転生少年と月の目モドキ   作:琴介

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 今更どの面下げて、って感じですが、なんとか投稿することができました。
 いやはやもう四月も過ぎて連休ですが、自分の公言した期日を守れない作者にはそんなものはなくても当然というか。特に今年はこれといった予定もなかったので、ちょうどよかったな、と。

 そして書きに書いて当初の予定より二倍以上になった文字数、二万六千とちょっと。
 この作品での最多最長になってしまった……。何故だ。プロット段階では一万行くか行かないかくらいだったのに。

 まあ、それはそれとして。
 次回もまたお待たせしてしまうかもしれませんが、これからも投稿を続けていきます。
 どうか、今後ともよろしくお願いします。


第二十七話:口に出さなければ、やられなかったのに!

 はてさてこれはどうしたものかなー。

 現在、午前二時十五分。

 男の笑い声を聞いた瞬間に寝直したくなったけど我慢して、このままアレを放っておくのもダメなような気がするのでとりあえず起きる事にした。

 左右で寝ているクロノとユーノを起こさないように窓辺へと移動し、カーテンの隙間から外を覗く。

 月明りに照らされる髑髏の旗を掲げた船が、沖合の方から浜辺へ向かってゆっくりと進んでいるのが見えた。

 

「どう見ても海賊船だよね、アレ」

『どう見ても海賊船ですね、アレ』

「さっきの笑い声って昼間、士郎さんと恭也さんに連行された巨漢の声だったよね?」

『先ほどの笑い声は昼間に、お二人に連行された方の声でしたね』

「あの船から魔力を感じるって事は、つまりそういう事なの?」

『あの船から魔力を感じるのは、つまりそういう事でしょう』

 

 そういう事なのかぁ……、と思いつつ手元の小型空間モニターに視線を落とす。

 

「――――」

 

 空間モニターの中、甲板の上の映画に登場するような海賊の格好をした影たちが、歓声を上げながら船尾楼に立つ一人の巨漢を仰いだ。

 特徴的な黒い髭に、髪に交じった白い導火線。装飾のついたマントを翻し、腰に差した拳銃に手をかけながら巨漢は、

 

『ドゥーフフフwww!』

「やっぱ寝直していいかな。いいよね? ね? ――よし寝よう」

「ダメに決まっているだろう」

 

 と、不意に声が聞こえた。振り向くと、顔の横に小型モニターを置いたクロノが体を起こし、

 

「もしかして起こしちゃった?」

「いや、君に起こされてはいないよ。――なあアレックス」

『う、……すみません。クロノ執務官。でも仕方ないじゃないですか……。艦長はいくら呼びかけても応答がなくて、主任からは通信拒否ですよ? 夜更かしは美容の大敵だ、って。急ぎの要件なのに話も聞いてもらえなくて……』

 

 それでクロノに連絡したって事か。なるほど。

 

「リンディさん、寝る前に見かけた時プレシアさんや桃子さんとお酒飲んでたからなあ。多分、今頃部屋で熟睡中だと思う」

「だろうね。僕の方でも呼びかけてはみたけど反応がない。……まあ、あとでもう一度呼びかけてみるよ。とりあえず今は先に僕たちの方で様子見をしておこう。おい、起きろ、ユーノ。君にも手伝ってもらうからな」

 

 あれ今サラッと〝たち〟って言われたような……。ま、別にいいけど。どの道あの海賊たちをどうにかしなきゃだし。

 

「もしかしてクロノ、ちょっと不機嫌?」

 

 ユーノを起こすのに布団を引っぺがすとか、中々に手荒じゃない。座卓の足に頭ぶつかったけど大丈夫かな。

 

「そりゃこんな真夜中に起こされたら不機嫌にもなる。――久しぶりの休みくらいゆっくり寝たい」

「久しぶりの休みって、クロノは前回からどれくらいぶりの休みなのさ」

 

 聞くと、クロノは自分の鞄から待機状態のS2Uを取り出し、少し考えだした。指折り数えながら、思い出すように、

 

「……年明け以来、かな」

「…………」

 

 沈黙が流れる中で、ユーノが起き上がった。ほんのり赤くなったおでこをさすりながら部屋の中を見回し、首を傾げて寝ぼけ眼のまま、

 

「おはよう……?」

 

 ん、おはよう。

 

 

 ~いやこの場合はこんばんは……?~

 

 

「なるほど。つまりこういう事だね?

 

 秋介が目を覚ましたら海の方から妙な魔力を感じて、見てみたらあの海賊船があった。

 それと同時にアースラでも妙な反応を観測して、リンディさんやエイミィさんに連絡をしたけど応答がなかったからクロノに連絡が来た。

 その内容は、昼間にアースラで観測された妙な魔力反応のようなモノが海上に出現したので現場の確認に向かってほしい、とアレックスさんからで、それを手伝わせるために僕を起こした、と」

 

「そう、そんな感じ」

「ああ。それで概ね間違っていない」

「そっか、……うん。そっか。分かった。――それならもっと普通に起こしてくれたって良かったじゃないか! 座卓の足にぶつけるとか、夜中に起こされたからって僕に八つ当たりするなよ!」

「違う、八つ当たりじゃない。ちょっと夜中に起こされた事に腹が立ってぐっすりと寝ていた君の布団を引っぺがしただけだ。そうしたら君が自分で転がって行ったんじゃないか。――人のせいにするなよ」

 

 それを八つ当たりと言うんだ……! と、クロノに掴みかかろうとしたユーノを羽交い締めで抑える。

 落ち着いて、落ち着いてとりあえず深呼吸だユーノ。吸ってー吐いてー、吸ってー吐いてー。大きく吸ってー、吐いてー……。どう落ち着いた? ならよろしい。ここで騒ぐと気付かれる可能性があるからね。

 

「ごめん」

「……僕も少しやり過ぎた。すまない」

「謝るのは俺にじゃないでしょうが。まったく……」

 

 お互いに謝る二人から、足元へと目を向ける。

 夜の海を、海賊船がさっきと変わらない速度で進んでいた。

 ……一応セットアップはしたものの、気付かれて戦闘開始、なんて事は遠慮したいなあ。

 だって面倒だし。絶対にあの海賊しぶといと思う。どれくらいしぶといかって、そりゃ一匹見たら三十匹は居ると思え、なんて言われるアレくらいじゃないかな。その他イメージ・評価含め類似点も多いし。

