インフィニット・ストラトス~悪魔は乙女と踊る~ 作:ラグ0109
「ガキ、壁の陰に隠れてろ…巻き込んだら守ってやれる自信がねぇからな」
「ガキじゃなくて一夏だ!」
「なっ!!どうやって!?」
一夏を壁の陰に隠して、地上から階段で降りてきた男達に相対する。
いずれも機械仕掛けのこん棒…所謂スタンスティックってやつを手に武装している。
理由としては単純明快…閉所での銃撃戦は、跳弾などで味方に被害が出るかもしれないからだ。
鉛玉を喰らった所で体にめり込むわけではないが、当たれば俺でも痛い。
いや、本来の悪魔的な姿を晒せば、大した事はないんだが…それは今禁止されている。
体一つで戦わなくてはならない以上、武器である鋼糸を使うのも悪くはないんだが、生憎とガキにトラウマを植え付けてやるほどイかした性格をしているわけでもない。
と、言う事で俺は目の前で此方を威嚇する様に睨み付けている男達に、指をかかって来いと言わんばかりに動かす。
武器を持っていると言うアドバンテージがある男達は、互いに視線を交わした後に下卑た笑みを浮かべる。
「痛い目見ない内に降参した方が、利口ってもんだぞ?」
「あぁ、そうかい…こっちはとっとと帰りてぇんだよ。来ないならこっちから行くからな?」
「舐めやがって…!!!」
比較的細身で長身の男は俺の言葉を挑発と受け取って、チンピラにしては中々良い踏み込みで俺の間合いより半歩後ろに踏み込み、スタンスティックを上段から思い切り叩きつけてくる。
俺は、此方に当たるよりも早く足りない半歩分を踏み込んで叩きつけてくる腕を掴み、肘に軽く拳を叩き込む。
肉が無理矢理叩き潰されるような音が室内に響くと、男の手からスタンスティックが零れ落ち、ひじ関節があり得ない方向に折れ曲がる。
ぎゃぁぎゃぁと喚かれると面倒なので、掴んだままのへし折った腕を思い切り引っ張って引き寄せつつ腹に思い切り膝蹴りを叩き込んで意識を落す。
吐瀉物を浴びたくも無い俺は、腹にめり込んだままの足を思い切り振って気絶した男を右側の壁に叩き付ける。
ゆっくりとした動作で落ちたスタンスティックを拾い上げて、残る三人の男たちを見る。
「痛い目見ない内に…なんだっけか?」
スタンスティックの出力を最大にまで上げると、バチバチとした音が室内に響き渡る。
ほんの一瞬の内に腕をへし折られ、壁に叩きつけられた男を見た残りの人間は、思わず鼻白む。
恐らく、俺が此処まで戦闘能力を持っていない旅行者くらいにしか思ってなかったんだろう。
人を外見で判断するとロクな目に合わないっつー教訓が生まれた瞬間だな。
俺が一歩踏み出すと、男たちは一歩後退していく。
そのサマは袋小路に追い詰められた、哀れな小動物によく似ている。
一歩、また一歩と足を動かしていき壁際まで追い詰めると、短く刈りあげた金髪の筋肉達磨が雄叫びを上げて此方に突進してくる。
追い詰めている筈が、不気味な存在に追い詰められている状況を打破しようとするかの如く、猪突猛進と言わんばかりのそのショルダータックルは、マタドールさながらに避けた俺が足を引っかける事で唐突に終わりを告げる。
我武者羅すぎるせいか受け身を取れなかった筋肉達磨は、床に無様に倒れ伏してしまう。
そんな隙を反省しろと言わんばかりに、最大出力のスタンスティックを筋肉達磨に押し当てて電流を一気に流し込む。
「ぎゃあああああああ!!!」
「聞くに堪えねぇなぁ…もっとお上品に鳴けっつーの」
「クソォッ!!」
三人目は長髪の優男…俺が背後を向いている隙に気絶させようと言う魂胆だったんだろうが、素早くソバットを膝に叩き込んで関節を蹴り潰し、バランスが崩れたところで掬い上げる様に足で蹴り上げて天井に叩き付けて意識を刈り取る。
四人目は…と思った所で遊び過ぎたと舌打ちする。
「逃げやがったか…おう、一夏、出てきていいぞ?」
最後の一人は、戦略撤退っつーか、敵前逃亡っつーか…敵わないと知って、俺が他の奴で遊んでいる隙に逃げ出したみたいだ。
利口っちゃ利口だが…所詮はチンピラだったってことかねぇ?
