インフィニット・ストラトス~悪魔は乙女と踊る~   作:ラグ0109

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#14 夜明けと姉妹と煙草の味と

「んぁ…」

 

妙に寝心地の良いベッドで寝ていると言う違和感に気付き、浅い眠りから目を覚ます。

ゆっくりと目を開くと、そこは見知らぬ天井…なのは当たり前だな。

第一、屋根のある所で寝ている事自体が稀だ。

なんせ、基本的に海で隔てられていない陸路であれば、徒歩での移動ばかりだったからな。

その土地その土地の気候変化や文化の違いを肌に味わうには、何よりも自身の足で動き回るのが一番だ。

ふと、世界を歩き回っていた事を思い出して、思わず口元に笑みが浮かぶ。

悪い奴がいる様に、良い奴らも確かにいた。

喉が渇きすぎて困っていれば水をくれ、泊まる所が無ければ家に泊めてくれたり、とかな。

人と人のつながり、情と言うものの暖かさと言うのは確かに俺の胸の内を強く叩いていたかもしれない。

まだ日の出前なのか、薄暗い室内には静かな寝息だけが聞こえてくる。

…昨日は大変だった。

これからの生活に関するルールを千冬と話し合い、さぁ寝るぞ…と言うタイミングで一夏がやってきたのだ。

壊れたドアを抱えて。

何故かそのドアには何かが突き立てられた跡が残っており、鋭利な刃物が使われている様にも見受けられた。

話を聞いてみれば、どうも一夏は一人部屋ではなく二人部屋…もちろん男子なんてものは存在していないので、相方は女子となる。

どうもその女子と言うのが束の妹…箒だったらしい。

部屋割りの都合上一人部屋に出来なかった…と言う事だったらしいんだが、実情は女子共が大挙して押しかけてしまうと言う事態を防ぐ為だろう。

ハニートラップなんてことも考えられる訳だし。

まぁ、仕掛けた所でアイツはヘタレなんで、女を抱くとは思えないが…。

ともあれ、同室が箒と言うのも単純にして明快…知己だからの一点に尽きる。

幼馴染だったって話だし、そう言う関係であるならばハニートラップとは違った意味での交友関係も期待できると言う学園側の――主に千冬の――判断だったんだろうが、そうは問屋が卸さない。

なんと、この一夏…一人部屋なんだと勝手に思い込んで部屋に突撃し、風呂上がりで一糸纏わぬ姿の箒をマジマジと見てしまったそうだ。

それだけに飽き足らず、偶然とはいえ箒の荷物を物色してしまい、下着を見てしまう…なんて、エロゲーの主人公張りにフラグを積み立ててしまったとさ。

これに激昂した箒が暴れに暴れて部屋だけに飽き足らず、扉まで破壊してしまったと言う事だ。

ハッキリ言って、凄いと思う。

部屋を破壊した乙女の怒りもそうだが、ケロリとした顔で事態を説明した一夏がだ。

流石に箒の件の時は顏を多少赤らめてはいたものの、それ以外動じていないのだ。

あまつさえ、暴れた理由が分からないとか抜かすもんだから、頭に拳骨叩き込んでおいた。

千冬は千冬でこの一夏の鈍感っぷりに呆れ果てて顏を覆う始末…最早手の施しようが無い末期癌レベルの重症患者だ。

あぁ、そういや弾の奴が言ってたな…朴念仁ならぬ朴念神だと…。

女性の機微に疎い癖に、人一倍器量が良いんで女に好かれる。

弾の妹も此奴のこと好きだったな…気付いてないだろうが。

まぁ、それからすったもんだがあって、手先の器用な俺がドアの応急修理をする事になり、結局寝たのが日付が変わった後となった。

つまり何が言いたいかと言うと、寝不足なのだ。

三徹くらいなら何とでもなるが、その後から急激に身体のパフォーマンスが悪くなる。

悪魔と言えど、睡眠は大切ってことだ。

そんな状況下で二度寝すべきかどうか悩んでいると、身体が妙に温かいと言う事に気付く。

こう、なんていうか…人肌を感じる…。

 

「んん!?」

 