 ……もういっそ今の内に宝具でドカンとやっちゃうのもアリかもしれない。

 例えば派手に〈金星神・火炎天主(サナト・クマラ)〉でビームとか〈羅刹を穿つ不滅(ブラフマーストラ)〉を投げつけてみたり、思いきって〈燔祭の火焔(サクリファイス)〉で焼き払うって手も――。

 

「……いや、ないな」

 

 流石にそれは最後の手段だ。船長さんとはちょっと話してみたくもあるし、まだあの海賊たちがこれから悪い事をすると決まった訳じゃないからね。といってもまあ、上陸して人に迷惑をかけるようなら話は別だけども。

 もし上陸して俺たちの泊まってる旅館に侵入しようものなら相応の対応をさせてもらう。

 女の人を探すのにもどの部屋に居るかを探すだろうし、それでなのはたちの部屋を覗かれる可能性がある。

 ……それは流石に看過できないよね。

 前に守る、って約束しちゃったし。ま、それが無くても絶対に覗かせはしないけど。

 

「それにしても夏とはいえ、夜の海風は少し冷えるなー……」

 

 様子を見るにしても別に旅館の部屋からでもモニター越しで十分だと思うんだけどなあ。わざわざ海賊船の近くまで来る必要ないでしょうに……。

 

『やっぱ俺たちに対する八つ当たりか……!』

『今の言葉、私だけじゃなくてクロノさんにも聞こえるようにしておきましたからね?』

 

 えっマジで? とクロノをチラ見する。が、特に変わった様子もなく、モニターでなにやらアレックスさんとやり取りをしていた。

 

『ふふん』

『この状況で仕掛けて来るとは流石だね、セラフ……!?』

 

 ともあれ現状、俺たちは海賊船を斜め下に見える位置で、

 

「やっぱりエイミィは応答なしか……」

『ええ。……どうやら完全に寝落ちしているようです』

「じゃあ次はリンディさん?」

「ダメだとは思うが、一応」

 

 と、アレックスさんとの通信を終えたクロノが、今度は別のモニターを手元に表示した。そこには『リンディ・ハラオウン:呼び出し中』と書かれている。

 ……お。

 少しして、画面が切り替わってあくびをするリンディさんが映り、

 

『はーいこちらお母さんです……。どうかしたの、クロノ? こんな時間に連絡なんかして来て』

「お休みのところ申し訳ありません。艦長。実はアレックスから急ぎの要件が――」

『あっ、分かった! 久しぶりに母さんと一緒に寝たくなったんでしょー? ――もうっ、クロノったら可愛いんだからー! ほらすぐに母さんの部屋にいらっしゃい、プレシアは寝ているから今の内が』

 

 強制的に通信を切ったクロノが頭を抱えて数秒。再びモニターを表示して、

 

「すみません、艦長。実はアレックスから急ぎの要件が――」

『ああぁああん。どうしましょうプレシア~……。私、クロノにきら、嫌われて、嫌われちゃった――!』

『やめ、ちょ、やめてリンディ。そんなに揺らさないで……!』

『最近忙しくてちゃんと話してなかったのがいけなかったの!? それとも一日のほとんどを上司と部下で過ごしているのがいけないの!? ――もしやこれが噂の反抗期!? そうなのね!? ついにうちのクロノにも反抗期が来ちゃったわレティ――!!』

 

 そこで見るのを止めた。そして、モニターを閉じたクロノが何事もなかったように、

 

「さて。既に僕たちは現場の確認を終えた訳だが、これからどうしようか」

「切り替えの早さが流石だねクロノ……!」

 

 これは明日の朝リンディさんにクロノがどう反応するかが楽しみになって来たよ……!

 

「やかましい秋介。それで? 君から見てあの海賊はどうなんだ」

「どうって、何が」

「だから本当に幽霊なのか、って話だ。僕たちの中で実際に幽霊を見た事があるのは君だけだからな。あの海賊たちから何か感じたりはしないか?」

「んー、どうだろ」

 

 魔力は感じるけど特別何か感じるって事はないかなあ。幽霊云々も俺が見た事あるのはアリシアだけから何とも言えないけど……。まあでも、しいて言うとしたら、

 

「あの海賊たちはこう、幽霊であって幽霊ではない存在。幽霊モドキ、……的な?」

「つまりどういうこと?」

「さあ」

『言った本人が首を捻ってどうするんですか』

 

 だって仕方ないじゃないですかー。俺としてもあの海賊たちをどう表現したらいいか悩むんだもの。魔力感じる幽霊とかそれもうどこの英霊だよ、って話になるわけで。

 

「英霊……。なるほど。つまり彼らはこの世界で過去に名を遺した人物と言う事か。

なら話は早い。アレックス。あの海賊たち及びあの船と一致、または類似する資料を探してくれ。ああ、この世界のものからだ。至急頼む」

 

 え、なに。何でクロノってばあっさり納得しちゃってんの? しかもまるで慣れているかのように対応が速い……。もしかしてこういう事って次元世界じゃ結構起きてたり?

 

「向うにも似たような話はいくつかあるからね。聞いた話だけど、どこかのかつて文明があった世界の遺跡には、その時代に名をはせた人が幽霊になって現れるらしい。僕の一族でも、何人かは見た事あるって」

「ほう。それはちょっと気になるね」

 

 次元世界の英霊たちか……。うん、一回でいいから会ってみたいかも。

 

「……どういうことだ?」

 

 と、アレックスさんから送られてきたらしい資料を表示したモニターを見て、クロノが首を傾げた。下の海賊船と見比べ、再び首を傾げて、

 

「なんだかイメージと違わないか? あの男……」

 

 そこに気付いちゃったかー。だよねえ。俺だって初めて見た時は目を疑ったもん。だって、

 

『うーん、デュフ、デュフフフにゅふふへへへジュルリ……。ハッ、拙者とキャッキャウフフして遊んでいた水着美少女たちは何処に!? なに夢!? そんな現実は無かった!? ぐぬぬ、それもこれも全部あの昼間の二人組の所為……! ――いよぅし野郎ども! 上陸したらついでにあの二人も探し出して寝込みを襲うぞ!  はあ? 正面から行かない理由? ――だって怖いジャン!』

「小さいなあ、あの大海賊!」

 

 悪名高いくせに蓋を開けたらあの性格とか予想外にも程があるよね……!

