インフィニット・ストラトス~悪魔は乙女と踊る~   作:ラグ0109

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#3 厄介事はやってくる

「…すまなかった」

「…撃つ相手は選ぼうな、姉ちゃん」

 

ドイツ軍の基地の取調室に連行されてから始まった俺の事情聴取は、モンド・グロッソ会場内に備えられていた監視カメラの映像からすぐに被害者だと言う事が判明し、事なきを得る事となった。

最初は乱暴な物言いだった尋問官も直ぐに対応を軟化させ、終始和やか且つ同情的なムードで進んでいった。

人除けをしておいて、監視カメラは抑えなかった…この事から考えられるのは、敢えて誘拐されたと言う事実を見つけて欲しかったからなのか…それとも…。

色々と腑に落ちない事件ではあるが、無事に解決と言う事になっているので穿り返す必要も無いだろう。

今回の事件はドイツ、日本双方にとって明るみに出ると国際的な立場が危うくなる…と言う事で俺には緘口令が敷かれ、少なくとも一か月の間はこのドイツ基地から出る事が叶わなくなってしまった。

身分証自体はあるものの、俺の身元保証人が居ないとなると今後の監視に関して非常に問題があると言う事で、ボーデヴィッヒ大佐とか言う男が当面の保証人と言う事になるはずだったのだが、ここで今目の前にいる女が待ったをかけたのだ。

 

「しっかし身元保証人になった所で、厄介事しかねぇんじゃねぇか?」

「ドイツ軍の方で常時監視されるような事態よりかはマシではないか?」

「や、それ言われるとぐうの音も出ねぇんだけどよ…」

 

基地の方で用意された部屋のベッドの上で胡坐をかきながら、対面にて椅子に座っている『元』ブリュンヒルデ、織斑 千冬を見つめる。

化粧っ気は薄いものの、女性にしてはスラリとした長身、女性らしいしなやかな曲線は黒のスーツ姿の今でも良く分かる。

結論から言って美人だ…それもトップクラスの。

美人な姉ちゃんで、一夏は幸せ者だねぇ…。

 

「ま、まぁなんだ…無事だったとはいえ、恩人に発砲してしまったんだ…その償いくらいはさせてもらえないか?」

「律儀なこったな…拒否しても押し付けてくるんだろ?」

「あぁ…どうあれ、定住地を持たないお前にとってはありがたい話でもあるだろう?」

 

確かに、今後ドイツ軍の監視が付き纏うとなると、鬱陶しい事この上ない。

千冬は、名目上でもその監視役をやって野放しにしてくれると言っているんだから、これに食いつかない手は無い。

自由気ままに旅行してるのは、どんな世界であれ結構楽しいからな。

俺は腕を組んでジィッと千冬を見つめる。

そんな俺を千冬は回答を待つように真っ直ぐに見つめ続ける。

一切ブレる事のない弟とそっくりだが鋭いその目は、誰よりも実直でありたいと言う意志を感じる。

公私において厳しくあろうとしているんだろう…なんつー、不器用な女なんだかな…。

俺は観念したように片手で頭をかき、静かに頷く。

 

「分かった分かった…悪いけど、お前の世話になる」

「重ね重ね、すまなかったな…話の方は私の方でつけておく。一か月の間辛抱していてくれ」

 

千冬は深く頭を下げると椅子から立ち上がり、部屋の出入り口へと歩いていき、ドアノブに手をかけたところで此方に顏だけ向ける。

懐から煙草を取りだし、一本口に咥えたところで見られている事に気付いて顏を向ける。

 

「ここ、禁煙だったか?」

「いや…そうではない。どうも一夏がお前に懐いた様でな…もし、日本に来ることがあったら我が家を訪ねに来てやってくれ。一夏が喜ぶ」

「ハッ、喜ばれんなら千冬みたいな美人の方が、俺は嬉しいがな。まっ、行く機会があれば行ってやるさ」

 

千冬の言葉に鼻で笑いつつ、手に持ったオイルライターで煙草に火を点けて少しだけ空いている窓の方へと煙を吐きだす。

どうにも、ガキに好かれやすいな…そう言うのは、あの狼の専売特許だと思ってたんだが…どうも、そうでもないらしい。

芸人やってる身としちゃ、有難く思うべきなんだろうか…?