「だ、大丈夫なのか…?」
「まぁ、青二才程度じゃ俺を止められねぇよ。仕事道具回収したらとっとと引き上げるぞ」
一夏は野郎共の可愛げのない悲鳴に体をビクつかせながら、壁の陰からおっかなびっくり出てくる。
生々しい暴力の爪痕に生唾を飲み込んで、しかしもう大丈夫だと確信したのかホッと胸を撫で下ろしている。
「わ、わかった…その…ミュラーさんは…」
「アモンで良い。さん付けとか気持ちわりぃからな」
「う、うん…」
ひらひらと手を振りながら呼称を改めさせる。
ファミリーネームにさん付けとか勘弁しろよ…むず痒い。
俺は続く質問が来る前に歩きだし、一夏の歩調に合わせて階段を上っていく。
一夏も置いて行かれるのは勘弁願いたいのか、慌てて俺の後をついてくる。
今居る家屋は頑丈な造りだった地下以外は、最早廃墟と言って差し支えない状況になっていて、木造だった家屋はところどころが修復不可能な程ボロボロになっている。
一階部分に出た俺は、階段で一夏を待機させて物陰からこっそりと辺りを見渡す。
此奴の姉ちゃんは、あの
怪我でもさせたら、あの光るブレードでそっ首叩き落とされそうだ。
屋内には人の気配はない…恐らく、最後の一人はヒィヒィ言いながらトラックの元に走ってるんだろう。
俺は階段に居る一夏に声をかけ、階段から連れ出す。
「人気はねぇが、俺から離れんなよ?どこに潜んでるか分からねぇからな」
「アモンは…どういう仕事の人なんだ?」
「んだよ、藪から棒に…?」
「いや、千冬姉みたいに強くてさ…どういう仕事をしたらそんなに強くなるのかなって…」
一夏の目にあるのは、尊敬の眼差し…男の子だったら、まぁ強い奴を見たら憧れたりするわな。
ただまぁ、俺が規格外ってだけでこの世界基準の身体能力だったら、鉄扉を弾き飛ばす事すらできなかっただろうが…。
俺は、廃屋の中を探索しながら、仕事道具のトランクを探し続ける。
あの中にはこの世界での活動資金も入ってるからな…金がなけりゃ、満足に国を出る事もできない。
「芸人だ芸人。いわゆる大道芸人ってやつでよ…着の身着のまま、あっちへフラフラこっちへフラフラだ」
「やっぱり、旅行してると襲われたりするのか?」
「そらまぁ、治安が悪けりゃな。襟首掴んで顔面に2、3発叩き込んでやりゃ、すぐにごめんなさいしてくるけどな」
はっはっはと笑ってやると、一夏も顏を引きつらせながら笑う。
悪党に慈悲なんぞいるかよ…襲うって事は自分も襲われるかもしれないって事だからな。
人を呪わばなんとやら…正義だけが存在しない様に悪だけと言うものも存在しないからな。
恐らくリビングであったろうその場所に辿り着くと、テーブルの残骸の上に無造作に置かれているトランクを見つける。
「ったく、人のモンくらい大切に扱えねぇのかねぇ…」
「見つかったのか、アモン?」
「中身も確認しとかねぇとな~」
軽く溜息を吐きつつ、トランクの鍵を開けて中身を確認する。
桜花の方で用意したパスポートやらキャッシュカードが無事であることを確認し、ホッと胸を撫で下ろすと一夏が目を白黒させて後ずさる。
トランクの中に、バラバラになった少女の身体が入っていたからだ。
「な、なな…っ!?」
「この程度でビビってんじゃねぇよ…高々人形だろうに…」
軽く肩を竦めながら、トランクの蓋を閉めてしっかりと施錠する。
精巧に作り上げたマリオネットを動かしての芸…これが俺の主な収入源だ。
まぁ、桜花の用意した金があれば仕事せずに暮らすのは訳無いんだが、生きてる以上は自分で稼いで食わなきゃダラけるからな。
楽できても、頼るのは限定的にしとかなきゃ個人の尊厳も守れやしない。
「に、人形…?」
「応よ…ま、帰って縁があれば見せてやるよ」
トランクを肩に担ぐようにして出入り口へと振り返ると、額に凄まじい衝撃が走る。
あまりの衝撃に俺は体を弾き飛ばされて、数少ない廃墟の壁をぶち破りながら外へと放り出される。
大口径の砲で狙撃されたみたいだな…俺じゃなきゃ上半身が消し飛んでる威力だぞ…!?