流石に可笑しいと思った俺は、自分の体にかけていた掛布団を剥ぎ取り、自身の体の状態に目を丸くする。

丸くするって言うか呆れ果てたと言うか…ともかく言葉に言い表せない何とも微妙な気分にさせられる。

あらかじめ教えておくと、俺の屋内における就寝スタイルは上半身のみ裸で下はスウェットだ。

裸族っちゃ裸族なんだが、流石に下は何か履いていないと今の環境では大問題になりかねない。

その点を踏まえて今の状況を伝えると…束が全裸で俺にひっついて眠っていたのだ…グッスリと。

うっとりとした顔で眠っているものだから、完全に事後の様な雰囲気になっている。

非常に拙い。

美人で良いスタイルした女がひっついて眠っている状況ってのは非常に役得だし、まぁ?多少は?可愛がってやっても?とか思ってしまうのは男の性として、当然なのだが…此処はIS学園。

女性ばかりのこの異常空間において、これ程のゴシップはないだろう。

完全に俺の立場無いですありがとうございます。

ゆっくり、慎重に慎重を重ねて束を俺の体から引き剥がしていく。

なるべく、ソソる様な体を見ない様にしつつなんとかかんとか引き剥がすことに成功してベッドに腰掛ける様に足を降ろす。

悟られない様に慎重に立ち上がろうとした瞬間、腰を万力の様な力で思い切り抱きしめられて動きを止めてしまう。

 

「へっへ~…逃がさないよぉ~…」

「マジ カンベン シテ クダサイ」

「ちーちゃんグッスリだし、この束さんで愉しみなよ~」

「イエ ケッコウ デス」

 

俺は束の腕をしっかりと掴んで引き剥がそうともがくが、束も束で今回は退く気も無いらしく必死に俺にしがみついて離れようとはしない。

暫く、必死に格闘をしていると不意に千冬が身動ぎをして、互いに動きが固まる。

流石に千冬にこの状況を見られるのは拙い…何だかヤバい気がする…。

束も同意見なのか俺からもそもそと離れて、俺が着ていたYシャツを身に纏う。

…胸元がやたらパッツンパッツンな上に、下履いてないんでアレ過ぎる…。

俺は小さく溜息を吐きだした後、小さな声で束に話しかける。

 

「で、何でお前此処にいるんだよ?」

「え?夜這い?」

 

何を呆けた事をと言わんばかりのドヤ顔で束は胸を張り、お蔭でYシャツのボタンが弾け飛んだ。

つーか、夜這いって…。

俺は呆れた顔を隠しもせずに溜息をつきながら弾け飛んだボタンを一つ一つ拾っていく。

 

「夜這いかける暇があるんなら、妹と仲直りでも何でもして来いよ…」

「う~ん、今はいっくんと感動の再会を果たしてるからね~」

「感動、ねぇ…」

 

俺は束から顔を背けて盛大に溜息を吐きだす。

妹からしちゃ、嬉しく思うべきか悲しく思うべきか悩ましい所だろう。

 

「お~、なんか意味深じゃ~ん?」

「あ~、妹から直接聞けば良いんじゃね?俺は知らん…っつーか、俺の服返せよ…」

「え、あっくんの匂いするからや~だ~」

 

束は袖の部分を口許に寄せて、スンスンと匂いを嗅いでご満悦と言った感じだ。

もう、どうにでもなれ…なんて思っていると、背後で千冬がムクリと体を起こす。

 

「……」

「おっはよ~、ちーちゃん!」

「おはようさん…」

 

起き上った千冬へと目を向けると、心底不機嫌そうな顔で俺…と言うより何食わぬ顔で挨拶をする束を睨み付けている。

そんな千冬を見ていて何も言えなくなってしまった俺は、黙って事の成り行きを見守る事にする。

何て言うか…何言っても聞かなそうな雰囲気を、ひしひしと感じてしまったからだ。

 

「何故…馬鹿がいる?」

「はい、あっくんに夜這いをかけに来たからです!」

「何もしてねぇからな?そんな目で睨むなっつーに」

 

千冬は俺の事をギロリと睨み付けるが、俺は力なく首を横に振るだけだ。

なんで、こう…浮気現場を目撃された様な雰囲気なんだ…?

 

「…束、貴様どういうつもりだ?」

「え~、べっつに~?気に入った人間はとことん調べたくなるじゃん。ましてや()()のお気に入りならね?」

「ほう…?」

 

千冬はこめかみをピクピクとヒクつかせながら腕を組み、ますます不機嫌な顔になる。

対する束はどこか、余裕の表情とすら言える。

…なんで、俺こんな修羅場に立ち会ってるんだ…?