 

「というか今、聞き捨てならない事言ってなかったか?」

「昼間の二人を襲うって、それってもしかしなくても士郎さんや恭也さんの事だよね」

「じゃあなにか。あの海賊たちは俺たちの泊まってる旅館に間違いなく行くと」

 

 つまり、

 

「――皆の危険が危ない!」

 

 

 ~つい口から出ちゃったんだよ……!~

 

 

 とりあえず牽制として海賊船に砲撃をぶち込む事にした。

 魔道杖Ver.セラフを、速度を上げた海賊船へと構える。魔力を通し、収束したのを確認。クロノと、封時結界を展開し終えたユーノの頷きを見て、

 

「それじゃあちょっと邪魔させてもらいましょうか……!」

 

 船首横の海面を狙ってディバインバスター並みの砲撃をぶち込んだ。

 飛沫が上がり、傾き揺れる甲板の上で何が起こったか分からず慌てる海賊たちめがけ六発、八発と続けざまにシューターを撃ち込む。

 直撃した数人が倒れ、光となって消えるのを見た。

 ……弱っ!

 

『まさか軽く気絶する程度の威力で消えるとは思わなかったごめんなさい……!』

『言ってる場合か!』

『でも幽霊だから気にしなくても大丈夫なんじゃないかな!』

 

 同時にクロノとユーノが動いた。

 クロノは一気に甲板へと降り、混乱する海賊たちをバインドで拘束して制圧。ユーノは船内に逃げ込もうとした海賊たちをチェーンバインドで引っ張り集め、メインマストに縛りつけた。

 急いで俺も二人に合流して、海に飛び込もうとする海賊たちの足を直前でバインド。何人かがつんのめって舷に顔から激突しちゃったけど、まあ、そこは見なかったという事で。

 

「よし。これで甲板は制圧完了だな。あとは船内の、……まて。ユーノ、秋介。あの船長らしき男は何処だ」

「いや、僕は見てないけど……」

「俺も」

 

 まさかさっきの一瞬で船内に逃げ込んだ? それとも海に飛び込んだとか……。

 

『そこにいるじゃないですか。たった今マスターが拘束した中に』

 

 え? とセラフの言葉を聞いて倒れる海賊たちの方を見ると、

 

「ふぬおおお……! 角が、舷の角が顔にめり込んだぁ! 拙者の鼻折れたりしてないよね!? うあ超鼻痛い、――って、背中も痛ってぇ! 何でござるかこの突起物で刺されたような感触は!? 釘か! 一体誰がこんな所に釘を落としたぁー!」

 

 気絶している海賊たちの中、一人の巨漢が悶えていた。

 ……うわっ、全然気が付かなかった。

 つーかメチャクチャ元気じゃないですかあの船長。よく見たら足のバインド解けてるし。んー、さっきのシューターを踏まえて弱めにやったのがダメだったか。

 

『秋介、頼んだ』

『俺かよ。こういうのは普通、執務官の仕事でしょうが。ほら、クロノ頑張って』

『そうだよ。いくら相手がちょっとアレで苦手なタイプだとしても職務放棄はダメだ。――お母さんが部屋で待っているんだろ? なら、早く終わらせて戻って一緒に寝てあげなよ』

『なんだ仕返しか? ユーノ、それは僕に対する起こされた事に対しての仕返しなのか!?』

 

 さあどうだろうね、とクロノとユーノが夜中の変なテンションのせいで取っ組み合いの喧嘩を始めちゃいそうなので、しょうがない、俺が代わりに声かけるかなー。

 

「あのー、すみません。ちょっとそこの、……船長さん?」

「ああ? 拙者今、釘落としたままにした犯人探すのに忙しいんであとにしてもらえ、……ンン? あれ子供? どうして拙者の船に小学校中学年くらいの子供がいるの? 後ろにも同じくらいの少年二人が、なんで?」

 

 えぇ、何で見ただけで俺の学年分かっちゃうんですかこの船長。あと一応、後ろの二人の内一人は高学年か中学生くらいだからそこんとこよろしく。見た目で判断しちゃあダメだよ。

 

「ほほう。いわゆる背が低くて子供扱いされるけど実は年上で本当は凄い能力の持ち主だった、的なキャラというワケですな?」

 

 大体そんな感じだから恐ろしい。どうして初見で見抜けるのかなー……。

 

「ンフッフッフ。それはモチのロン、拙者の「直感」or「心眼(真)」の賜物だゾ!」

 

 あんたにそんなスキル無いでしょうが。嘘言うと、――焼くよ? こう、龍型の炎で。それとも鐘楼に閉じ込めて脱出できない危機一髪なんて方法も……。

 

「それは洒落にならない気がするので本当にヤメテください」

 

 よし。効果は抜群っぽいからいざという時はこの船ごと焼いてしまおう。それより、

 

「ねえ、船長さん。さっきチラッと聞こえたんだけど、上陸したら人を襲うって本当?」

「イエス、イグザクトリー! あの二人の所為で拙者の『水着美少女たちと夏の海をキャッキャウフフ作戦』が台無しになって、さらには簀巻きにされて海に沈められる始末。拙者が超海賊じゃなかったら即死だった……!」

 

 超ってなんだよ超って。それ絶対海賊とか関係ないよね? というか船長、連行されてからそんな目に遭ってたのか……。

 

「それなのにまたあの二人の所に行くって、……昼間の二の舞になるだけじゃん」

「そんな事ないしー! 昼間のあれはまだ本気じゃなかっただけですー。拙者が本気を出せばあんな男の一人や二人、チョチョイのチョイと朝飯前でサメの餌だし? 明日から本気出す的なあれですぞぅ……!」

 

 あー、もう日付変わったから本気出したって事か。はた迷惑な有言実行だね。

 

「いやあ、それ程でもないでござる」

「誰も褒めてないって」

 

 ともあれ、

 

「とりあえず暴れないようにバインド。あ、動くと締め付け強くなるから大人しくしてね」

「は? ――って何でござるこの光の輪っかは!? まさかそういうプレイなの? そうなの!? 拙者どっちもイケる口だけど、どうせ縛られるなら昼間見た美少女たちの方がよかったなぁ! あっ、この輪っかが食い込んで来る感覚新しいぃ……!」

 

 一人賑やかなあの船長は沈めてしまおうかと本気で思えて来る。といかもう沈めてしまってもいいんじゃないかな。そうすれば上陸もされないし万事解決なんじゃ……? 

