という事で今回ついにあの子が登場します。ここまで長かったなあ……!
「アイスって、どれくらい冷たいんでしょうか。マスター」
「……え?」
「定番はやっぱりバニラ、ちょっと大人なビターチョコもいいですよね。あとはストロベリーや、抹茶といったバリエーションも豊富ですし。中にはラムレーズンなんて変わり種も」
「……いや」
「最近ではシングルよりもダブルで頼むのが一般的らしく、コーンも種類がワッフルやウエハースなど多岐にわたるとも。
しかし、食べ歩きならともかく持ち帰りなら、やはりカップが適当でしょう」
「……あの」
「ちょうどここに最近オープンしたアイス屋さんのチラシがありますが、なんと割引券付きになっていてですね? オープン記念でダブルが半額! 持ち帰りも可! しかも期限は今日まで!」
「……急に」
「これはもう行くしかありませんよ! 偶然にも今日はなのはさんたちとのお約束もありませんし、マスターは朝から暇だと嘆いていましたから、断る理由もありませんよね……!?」
何を言い出すんだうちのデバイスは。朝起きて「久しぶりに見たなセラフの人の姿……!」ってビックリしたけどまさかアイスが食べたいなんて言い出すとは……。
「冷凍庫にあるじゃん。この前買ったバニラのアイスが」
「ダメです! 私が! 食べたいのは! アイス屋さんのアイスなんです!
確かに、マスターと市販のアイスで「うわカチカチ」「なら私が手の温もりで柔らかくします!」「でもそれだとセラフがたべられないよ」「ならマスターが食べさせてください! あーん」的な感じのやり取りとか良いですけど! でもやっぱりアイス屋さんのアイス片手にお散歩したいんですぅ……!」
何今の一人芝居すごい。あとチラシをそんな大切そうにしなくても取ったりしないって。
……にしてもこっちのセラフはテンションが高い。
新鮮だ。普段のセラフと比べて動きがあるというか、いや普段もフワフワと浮いてたり瞬間移動したりと動きはあるけれど。そういったのとは違う感じ。いうなれば、
「水を得た魚状態……!」
「むしろ私の場合は体を得た魂状態ですが、まあいいでしょう。この際そんな事は部屋の片隅にでも置いて、今議論すべきなのは、――アイス屋さんに行くか行かないか。そのどちらかでしょう」
行かないという選択肢はないらしい。ま、別に俺としては午後の予定もないのでお出かけは全然オッケー。
セラフがその姿になってそこまで言うくらいなら、お昼ごはん食べた後にでも食後の運動を兼ねて買いに行こうか。なんか俺も食べたくなっちゃったし。
「マスターならそう言ってくれると確信していましたよ!」
「なら最初から素直に「アイス買いに行きましょう」って言えばよかったのに」
「一度こういった回りくどい言い方をしてみたかったんです。てへ」
あらそう。そりゃようございました。
~何味のアイスにしようかな~
まさかアイスを買うのに一時間半も並ぶ事になるとは思わなかった。
しかも今日は真夏日。どうやらこの暑さじゃ皆考える事は同じらしい。お店の外にまで続く行列を見た時は諦めて帰ろうかとも思ったけど、
「帰らなくて正解でしたね。もしあそこで帰っていたら今日の私は一日頬を膨らませるところでしたよ」
「それはそれで見てみたかった気もするなあ」
もう、とセラフが照れ隠しか、片手に持つアイスを一舐めする。
「でもマスターだって帰らなくて良かったと、そう思っているでしょう? 現に私よりテンション高かったように見えましたし」
「う、それは」
確かにセラフの言う通りですはい。
だって仕方ない。お好みのフレーバーにお好きなトッピングを、なんて売り文句見ちゃったら誰だってハイテンション。王道から脇道まで。己の欲求に正直に、あったらいいな、が現実になるんだよ?
