川崎沙希の距離感   作:満福太郎

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10.川崎沙希の涙

ようやく10月中旬になるとひんやりとしてきた。

比企谷の携帯を見てしまってからあたしは距離を置いている。

振られた訳ではないのだけれど振られたかのような感じだ。

 

かおり「ねー?沙希最近元気なくない?」

 

沙希「別に。いつも通りだよ。」

 

かおり「嘘。比企谷とケンカでもした?」

 

沙希「ケンカだったらまだ良かったんだけど…。」

 

かおり「なに?」

 

沙希「なんでもない。」

 

由比ヶ浜の件、比企谷に確認したかった。

でも嘘をつかれた以上聞くことはできない。

二人は付き合っているんだろうか。

比企谷はどちらも振ったって話しだけどその後の話しはあたしは知らない。

もしかしたら由比ヶ浜と雪ノ下で話し合って由比ヶ浜と付き合うことになったのかもしれない。

もしそうなら比企谷もまんざらじゃないだろうな。

あたしから見ても由比ヶ浜は可愛いし良いヤツだと思う。

あたしなんかじゃ到底太刀打ちできない。

最近比企谷も留守が多くなっているから由比ヶ浜と会ったりしてるのだろう。

すごく寂しくて悲しい。

 

沙希「ねぇかおり。あたし今度比企谷に告白するよ。」

 

かおり「どしたの?クリスマスまだ先だけど。」

 

沙希「ちょっと振られそうな感じするからさ。どうせ振られるなら早い方がいいから。」

 

かおり「理由…。聞かない方がいいのかな?」

 

沙希「そうしてくれたら助かる。」

 

かおり「そっか。頑張りな。」ニコッ

 

沙希「うん。」

 

こんなことになって覚悟が決まった。

振られるとわかってても言わないと。

じゃないとあたしが前に進めなくなる。

言おう。比企谷にあたしの気持ち。

 

かおり(沙希が振られる?そんなことないと思うんだけど…。)

 

かおり(比企谷。あんた一体何してるのよ?)

 

 

~~~

 

沙希「今週遊びに行こうよ…っと。」

 

あたしは週末比企谷を水族館に誘った。

最後に楽しんでから振られよう。

あたしなりの答えだった。

行けたら行く。いつも通りの返信。

でも来なかった日はなかった。

今回もきっと来てくれる。

ごめんね由比ヶ浜。こんな泥棒みたいな真似して。

でもこれが最後だから。

 

 

~~~

 

沙希「へー。結構おっきいねぇ。」

 

八幡「なんだ来たことなかったのか?」

 

あたしたちは近場の水族館に足を運んでいた。

やっぱり文句は言いながらも比企谷は来てくれた。

 

沙希「何?比企谷は来たことあるの?」

 

八幡「え?まあな…。」

 

今の言い方は小町ちゃんとじゃないな。

 

沙希「ふーん?まぁいいや。行こっ!」

 

八幡「お、おい!待てって!」

 

くやしいなぁ。お互い初めてだったら良かったな。

ことあるごとに嫉妬してしまう自分が嫌いだ。

 

沙希「あ、見て比企谷!サメがいる!」

 

八幡「あーサメだな。ありゃサメだ。」

 

沙希「クジラもいるよ!?おっきいよ!」

 

八幡「おー。ありゃでかいな。」

 

沙希「……。」

 

八幡「どうした?」

 

沙希「いつものことだけどさ。もっと楽しそうに出来ない訳!?」

 

八幡「こ、声が大きいって!」

 

沙希「せっかく遊びにきたのにっ!」

 

八幡「お、俺はいつもこんなもんだろ!」

 

沙希「そんなに楽しくない?」

 

八幡「え?」

 

沙希「あたしと居るの。そんなに楽しくないかな。」

 

八幡「…そんなことはねぇけど。」

 

沙希「じゃあもっと楽しそうにしてよ。今日で最後だと思ってさ!」ニコッ

 

八幡「…川崎?」

 

沙希「ほら行くよ!」

 