 

『しかしまあ、なのはたちを連れて来なくて本当に良かったよね』

『なんで?』

『ほらさ、なのはたちってセットアップするじゃん? で、空飛んだり魔法使ったりする』

『別にそれは彼女たちだけじゃないだろう。僕たちだって同じだ』

『いやいやいや。クロノは分かってないなー。ねえ、セラフさん?』

『ええ。なのはさんたちのような少女が変身して戦う、そこが肝心なんですよ』

『つまり……?』

『つまりは簡単。――なのはたちが魔法少女だから』

『……は?』

 

 ああ、うん。だよね。分かる分かる。クロノとユーノの頭に「?」って浮かんでるのが見なくても分かる。

 ……俺も初めて見た時はテンション上がったからなあ。

 船長が本物の魔法少女を目の前にしたら一体何をしでかすか、……想像に難くないね。まあ、出会い頭に奇声を上げて失神、なんてこともありうるけども。

 ……合わせないに越したことはないよね。

 怪談として聞く分にはいいんだけど実際見るとなるとなあ。想像とだいぶ違うというかなんというか、下手したらトラウマものだからね。あの船長。

 せっかくの楽しい夏休みの旅行なんだ。嫌な思い出を残すのだけは遠慮したい。

 

「……あ、そういえば」

 

 もし本当に船長が晩ごはんの時に聞いた「女を攫う、探す幽霊」だとしたら一体誰を探しに来てたんだろう。

 といっても大体の予想というか十中八九確実にあの人だよね、っていう人には心当たりがある。けど、一応の確認をしておこうかな。もしかしたら、ってこともあるからね! 

 

「ね、船長さん。ちょっと聞きたいんだけど――」

『マスター――ッ!!』

 

 と、真相を知るべく、船長の方に向き直した瞬間。前から衝撃が来た。

 

 

 ~――ッ!?~

 

 

「っ……!?」

「秋介!?」

 

 クロノがデバイスを構え、ユーノが心配そうに走って来る光景が逆さまに見える。

 ……痛ったぁ……!

 え、なに、なにが起きたの? 何でいきなり世界が逆さまになってんの? 一体全体どゆこと……!?

 

「大丈夫!? どこか怪我とかしてない!?」

『怪我はありませんが、頭を強く打ったのでたんこぶができた程度でしょうか』

「そう……。よかった」

 

 よくない、よくないって! 俺の事なのに何でユーノの質問にセラフが返すんですかね!?

 

『だってマスター、現状を飲み込めていないじゃないですか。自分が今どうなっているか分かります?』

 

 え? と首を動かして周りを見てみる。

 逆さまな光景の中、前にいつの間にかバインドから抜け出した船長と対峙するクロノがいた。左にはこちらを覗き込むユーノのホッとした顔。下には綺麗な星空。おお、満月。なんだか得したね……! 

 じゃなくて、

 

「……もしかして俺、逆さまになってる?」

『見事に蹴り飛ばされましたからねえ。こう、綺麗に三回転ほどして舷に頭から激突して。もう一瞬シールドを張るのが遅れたらマスターの顔面にクリーンヒットしていましたね』

「そりゃどうも、セラフ」

 

 あと俺が蹴り飛ばされた映像は再生しなくていいから。そのモニター消しなさい。

 それにしてもいきなり蹴り飛ばすとは酷いな船長。てか、どうやってバインドから抜け出したのか……。まあいいや。とりあえず起き上がろう。

 

「よ、っと。……ふう。で、そこの船長。いきなり何すんの」

「むむむ。まさか割と本気で蹴り飛ばしたのに無傷とは拙者ちょっとショック。だけどめげない! 上陸して美少女たちの寝顔を見るまでは……!」

 

 なんか目的変わってない? さっきまで仕返しに夜襲だ、とか言ってたのに。

 

「ンー? だって少年たちはあの二人の身内でしょ? てことはあの水着美少女たちの身内でもあるワケで。――キミたちを人質にでも取った方が、拙者の目的としては色々と好都合だって気付いちゃったんだよね」

 

 と、船長が指を鳴らした。すると船内から海賊たちが現れ、

 

「さあ野郎ども。さっさとその少年クンたちをとっ捕まえて上陸するでござるよ……! あ、その辺のお前らはそこいらの縛られてるやつらを起こしてね。もし起きないなら海に落としてよし」

 

 完全に囲まれた。

 それぞれ剣や短剣、斧といった武装をしてこちらとの距離を徐々に詰めて来る。

 ……しまったクロノと分断された……!

 

『うわー、これもう完全に戦闘開始する流れじゃないですかー。どうそっち、一人で相手できそう? クロノ』

『ざっと見て約四十か。それに加えてこの男、……難しいな。

まったく、これだからああいうタイプは苦手なんだ。ふざけているようで隙を見せない、中々どうして実力が読みにくい』

『あらそう。じゃあちょっとの間よろしく。こっちも急いで周りをなんとかして合流するから』

『よろしく、って。君は話を聞いていたのか? ……ったく』

『というか、別に僕たち一々周りを相手しなくても飛んでクロノのところに行けばいいんじゃない? それかさっきみたいに砲撃するなりして強行突破って手もある』

『……あっ』

 

 というわけでそうすることにした。まさか、と目線を贈って来たクロノに頷きで返す。

 ジリジリと近づいて来る海賊たちを前に、セラフを構え、

 

「はい、バスター――ッ!!」

「いきなりだな、君は……!」

「へ?」

 

 一直線上。船長と正面から対峙するクロノの背中めがけて砲撃をぶち込んだ。

 射線上の海賊たちもまとめて光に変えながら迫った砲撃を、クロノが甲板を蹴り、宙へと身を回して躱した。

 間の抜けた声を上げた船長に直撃する。それと同時に、ユーノがチェーンバインドを飛ばして周りの海賊たちの動きを止め、

 

「スティンガー、スナイプショットッ!!」

 

 クロノが空中で魔力光弾をばら撒いた。

 弾幕の中、直撃した海賊たちが光となって消えて行くが、

 ……増えた……!

 すぐに船内から新しい海賊たちが現れる。そして、それを見たクロノが俺に向かって叫んだ。

 

「――そっち、一人で相手できるか? 秋介」

 

 言い返された……! と思ったが、残念。こっちにはユーノが居るから一人じゃなくて二人――。

 

「ごめん! こっちに来る海賊を縛るので手一杯! 一人で頑張って……! あ、こらそこ。せっかく縛ったんだから解くなよ……!」

「ふ」

『大変そうですね』

「本当にね……!」

 

 とりあえずユーノの援護として仲間のバインドを解こうとする海賊にシューターをお見舞いしておく。

 クロノから俺に標的を変えた海賊が二人、三人。切りかかって来たのを躱しながら杖Ver.セラフを指で回し、

 

「セラフ、光剣モード!」

『はい!』

 

 杖から剣の柄へと形を変えたセラフに魔力を流す。形作られた月白の刃を、武器を振り切ってよろめく海賊たちの背中へ横に薙ぐようにして叩きつける。

 ……おお?