頭を抱えたくなるような空気の最中、俺はゆっくりと立ち上がる。

 

「あのな…なんで、千冬は束に目くじら立ててるんだ?」

「…それは…寝室に勝手に侵入…それも自分が気付かない内に入られたら嫌な気分にもなる」

「束は束で煽る様な態度取ってるんじゃねぇよ…良いから服着て帰れ…」

「えぇ~、ちーちゃんも交えて愛を育もうよ~」

「処女の言う台詞じゃねぇよ…」

 

どうにも頭が冴えていないらしく、束のペースに飲まれっぱなしだ…。

それは千冬も同様だったらしく、漸く眠気が覚めたのか頭を横に振っている。

 

「で…ただ単にベッドに潜り込むのが目的って訳でもねぇんだろ?話せ、んで

帰れ」

「ひどい…こんなにもあっくんのことすきなのに~」

「棒読みで言われても実感湧かねぇよ…」

「…IS絡みなんだろう?」

 

千冬も何か察したのか、束を見つめる目が少しばかり弱まる。

このタイミングでIS絡みってなると、ほぼ間違いなく一夏の専用機絡みって事になる。

専用機は選ばれた人間のみが許される特別機だ。

なんせ、限られた個数のコアを一人だけの為に使うんだからな。

そんなエリートの為だけに用意される専用機が一夏に用意される…これは単純に男性操縦者によるISの稼働データを取ると言う意味合いでしかない。

俺を含めて二人だけしかいない貴重なサンプル…専用機であれば『不測の事態』に対処しやすくもなる。

…不測って名前の予定調和な気もするけどな。

 

「ほら、あの金ドリルといっくんやり合うんでしょ?直接手を貸す訳じゃないけど、()()経由で作らせてるよ。まぁ、あの調子なら搬入ギリギリかもね!」

「日本の企業でお前のお眼鏡に適うとなると…倉持技術研究所か」

「あっくんのは~、別の所で鋭意制作中デス!」

「アモンの分もか…飽き性のお前にしては良く働く」

 

千冬はどこか感心したかのように一度だけ頷けば、ベッドから立ち上がり綺麗な笑みを浮かべて束へと近寄る。

束は束でハグでもしてくれるのかと勘違いしたのか、両腕を広げて千冬を迎え入れようとしている。

違う…それは違うぞ束…顏を良く見てみろ…『目が笑っていない』。

 

「あだっ!?あだだだだだだ!!!!」

「そんな事を言う為だけだったら電話にしろ馬鹿者!!」

「南無…」

 

千冬は神速で右手で束の頭を掴み、ミシリと骨の軋む音が部屋に響くレベルの膂力でアイアンクローを敢行する。

全力なのか右腕に左手を添えながらだ…あ、束の体が浮かんだ。

俺はその光景を眺めて、ただただ合掌して黙祷を捧げるのみだ。

あれは、俺でも痛いやつだ…間違いない。

 

「そのYシャツはくれてやる…」

「いや、それ俺んだろ…?」

「やかましいぞ、アモン!私は今からこの馬鹿とHANASHIがある!出ていけ!!」

「アッハイ」

 

千冬は鬼神もかくやと言わんばかりの形相で俺の事を睨み付け、凄まじい殺気を放っている。

…束の真意はどうあれ、千冬のこの反応は自惚れでなければ…まぁ、そう言う事なんだろう。

昨日の雰囲気からも、そう言う風に邪推してしまう。

ただ、俺の中で思うのは何があってそんな風に思ってしまっているのかって事なんだがなぁ…?

そんなに多く接点がある訳でも無し…何なんだ?

