インフィニット・ストラトス~悪魔は乙女と踊る~   作:ラグ0109

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#12 お嬢と少年、悪魔と暴君

IS学園における教育は、一般教科と言うものを基本的には軽視している。

当たり前の話なのだが、この学園はあくまでもIS操縦者育成の為の機関であって勉学に励むための場所ではないからだ。

そもそもこの学園設立の経緯は、篠ノ之 束が開発したISで世界が迷惑を被ったから日本で育成機関用意しろ…というのが事の発端だ。

言うだけ言って金は出さないって辺りが、日本の低姿勢っぷりを如実に表している。

日本もある意味では被害者なんだけどな…。

そんなこんなで作られたこのIS学園…設立当初は一般科目なんてものは無かったらしい。

しかし、この学園の理事長が『いざ社会に出た時に高校課程の知識が無いのは非常に拙いのではないのか?』という鶴の一声を上げた事により、事態は一変する。

このIS学園に来た時にとれる進路と言うものは、非常に限られる。

即ち、軍に入隊するか、ISスポーツ選手として活躍するか、それとも研究者として企業に就職するか…というものだ。

一般的な教育課程を経ていない為、もし大学に進学となった場合は独学で高校課程を修める必要があったし、何よりも世間の目は幾ばくか冷たいものもあった。

そんな訳で少ない時間ではあるものの、一般教科を学ぶための時間と言うものが設けられ、この学園の教育方針は『文武両道』と言う事になった。

勿論、一般教科を教える担当教諭も女性で統一されているので、俺の存在は果てしなく浮いてるって言うか、獲物を見る様な目で時折見られている。

女性しかいない環境に現れた俺は、さながら腹をすかせた猛獣の檻に入れられた草食動物のソレだ。

とはいえ、そんな環境でも俺に手を出してこないのは、千冬と束の存在が恐いと言うのがデカいのだろう。

前者は言うまでも無く睨みを聞かせ、後者は後者で機嫌を損ねる様な真似はするなと言う話が伝わってるそうだ。

あのバカに気に入られたお蔭で、変に気を張らなくていいのは本当に助かる。

…二時間目とは言え、未だに何のアプローチも仕掛けて来ないのは何か恐ろしいものを感じる。

篠ノ之 箒…あの、一夏に話しかけようかどうか戸惑っていた少女の存在のお陰かもしれんが。

 

「――であるからして、ISの基本的な運用は国家の認証が必要であり、枠内を逸脱したIS運用をした場合は、刑法によって罰せられ――」

 

一時間目の授業は千冬が行っていたが、今は副担任である山田 真耶が教鞭をとっている。

山田はおっとり且つうっかりな印象のある少女の様な女性ではあるが、流石に授業中は確りとした通る声で話をしていて、非常に分かりやすい。

手帳にメモ出来る事を適当に書いていると、隣から視線を感じる。

 

「…どしたよ?」

「いや、案外真面目なものだと思ってな…」

 

言うまでも無く担任の千冬である。

千冬は俺の座っている席の隣に腕を組んで立ち、見下ろす様に俺の事を見ている。

俺はそれをちら、と見るだけに留めて授業に専念する。

 

「良い大人の俺が、遅れをとる訳にゃいかねぇだろ?あのウサギがレクチャーしたのもISの動かし方くらいなもんだったし」

「あのバカが其処まで懐くなんて初めてだぞ…一体、何をしたんだ?」

「さってなぁ…」

 

互いに小声で会話を交わし、授業の邪魔にならない様にする。

俺の情報を欲しているのか、真耶も此方の会話を咎めようと言う雰囲気は見受けられない。

不信感を露わにして此方を様子見しているのは、金髪のお嬢様と言った感じの少女だ。

確か名前は…セシリア・オルコットだったか。

イギリスの国家代表候補生だったはずだ。

 

「まぁ、あのバカに聞けばイイだけのことなんだが…まったく、お前は変わった男だよ」

「褒め言葉か?」

「まぁ、な」

 

千冬の方へとしっかり視線を向けると、千冬はその視線から逃れる様に顏を背ける。

若干、頬に朱が差している様に見えるのは気のせいだろうか?

直ぐに顏を黒板へと向けると、視線の先に居る一夏が頭を抱えたそうに挙動不審にしている。

場の空気に飲まれているのか…それとも予備知識が無い所為で意味が理解できないのか…?

