならない限りは」
男性がISを扱えると言うだけで、シャルロットの様な被害者が生まれるくらいだからな…。
俺たち男性操縦者は火種になり続けるだろう。
『っと、すまない…そろそろ会議があるので通信はここまでだ』
「あいよ…まぁ、なんとか上手くやってくれ」
『ボロを出しはしないさ…その、アモン?』
千冬はもごもごと何かを言いたげにするが、中々言い出せず少々重苦しい沈黙が続く。
暫らく待ち続けていると『良し』と言う声がし、大きな深呼吸が聞こえてくる。
『その…ア、モン…お前が居ないと寂しいので、早く、帰ってこい…』
「…お前は時々、男心擽る事言うよな…」
『な、なにを!!』
正直心臓と股間に悪い。
普段が普段なので、所謂ギャップ萌と言う奴だろう…不覚。
「馬鹿にしてるわけじゃねぇって。なら、とっととお仕事終わらせて帰らねぇとな」
『もう、知らん!勝手に振り回しているんだ!早くしないと承知せんからな!!』
千冬は照れ隠しからか怒った様な口調で捲し立てると、一方的に通信を切ってしまう。
いやはやまったく…ツンデレか…?
「あー…ったく…早く帰りてぇ…」
俺は礼拝堂の一画でうずくまる様にして横になり、そのまま眠りに落ちた。
お待たせしました…
へんに文字数縛ったら物語書きにくいなって、新作の方でしみじみと思いました…
そちらの方もよろしくお願いします。