 何か軽いぞこの海賊たち。まるで風船を叩いたような、そんな変な感じ。

 

「ま、これはこれで嫌な気分にならなくていいけど――」

 

 流石に人を真っ二つにする感覚は味わいたくない。肉を切るのは料理の時で十分だからね!

 

「……っと。はい、次!」

 

 構え直すと同時に背後から影が落ちた。光剣を跳ね上げながら振り返る。振り下ろされていた斧を弾き、そのまま返す刀で叩き切った。

 

『左右!』

「っ――」

 

 その場でバックジャンプ。空中で体を捻って見た先、さっきまで立っていた場所に剣が交差した。周りにスフィアを展開。躱した俺を探す二人に狙いをつけ、

 

「フォトンランサーッ!」

 

 射出した魔力弾が海賊たちを射抜く。

 右足からの着地で甲板を捉え、体を回す動きで光剣を横に滑らせる。

 五人。まとめて光へと消える海賊の向うに、近接戦へとシフトしたクロノを見つけた。鍔せり合うその背後、切りかかろうとする海賊めがけてフォトンランサーを投射する。あ、シューターにしておけば誘導利くからついでに他もやれたのにしまった……!

 

『そんなこと気にしている場合ですか! ほら左、次が来ますよ!』

 

 飛びかかって来た海賊の腹にカウンターとして思いっきり光剣を叩きこむ。

 

『次は右です! 左、前! そのまま後ろに三歩、しゃがんで躱して下から切り上げる……! あ、十時の方向、ユーノさんがピンチです! はい、シューター!』

 

 告げられる敵の位置に合わせて光剣を振るう。

 右へ払い、左へ返す。前に刃を滑らせ、バックステップで下がって体を落とす。相手の一撃が頭上を通過したのを確認し、光剣を下段に構えて一気に振り上げる。

 最後、シューターを放とうとして、

 

「フッフッフ。ハッハッハ、ハーハハハハハデューフフフwww!!」

 

 と、頭上から聞き覚えのある笑い声が聞こえた。

 一瞬の静寂。俺だけじゃなくて縛り上げた海賊たちを山のように積み上げていたユーノや、スティンガーを近接戦の片手間に叩き込んでいたクロノ、襲いかかるタイミングを計っていた他の海賊たちも顔を上げた。

 

「うわぁ」

「まさか」

「あれは……」

 

 メインマストの上。月の逆光で陰になって顔は良く見えないけど間違いない。

 ……何してんだあの人……!

 さっき砲撃を直撃させてからまったく見かけなかった元凶。一体いつの間にあんな所に上ったのか、装飾のついたマントを翻しながら、影は、

 

「とうっ」

 

 着地に失敗して足をくじいたらしい。数秒。心配そうに集まる部下たちを手で制して、うずくまった状態からおもむろに立ち上がった。少し涙目になった顔で、何事もなかったかのように、

 

「――フッ。そう、拙者でござる。世界に轟く悪名高い子供好き超海賊、答えて上げよう拙者の名は黒ひげぶばはっ!?」

 

 爆発した。

 

 

 ~……今のってスティンガー?~

 

 

「ちょっとちょっと! そこのキミィ! 人がせっかく名乗りを上げてんのに攻撃して来るとか、一体何を考えてますの!? 登場シーンとか変身シーンは攻撃しちゃダメって暗黙のルールがあるでしょうが……!」

「生憎と、僕はこの世界の人間じゃあない。だからそんなこと言われても知らないな」

「ぐぬぬぬ。まさかここで異世界人設定が出て来るとは予想外……! というか、え、異世界ってホントにあるの? マジで? じゃあ拙者が転生なり転移してハーレム築いちゃったりする可能性が微レ存!? いいな、いいな。行きたいなー。拙者、異世界チョー行きたいなあぁぁ……!」

 

 クロノがまた船長にスティンガーをぶち込んだ。が、特に船長は堪えた様子もなく、

 

「顔! さっきから顔ばっか狙ってきて何なの! 拙者の顔に何か恨みでも!? ――あ、分かった。少年、もしかして嫉妬? 嫉妬なの? 拙者のイケメンフェイスに嫉妬しちゃったの? んー、これはついに拙者にも魅了系スキルの追加が……!?」

 

 ないって。絶対。いや、万が一、億が一あったとしても「表明される思い(殺意)」とかになるんじゃないかな。主に女性陣から向けられる的な意味で。知らんけど。

 ……それにしても何か、船長さん頑丈過ぎません?

 今のスティンガーもそうだし、さっきだって俺の砲撃が直撃したのに効いてない感ある。そんな「対魔力」高かったっけ。単に頑丈なだけだよね? 向うが船乗りで俺たちが魔導師だから、なんて感じのクラス相性的なものではないよね……? そうでないと信じたい。

 

「……む、キミたち魔術師じゃないの? 魔導師? 何ソレ」

「簡単に説明すると、……魔法が使える人、かな。魔法使いとか」

 

 だよね? と心配になってクロノとユーノをチラ見する。二人そろって『まあ、大体そんな感じ』といった具合の頷きを貰って一安心。そして、

 

「……え? じゃあまさかとは思ってたけどやっぱりキミたちはリアル魔法少年なの? てことはつまり? ――少年たちの身内であるあの美少女たちの中に本物の魔法少女が居るといことですな!?」

 

 うわ、バレた。

 

「ふぬおぉおおお! 拙者滾って来ましたぞ――ッ! これは! 絶対! 生で! 何としても間近でお目にかかりたい脳内フィルターに保存したぁ――いッ!! 同士諸君集合!!」

『ちょ、ちょっと秋介!? 何か海賊たちがスクラム組み出したんだけど一体何したの!?』

『俺は何もしてない、してないよ――う!』

 

 向うが勝手に自己解釈からのまさかの正解にたどり着いたせいですー。俺は悪くなーい――! 

 

『今の言葉、なのはやフェイトの前で同じ事が言えるか?』

『言えません!』 

『マスター……』

 

 さあお二人さん! セラフがうっかりなのはたちの前で映像再生しないためにも急いで終わらせよう……!!

