ARMORED CORE for Answers "IF" 作:天杜 灰火
ちなみに前回のお話を読んでいても読んでなくてもまったく大丈夫ですっ。
そして今回のお話は前回のような「あのミッションでこうなっていたらどうなるんだろう?」という想定で作られたものではなく、「こんなミッションとかやってみたいなー」という妄想の産物ですので、設定とかは割と適当な部分があります。それでも良ければどうか暇つぶしにでも……!
『ひとつの生命を想う……それを愚かと呼ぶか』
アルテリア・クラニアム。
そこに三機のネクストが存在していた。
しかしそのうちの二機は膝をついて機能を停止しており、宙にホバリングしている漆黒のネクストのみが無傷である。
周囲には戦闘の跡がある。
特大の激突があったことを疑う余地はなかった。
そして、たった今その戦いは終結したのである。
『……歪んでるよ。貴様も、この世界も』
——残った一機、ストレイドの完全勝利という形で。
クラニアムに集ったレイテルパラッシュとマイブリスはORCA旅団メンバーである首輪付きの迎撃を担った。二人ともカラード屈指の上位ランカーであり、その実力は超一流である。
しかし、ストレイドは彼女たちの想像を遥かに超えるネクストだった。
レイテルパラッシュとマイブリスの二機がかりでなおダメージらしいダメージを与えられていない。その実力はORCA旅団リーダーのテルミドールさえ凌駕するだろう。
『レイテルパラッシュ、マイブリスの撃破を確認。……ミッション完了だ』
怨嗟とも悲哀とも取れる言葉と共にレイテルパラッシュが完全に沈黙。ストレイドに課せられたミッションが完了した。
ストレイドは静かに右腕のハイレーザーライフル『カノープス』の照準を解き、右腕を下ろした。クラニアムの中央に着地する。
ストレイドのアセンブルは、この最終決戦を前に組み直されていた。
フレームこそアリーヤのままだが、マシンガンをハイレーザーライフルに、ブレードをより強力な専用ブレード『ムーンライト』へ、さらにプラズマキャノンを有澤製グレネードキャノンに換装している。
瞬間火力、総火力共に増大したがその分負荷と重量も桁外れになっている。
常人では到底まともに扱えない機体——しかし首輪付きはそれを完璧に使いこなしていた。たった一度や二度のトレーニングを済ませただけで、実戦でも手足のように機体を使いこなしてしまうその鬼才はオリジナルのセレンにさえ賞賛と畏怖とを抱かせる。
『……いや、待て。もうひとつネクスト反応がある』
クラニアムの奥から現れる新手のネクストがあった。
赤黒いフレーム。アリーヤの姉妹機であるアリシアをベースに近距離戦用の火器で武装した中量逆関節型ネクスト——
『ネクスト、アンサングを確認。テルミドールも生き延びたようだな』
アンサング。
ORCA旅団リーダー、マクシミリアン・テルミドールが繰るその機体はストレイドの前方でブーストを停止させた。そのカメラアイがストレイドを見上げる。
度重なる企業との激戦により、ORCA旅団は数多の精鋭と英雄を失っていた。
最後に残ったのは旅団長たるテルミドールと、企業に反旗を翻した首輪付きだけだった。
二人はメルツェルの計画に従いアルテリア・クラニアムを襲撃しようとしたが——しかしここで予想外のことが起こる。想定より多くのリンクスたちが企業の決定を無視し、ORCAへの攻撃を続行したのである。
テルミドールはクラニアムの襲撃を首輪付きに任せ、他のリンクス達の相手を受け持った。
何機ものリンクスを相手に戦い抜いたのだろう。アンサングの関節部からは火花が散り、損傷も激しかった。
『生き残ったのは君か……やはりな、そんな気がしていた』
テルミドールは静かにつぶやいた。
彼の変化に真っ先に気づいたのは首輪付きだった。