ともあれ、そんな思考を張り巡らせる暇もないままコートだけ引っ掴んで羽織、部屋の出口へと向かう。

 

「あ~ん、あっくん助けて!!」

「千冬~、談話室に居るから終わったら呼んでくれ~」

「酷い!見捨てるのね!?」

 

扉を閉める瞬間、束の悲痛な叫びがこだました…気がする。

 

 

 

 

時刻にして、午前6時…1年寮は目を覚ます生徒も増え、俄かに活気づいてくる。

そんな最中、俺は談話室のソファーにもたれかかる様にして座り、転寝をしていた。

束の来訪の所為で、なんだかとても疲れてしまっていたのが原因だ。

人と一緒にいるのは良い、それがガキであれなんであれ構わない。

ただ、教師なんて職はやったことが無いし、俺自身モノを教えるのは苦手な部類だ。

たった1日でこんなに疲弊してしまって、これから先大丈夫なのか不安でしかない。

転寝なので眠り自体は浅かったので、環境の変化に気付いて目を覚ます。

具体的には連続して起こった、カメラのシャッター音の所為で。

ひそひそとした声で痴話喧嘩があっただの、良い体してるだの、ぺろぺろしたいだの…言いたい放題だな…。

誰かが俺へと近づいてくる気配を感じて、何となく千冬かと思って口を開く。

 

「束の奴は帰ったのかよ?」

「え…姉さん…が…?」

 

…どうにも感じていた気配は違っていた様だ…酷いザマだな、おい。

耳に届いた声が千冬とは違う事に気付いて目を開いて、相手へと目を向ける。

其処には黒の剣道着を身に付けた、ポニーテールが特徴的な少女…束の妹である箒が立っていた。

 

「姉さんが居た、とはどういうことですか!?」

「あ~、そんなに殺気立つな。可愛い顔が台無しだろうが」

「茶化さないでください!!」

 

箒は困惑していた顏を怒りに歪め、ギリギリと手に持っていた鞘に納めてある日本刀を握りしめている。

…相当闇が深いな。

怒りを越えて、どす黒い憎しみに成り代わろうとしている。

其処には近くに居るにも関わらず、自分に会いに来てくれないと言う寂しさ、何故姿をくらませてしまったのかと言う弁解が聞きたいと言う欲求…根っこの部分では、姉ちゃんの事が好きなんだろう。

 

「落ち着けってーの…皆、見てるぞ?」

「っ…!…すみ、ません…」

 

凄い剣幕だったのを肌で感じていたのか、談話室にいた他の1年生達は固唾を飲んで見守っている。

俺が大して動じていない所を見て、其処まで大事では無いと判断して幾ばくか緊張感が解けている。

 

「お前の姉ちゃんなら来てる。アイツとは変な縁があって行動を共にしてた期間があって、何か知らねぇけど気に入られてんだよ…」

「何故…私ではなく、先生なんですか…」

「俺だって、お前と仲直りして来いって促してんだよ…。あのバカ、お前とは仲直りできねぇと思ってるのか諦めちまってるし」

 

深い溜息をついて頭を抱える。

この姉妹、互いの想いが一方通行過ぎて伝わっていない。

まぁ、束は連絡とろうとせず、箒も箒で連絡先を知らないんだろう…伝えようと思っても伝えられるものじゃない。

結果として、すれ違いは束が失踪した時から今に至るまで…まるで呪いの様に続いている。

…なら、おじさんが終わらせてやるのもまた一興ってもんだろう。

 

「千冬が俺を呼びに来ねぇって事はまだ、部屋に居る筈だ…来るか?」

「えっ?」

「姉ちゃんに会って、一発ぶん殴ってやりてぇんだろ?」

 

俺は体に反動をつけてソファーから立ち上がり、箒の横を通り過ぎて談話室を出ていく。

部屋に招くと言う言葉だけしか聞きとっていないのか、談話室は一瞬騒然となる。

 

「ちょ、ちょ!?」

「せんせいが生徒を部屋に!?禁断の課外授業!?」

「きゃー!私も呼んでほしい!!」

 

…お前ら呼んだら千冬が凄い形相になりそうだ…。

俺は先行する様にスタスタと歩くと、我に返った箒が慌てる様に俺の後をついてくる。

このチャンスを逃すと、次のチャンスが何時になるか分からない。

いい加減束にしろ箒にしろ、現実と向き合って話し合うくらいはしないと駄目だろう。

それで決定的な軋轢が生まれるとしてもだ。

こんな鬼ごっこは、大人になるまで引きずって良いものじゃない。

 

「本当に…居るのですか?」

「多分な…ただ、アイツ逃げ足だけは早いから、居なくなってっかもしれねぇ」

「…会えるチャンスがあるのだと言うならば」

 