今やっている授業内容はIS運用における法的規則に関する内容なんで、基本的には板書していれば問題無い筈なんだけどな。

 

「織斑君、此処までで何か分からない事はありませんか?」

「……」

 

そんな挙動不審の一夏を見咎めたのか、真耶はニコニコとした人当たりの良い笑みを一夏に向けて問いかける。

そんな真耶を見て、一夏はギクリと体を強張らせた後にまるで油を指していない機械人形のようにゆっくりと頸を横に振る。

 

「殆ど、全部…わかりません…」

「え…全部、ですか?」

 

真耶はそんな一夏の言葉に顏を引きつらせ、困惑した表情になる。

彼女は可能な限り分かりやすく教科書の内容を掻い摘んで説明していたし、必要な個所は黒板に書き示してくれている。

これはあれだ…考える事を放棄しやがったな…?

 

「あ、あの…今の時点で分からない人はいますか?」

 

真耶はそんな一夏の内情を知らずに自信を無くしてしまい、教室内に挙手を求める。

しかしここはIS学園…ISに関わるべく励んできた少女達には初歩中の初歩の内容である為、俺含めて誰一人手を挙げるものはいない。

そんな教室内の反応に真耶は胸を撫で下ろしつつ、千冬に目配せする。

千冬は深い溜息と共に一夏に向けて歩きだす。

 

「織斑、入学前に渡した参考書はどうした?」

「古い電話帳と間違えて捨てました」

「う~わ~…ねぇよ…それは…」

 

一夏のあり得ない言葉に千冬の姿は一瞬かすみ、次の瞬間スパァンッと言う凄まじい音と共に一夏の頭に思い切り出席簿が叩き落とされる。

…教室の床に若干の皹が見受けられるが無視しておこう…俺は、何も見ていない。

一夏はあまりの痛みに頭を抱えて悶絶し、声にならない叫びをあげている。

 

「馬鹿か貴様!必読とデカデカと書いてあっただろうが!」

「あのなぁ、一夏…分からないのは仕方ねぇだろうが、少なくとも理解しようとする事は放棄すんなよ。まだ運用規定に関する項目しかやってねぇだろ?」

 

俺も席から立ち上がって一夏へと歩み寄り、一夏の開いている教科書の必要な文面にカラーペンで印しておく。

カラーペンの色を変えて関連性を示し、理解しやすくなる様にしていく。

とりあえず、今の授業の範囲ではこんなものか…?

俺は一通りなぞった後にカラーペンを一夏の手に握り込ませる。

 

「一先ず、真耶が言っていたのはその範囲…あとで読み返しておけ」

「織斑、後で参考書を発行するから一週間で頭に叩き込め」

「…はい」

 

一夏は渋々と言った感じで頷き、席に座りなおす。

その姿を見た千冬は苛立ちを隠しつつ言葉をつづける。

 

「いいか、ISの持つ攻撃力、機動力、制圧力は過去の兵器を遥かに凌ぐ。扱える者の理性と知識が伴っていなければ最悪のモノになり得る。誰かを死なせないために、自分を死なせないために基礎知識と訓練を行うんだ。理解できなくても良い、そう言うものだと思って頭に叩き込め。そして、守れ…それが規則だからな」

「…わかったよ、千冬姉」

「織斑先生だ、馬鹿者」

 

再び、一夏の頭に出席簿が叩き込まれる。

こいつも学習しないねぇ…。

俺もそうなんだが、一夏も望んでこの場に居るわけでは無い。

望んでISに乗ろうとも思ってないし、ましてや関わろうとも思ってなければ頭に入る訳がない。

だがISと言う存在は、一夏がなろうとしている存在に近づくための近道の一つだ。

だからこそ、一夏は覚悟を決めて今出来る事を必死にこなさなければならない。

本当に、その存在になりたいのであれば。

 

「えっと、織斑くん。分からない所は授業が終わった後、放課後教えてあげますから頑張って?ね?ねっ?」

 

真耶はうるうるとした瞳で一夏を見つめながら、両手をしっかりと握り込む。

さながら恋する少女の様なその振る舞いは、本当に千冬と同年代なのか疑わしいレベルだ。

千冬は千冬で現実を直視し続けたが故の成熟さを身に付けていて、歳相応とは言い難い所はある。

俺が席に戻って座ると同時に、千冬も定位置である俺の隣に戻ってきた。

 