『これで、クローズ・プランの第一段階は終了だ。……そう、第一段階が。我々でなければ、ここにはたどり着けなかっただろう。——そしてここでさえも、道半ばに過ぎない』
セレンがにわかに眉をひそめる気配が首輪付きにははっきりとわかった。
『革命家とは強くなければならない。
ORCA……真の強者にして、革命を起こす者』
テルミドールの脳裏によぎるのは仲間達の面影だった。
全員、選りすぐりの精鋭達だった。しかし彼らでさえ、この戦いでいとも簡単に命を落としていった。
まだクローズプランは道半ばに過ぎない。これからこの戦い以上の苦難がORCAを襲うだろう。
しかし——それでも。
やり遂げねばならない。
それがORCAの存在理由なのだから。
その時必要なのは、圧倒的な力だ。
神話において、力そのものが神であったように。これからの時代、答えを示し人々を統べるためには力が必要だ。自らの意志を押し通し、我らの革命を遂げるためには力が必要なのだ。
故にこそ。
——今、最後の淘汰をはじめよう。
『その名がどちらにふさわしいか、これからわかるだろう』
アンサングがレーザーバズーカの照準をストレイドに向けた。
その意図を察し、ストレイドも戦闘態勢に入る。
まるで、無数の虫を壺に入れて殺し合わせることにより、最後に生き残った虫が結果的に強力な呪いを纏うという呪法《蠱毒の壺》のようだった。
いや、事実そうなのだろう。
真の革命家はひとりで充分だ。それが自分だったとしても、首輪付きだったとしても、テルミドールにとってはどうだって良いことだった。
ただ、この戦いを経て、真の革命家たるだけの力を備えた最後のORCAが生まれ——自分達の悲願を遂げられさえすれば!
『どちらかが倒れ』
この戦いでどちらかが命を落とす。
しかし、生き延びた勝者の力は完全に証明される。
どちらが生き残っても革命は果たされるだろう。だがこれは避けられない激突だった。ORCAのために——そしてなによりも、人類のために。
『最後のひとりとなった……』
アンサングのカメラアイが赤く発光する。
新たなる革命家の誕生を願い。
彼は、最後の仲間を全力で討つ。
『その時に!!』
◆
最後のORCAを決める戦いは、レーザーバズーカの赤い閃光とハイレーザーライフルの青い閃光の応酬から始まった。
互いのプライマルアーマーを貫通し、しかし貫いたのは粒子のみ。射撃と同時にクイックブーストを行った両者に直撃はなかった。
『戦闘は避けられない、か。……やれるな? いや、やってみせろ。お前がORCAを名乗るのであればな』
返答代わりにストレイドはアンサングに向けてカノープスを発射する。
青色のレーザーは寸分違わずアンサングに直撃した。
返すアンサングの赤光の一撃はプライマルアーマーを撫でるだけ。アサルトライフルが装甲を掠めるが、それだけだった。
重量を大幅にオーバーしてしまっているアンサングの機動力は低い。しかし一方で、その弱点をカバーするだけの力量がテルミドールに備わっているのは事実だった。
だが——
『……ッ!』
テルミドールはかつてない強敵を前にして知らず笑みを浮かべていた。
アンサングの攻撃は一度も当たっていない。
対するストレイドの一撃は的確にアンサングを撃ち抜いた。
クイックブーストの硬直に合わせてレーザーがコアを貫き、エネルギーが切れたところでグレネードが飛んでくる。
お互い近〜中距離での撃ち合いを得意とし、また機体構成もそれを想定したものだ。故にその戦闘距離は重なり、純粋な力量差のみが有利不利と勝敗を分ける決定的な要因となる。
ストレイドの実力は圧倒的だった。
アサルトライフルとレーザーバズーカがストレイドを襲う。
ストレイドはまるですべてが見えているかのようにそれらを躱し、アンサングの隙を逃さず確実に高火力の武装を叩き込む。
『これが……』
いったい誰がこの光景を信じられるだろう?