「――超楽しかったです」
「だからといってチョコアイスのトッピングにチョコチップとチョコクッキーを選んで混ぜてもらうのは、流石にやり過ぎじゃあないでしょうか。しかも重ねでカフェモカ・チョコチップ添えなんて」
楽しみ過ぎでしょう、とセラフが笑った。
「それほどでもない」
チョコレート・チョコチップ・チョコクッキー、略してC.C.C.ってなんかめちゃ強そう。まるで虚数空間でも生み出しそうな、そんな気配が。
「そういうセラフだって抹茶にチーズケーキは楽しみ過ぎじゃない?」
もう一つのさくらフレーバーとチョコフレーバーの混ぜ合わせの方は大人しめだと思うけど。
「甘い羊羹には渋いお茶ともいいますいし、それと同じような感覚で頼んでみましたが、……これがまた意外といける組み合わせで、どうです? マスターも一口」
「……ほほう。これはまた」
抹茶の上品な風味に、時折顔を見せるチーズケーキの程よい甘さ。しかもこのチーズケーキ、下地がクッキーになっているお陰でなめらかさの中にちょうどいい食感がある。
……美味い。
今まで抹茶とかあまり食べてこなかったけどこれはハマりそう。新境地の開拓、あのお店には無限の可能性が秘められていると見つけたり……!
でも、
「流石に抹茶バニラに沢庵トッピングは無いと思う」
「――ですよね? マスターもそう思いましたよね!? あの男の人!」
やっぱセラフも気付いてたか。
「ええ。注文待ちの時、後ろに並んでいた方の沢庵トッピング大盛りで、なんて注文を聞いて〝正気ですかこの方……!?〟って内心驚愕していましたよ!
いくら何でもアレはちょっと、……匂い的に」
「店員さんもまさか沢庵を要求されるとは思ってもみなかったんだろうね。男の人も無いって言われても頑なに譲らなくて、アレ絶対人の話聞かないタイプなんじゃないかな。
挙句の果てには店員さんテンパってマンゴーの薄切りで誤魔化そうとしてたけど」
「それで若干頷きそうになっていたのがさらに驚きでしたが、結局気付いて沢庵ループしてましたよね。途中でアイス来たのでお店出ちゃいましたけどあの後どうなったんでしょう」
俺の予想としては困り果てたお店側がダッシュで沢庵買いに行ったんじゃないかな、と。
ともあれ、そんなこんな話しつつアイスを舐めながら帰る散歩道。その途中、馴染みのある公園の前を通りかかった時だ。
「あぶねえ!!」
そう叫んだ声が聞こえた。
直後、俺のC.C.C.が吹っ飛んだ。
「――――」
……一体何事で!?
「私のアイスが――!?」
セラフが膝から崩れ落ちたけど今は現状確認の方が先決。さっきの声は公園の方から聞こえたようで、
「おい大丈夫か? 怪我とかしてねーか!?」
見れば、赤毛の女の子が駆け寄ってくる。その後ろには、車椅子姿の女の子も見えて、
……わー。
まさかこのタイミングで、と思うけど、出会ってしまったんだからしょうがない。ま、遅かれ早かれって事でよしとしよう。今までと比べて割かし平和的だっただけマシだ。
とりあえず、
「う、うぅ。私のアイスが……。初めての、マスターとのアイスが……!!」
「……はあ。ほらセラフ立って、アイスならまた一緒に買いに来ればいいから。ね?」
~このままだと通行の邪魔になるから~
落ち込むセラフを赤毛っ子の協力もあって公園内のベンチへと移動させ、落ち着いた頃合いに茶髪ちゃんから事情を聞いた。
どうやら近所のおじいちゃんおばあちゃんにゲートボールを教わった赤毛っ子が、その腕前を見せようと思い切りスティックを振り切ったのが原因らしい。
打たれたボールは高速で一直線。道路の方へと飛んで、そこにちょうど俺とセラフが通りかかったようで、
「アイス舐めながら歩いてる方が悪いんだよな。男ならあれくらい避けろよ……!」
とか言われた。俺を何だと思ってるんだこの赤毛っ子は。
「アイスにC.C.C.とか名前を付けちゃう変なヤツ?」
茶髪ちゃんがほっぺをつねって叱ってくれなかったら手刀を落としてた。
そんな茶髪ちゃんが、あ、と声を上げ、訛りのきいた喋りで、
「そういえばまだ自己紹介してませんでした。わたし、八神はやてっていいます。こっちはヴィータ、親戚の子です」
「……よろしく」
少しムスッとした感じの赤毛っ子は、どうもほっぺをつつきたくなる。
……まるでお餅のよう。
俺も自己紹介しながら試しに、と手を伸ばしてみたら噛まれそうになった。犬か。
「あたしは犬じゃねぇ!」
「じゃあ猫?」
「猫でもねーよ! 動物扱いすんな……ッ!!」
どうしようからかうのがちょっと楽しくなってきた。
「このヤロー」
「なんだとこのヴィータちゃん」
「――ちゃん付けするなッ!!」
と、いきなり振り下ろされたゲートボールスティックが鼻先を通過。その一撃が地面にめり込んだのを見て、
……きゃ――。
からかうのはもうやめようとおもいました。
「ところで、えっと、……秋介くん? そっちの子は……?」
「ああ、こっちはセラ」
そこまで言って気が付いた。
……あれ? どうやって説明したらいいんだろう。
この状態のセラフを人に紹介する場合って、何て言えばよろしいの? ここはありきたりに姉か妹?