「あ、アモン!!!」
「一夏ー!!!」
「千冬姉!?」
軽い脳震盪を起こした俺は、中々体を起こすことが出来ずにボンヤリと晴天の空を見上げる。
…人助けして殺されかけるとかドンだけだよ…クソが…。
漸く、指先から動かせるようになると、体に喝を入れて跳ね起こして立ち上がる。
少しばかりダメージが残ってるのか、足元が若干覚束ない。
「ち、千冬姉!俺を助けてくれた人が!!」
「もう誘拐犯なら排除…一夏?」
「さっき外に飛ばされた人は、誘拐犯なんかじゃないんだよ!!」
「ったく…人助けの報酬が鉛玉とか勘弁しろよ…」
フラフラとした足取りで廃墟の中に戻り、桜色のブレスレットをした…なんつーの、スク水?みたいなスーツを着た女性と一夏の元まで向かう。
例の千冬ってやつだな…この場所に居るって事は、大会を手早く片付けて助けに来たか、それとも…。
「な…!?IS用のライフルで撃ったのに!?」
「なぁ、お前の姉ちゃん過激じゃね?」
「なんで無傷!?」
どうも、あのインフィニット・ストラトス用の火器を、問答無用で撃ち込まれたみたいだな。
俺は額に付着している血を拭って壁に擦り付けながら、段々しっかりとした足取りで歩み寄る。
一夏にしろ千冬にしろ、まるで化け物を見たかのような顔で俺を見てくる。
「あー、あれだ…寸でのところで頭を傾けたんだけど、衝撃波で吹っ飛ばされてよ。っつーか、俺そんなに悪人面に見えるか?」
「「見える」」
「ヒデェ!!」
千冬は俺から一夏を隠す様に自身の背中へと押しやり、一夏は一夏で抵抗する様に背中から顔を出しつつ悪人面だと肯定してくる。
まぁ、確かに手入れしていない伸ばしっぱなしの髪の毛に、目つきの悪いアルビノの様な虹彩を放つ紅の瞳…や、分かってるけど、こう面と向かって肯定されると虚しくなるな…。
「まぁ、なんだ…俺は行くぞ?用事は済んだからよ」
「いや、そう言う訳にも行かない。お前は誘拐事件の重要参考人だからな」
「見なかったフリはできないのか?」
「あぁ、出来ないな」
チフユは、此方を射殺す様な視線を向けて睨み付けてくる。
相手するのは構わないが、これで出国が難しくなってしまったら本末転倒…俺の本来の仕事が出来なくなってしまうかもしれない。
俺は深く溜息を吐いて、トランクを足元に置きつつ両手を上げる。
「ったく…お手柔らかに頼むぜ、お嬢ちゃん」
「どうなるかは、お前の態度次第だ」
「千冬姉、この人も被害者なんだぞ!?」
一夏は一応俺の肩を持ってくれる気なのか、千冬の腕を引っ張り引き留めようとするが、千冬はやんわりと一夏の手を離させて視線を合わせる。
顔つきは大切な家族に向ける優しいもので、さっきまでの鬼気迫るような顔ではない。
本当に、大切にしてんだろうなぁ…。
「一夏…これは手続き上やらなければならない、大切な事だ。もし、事情聴取に来ないと言う事になればこの男も自由に出歩くことができなくなるからな」
「で、でも!!」
一夏が反論しようとしたところで、軍の特殊部隊らしきスーツに身を包んだ目だし帽の連中が廃墟に踏み込んでくる。
姉ちゃんの方は、恐らくあのインフィニット・ストラトスって奴で突撃してきたんだろうが…警察も少しは頑張れよ…遅ぇよ…。
「ブリュンヒルデ!ご家族にケガは!?」
「私はもうブリュンヒルデではないよ。おかげで無事だ…情報提供感謝する」
ブリュンヒルデではない。
この一言を聞いた瞬間、一夏の顏は強張り、ギリッと歯を食いしばる音が俺の耳に届く。
あの時、決勝戦が始まる直前だったことを考えると、恐らく試合を棄権したんだろう。
名誉か家族かの天秤で、迷わず家族を取れる…そう言った感性はとても尊いものだと思う。
イイ女ってやつだろうな。
「この男は…?」
「一夏と一緒に誘拐されたそうだ…一応拘束すべきだろう」
兵士にライフルの銃口を向けられれば、無抵抗の証として手を上げ続ける。
此処まで来たら、もう後は成る様に成れと言うやつだ。
お尋ね者になるほど、面倒な事は無いからな…。
常に何かしらに追われていると言う状態は、いずれ心身に重大な被害を及ぼす。
仕事の関係上、世界を見て回る事が重要なんだが、マイペースで諸国漫遊できなくなるのは非常に心許ないものがある。
「抵抗するな…両手を頭の後ろで組め!」
「へいへいっと…すぐに終わらせてくれよ~?」
俺は兵士が言われるがままに、両手を後手に組み軍用車両へと歩きだす。
次は何処に向かったものか…なんて、能天気な事を考えながら。
アモン・ミュラー
身長175cm
体重80kg
背中まで伸ばしっぱなしの手入れのされていない黒い髪に、鋭い眼光を放つアルビノの様な深紅の瞳。やや、ヤンキー臭のする目つきにさえ目を瞑れば、充分に美丈夫と言える顔立ちをしている。
しっかりと鍛えられた体は、引き締まりつつも筋肉質。
しかし、見た目の筋肉以上の膂力を持っている。
ぴっちりとした黒のタンクトップに、モスグリーンのカーゴパンツ、黒のレザーブーツを愛用しており、何より着古されてボロボロになったコートを愛用している。
かと言って不潔と言う訳でもなく、比較的風呂好き。
旅先で温泉を見つければ、必ず利用する程度には温泉大好きっ子。
名のある神が何やかんやあって悪魔として貶められた存在。
本人自体は生きていればそれでいいかくらいにしか思っていないが、庇護下に居た存在を苦しめてしまっていたことに関しては、今でも悔やんでいる。
今回のお仕事は、IS世界の観測。
ただその世界に留まるだけで良いので、本人は気楽に感じているものの、ファンタジーな魔法は一切合切禁止されているので、得意の人形責めができない事に面倒臭さを感じている。
大道芸の御供である人形ちゃんは、金髪縦ロールのお嬢様風の人形。
名前はサニティ。