元カラードランク一位にして現ORCA旅団長である世界最強のリンクス、マクシミリアン・テルミドールが、こうまで圧倒されているなど。
そして、その差は実力だけではない。
『この力こそが……!』
テルミドールは歓喜さえ滲ませながらストレイドとの撃ち合いを続行した。
しかし一向に手応えは訪れない。
精神面においてもテルミドールは圧倒されていた。
どれだけ撃ち込んでも、ストレイドに自分の銃撃が当たるビジョンを思い浮かべることができなかった。それほどまでにストレイドの実力は異常であり、底が見えないのである。
——これこそが、世界を変える人間に必要な力だ。
あまりの力量差に逆らう気すら起きなくなるほどの、すべてを焼き尽くす暴力。それがストレイドには備わっていた。
プラズマキャノンのECMによる妨害。回避しにくいPMミサイルによる撹乱。アサルトライフルによる牽制。弾速の速いレーザーバズーカによる急襲——。
あらゆる手段を以ってして、なお届かない。
世界最強のリンクスであるテルミドールの腕を以ってして、なおその機体に傷一つ付けることすら叶わない。
グレネードキャノンが直撃し、その爆風がPAを完全に消し飛ばし、衝撃で硬直したアンサングをハイレーザーライフルが貫通する。
APが一気に減少した。もともと損傷の激しかったアンサングには手痛い連撃だ。
『運命か……』
己を天才であると自負してはいた。
しかし同時に、器ではないと理解してもいた。
撃ち、躱し、あるいは当たり、また撃つ。
優美なワルツだった。
クラニアムという舞台で、二機のネクストは延々と踊り続ける。レイレナードという過去の遺物の、その象徴であるアリーヤとアリシアをベースとしたネクストが、皮肉にも新時代への道を切り拓くために。
テルミドールの動きも決して悪いわけではない。むしろ常人であれば目で追うことすら困難なほどに洗練された動きだった。アンサングの重量を考えればまさに天才と称するにふさわしい機動だ。
しかし、ストレイドはさらにその上を行っていた。
馬鹿げた機動。アリーヤの短所である装甲の薄さを
テルミドールが天才ならば、首輪付きは例外であった。
天才といってもそれは所詮常識内での話。比べること自体が間違っているのだ。
そうして永遠にも思えた演舞に当然ながら終わりが訪れる。
アンサングはついぞ完封されたままだった。
『まだだっ……!』
APが千を切り、それでもせめて一撃はと距離を詰める。そしてアサルトアーマーを発動させようとした。緑の破滅的な燐光がアンサングを包み込む。
この距離であれば回避は不可能だ。アサルトアーマーを防ぐ術は存在しない。
世界最強のリンクスとしての最後のプライドが、テルミドールに確実にしてえげつない戦法を取らせていた。
実際、ただのリンクス——否、上位ランカーであってもそのアサルトアーマーを回避することは不可能だっただろう。
しかしストレイドは、例外だった。
『なっ……!』
アサルトアーマーが発動する直前になって、ストレイドは離れるのではなくクイックブーストによってさらに距離を詰めた。
その左手に輝くブレード《ムーンライト》の存在を確認し、首輪付きの意図に気づく。
彼は一秒にも満たない時間で、咄嗟に攻撃を回避しようとする人間の本能を無視し合理的な選択を取ったのだ。
——回避が不可能なのであれば、発動する前に叩き斬る。
言葉にすれば簡単だ。
しかしこれは殺し合いだ。
自らの命がかかった状態で、一秒にも満たない間にその決断を下せる人間がはたしてどれだけいるのか?