 

~~~

 

八幡「ぶはー…。もう歩けん…。」

 

比企谷はそういうとベンチに腰掛ける。

 

沙希「まったく…。だらしないんだから。」

 

あたしは全然元気だ。

楽しくって楽しくってまだまだ見て回れそう。

 

八幡「ってかもう夕方じゃねぇか。どんだけ見て回ったんだよ…。」

 

夕日が海に向かって沈もうとしている。

オレンジに染まった景色がとてもきれいだ。

やっぱり楽しい時間って早いな。

そろそろ終わりにしようか。

 

沙希「ねぇ比企谷。聞いて欲しいことがあるんだけど。」

 

ベンチに座っている比企谷に声を掛ける。

あたしは夕日をバックに比企谷をジッと見つめる。

比企谷も何か感じとったのか顔が変わったのが分かった。

決していい顔ではない。困ったような顔をしたように見えた。

駄目だってことはわかってるけどその顔は傷付くなぁ。

比企谷は特に返事をするわけでもなくあたしを見ている。

 

沙希「あたしさ。比企谷と居るとすごく楽しい。」

 

沙希「高校の時からもっとこういう風に過ごすことができてたらって思う。」

 

沙希「なんとなく言いたいことわかってると思うけど。あたしに言われても困るかもだけどさ…。」

 

沙希「あたし比企谷のことが好…」

 

八幡「か、川崎!!」

 

沙希「ひゃいっ!?」ビクン

 

八幡「こ、これ。ちょっと早いけど。」

 

沙希「…何これ?」

 

八幡「もうすぐ誕生日だろ?俺の時も祝ってもらったから。」

 

沙希「あ、ありがと…。えっと…その…あたしの話しは…?」

 

八幡「あ。な、なんだったっけ?」

 

沙希「あ…。」

 

そうか。そういうことか。

 

沙希「ううん!なんでもない!プレゼントありがとね!」

 

八幡「た、たいしたものじゃないけどな。」

 

沙希「もらえたらなんでも嬉し…いからっ…。」グスッ

 

八幡「……。」

 

沙希「ホント…今日はごめんね…。楽し…かった…からっ…。」グスッ

 

沙希「忙し…ヒック…のに…ヒック、付き合せちゃって…ヒック…ホントにごめんねぇ…。」グスッ

 

八幡「…川崎。」

 

沙希「あ、あたしっ!用事あるから先に帰るねっ!」

 

八幡「お、おい!」

 

その後のことはよく覚えていない。

アパートには帰りづらかったから実家に帰った。

大志が心配してたっけ。

あたしは帰るなり布団に飛び込む。

 

沙希「振られたんだ…。」グスッ

 

振られることはわかっていた。

でも言わせてももらえないとは思わなかった。

振られることよりも伝えられなかったことがなにより辛い。

どうせ振られるならはっきり振って欲しかった。

 

沙希「こんなのってないよ…。」グスッ

 

失恋ってこんなに辛いんだ。

胸が張り裂けそう。涙が止まらない。

振られる前は比企谷にあんなにえらそうに言ってた自分が恥ずかしい。

比企谷と一緒だ。失敗するのが怖い。

こんな気持ちだったのか。

 

沙希「あ…。プレゼントもらったんだった。」

 

少し落ち着いたからなのかようやくプレゼントに手を伸ばす。

 

沙希「マフラー…。あったかい。」

 

とんでもなく嬉しい。はずなのに余計涙が溢れてくる。

きっと振った後で渡しにくかったんだろう。

だから遮ってまで先にこれを渡したんだ。

いや、比企谷のことだから告白されることを見越して準備してたのかもしれない。

小町ちゃん経由で大志に聞いたんだろな。

あたしと同じことしてる。

 

沙希「もう会いたくないな…。会うのが怖い。」

 

きっともう今まで通りの生活には戻れない。

あたしたちも今まで通りにはいられない。

意外とあっけなかったな。

 

沙希「あ、そうだ…。かおりに言わないと…。」

 

 

~~~

 

かおり「お、沙希からメール。やっぱりうまくいったんかな?」ニマニマ

 

沙希『バトンタッチ。次はかおりの番よ。』

 

かおり「…は?」

 

かおり「ちょ…ちょっと待ちなさいよ…。」

 

かおり「なんで?比企谷のやつ何考えて…。」

 

後から聞いたらかおりはあたしのメールの後比企谷の部屋に殴り込みに行ったらしい。

 

かおり「比企谷ー?いるんでしょー?」ドンドン

 

かおり「寒いから早くあけてってばー。」ドンドン

 

かおり「…。」ドンッ!

 

かおり「おい。いい加減にしろ。」ドンッ!

 

かおり「ちゃんとしろって言ったぞあたしは。適当なことしてきたんじゃないでしょうね?」ドンッ!

 

かおり「聞こえてんだろ比企谷!」ドンッ!

 

かおり「…。もういい。あんたのこと見損なった。それじゃ。」

 

八幡「……。」

 

 

~~~

 

沙希「これからどうしよう…。」

 

楽しい時間はもう終わり。

自分の中が一気に空っぽになっていくのが分かる。

 

あぁ。あたしの青春は終わったんだ。

 

つづく

 


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