「まったく…まだまだ子供だな」

「いや、ガキだろ…誰だって望まなきゃ此処に来ようとは思わねぇさ」

 

千冬は呆れた様に溜息をつきながら、一夏と真耶のやり取りを眺めている。

先ほどは一夏に欠片も見せなかった優し気な眼差しは、教師と生徒と言う立場の上では見せる訳にも行かないのだろう。

公私を区別し、律している姿を見せる事で生徒達に規律を分からせようとしているのかは分からない。

 

「お前は…逃げようと思えば逃げられただろうに」

「鬼ごっこは嫌いなんでね…。それに、見知った人間がいるなら別に嫌って訳でもねぇし…」

「そ、そうか…んんっ!山田先生、授業の続きを!」

「は、はひ!」

 

どうやら真耶は一夏との会話で何かしらのスイッチが入ってしまい、妄想の旅人となってしまっていた様だ。

千冬が咳ばらいをして意識を戻すと、真耶は我に帰って慌てて教壇に戻ろうとするが足を縺れさせて盛大に転んでしまう。

 

「あいたたた…」

「…あれ、大丈夫なんか?」

「…出来る女ではあるんだ…彼女は…」

 

千冬は再び溜息を吐きだし、呆れた様に真耶を見つめる。

本当にしっかりしろよ…山田 真耶…。

 

 

 

 

二時間目の授業が滞りなく(?)終わり、休憩時間。

一先ず、軽くおさらいをしてやる為に一夏の席へと向かう。

一夏はやる気を出したのか真剣な表情で教科書を見つめている。

 

「で、ちったぁ分かったのか?」

「少し、ナメてたんだろうな…今のところは大丈夫だよ、アモン」

「なら、良いけどな」

 

一夏と二、三言葉を交わしていると、ポニーテールが特徴的な少女…篠ノ之 箒が此方へとやってくる。

最初は戸惑うような表情ではあったが、意を決したのか目つきを鋭くさせて話しかけて来た。

 

「い、一夏、ミュラー先生と親しげだが…知り合いなのか?」

「あぁ、一時期面倒見てもらっててさ。一緒に暮らしてたんだよ」

「こいつの姉ちゃんがドイツに行ってたのは知ってるだろ?あの時期にちっと関りがあってなぁ」

 

ケラケラと笑い、一夏の頭をポスポスと叩く様に撫でながら答えると、一瞬にして教室内の女子たちが聞き耳を立てはじめる。

一つ屋根の下に一夏と二人暮らし…そこで繰り広げられた生活を少しでも知りたいんだろう。

期待している事は何一つないんだけどな。

 

「アモンは口調こそ乱暴だけど、家事全般得意でさ。色々助かったよ」

「家主に面倒見てくれって頼まれてたからな。そら、キチンとやんなきゃならねぇだろ?」

「そ、そうだったのか…その、篠ノ之博士と仲が良いとも…」

「ありゃ、勝手に懐かれたんだ…やる事なす事突飛過ぎてついて行くのがやっとだってんだよ」

 

箒は複雑な表情で俺の言葉を聞き、顏を俯かせる。

この様子だと、束は未だに箒と顔を合わせていないみたいだな…こんなんじゃ何時まで経っても仲直りできないし、余計に話が拗れる。

これは何かしら一計講じないと箒の…束の為にならないだろう。

かと言ってこっちから連絡する手段がないんで、向こうから接触するのを待つしかないんだが。

 

「ちょっと、よろしくて?」

「へ?」

「あん?」

「む…」

 

箒を交えて一夏のあれやこれやと話していると、後ろからいかにもなお嬢様然とした口調の声がかけられる。

俺に向けられる視線の質からして、声をかけてきたのはセシリアだろう。

美しい金の色の髪に透き通るようなブルーの瞳は、同年代の少女とは思えぬ美しさを持っている。

振り返ってセシリアの様子を見ると、どうやら俺たちの反応が気に召さないらしく、目尻がやや吊り上がっている。

 

「訊いてます?お返事は?」

「あ、あぁ…聞いてるけど、俺に何か用か?」

 

一夏は、女尊男卑と言う世情を嫌っている事もあってか、威圧的な女性が苦手だ。

そう言った手合いには態度が冷たくなるし、言葉もどこか素っ気無くなる。

そんな態度の一夏の頭に拳骨を軽く叩き込みながら、セシリアを見る。

 