テルミドールが知る限りでは、アナトリアの傭兵くらいだろう。彼もまた、ストレイドに匹敵する例外だった。
『……私の負け、か』
テルミドールは静かにつぶやく。それ以外に言葉が出ないほどの完敗だった。清々しささえ感じるほどの、完敗だった。
アンサングのコアを紫の閃光が一門字に斬り裂く。アサルトアーマーは不発に終わり、衝撃でアンサングはノックバックする。ガクンとクラニアムの床に膝をついて、動かなくなった。
『……敵ネクスト、アンサングの撃破を確認』
それと同時に、テルミドールの意識は闇へ消えた。
◆
はじめてその姿を見た時から、心を奪われていた。
『まあ、ありじゃないか、貴様』
滅多に人を褒めることのないオッツダルヴァとしての自分に、そう言わしめるほどの天才——それが首輪付きに対する第一印象だった。
そして、直感的に理解していた。
——あのリンクスこそが、世界を変える力を秘めた人間であると。
ORCA旅団は少数精鋭の旅団だ。その志は無論のこと、実力面でもそこらのリンクスでは足下にも及ばない。
全員、テルミドールがこの目で見て、その実力を認めた優秀な人間たちだった。
しかし首輪付きは、そんなテルミドールでさえ見たことがないような独特にして異質、かつ強いオーラを持つリンクスだった。
テルミドールは、あのリンクスを放っておけば必ず自分達にとって最大の障害になると確信していた。
だから、その首輪を外そうと思ったのにはそれに対する恐れもあった。
幸運にも、リンクスはORCAやテルミドールの思想に同調してくれたのか——あるいはただの気まぐれか、首輪を外して旅団に合流した。
そして、テルミドールは自らの判断が間違っていなかったことを悟る。
——アルテリア・カーパルスの防衛部隊を二十秒足らずで全滅させ、続く上位ランカー、ジェラルド・ジェンドリンを十秒前後で撃破。増援にやってきたダリオ・エンピオも無傷で排除し、ミッションを通して一度も被弾することなく帰還。
——エーレンベルグ防衛において、ORCA屈指の実力者であるネオニダスよりも数分ほど速く出撃。そして月輪が到着する前にすべての敵ネクストとAFを単独で撃破。
凄まじい先見を持つメルツェルでさえ予想できなかったほどの戦果をいとも簡単に叩き出す怪物。
それが首輪付きだった。
そんな彼に対する恐れをテルミドールが感じていなかったかといえば嘘になる。
テルミドールは誰よりも賢かったが、その実誰よりも臆病な男だった。ORCAという集団を作ったのも、未来を変えなければ人類が壊死してしまうということに対する恐れの方が理由としては強かった。
だからある日、テルミドールは彼に対して尋ねた。
『君は——なんのために、戦っている?』
返答はなかった。
否、言葉による返答はなかったというべきだろう。
それからしばらくして、新型AFであるアンサラーが完成したとの情報がテルミドール達の耳に入った。
流れてきたスペックを参照するに、未完成の状態であればともかく、完成したアンサラーを単体で止めるリンクスなどさしものORCAといえど存在しなかった。
故に、その撃破は旅団長であるテルミドールと既にORCAの中でも上位ランカーとなっていた首輪付きが担当することになった。
そこで首輪付きは、戦いという行為を通してテルミドールの問いかけに対する答えを見せた。
——完成した新型AF・アンサラーを極めて迅速に撃破し、地上への被害を極限まで抑える。
その結果の解釈はどうとでもできるだろう。
しかしテルミドールにとっては、その戦果こそが——そしてその戦いぶりこそが、問いかけに対するなによりもの答えに思えた。
その答えは、言葉にしてしまうと陳腐なものになってしまうだろう。彼が示した答えは、もはや言葉などで表現して良いものではない。
だからテルミドールも、彼に言葉で問いかけることはやめた。
ただ、彼がORCAの名を持つにふさわしい人間であるという事実だけを深く強く胸に刻み。
彼を仲間として、迎え入れた。
恐れは最後まで消えなかった。
それでも——彼は間違いなく、テルミドール達の仲間であり、友だった。
◆
静かにアンサングを見据えていたストレイドはその異変に気付いた。
一瞬遅れてセレンもそれを理解する。
『いや……待て。——この反応はっ、』
機能を停止したアンサングの周囲に再びコジマ粒子が循環。プライマルアーマーが再展開され、カメラアイの赤い光がストレイドを睨めつける。
『——再起動だと!?』
かつてホワイト・グリントがやってのけた再起動——。いかなる超常の現象か、とっくに限界を迎えているはずのアンサングとテルミドールは再びその瞳に光を宿す。
驚愕を隠しきれないセレンとは対照的に、首輪付きの反応は静かでありかつ一貫していた。