姉はないとして妹は、……見えなくもない? 同じ黒髪だし身長もなのはと同じくらいでちょっと低い。あ、双子っていえば姉でも通じるかも。二卵性なんとかってやつで。
それとも親戚か。それが一番可もなく不可もなくって感じはするけども、……むう。
そこまで考えた所でセラフから念話が来た。
『任せてください』
心配になるからそのキラキラした瞳はやめてもらえませんかね? とんでもない事を言いだしそうで怖い。
でもまあ、セラフが任せてというなら任せよう。
「私は乙女といいます。月乃 乙女。よろしくお願いします」
……普通だ……!
思い過ごしか、と安堵した瞬間。
「こちらの秋介くんとは母方の親戚関係で、――将来を共にすると誓い合った仲です!」
『よし、ちょっと聞いてもよろしいかな乙女? 秋介さん、唐突な乙女の告白に驚きを隠せないんだけど』
『もうっ。マスターったら早速その名前で呼んでくれるなんて、嬉しくて今日を記念日設定しちゃいましたよ! これから毎年この日は必ずこちらの姿になりますね……!』
『あーはいはい。それで? 月乃・乙女ってなに』
『せっかく人の姿になるんですから、それっぽい名前があった方がいいかなと思いまして。私、この姿だとバリバリ日本人設計ですから』
『なるほど』
じゃあその次。これが一番重要。
『将来を誓い合った間柄とか誤解を招くでしょうが!? 見てみ? お二人さん急な告白で頭捻っちゃったよ!?』
『嘘は言ってませんよ? 私はこの先ずっと貴方のお傍を離れたりしませんから』
『それはありがとう。でも、もう少し違う言い方をしてしかったなぁ……!』
仕方ありませんねえ、とセラフが笑みを作り、口元に人差し指を立て、
「冗談です。私たちは共に生活しているので、そういった意味で捉えていただければと」
「なんや楽しい子やなぁ。そっか、秋介くんも親戚と一緒なんか。わたしと一緒や」
「まあね。色々と騒がしくなる事も多いけど一人よか全然マシ。晩ごはんの献立考えたりとかどっちがお風呂の掃除をするかとか、……偶に不意を突かれて驚かされるけどね」
「はは。同じや」
そう言って八神ちゃんが、膝の上に乗せた古い本を撫でた。
「わたしの家もな? 今日の夕飯は何を食べようか考えたりテレビのチャンネル争いしたり、掃除当番をくじで決めたりしてなぁ。この前なんかヴィータがお布団干しとる時に」
「ほう」
「何でしょうか」
「ちょ、はやて! それは内緒だって言ったじゃん!」
慌てて止めに入ったヴィータをなだめる八神ちゃんの姿は、お姉ちゃんというよりも母親のように見えた。
……おかん。
「秋介くん、今わたしの事おかんや思うたやろ」
最近の女の子は鋭くていらっしゃる。
「それにしても。いやあほんまに、……本当に、毎日が騒がしくなったなー」
「……はやて」
そうや、と言って、八神ちゃんが両手の平を胸の前で合わせた。
「秋介くんと乙女ちゃんって本は読む? この後わたしら図書館に行こうかと思うとるんやけどよかったら一緒に行かへん?」
「図書館ですか」
「あそこなら涼しいし、冷たい飲み物もある。アイスのお詫びになるか分からんけどジュースくらい奢らせてーな」
それに、と前に置いて、
「なんやもうちょっと二人とお話したくなってもうて。……どうやろ?」
「私は別にいいですよー」
「俺も全然オッケー」
図書館に行くなら一石二鳥。ちょうど夏休みの宿題で読書感想文があるからね、それ用の本を何か探そう。
「それならわたしに手伝わせてもらえへん? 色々おススメがあるんよ」
「じゃあ頼りにさせてもらおうかな」
……あ。
そういえば俺、図書カード持ってなかったわー。
という訳でただ単に出会って、図書館に行くという何の変哲もない普通のお話。
次回は番外編。ちょっと視点を変えて書いてみようかと思います。