 

『おや、いくら何でも私はそんなうっかりしませんって。――やるなら故意です』

『いやあ――』

『この状況でも相変わらずだよね』

『デバイスとそこまで仲が良いのは君くらいだろうな……』

『それほどでも』

『ないです』

 

 と、言っている間に船長が動いた。

 スクラムの組まれた向う。しゃがみ込んでコソコソと何やら周りと話していた船長が、立ち上がり、数人の海賊たちを連れて舷へと移動。そこに足をかけて、

 

「いざ行かん。桃源郷……!」

「却下――ッ!!」

 

 海に飛び込もうとした船長めがけてチェーンバインドを飛ばす。捕らえた感触を手に受け、容赦する理由もないので一気に引き寄せる。

 勢いよく飛んで来る船長を横に一歩ずれて見送り、直後、樽の山が崩れるが響いた。

 

「こ、ここは拙者に任せて、お前たちは先に行け……!!」

 

 ここぞとばかりに恰好つけに来る船長のそういうところは流石だと思う。けど、

 ……海を泳いで上陸しようとは考えたね!?

 それをそう易々と見過ごすわけにはいかない。ずぶ濡れの海賊の格好をした連中がこぞって旅館に向かうとかどんなホラー映画だよ。いや時期的には怪談? まあどっちも似たようなものだからこの際いいとして、

 

「まったく――」

 

 こんなことなら最初に宝具でドカンとやっておけばよかった。話してみたいなー、なんて思った俺のバカ。

 

『そういう反省は家に帰ってからでも間に合います。今は目の前の飛び込もうとしている彼らを』

『あいよ……!』

 

 船長の言葉通り、続々と海に飛び込んでいく海賊たちへ照準。スフィアを広げて射出――。

 

「――ちょえ!?」

 

 出来なかった。

 後ろから、いきなり腕を引っ張られた。違う。よく見ると引っ張られたのは掴んでいたチェーンバインドで、

 

「ッ……!?」

 

 打撃された。

 船長の拳だ。当たる直前にシールドを張って防御する。が、そのまま下に叩きつけられ、

 ……また後頭部が……!

 体を横に回して振り下ろされる足を回避。チェーンバインドを砕いて距離を取る。

 魔法陣を展開、狙いは腰に差した銃に伸びる船長の右腕だ。

 

「フォトンバレット……ッ!」

 

 魔力弾ならともかくとして、飛んで来る実弾を避けるのはまだやったことがない。ぶっつけ本番で試してみるのもアリといえばアリだけど、

 ……睡魔が夜中のテンションという名の壁の向うでスタンバってる……!

 ついに俺にも来た。一か八かのチャレンジをする気には流石になれないね、一歩間違えば睡魔に襲われるどころか通り過ぎて死に神を連れて戻ってきかねない状況だし。あと当たったらかなり痛いらしいから嫌だ。

 

『最後が本音ですよね』

 

 なにを当り前なことを。誰だって痛いのは嫌でしょうが。

 

「え? 我々の業界ではご褒美ですぞ!?」

「知るか――ッ!」

 

 刃を下に、前傾から一気に船長の懐へと飛び込む。魔力弾が弾いた右腕側から、首筋を狙って光剣を跳ね上げ、

 

「――キヤアァァァア! いきなり首飛ばしに来るとかデンジャー!?」

 

 船長が、体を大きく反らしたことで空を切った。しかしそのまま返す刀で斬撃を叩きこむ。

迎撃が来た。

 打撃。振り下ろす光剣の腹を横に打たれ、カウンターとしての拳が飛んで来た。体を強引に右へ倒してそれを回避。一瞬よろめいたけど気にせず、そのまま位置を回して船長の背後を取る。

 再度斬撃を叩きこもうとして、

 

「っ……!」

 

 視界の端に、こちらに向けて何かを構える海賊が映った。アンティークショップにでも置いてあるような、棒状のものを持つあれは、

 ……狙撃手……!

 三つの銃口が、こっちを狙っていた。攻撃をキャンセル、急いでその場を飛び退く。すると銃声が響いて、

 

「拙者のお尻にフレンドリーファイア――!?」

 

 跳ね回りだした船長をよそに、手近に転がっていた樽を壁にして隠れる。

 ……危ねぇ――!?

 もう一歩遅れたら直撃だった。よくあんな古いので正確に狙ってくるなー。昔の銃はそこまで命中率が高くないってテレビで見たのに……。

 

『それにしても実弾避け成功しましたよ! これは帰ったらお赤飯ですね!?』

『まさかの出来事に自分が一番ビックリしてる……!』

 

 夜中のテンションがプラスに働いてくれてよかった、次は成功する気がしないね。ともあれ、

 ……このまま海に飛び込んだ連中を放置しておくのはまずい。

 でもだからといって今動くと、間違いなく鉛玉が飛んでくるだろうし。なら、

 

『クロノ、ユーノ! 海に飛び込んだ連中頼んでも!?』

『すまないが無理だ! こいつら、新しく船内から現れたと思ったらさっきより手強い。少しの間その男を頼めるか、片づけ次第向かう……!』

『ごめんこっちも! いくら縛っても次から次へと湧いて来る、きりがない! ……あ、おい! 誰だ、今僕のことを金髪美少女って言ったの! 僕は男だ……!』

『――ああ、オスだな』

『おいコラ!』

『ホントは余裕だろクロノ……!』

 

 まさか、という返答を聞いて覗くと、囲まれているクロノがいた。クロノは向かってくる海賊をいなし、魔法陣を展開して、

 

「デュフッフッフ。今この場に残っているのはかつて拙者と共に幾度もの戦場(パイケット)を戦い抜いた戦士たち。そうそう簡単にやられるワケナッシング――」

 

 と、船長が上から覗き込んできた。顎に手を当て自慢げに語るその姿の背景で、

 

「スティンガーブレイド」

「うそ――ン!?」

 

 放たれた魔力刃が海賊たちをあっけなく光に変えた。その光景を見た船長が膝から崩れ落ちたけど、まあ、気にしないでおこう。

 

「……あ、やっぱ余裕だったなクロノ!」

「そんな訳ないだろ、湧いてくるこいつらを相手するのに手一杯だ! まったく、……一体どれだけこの船には乗っているんだ……!」

「ちなみにどんくらい?」

「ンー、二百五十くらいカナ?」

「だって」

「君の方が余裕じゃないか……!!」

「あ」

 

 飛んできた魔力刃が、ちょうど立ち上がろうとした船長の頭に突き刺さった。やるうクロノ。

 

「だがしかぁし、今の拙者にこんな攻撃は効か――ぬ!」

「でも刺さったまま、頭にスティンガー刺さったままだから……!」

「え? ……ギャ――ッ!! ち、血が! 頭から血がぁ、――出てなぁい!」

 

 出てないのかよ。

 ……ああ、非殺傷設定。

 あれってこういうよくわからん存在にも適用されるのか。意外。だけど残念だね、今の一撃が適用されてなかったら終わりだったのに。もう……。

 

「――――」

 

 顔の横を魔力刃が高速で掠めた。二、三本の髪が宙を舞い、

 ……夜中起こされてちょっと不機嫌なの忘れてた……!