「セシリア・オルコットだったな…国家代表候補生の」

「教師をする…と、言うからにはその程度の情報はキチンと把握している様ですわね?」

「まぁなぁ…。で、男性操縦者が気になったか?」

 

セシリアは、俺の言葉に満足したのか表情を若干和らげ…しかし高圧的な態度は崩さないまま、此方を観察する様に見続ける。

俺には、その姿が虚勢を張って背伸びをしているようにしか見えない。

 

「えぇ、どのような粗野な男なのかと思えば、一人は右も左もわからない子供、もう一人はただただ粗野なだけでガッカリですわ」

「生憎、お上品なのはどっかに置いてきちまったからなぁ…」

「ってー…なにすんだよ、アモン!?」

 

俺が拳骨を落したことに抗議する様に一夏は俺の事を睨み付け、箒もまた同調する様にコクコクと頷いている。

…はっはーん、この娘っ子…一夏にホの字か?

 

「一夏、どんなに嫌だと思ってても態度で示すなよ。外面だけで判断してたら人間の事好きになれねぇだろ?」

「別に…俺はそんなこと…」

「出てるんだよ…。まぁ、お前の気持ちがわからねぇ訳じゃねぇけどな」

 

確かに、誰だって高圧的な態度を取られれば嫌な思いをするし、良い印象を持たない。

だが、初対面の人間をその最初の印象だけで嫌ってしまうと言うのは非常に勿体ない。

徐々にで良い…他人の事を理解してやれることができれば…。

 

「わたくしを無視して…わたくしは貴族にして国家代表候補生。こうしてクラスを共にし、話しかけられるだけでも光栄で幸運な事なのですから、それ相応の対応と言うものが…」

「なぁ、気になってたんだけどさ…」

「あら、わたくしに質問ですか…下々の民に応えるのも貴族の務め、よろしくてよ」

 

一夏はセシリアの事を真っ直ぐに見つめ、セシリアもセシリアで余裕のある貴族らしい態度で一夏の言葉を待つ。

貴族、貴族ねぇ…こんな近代化された社会でもそう言うの残ってるんだなぁ…。

まぁ、英国ってのは伝統を重んじる傾向があるってのは、旅していて分かっていた事ではあるんだが…。

でも確かオルコットって名前の貴族は…

 

「『国家代表候補生』ってなんだ?」

「応、一夏…テメェ放課後校舎裏な」

「い、一夏…それはあまりにもあんまりではないか…?」

 

理解することを放棄するなと言ったばかりなのに、これである。

事もあろうに、字面から言葉の意味を理解する事ができなかったようだ。

これには箒もガクッと肩を落とし、セシリアはセシリアで驚愕の表情で一夏を見つめている。

 

「なっ、分からない事は素直に聞いた方が受け入れられるんだぜ!?」

「お前は何も分からん赤ん坊じゃねぇだろう?読んで字の如くだろうが…」

「信じられない。信じられませんわ…極東の島国と言うのは、こうまで未開の地なのかしら。常識ですわよ、常識。テレビがないのかしら…」

 

両拳を握り込み、米神をぐりぐりと擦り付けて一夏に折檻する。

こいつぁ重傷だ…医者も匙投げるレベルの。

俺の弟子だってぇのに…腑抜けてんのか!?

 

「あだだだだだ!!ごめん!ごめんってば!ジョーク!ジョークだからぁっ!!」

「応、俺には本気の言葉にしか聞こえなかったけどなぁ…」

「せ、先生そのくらいに…」

「え、えぇ、いくら極東の未開人とは言えやり過ぎですわ…」

 

あまりにも一夏が痛そうにする所為か、箒とセシリアはドン引きの表情で俺を静止してくる。

俺は一先ず怒りの矛を収めて、手を離しズレた伊達メガネを指で抑え直す。

 

「いくらなんでも千冬姉が国家代表やってたから分かるってば…」

「冗談を言うタイミングくらいは、考えろ馬鹿」

「ごめんってば…」

「まったく…どうしたらこんな男が、この学園に入れるのかしら…?」

 

セシリアは呆れた眼差しで一夏を見つめ、深い溜息を吐きだす。

どうしたらと言われればそれは『男だから』と答えるしかないんだが…。

 