この会話を最後に互いに口を開くことなく歩を進める。

異様な空気を醸し出してしまっているのは誰の目で見ても明らかで、通り過ぎる生徒達は挨拶しようと声をかけようとしては口を噤んで通り過ぎていく。

それだけ、箒の表情が複雑なものなのだろう。

いわゆる、灰色の表情…怒って良いのか泣いて良いのか笑って良いのか分からないというその表情は、本人にも複雑怪奇なものだろうよ。

そう大した距離でもないと言うのに長い時間がかかったようにも感じる…漸く寮長室に辿り着いた俺たちは、箒の心の準備が出来る前に扉を開ける。

躊躇していれば、それだけ束が逃げるだけの余暇を生んでしまうからな。

 

「千冬ー、ちょっと良いか?」

「なんだ?まだ私は此奴に話がだな…」

「そりゃ、切り上げろ…それよりも話さなきゃいけない奴が居るだろうが」

 

千冬は不機嫌さを隠しもせずに声を荒げるが、俺はそれをぴしゃりと言って止めて箒の手を引いて無理矢理招き入れる。

今更ながら躊躇したのか、箒が入ろうとしなかったからだ。

俺は、千冬とエプロンドレスに着替えた束の前に箒を突き出す。

 

「千冬よか、こっちと話し合う事の方があるだろ…家族なんだからよ」

「アモン…」

「ほ、箒…ちゃん…」

「姉さん…」

 

俺を含めた4人の視線が交差しするが、俺は束と箒を無視して千冬の体を肩に担ぐように――巷ではお米様抱っことか言うやつだ――して抱えて部屋を出ていく。

余りにも鮮やかな手際だったのか、千冬はポカンとした顔で俺にされるがままだ。

部屋を出てその足で屋上まで行き、そこで漸く千冬の体を降ろす。

 

「な、何をする!?」

「ちったぁ、頭を冷やせって…お前がアイツを教育的指導すうるのも良いけどよ、束と箒が言葉を交わす方が先決だろ」

「それは…だが…箒には酷ではないか?」

 

千冬は胸の下で腕を組み、フェンスに背を預ける。

俺は千冬の隣で同じようにフェンスに背中を預ければ、懐から煙草を取りだして口に咥えて火を点ける。

 

「ふー…生きている以上酷な事からは逃げられねぇ…。だったらとっとと清算して楽になっちまった方が良いさ」

「それが、常に正しいとは限らないだろう?」

「ハッ!それこそ笑い話だぜ千冬…()()()()()()()()()()()()()()()()。正しさはあってもな」

 

皆、自分が思う正しさを実行しているだけに過ぎない。

同時に()()()()()()()()()()()()()()()

正義の敵は、また別の正義であるように…な。

で、あれば常に直面し、真っ向から立ち向かうしか真っ直ぐには生きられない。

燻って生きているなんて、ただ苦しいだけだろう?

 

「…皆、お前の様には強くないぞ、アモン」

「強く無ければ生きられない、矜持が無ければ生きている意味が無い、だ。何、それで駄目ならそれまでだったと言うだけだ」

 

時間を無為に過ごすなんて言うのは許されない。

皆、何かを残すために生きている筈なんだ…あの束でさえもな。

で、あれば束にしても箒にしても思いの内を吐き出してしまった方が良い筈だ。

…自己満足だと言う事はハッキリと理解している。

千冬は呆れた様な顔で俺に何かを寄越せと言わんばかりに手を差しだしてくる。

 

「煙草」

「は?」

「煙草を吸わせろと言っている!」

「お前なぁ…」

 

四の五の言わずに出せと言わんばかりに千冬は俺の懐から煙草の箱を奪い取り、一本取り出すと俺に箱を返す。

…最後の一本…まぁ、買えばいいんだけど。

少しばかり、意地悪してやるか…?

俺は千冬が煙草を咥えた瞬間に肩を掴んで抱き寄せて、煙草の先端と先端を合わせて火を点けてやる。

所謂シガレット・キスだ。

 

「~~っ!?」

「はっはっは、人のもん奪い取るからだ」

 

千冬は顏を真っ赤にして顏を背け、ゆっくりと煙草を吸って煙を吐きだす。

中々良いものが見れて、俺としては満足だ。

俺たちはこのまま特に会話する事も無く、煙草を一本吸いきるまで時間を潰すのだった。


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