 

『すまない。今君の背後に襲いかかろうとしているヤツがいたんだが、……手元が狂ってついうっかり非殺傷設定を解除してしまった。まあ、当たらなかったから気にするな。な? ――じゃあその男は任せたぞ!』

『うっわ、こっちに船長丸投げされた……!』

『というか敵多いよ! いつまでもここで足止めされてたら皆が!』

 

 言われなくても分かってるよユーノ! だけどその前に、

 

「ンデュフフフ。ああ、リアルの魔法少女ってどんな感じで変身するのかなー。日曜日の朝系か、平日の夕方系か。それとも深夜系の〝裸になっちゃう……!〟なちょっとえっちぃ系か。ンー、どっちも捨てがたいですなあ……!」

 

 とりあえず斬撃を叩き込んでも罰は当たるまい。

 

「なんのこれしきぃ!」

 

 振り下ろした光剣は、挟んで止めようとした船長の手をすり抜け頭に落ちた。

 ……白刃取りに失敗したね!?

 そのまま両断、とはいかず刃は止まった。

 どんな石頭、と一瞬思ったけど、非殺傷設定が適用したままだったのに気付いて、あとでクロノに謝ろうと超反省。すると何故か真顔になった船長と目が合い、

 

「――変身シーンをLECしてもいいですか!?」

「いいわけあるか――ッ!!」

 

 魔法陣を足元に展開。甲板から伸ばすようにランサーを発射する。

 それを船長が後ろに飛び退いて回避した。その先にバインドを置き、発動したのを確認。

 セラフを、光剣から魔導杖Ver.に戻す。甲板を蹴り、船長との距離を一気に詰め、

 

「ブレイクインパレスッ!」

 

 先端を接触させて数瞬、衝撃波を撃ちこむ。

 ……入った!

 直撃。大きくよろめいた船長に、追撃としてバスターに繋げようと構え直して、

 

「なんちゃって」

「っ……!?」

 

 船長が、体を大きく捻ってマントを翻した。

 視界が遮られる。構わず砲撃した。

 ……手応えなし!

 

『下です、マスターッ!』

 

 避けられた、と思うや否やセラフが叫んだ。

 落ちるマントの先、しゃがんだ姿勢の船長からアッパーが飛んで来る。

 それを杖の持ち手で防御。その寸前、

 

「な――」

 

 いきなり手が開き、持ち手の部分を掴まれた。

 ……まずい……!

 引っ張られる前にセラフを魔導杖からいつものペンダントVer.に戻す。そしてすぐさま、今度は実剣Ver.へと形を変え、

 

「ぬん!」

 

 下からの斬撃を、足の裏で止められた。

 船長の顔が一瞬歪んだように見えたけど、多分気のせい。

 

「思ったより、痛かった……!」

 

 気のせいじゃなかったかー。機会があったら俺も、なんてチラッと思ったけどマネするのは止めよう。

 そう心に決めて次の攻撃に移る。

 実体剣Ver.を解除、再びセラフを柄へと変形。光短剣として刃を形作り、

 

「――――」

 

 飛んで来る拳を、光短剣の柄で弾きながら切り返す。身を回し、位置を変え、バインドで牽制。持ち手を回して連撃する。

 

「ほ」

 

 振り下ろした一撃を、船長が半身を下げて躱した。それと同時に左ストレートが飛んで来る。

 右の膝を折って前に倒れ込むように回避。そのまま一回転し、着地からの振り返りで船長の背後に小さく飛んだ。

 回り込む。

 光短剣の刃を調整。伸ばすことで光剣へと再形成する。

 ……これで!

 と、振り向く船長に斬撃を叩き込む。が、

 

「っ――」

 

 瞬間、額に何かを突き付けられた。

 直撃の寸前に刃を止める。見れば突き付けられたそれは、さっきまで船長の腰に差さっていた物で、

 ……うわ。銃……! 

 

「デュフフフ! この距離なら躱されることないよね! ということで撃たれるのが嫌だったら今すぐ魔法少女たちをここに呼んでもらおうか!」

「部下を攫いにやっておいてここに呼べとは何て酷い船長だ……!」

 

 さては囮に使ったね!? 頑張って海を泳ぐ部下に申し訳ないと思わないのかよ!

 

「――フ。策士とは常に二重三重の保険をかけておくものですぞ? あと先に行ったアイツらが拙者より先にリアルで魔法少女を見るって思うと腹立つ」

 

 後半本音ダダ漏れじゃないですかおい。せっかく前半格好つけてたのに台無しだね……。

 

「だから少年っ! さあ早く呼ぶでござる! 拙者のマイハンディカムがうずうずしちゃってるからぁ……!」

「やだ」

 

 絶対に嫌だ。無理。NO。全力でお断りします。

 

「そんな酷い! 拙者がこんなにも真摯になって頼んでいるのに一体どうして!?」

「人に銃突き付けながらよく言えたねそのセリフ……!」

「ともあれ状況的には拙者の方が有利。もう一度聞くけど、今すぐ魔法少女ちゃんたちを呼んでくれないカナ?」

「……もしまた断ったら?」

「少年が大怪我しても魔法少女ちゃんたちは来てくれると思うんだよねー、拙者」

 

 試してみる? と、船長が引き金に指を掛けた。

 ……眼がマジだ。

 断ったら確実に引き金を引かれる。銃口が密着したこの状態なら、こっちが切るより早く撃ち抜かれるか。どうしたものかねえ。

 

『引き金が引かれた瞬間にしゃがんで回避。そこから一気に切り倒す、と』

『もしくは撃たれる瞬間にシールド張って防ぐ、とか』

 