「俺、試験なかったぞ?適正検査でここの教師とは試合させられたけど…何て言うか向こうの自爆で終わったし…」

「な、な…試験を、していない?教師を、倒したですって?」

「いや、だから向こうの自爆なんだってば」

「わたくしだけではないなんてありえませんわ!?」

「まぁ、俺は引き分けだったしなぁ…千冬の野郎加減無しでブッコミ入れやがったからな…」

 

今思い出しても悔しい戦いだ…。

ただ、ISのクセは分かったし次は負けない自信はある。

ただ、俺は此処で失言してしまったことを口にしてから気付いてしまい、思わずソッポを向く。

 

「ち、千冬姉と…」

「引き分け…」

「ですって…!?」

「ん、い、言ってない、言ってないぞ~、HAHAHA!」

 

追及する様な眼差しが教室中から集まるが、俺は誤魔化す様にスタスタと歩いて教室の端にある自分の席に戻る。

やらかしちまったな…まぁ、千冬が引き分けに持ち込まれるなんて思っている奴らは居ないだろうし、俺の強がりか何かだと思うだろう…と、言うかそう思ってくれると色々と助かる。

 

「ちょっ、待ちなさいアモン・ミュラー!」

「おう、授業始まるから席に戻れ~」

「くっ…真相をキッチリキッカリ聞かせていただきますわよ!?」

 

授業開始の予鈴が鳴り響き、皆渋々と言った様子で席に着いて授業の準備をすると、千冬が教室に入ってくる。

千冬が教壇に立つと、日直が号令をかけて授業を開始…というところで千冬が口を開いた。

 

「授業開始前に決める事がある。これから再来週に行われるクラス対抗戦に出場するクラス代表を決める」

 

さて、このIS学園…実は授業の他にイベントがカツカツってレベルじゃないくらい頻繁に起きる。

原因はこの閉鎖空間と扱っているISだ。

基本的にIS学園は全寮制であり、休日の外出も前日までに外出届を出すことが絶対となっている。

つまり、息抜きがしにいくい環境だ…これは年頃の少女にとって非常に痛手だろう。

勿論、生真面目な生徒には関係が無いだろうが、それでも息抜きは大事だ。

そして、ISの仕上がり具合や操縦者の習熟度を見る為に各国の機関から視察に来る為のイベントも必要となる…。

この二つの難題をクリアする為に、まず五月の頭に食堂のスイーツパスを賭けたクラス対抗戦が催される。

更に六月に各国の視察団の為にトーナメントが開催され、七月の頭には一年、二年の修学旅行、九月に学園祭etc.etc...兎に角スパンが短い。

基本的な運営は生徒会が行っているので、教師陣は警備面でのフォローをすれば良いそうなんだが、それでもこの学園は人手不足。

あれもこれもと教師が手伝わなきゃいけないのが実情なんだそうだ。

さて…このクラス対抗戦…最初の息抜きの為のお祭り的な見方がされているものの、本質は各クラスの代表がどれほどIS操縦技術に長けているのかを見る為のものだ。

基本的に代表に選ばれる人間と言うものは入試試験で優秀な成績を修めた人間になるんだが…。

 

「クラス代表者とはそのままの意味だ。一般的な学校で言うクラス委員長と言うやつだな。クラス代表は先ほど述べたクラス対抗戦の他に生徒会の会議や、クラス内における議長などもやってもらうことになる。自薦他薦は問わない。一度決まったら一年間は変更無しなのでそのつもりで」

 

千冬がある程度説明してクラス全体を見渡すと、一斉に女子から挙手が上がる。

もちろん、女子達は自薦等ではなく他薦をするために、だ。

 

「こりゃ、一波乱あるかねぇ…?」

「何か、あったんですか?」

 

ボソリと呟くと、俺の言葉に気付いたのか真耶が此方に顏を向けて首を傾げる。

俺は小さく頷くだけに留めて、見守っていれば分かると言う風に顎で指し示し、事の成り行きを真耶と見守る。

やはりと言うか何と言うか、他薦に上がるのは一夏の名前ばかりだった。

 

「候補者は織斑 一夏…ほかに居ないか?」

「候補者って、俺ェ!?」

「うるさい、邪魔だ。居なければ、クラス代表は織斑となるが…」

「お、俺はそんなあのやらないってばうんっ!?」

 

一夏は今の今まで現実を直視していなかったのか、話をよく聞いていなかったようだ。

自分が選ばれそうになって慌てて立ち上がり抗議するものの、千冬の容赦ない出席簿による一撃――それも背表紙で――を頭頂部に受けて席に倒れ込む様に座る。

ピクピクと痙攣しているところをみるに、結構本気でぶち込んだな…?