 

「軽口を…まぁ、いい。では、また」

「あいよ」

 

千冬は俺の言葉に肩を竦めて呆れつつ、部屋を出ていく。

ベッドに横になりながら煙草を吸い、口から輪っか状に吐き出してそれを眺める。

1本、2本と吸っていき、気分転換が済んだところで返却されたトランクをテーブルの上に置いて開き、中で眠り続ける人形をパーツごとに丁寧に取り出していく。

触れると人の肌の様な感触…贋作であろうと本物に限りなく近づけば、それは本物同然の存在になる。

一夏があの時ビビったのも、バラバラになった少女の遺体が入ってると見間違えたせいだ。

それだけ精巧に作り上げたし、人とそう変わらないと自負している。

人形遣いを名乗っているなら、それくらいの事はやってのけなきゃな。

人形のパーツに傷が入っていないか確認し、傷が入っていれば丁寧に補修する。

芸をするための道具…と、言うより一人の娘の様なものだ。

嫌でも愛着は湧くし、扱いも丁寧になる。

陽が傾きかけた頃になり、唐突に部屋の扉がノックされる。

 

「ん~、ちっと待ってくれ」

 

テーブル一杯に広げていた道具を片付け、愛娘をテーブルの上に女の子座りで置いてから部屋の扉を開く。

部屋の前には、腰まで伸びた綺麗な銀髪の少女が背筋をピンと伸ばして立っている。

左目の医療用の眼帯がどこか痛々しい。

 

「…どちらさん?」

「…ラウラ・ボーデヴィッヒ伍長であります。一か月間、貴方の世話を任されました」

 

ラウラと名乗った少女の年の頃は…どうみても小学生。

こんな子供が軍に所属してるってぇのか?

俺が訝しがる様な顔で見ていると、ラウラは生気の無い赤い瞳で俺の事を見つめてくる。

 

「…何か、落ち度がありましたか?」

「お前じゃなくてここの軍隊がな…なんで娘っ子がこんな所に所属してるんだよ…?」

「はぁ…」

 

ラウラは何とも気の抜けた声で返事をし、此方に敬礼をしてくる。

お目付け役にこんな少女をねぇ…本当に何を考えてやがるんだか…?

一先ず気を取り直し、ラウラを部屋へと招き入れる。

ラウラは言われるままに部屋に入ればキョロキョロと辺りを見渡し、テーブルに座っている人形をジィッと見つめている。

 

「気になんのか、お嬢ちゃん」

「…お嬢ちゃんではない」

 

少しばかりからかう様に言うと、ラウラはムッとした顔で人形から顔を背けた後に顏を俯かせる。

さながら手負いの獣と言ったその雰囲気は、悲愴さすら感じてくる。

自論っちゃ自論なんだが、子供は元気に笑って遊んでるのが一番だと思っている。

罷り間違ってもこんな火薬臭い場所に居るべき存在では無いだろうよ。

 

「伍長さんは何時から軍に所属してるんだ?」

「…答えなくてはならない事でしょうか?」

「べっつに?言いたくなきゃ構わないし、軍の守秘義務があるってんならそれはそれでいい。後だ、俺に敬語は使うな」

 

ベッドに腰掛けて足を組みつつ、両手に革製の黒いグローブを嵌める。

指をゴキゴキと鳴らしながら解し、軽く握ったり開いたりしてから繊細に指を動かしていく。

指1本1本の関節を微妙に動かすことで、テーブルにチョコンと座っていた人形…『サニティ』に生命が吹き込まれていく。

サニティは転寝から目覚めたかのように両腕を上げて背伸びをし、キョロキョロと辺りを見渡す。

偶々、眼が合った――と、言うか合わせた――ラウラの顏を見れば、可憐な花の様な笑みを浮かべて立ち上がり、身に纏っていた空色のドレスの裾を両手で摘みお辞儀する。

その動きは人と何ら変わりなく、生命の躍動感にあふれている。

ラウラは戸惑ったようにサニティを見つめ、何処か恐れる様に後ずさった。

 

「俺の商売道具は気に入らないか?」

「商売…道具…?」

「応よ…なんてったって、俺は人形遣いだからな。こうして人形に生命を吹き込み、動かすのが生業ってやつだ」

 

サニティはドレスのスカートを抑えながら、ぴょんとテーブルから飛び降りて危なげなく床に着地し、トテトテとラウラの元まで歩み寄って握手をしようと手を差しだす。

一般的な人形では剥き出しにされている筈の関節は其処にはなく、人のそれと変わらない手をラウラはゆっくりと握り、握手をする。

 