たとえ超常の力と共に蘇ろうと、目の前に立ちふさがるのであれば何度でも撃破する。
戦闘継続の意志をもって、アンサングにカノープスの銃口を向けた。
アンサングもまた、レーザーバズーカを照準する。
『……もはや、言葉など意味をなさないか』
テルミドールの体は既に限界を突破していた。
痛覚を含めたあらゆる感覚が麻痺し、口元を伝う血液にすら気がつかない。再起動という奇跡の代償は避けられない死なのだろう。
構わない、とテルミドールは笑った。
もはや勝敗は決しているし、覆すこともできない。あと何度立ち上がろうと、首輪付きは何度でもテルミドールを撃ち破るはずだ。
しかしだからといって、潔く散るわけにはいかなかった。
それでは、ここまで共に戦い抜いてきてくれたこのリンクスに申し訳が立たない。
『見せてくれ、君の力を』
テルミドールの目的は勝利から別のものへとすり替わっていた。
圧倒的な力を持つ存在。目の前のリンクスこそが、最後のORCAにふさわしい。テルミドールはすべてを首輪付きに託していた。
もはや自らの生に執着はない。
この命が燃え尽きても、テルミドールは戦うだろう。
『そして』
——この祝福すべき新たな革命家に対する最後の試練として、立ちふさがるために。
目の前の革命家がさらなる成長を遂げるためなら、テルミドールは喜んで踏み台になるつもりだった。
先の戦いでは、テルミドールは首輪付きに一撃も当てることができなかった。
それでは試練にならないのだ。
だから、テルミドールは銃口を向ける。
全身全霊をもってしても、届かなかった。
なら——
今まで積み重ねてきたすべてを。
これから得るはずだったすべてを。
マクシミリアン・テルミドールという人間のすべてを。
今この瞬間にこそ、捧げよう。
『私が生きた証を……ORCAとして生きた証を、最後に残させてくれ』
今まで傷を負ったことのないその装甲に、必ずや一撃を叩き込み、それこそをマクシミリアン・テルミドールという人間が生きていたことの証とする。
テルミドールはゆっくりとブーストを吹かせ、空中にホバリングした。
無理やり再起動させた影響か——はたまたテルミドールの壮絶な覚悟に乗機であるアンサングが応えたのか。
アンサングのジェネレーターは暴走を引き起こし、狂ったようにエネルギーを生み出し続ける。ブースターも強烈な熱を帯び始めた。
周囲に放たれるコジマ粒子の奔流。
あらゆるスペックが、本来のアンサングからは想像もできないほどに上昇していた。
きっとそれらは一時的なものであり、暴走したアンサングはこの戦いが終わればもう二度と動かないだろう。
(……ついてきてくれるのか)
テルミドールは不思議な愛おしさを覚えた。
今まで戦いの道具としてしか見てこなかったネクスト。しかし今ではそれがかけがえのない相棒のように思えてくる。
テルミドールはふっと口を三日月に歪めて、ストレイドを見据える。
そしてそのまま、アンサングはオーバードブーストでストレイドに突撃した。
『アンサングの様子がおかしいぞ、注意しろ!』
悲鳴じみたセレンの声。
アンサングはマッハ四を超える速度でストレイドに肉薄していた。
そのままアサルトアーマーを発動。クラニアムに爆音と致命的な汚染が広がる。
ストレイドはなんとかそれを回避したが、その範囲と威力はあきらかに先ほどの比ではなかった。
まるでアサルトアーマーを主武装としてアセンを組んだネクストに匹敵するほどの性能である。
明らかに異常だった。
そしてその動きは止まらない。
オーバードブーストを停止、直後に連続のクイックブースト。大量の情報が脳になだれ込むが故、適性のある者でなければ自殺行為だとされる三連以上のクイックブーストをテルミドールはいとも簡単にやってのけた。
しかもその速度が尋常ではない。
一度のクイックブーストでストレイドの視界から消える。
『クソ、なんだあの動きはっ。プロトタイプネクスト並だ……! なにが起きている!?』
首輪付きは脅威的な動体視力でアンサングを捉えると、中距離での撃ち合いに持ち込む。
もはやアンサングの速度は重量過多逆関節のそれではない。
しかも、武装にさえ変化が起きていた。
レーザーバズーカの連射速度は先ほどよりも明らかに増加していて、プラズマキャノンは直撃していないにも関わらずプライマルアーマーが削られる。ミサイルの速度と誘導性能はストレイドでさえ回避するのが困難なほどだ。
しかも銃痕などを見るに、すべての武装の威力が大幅に上昇している。
いったいなんの力が働いているのか、スペックでいえば現在のアンサングはあらゆるネクストをはるかに超越していた。
『今アンサングの武装の威力分析結果が出た……っ! なんだこれはっ。これがネクストの、いや現代の武器か!?