 

「自薦他薦は問わないと言った。他薦で選ばれたならば覚悟をしろ織斑。拒否権は無い」

「い、いやでも――」

 

どうも、一夏はただでさえ目立っていると言う状況で更に目立つような立場になるのを回避しようとしているな。

人間、時には諦めも肝心ってな…男なんだからいい加減、腹を括ればいいのに…。

一夏が必死に反論しようとした瞬間、突如甲高い声が教室に響き渡る。

 

「待ってください!納得がいきませんわ!!」

 

そんな甲高い声を上げ、机を思い切り叩きながら立ち上がったのは言うまでも無く、セシリア・オルコットのお嬢ちゃんだ。

あのプライドが高そうな性格から言って、確実に声を上げるとは思ったが…。

チラ、と真耶を見るとビクビクと怯えたような表情で事の成り行きを見守っている。

そのサマはあれだ…完全に小動物的な物にしか見えない…よく、教師やってこれたな…。

 

「このような選出は認められません!大体男がクラス代表だなんて良い恥さらしですわ!わたくしに、このセシリア・オルコットにこのような屈辱を一年間味わえと言うのですか!?」

「セシリア・オルコット嬢、落ち着けって。千冬は自薦他薦は問わないって言ってたろ?選ばれなかったってのはそういう事だし、お前は自薦すんのか?」

「ホラ吹きはだまらっしゃい!!」

「お、応…若いってぇのはすげぇな…」

 

セシリアはプライドが傷つけられたことが非常に腹立たしい様で、怒りの矛先を彼方此方に向けながらヒステリックに語気を荒げる。

つーか、ホラ吹きなんて日本語知ってる辺り、この学園に来るために日本語をみっちり学んできたんだな…。

ただ、俺に向かって暴言を吐いたのが癇に障ったのか、千冬の目がスッと細められる。

勿論、セシリアはその事に気付いていない…まぁ、此処で痛い目を見るのもいい経験になるだろうから、俺は黙っている事にする。

 

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然!にも関わらず物珍しいからと言う理由で極東の猿にされては困ります!わたくしはISの技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気なんて毛頭ありませんわ」

「絶好調だなぁ…」

「あ、アモン先生、何を呑気な」

 

流石にセシリアの言動が拙いものだと言う事を理解し始めた教室内の人間は、ザワザワ騒めき始める。

俺は煙草でも一服したい気分でその様子を眺めているが、止めましょうよと言う真耶を一瞥するだけで黙らせ、欠伸をする。

言うまでも無く、IS学園の生徒と言うのは多国籍…だが、ここに日本人が居ない訳じゃない。

極東の猿なんて言われて良い思いをする奴はいないだろう。

貴族がこれでは、イギリスって国も底が知れると言うものだ。

とりあえず、なんだ…一度ぶつかり合うのが良いだろう。

そうでなければセシリアももう止まれない。

なんせ国家代表候補生とは言え、その実力を知るものなんてこの場には誰一人居ないのだから。

 

「大体ですね、文化としても後進的なこの国で暮らすこと自体、わたくしには耐えがたい苦痛で――」

「英国だって大差ないだろ…世界一不味い料理で何年覇者なんだよ?」

「応、一夏、安い挑発に乗るなっつに…」

「だから、呑気な事言わないでくださいってば!」

 

流石に自国を馬鹿にされてカチンと来ない人間は居ないだろう…一夏もその例に漏れず声を荒げてぼそっと呟いてしまった。

セシリアの耳にもその言葉が届いてしまったようで、顏を茹蛸の様に赤らめて怒りを顕わにする。

 

「なっ…!!祖国を侮辱するのですね!?」

「応、ここでストップだお嬢ちゃん…最初に殴ったのはアンタの方だぜ?」

 

流石にこれ以上はセシリアの立場が最悪なレベルに堕ちてしまうので、俺が割って入る事にする。

俺はセシリアの頭をポンと撫でる様にして『無理矢理』座らせ、鋭い視線を浴びせる。

 