「冷たい…」

「そりゃまぁ、冷たいだろうよ…。どこまでいっても、人間にはなりきれねぇ。お嬢ちゃんと違って人形だからなぁ…」

「…随分と寂しそうな顔をするんですね」

「そうかい?」

 

少しばかり、センチメンタルな気分になってしまったのか…表情に出てしまったらしい。

上官から俺の事をどの様に聞いていたのかは分からないが、ラウラは意外そうな顔で俺を見つめてくる。

魔法を使えば、確かに生きている様に人形がひとりでに動きだす様に作り出すことは可能だろう。

人と同じ心を持ち、言葉を交わす存在を作ることだって夢では無い。

けれども…果たして、人間はそれを人間と認めるのだろうか…?

 

「粗野な男だ、と父…いえ、ボーデヴィッヒ大佐から伺ってましたので」

「応、お前の父ちゃん喧嘩売ってるのが良く分かったぜ」

「そう言うところが粗野と言うのでは…?」

「ぐぬぬ…」

 

ラウラに反論も許さない切り返しをされて唸りながら歯噛みをすれば、そんな様子を見たサニティは両手で口許を隠す様にしてクスクスと笑うような動きをする。

サニティの動きを見て、ラウラも本気で言ってるわけでは無いと察したのか漸くクスリと口許を綻ばせる。

 

「やっと笑ったな」

「…笑っていません」

「いーんだよ、笑え笑え。ガキは笑ってなんぼだからな」

 

サニティを手元まで小走りで移動させて、片腕で抱きかかえる様にして持ち上げる。

ラウラは指摘されてすぐに能面の様な無表情に戻して、軍人として毅然としようとする。

10代になったばかりだろうに…本当に、どうなってるんだかな?

軽く肩を竦めつつ、サニティの体をバラバラに戻してトランクの中へとしまう。

 

「ところで、飯はどうすれば良いんだ?」

「…夕食は、私が部屋まで運びます。一応、此方がアモン・ミュラーの許可されている行動範囲になりますので…」

 

飯の話題を振れば、ラウラは思い出したかのように折り畳まれた基地内の地図を差し出してくる。

目を通すと、俺が行動できる範囲は一般開放日に解放されている範囲に限定されている。

まぁ、当たり前っちゃ当たり前…だが、部屋に閉じこもる必要が無いってのはありがたい。

引き籠ってると頭痛がしてくるからなぁ…女相手にしてる時は違うけどな。

何をしてるのかって?

そりゃぁナニだよ。

 

「で、部屋から出るときは、お前が絶えず引っ付いてくると…」

「そうなります。そろそろ夕食の時間ですので私は失礼します」

 

ラウラは規律正しく回れ右をして部屋を出ていく。

だが、俺はその瞬間を見逃さなかった。

後ろを向く時に見せた憂鬱そうな顔を…。

人間、飯を食う時ってのを楽しみにするものだと思うんだが…俺にはあの表情が酷く気になった。

 

 

 

夕食を終えて消灯時間。

俺はコッソリと部屋を抜け出して、俺の今居る兵舎の屋上へと出る。

明日怒られるだろうが、それはそれ…缶詰状態じゃ息が詰まるんで夜風に当たりに来たって訳だ。

夕食後にラウラに貰ってきてもらった煙草――勿論お駄賃はあげた。嫌そうにされたが――を取りだし、屋上を照らす照明の下でゆっくりと煙草を味わう。

()()()()から持ってきた煙草は切らしてしまったし、補充する手段が今のところ無い。

ってなわけで、一番安い煙草を買ってきてもらったんだが…俺にはお上品な味に感じる。

 

「で、何時まで俺の事を見てるつもりだい…軍人さんよ」

「ふむ、気付かれていたかね?」

「応よ…気付かれたくなかったらNINJAにでもなるこった」

 

綺麗な三日月に雲がかかり始める頃、何時まで経っても監視し続けている男へと声をかける。

屋上出入り口付近の陰から出てきた男は…年の頃は30代半ばくらいか…短く刈りあげた金髪に狼の様に鋭い眼光の青い瞳、痩せすぎるでもなくかと言って肥えているわけでは無いマッシヴなボディライン。

質実剛健と言うような顔つきが、男らしさを物語っている。

その男は階級章も身に着けず、ワイシャツにスラックスと言うラフな出で立ちで此方へと歩み寄ってくる。

 

「NINJAか…なるほど、参考にさせてもらおう。一本、貰えるかな?」

「あいよ」

「ありがとう」

 