気をつけろ、アサルトライフルやミサイルでさえ数発貰えば致命傷だ! レーザーバズーカは絶対に回避しろ、一撃でももらえば最悪死ぬぞ!』
言った側からレーザーバズーカが装甲の間近を擦過していく。
直撃ではないにも関わらず、それだけでストレイドの装甲がダメージを受けた。あまりの熱で装甲が溶け落ちたのだ。いくらストレイドの装甲が薄いとはいえ、あり得ないことだった。
しかしストレイドに焦りはない。
着実に攻撃をかわし、返す反撃は百発百中。弾数の切れたグレネードキャノンをパージし、カノープスのみで撃ち合いに臨む。
テルミドールが覚悟を乗せて銃弾を放つのなら、対するストレイドのレーザーには『答え』が込められていた。
テルミドールの凄絶な覚悟に対する答えだった。
もはや常識を超えた未曾有の戦闘。
しかし不思議と二機の間に憎しみなどといった負の感情は存在していない。
覚悟を武装に乗せて解き放つ。それに対する答えを武装によって叩きつける。
それは命を紡ぐようでもあり、対話のようですらあった。
マクシミリアン・テルミドールという革命家の業と使命、そして意志を新たなる革命家が受け取る。
それは戦いという名を持つ光景でありながら、もっと高潔で崇高な何かだった。
テルミドールは笑っていた。
永遠に続くような対話。
撃つ。かわされる。撃たれる。当たる。止まらない。撃つ。回避される——。
先ほどまでとまったく変わらない光景。
しかし唯一違うところがある。
ストレイドにだんだんと余裕がなくなってきているのだ。被弾こそまだだが、装甲にいくつか攻撃がかすっている。
それを認識した瞬間、テルミドールの胸中を抑えきれない喜びが満たしていた。
——ようやく。
——ようやく、私は君にとっての脅威になれたのか。
命をかけて、やっと、目の前のリンクスの成長に貢献することができる。その幸運を、テルミドールは神に深く感謝した。
『おおおおおおっ!』
だんだんと体が言うことを聞かなくなってきている。構うものか。
テルミドールは咆哮と共に眠りかけている体を突き動かし、アンサングと共にクラニアムを踊る。これからだ。これからなのだ。ここからが、本当の——。
ストレイドの例外的な強さ。
それに、迫ることができているのだ。
あと少しで良い。
保ってくれと、テルミドールは願った。
『……! なんだ!? アンサングの背部ユニットが……!』
アームズフォートの武装に匹敵するだけの威力を得たレーザーバズーカを放ち、アサルトライフルを連射し——しかしそれだけでは足りない。
グググ、とアンサング背部のプラズマキャノンとミサイルが震えたかと思うと、バキリという致命的な音と共に起動。
レーザーバズーカとアサルトライフルによるクロストリガー中にも関わらず、背部ユニットが両方使用可能となっていた。
脳に流れ込む情報量が多すぎるが故にネクストの武装の同時使用は二つまでに限定されており、そう設計されている。
ネクストの設計を根本的に無視した、本来ならば決してできない稼動。しかしテルミドールの強烈な覚悟がそれを可能にしたのだろうか——。
『バカなっ! 本当にネクストか、あれは!?』
通常のネクストではあり得ない、レーザーバズーカとアサルトライフル、プラズマキャノン、PMミサイルによるクアドラブル・トリガー。単純計算でおよそ二倍になった弾幕がストレイドを襲いテルミドールの脳を焼く。
いずれも一撃当たれば大ダメージ確実の攻撃に対し、いよいよストレイドも追い詰められつつあった。
絶対に被弾することのなかった神話が今破られようとしていた。
そして唐突にその時は訪れた。
『——』
はじめて首輪付きが声なき驚愕を露にした。
アサルトライフルがストレイドのヘッド部分を直撃した。ストレイドのカメラアイの右半分が焼け焦げ、APが三千ほど減少する。
たった一撃。
だが。
今まで被弾することのなかったストレイドに対するその一撃は、大きな意味を持っていた。
『——』
首輪付きの様子が豹変する。