「お前、日本人の事を…日本の事を侮辱する差別言葉を吐いたことに気付け。『国家代表』になろうって人間が、簡単に喧嘩吹っ掛ける言葉を吐くんじゃねぇよ。第一だ…ISを作った人間の祖国が何処だか忘れたとは言わせねぇぞ?」

「っ…」

 

セシリアは俺の指摘を経て、漸く自分が口走った事に気付いたのか顏を蒼ざめさせて俯かせる。

とは言え、セシリアが言ってる事ももっともな所はある。

クラス代表に相応しい者を選出するには、必要な儀式になるだろう。

 

「とは言え、実力も何も無いであろう一夏を面白半分でスイーツパス獲得の為に選出するのも怖いだろ?」

 

俺は大仰に両腕を…それこそ演劇でもするかのようなオーバーリアクションで、広げてクラス全員を見渡す。

千冬は何を俺が言い出すのか気になるのか、腕を組んで見守ってる。

 

「だからな、一夏、セシリア…お前らISで決闘しろ。勝った方が実力があるんだから、そいつをクラス代表に据えるんだ。シンプルで分かりやすいだろ?」

「確かに…セシリアの実力分からないしね…」

「うん、安易に選んで泣きを見るのもね…」

 

千冬の言う自薦他薦って言う趣旨とはかけ離れてしまうものの、今後の此奴らの学園生活の事を考えれば、この形で決着させる方が一番禍根が残らない。

他薦で一夏を選出した生徒達も頭が冷えたのか、俺の言葉に同意し始める。

 

「女に全力出すってのもな…」

「一夏…何、ナメた事言ってんだ…テメェ…」

「っ…!!」

 

一夏は基本的には所謂日本男児…弱きを助け、強きを挫くと言う性格をしている。

そんなもんだから、、男尊女卑とは行かないまでもそれに近い思考をしてしまっている。

つまり、女性は男性が守るべきだと言うフェミニズムだ。

だが、これは勝負事…一度戦場に出れば男も女も無いのだ。

俺は殺気に近い気配を一夏にぶつけ、ゆっくりと歩み寄る。

 

「ガキが…俺が何教えたか忘れたとは言わせねぇぞ…?」

「っあ…ご、ごめん…何事も、全力で、だった…」

「応、分かってりゃ良い…それに免じて次の扱きメニューは地獄の二丁目で勘弁してやる」

「ひぃぃ…」

 

俺はニッコリと笑みを浮かべながら一夏の頭を撫でてやるものの、一夏は完全に委縮してしまいガタガタと震えている。

短期間で強くなりたいって言うから組んだメニューってだけなのに…ったく。

 

「まったく、勝手に話を進めて…だが、まぁ良いだろう。男性操縦者のデータは学園としても多いに越したことはない。アモン先生の協力があるとは言え、な…。決闘は一週間後の月曜日、放課後第3アリーナで行う事とする。織斑、オルコット両名はそれまでに準備をすること良いな?」

「えぇ、完膚なきまでにそこの男を叩きのめしてみせましょう」

「アモンや千冬ね…織斑先生が見てるんだ、負けられるかよ!」

 

一夏とセシリアは互いに手袋を投げつける様に睨み合いを行い、席に座る。

まさしく一触即発…そんな雰囲気の中、千冬が更に言葉を続ける。

 

「勝者には特別にアモン先生との模擬戦闘を組ませてやる。…私と張り合ったその実力を直に味わうと良い」

「「「!!??」」」

「おう、千冬…どういうこった?」

 

黙ってれば余計な混乱を生まずに済むものを、千冬はケロッとした顔で首を傾げる。

美人がそう言う動作をするのはそれなりに萌えるが、そうじゃないだろ…。

 

「なに、お前がナメられると言う事は私がナメられると言う事に等しいからな…構わないだろう?」

「いや、その理屈は可笑しい」

「ふん、最早決定事項だ。貴様はただ戦えば良い…本気でな?では、授業を始める!」

 

暴君ここに極まれり…もちっと静かに学園生活を送りたかったと言うのに、やはり面倒事に巻き込まれたらしい。

俺はワザとらしく溜息を吐いてトボトボと自分の席に戻るのだった。




…気付いたらいつもの二倍文字を打ち込んでいたんだ…

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