冗談なのか何なのか、生真面目そうな顔で答えられて少しばかり毒気が抜かれちまう…。

言われるがままに男に煙草を差し出し、ライターで火を点けてやる。

男は煙をゆっくりと風下に吐きだし、此方を見つめてくる。

 

「ボーデヴィッヒ伍長は何か失礼をしなかったかな?」

「失礼っつーか…言いたいことはアンタでも分かるよな?」

 

男の言葉に眉を顰め、自然と声に棘が出る。

あんな子供が軍内に居る…その事実が俺にはどうしても腹立たしく思える。

鉄火場に行って良い年齢じゃないだろうが…。

男は少しだけ悲しそうな顔をし、すぐに表情を改めて困ったような顔をする。

 

「ISが人を、国を、世界を変えてしまった…と言うのは卑怯な言い分かな?」

「インフィニット・ストラトス…ねぇ…。生憎と金属の玩具には興味が無くってな」

「世の男性が皆、君の様に言いきれれば良かったのだろうがね…」

 

インフィニット・ストラトス…通称「IS」。

女性にしか動かすことが出来ない、究極の『兵器』。

戦闘機よりも小回りが利き、歩兵並みの小ささで戦車よりも火力を叩きだし、僅か数機があるだけで戦局を大幅に左右する機械。

しのののの…なんだっけか…まぁ、天災とか何とかってやつが開発した時は、そう言う目的じゃなかったらしいんだがな。

新しい玩具を武器にするのは人類の悪い癖…なんて言葉がある様に、現状ISは兵器の枠から抜け出せていない。

 

「職場に女性が増えるのは華やかで良い事なのだが、男たちは隅に追いやられてばかりで肩身が狭いものだよ。国はISに対する高い適正を持った子を集めて、優秀な操縦者にしようと躍起になっていてね。なんせあれ程の戦力だ…ロートル(旧兵器)ではマトモには太刀打ちできない」

「だからってよ…」

「分かっている…僕もね」

 

溜息と共に肺に溜まっている煙草の煙を吐きだす。

この男…ボーデヴィッヒ大佐は、沈痛な顔で空を見上げている。

軍内の嫌な風向きを変えたくても変えられないもどかしさ…それを強く感じているのかもしれない。

根っこの部分が生真面目な分、そう言うところで損してそうだな…。

 

「ボーデヴィッヒ伍長…いや、ラウラは僕の養子でね。軍の上層部から押し付けられたものではあったが、僕なりに愛情は注いでいたつもりなんだが…僕ではどうしようもない事態になってしまってね」

「目の怪我か…?利き目じゃねぇって言っても、片目なのは軍人としちゃ問題だわな」

「…あぁ、そのお蔭で酷い挫折を味わってしまった様でね…そこで君に頼みたいことがあると言う訳さ」

 

この男…何を考えてやがる?

身分証持ちの住所不定自称大道芸人だって言うのに、あからさまに信頼しているみたいな目で俺を見つめてきやがる。

普通だったらこんな怪しい奴に頼み事なんざしない、誰だってそーする、俺だってそーする。

 

「君は大道芸人で子供を喜ばせるのが得意だと聞いている…そこでだ…」

「待って、マジで待って…普通、俺に任せるか!?」

「ラウラは軍内部でも孤立してしまってね…立場的にも贔屓にするわけにも行かない…だが、外部の人間である君ならば…。情けない父親だと罵ってくれても構わない。どうか…彼女の心を救ってはくれないか?」

 

ボーデヴィッヒは此方に体を向け、深々と頭を下げる。

何処までも真っ直ぐにしか生きられず、現状に喘ぎ続けている…俺はその姿を旧友と重ねてしまい、深く溜息を吐く。

苛立たし気に携帯灰皿に煙草を押し付け、ボーデヴィッヒの頭を上げさせる。

 

「1か月…そこまでだ。それ以降は俺も旅を続けるから面倒は見てやれねぇからな!?」

「すまない、恩に着るよ…娘の事…よろしく頼むよ」

 

厄介事に首を突っ込むのは良くあるんだが…厄介事が向こうからやってきやがる。

おまけにたった1か月…ったく、どうやってやりゃ良いんだか検討がつかない。

なんだか、これからもっと面倒な事が起きる気がして、俺はもう一本煙草を口に咥えた。




個人的にボーデヴィッヒパパの声は小山 力也さんで(ぇ

次回、ヒロイン再び←

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