得体の知れない爆発的な感情が首輪付きの奥底から湧き出る。
それを見たテルミドールは、さらなる驚愕と畏怖を抱かざるを得なかった。
首輪付きは。このリンクスは——まだ、首輪を外されてなどいなかったのだ。
本気ではなかった。
首輪付きにとって、今までのすべてが本気を出すに値しなかったのだろう。
しかし今この瞬間、テルミドールはその首輪を外した。眠れる獣を呼び覚ましてしまった。このリンクスにはまだ、テルミドールでさえ想像もできないほどの潜在能力が隠されていたのだ。
——正義なき力は暴力である。
一歩間違えれば、目の前のリンクスはその暴力を体現する存在になっていたのだろう。
だが、違う。
リンクスはORCAの名を持つにふさわしい志を持ったまま、その例外的な力を解放したのだ。
力と志を兼ね備えた理想的な革命家の姿が、そこにはあった。
『——!』
言いようもないほどの喜びが泉のごとく湧き出てきて、テルミドールは笑みを深めずにはいられなかった。
生のぬくもりをだんだんと失い、凍てつきかけている体に鞭を打つ。四つの武装の同時使用による致命的な負荷を無視し、ひたすらストレイドと撃ち合う。
しかしストレイドの動きもまた、先ほどとはまったく違っていた。
無傷でテルミドールを制した動きでさえ、まだ極みには至っていなかったのだと気づかされるほどに洗練された動き。何秒も先の未来が描けているかのような完璧な動きだった。
(ORCAの戦士たちは見ているだろうか。この戦いを——このすばらしき革命家の姿を!)
カノープスの一撃がアンサングを撃ち抜く。まだだ。まだ終わってはいない。最後の最後の最期まで、テルミドールは戦い抜く。
最後のORCAの行く末を、見届ける——!
『君なら……』
ストレイドのカノープスの弾が切れた。
そのままカノープスをパージ。アンサングの武装の弾数もそろそろ切れかけている。
しかし、アンサングが弾切れを起こすことはないだろう。
終幕が近い。
天啓めいた理解だった。
『君なら、人類に黄金の時代をもたらせるはずだ』
伝えることはすべて伝えられただろうか?
すこしでも、あのリンクスの助けになれただろうか?
薄れ行く意識の中、テルミドールが考えたのはそういうことだった。
『
もはや足さえ動かず、アンサングが完全に動きを止める。
それでもなお、テルミドールは戦うことをやめない。
これが最後の一撃になるだろう。
動かない足はむしろ好都合だった。
構えるようにしてレーザーバズーカを照準。ジェネレーターが過剰にエネルギーを供給し、銃身全体が赤い光を纏う。キャパシティをはるかにオーバーした熱量が銃身を溶かしていく。
けれども、その赤光はどこまでも凄絶に、壮絶に、そして美しく。
クラニアム全体を眩く照らす光。それはまるで、ORCAの英雄たちの魂がそこに集っているかのようだった。
——戦場を何よりも楽しみ、人類を救うための過酷な戦いに喜んで身を投げ出した男がいた。
——寡黙で冷徹で、しかしなによりもORCAと人類のためミッション遂行に全力を注いだ狩人がいた。
——特異な適性と才能を持ちながら、宇宙というものに純粋な憧れを抱く青年がいた。
——たかだか虫を己のペットとし、どこまでも愛することのできる変人の、けれど優しい男がいた。
——残り少ない己の生を、次世代のために燃やし尽くす覚悟を持った男がいた。
——その鬼謀を私欲のためではなく、自らさえをも捨て駒にしてまで人類の黄金の時代のために捧げた男がいた。
——友のために命さえ投げ捨てる、情に篤く気高い男がいた。
——常に目立つこともなく、けれど影のように付き添い、友から受け継いだ剣で正義を貫く男がいた。
——その思想ややり方こそ歪んではいたものの、それでも人類のことを真摯に考え、圧倒的なカリスマで武装集団を従えた男がいた。
——いつも冷静沈着でありながら、誰よりも仲間思いであり、誇り高い信念を貫く女がいた。
——その老練さによって、若き英雄たちを見守り、あるいは導き、あるいは寄り添い、次世代を見届けるべく命がけで戦った男がいた。
————そして今、ここに。
あらゆるすべてを恐れ、そのために革命を望み、それを起こすべく動いた男がいる。
臆病で、身勝手で、複雑で。
けれどそれでも、人類のために歩み続けた男がいる。
『カラードのリンクス』
自らと、英雄たちの魂を、今。
『すべてを君に託す』
輝かしい魂は赤色の光を虹色の極光へと変貌させた。クラニアム全体を照らすような輝きは、彼らの生き様と、これから訪れる人類の未来を象徴しているかのようですらある。
テルミドールはその輝きをストレイドに向けた。
これが最後の一撃になるだろう。
『人類の未来と、私たちの遺志を』
そしてテルミドールは、引き金を引いた。
世界すべてをあまねく照らす極光はレーザーの領域を超えた出力を誇りストレイドに迫る。
ストレイドは瞬時にムーンライトを展開。魂の閃光をブレードで受け止め——そして、吸収していく。テルミドールの言葉に応えるように。
ORCAの遺志を継いだムーンライトはその輝きをますます大きくする。唯一変わったのは、纏う光は紫ではなく虹の閃光であるということ。
ストレイドはそのままアンサングへ接近。
終止符を打つかのように、月光を振りかざした。
『……そうか。それが、君の答えか』
英霊の魂は、ストレイドと共にある。
それこそが答えだった。
とめどない感動がテルミドールの胸を満たす。
知らず、テルミドールは涙を流していた。
すべての感覚がなくなった肌を伝う涙の熱さだけは、よく、理解できた。
『礼を言う……』
今ここに、ひとりの革命家が穏やかな眠りにつき。
新たなる革命家が誕生する。
『ORCA——その称号は、君にこそふさわしい』
そうして、テルミドールの意識を優しい光が包み込んだ。
それは、神の祝福のように。
あるいは、優しい母の抱擁のように——。
◆
ストレイドがクラニアムの外に出ると、眩い太陽が東の方角から昇っているのがわかった。
その光をストレイドはぼんやりと浴びる。
『クローズプラン、第一段階終了か……』
これからクラニアムのエネルギーは衛星破壊砲・エーレンベルグへと送られる。そのエネルギーは、企業の罪の一切合切を清算するだろう——数多の犠牲を払って。
クラニアムを失い、高度を維持できなくなったクレイドルはこの汚れた大地に堕ちる。クレイドルに住む人々は、きっとこの汚染に耐えられない。尊い命は失われ、夥しい数の死者がこれから生まれるはずだ。
しかし、それでも。
『今や、お前だけがORCAだ』
やらねばならない。
それこそがテルミドールの、そしてORCAの遺志である。
最後のORCAとなったリンクスにできるのは、一刻も早く宇宙へと向かう術を見つけ出すことだ。そのための力は既にあり、そのための志は、かつての仲間たちから受け取っている。
恐れも不安もなかった。
自分は必ずや革命を遂げるだろう。
そして、人類に黄金の時代を——。
◇
激動の時代があった。
数多の英雄たちが命を落とし、無数の人々が犠牲となった惨たらしい時代があった。
そんな中で、唯一ひとりだけ生き残った人間がいた。
あらゆる英雄たちを下し、ひとりで革命を遂げた偉大なる人物がいた。
当世の人間はそれを殺戮者だと、テロリストだと呼ぶ。後世の歴史家は、それを汚名を被ってまで人類のために戦い抜いた真の英雄だと呼ぶ。
どちらが正しいのかはわからないし、あるいは、もしかすると両方ともが真実なのかもしれない。すべては闇の中だ。
しかし、たったひとつだけ言えることがある。
片目を失った機体を駆り、戦場を飛び交うその姿——。
その人間は、間違いなく全人類の中で最強だった。
力を備え、志を備え、そして自らの中に確固たる答えを備えたその人物は、いかなる苦難にも決してくじけることなく、ついに人類を救ってみせた。
様々な意味で、人類史上に名を残す人物であることに間違いはなかった。
その、偉大な革命家の名は——