 ちょっとクロノとユーノは自分の前の敵に集中して黙っててくれませんかね? しかもかなりの高難易度を要求してくれちゃって……。そんなこと考える暇があるなら船長に奇襲でもかけて助けてくださいよ。

 

『おっと敵が』

 

 おいコラそこの二人。

 

『私からはそうですねえ……。あ、でしたら賭けに出る、というのはどうでしょう』

 

 セラフさんや。賭けって、一体何に賭けるのよ……。

 

『船長に、……ですかね?』

 

 はい? 何で船長に――。

 

「で、どっちでござる?」

 

 と、船長の声で引き戻される。

 もう待たない。これが最後のチャンスだ、ということだろう。なら、

 ……一か八か。

 ここはセラフの言う賭けに乗ってみようじゃないか。

 船長を見据えて、言ってやる。

 

「そりゃあもちろん、――お断りだ」

「あら残念」

 

 銃声が鳴り響いた。

 

 

 ~――――~

 

 

「な、に……?」

 

 目の前。見開いた表情の船長が、顔を左舷側へと向けた。

 ……は?

 一体何が、と思う。撃たれたはずなのに、どこも痛くない。一応、銃を突き付けられていたおでこも触って確認。穴は開いてない、血も出てない。

 ……は?

 わけわからん。何で俺無事なの……?

 と、顔を動かして周りを見てみる。

 海を見つめて動かなくなった船長。それと同じく動きを止めた海賊たちや、ユーノたちも驚いた顔でこっちを見ていた。少し離れた所には、直前まで突き付けられていた銃が転がっていて、

 

『ふふふ。賭けに勝ちましたね、マスター』

「それってどういう」

 

 ことか、と、聞こうとした瞬間。遠くの方で声が叫んだ。

 

「砲撃よ――うい! ――()ぇ――ッ!!」

 

 女の人の声と共に、破裂音がいくつも轟く。それから少しして、船の周りに高い水飛沫が上がり、大きな揺れがやって来る。

 

「うそん」

 

 船長の洩らした声を聞いて同じ方向を見れば、そこには一隻の船があった。

 ガレオン船だ。

 船首を回し、こちらに向かってくる甲板の上。バタバタと動き回る影たちの中央に、三つの見覚えのある顔があった。

 一つはえんじ色の髪に、黒の帽子をかぶった顔に傷のある女の人。残りの二つは、金髪に身の丈以上のマスケット銃を持ったお姉さんに、銀髪の女の子だ。

 ……なるほどそういう。

 セラフの言っていた船長に賭けてみる、の意味がようやく分かった。

 

「まったく。ピンチに現れるって、格好良すぎでしょうお姐さん……!」

 

 危機一髪、助かった。お姐さんが登場してくれたお陰で隣の船長が「BBAが子供のピンチに颯爽と助けに登場するとか、とか、とか、……とかァ!? ――死にそう」何アレ表情が七変化して面白い。ともあれ、

 

「――――」

 

 銃声がまた鳴り響いた。

 周りに立っていた海賊たちが次々に倒れていく。

 ……今の内に。

 こっちに接近するガレオン船に釘付けの船長の横を抜け、慌てる海賊たちの隙をついてその場を離れる。

 援護射撃が来た。

 背後から切りかかって来た海賊を、一発の銃声が撃ち抜く。

 ……なら!

 足元に小型の魔法陣を展開。それを一気に踏み砕く。

 飛んだ。

 

『おお。この前フェイトさんの移動魔法を参考に作った加速魔法、瞬発加速とでも名付けましょうか。成功しましたね、良かったじゃないですかマスター!』

 

 が、思った以上に飛距離が出て、

 

「あ」

 

 顔面から着地しそうになった。受け身はギリギリ成功。二回転半程して体が止まり、

 

「や。大丈夫だった?」

「それを聞きたいのはこっちだ。君の方こそ大丈夫か」

「また逆さまになってるよ、秋介」

「ありがとお二人さん」

 

 と、ユーノとクロノに手を借りて立ち上がる。そして、

 

『どうやら魔法陣に組み込んだ魔力量が少し多かったようですね……。ならテンプレートとしての設定を微調整すれば、と。――あ、それはともかくとして皆さん。衝撃に備えてください』

 

 セラフが言うや否や大きな衝撃が来た。

 こちらが乗る船の横腹。そこに突き刺さるようにガレオン船が激突する。

 接舷した。

 乗り移って来る影があった。それは先ほど確認した、見覚えのある三人で、

 

「げぇっBBA」

「んだとこの髭野郎っ! 開口一番がそれかい!?」

「まあまあ落ち着いてくださいな。その銃は一旦下ろして、ね? わたしたちの目的はあくまであの子たち、そんな男をかまってあげる必要はありませんのよ」

「そうだよ。時間の無駄。こんな男に付き合う義理も人情も持ち合わせなくたって誰も気にしないよ」

「おほっ。相変わらずの塩対応に拙者ときめいちゃう。もっと、もっとゴキブリを見るような蔑んだ目で拙者を見て! それかその小さなあんよで踏みつけてぇ……!」

「――よし。今すぐ首を斬り落とそう」

 

 デレデレした顔で迫る刃を躱す船長は、すごいようなすごくないような、何ともコメントしづらい有様だなあ。

 

「うわぁ」

「もう正直言って気持ち悪いよな」

「クロノが辛辣に……!?」

 

 とうとうクロノの眠気によるイライラが頂点に達したらしい。しかもユーノを引かせるとは中々……。

 

「どうどう、首を落とすのはまだですわ。今はあの子たちの方が優先よ」

「……チッ」

「舌打ちキタ――ッ!! さあお次はこう〝ぺっ〟って拙者に向けて唾を……!」

「やはり先に始末してしまった方が世のためになりますわよね?」

 

 と、金髪お姉さんが船長に銃弾を叩きこんだ。

 気色の悪い声を上げ、回避行動を取った船長の頭をお姐さんが蹴り飛ばす。

 ……見事な四回転半……!

 動かなくなった船長の足に、銀髪の子が手近に落ちていた鎖を巻きつけた。

 

「おっけー」

「はーい」

 

 金髪のお姉さんが船長を海に突き落とした。

 ……え、えぇえええ!?

 と、心の中で驚いてみたものの、あれくらいじゃ船長は死なないと思う。

 

「デュフフフ……。水も滴るいい拙者ご帰還でござる~」

「ほらやっぱり。って、感心してる場合じゃない! クロノ、ユーノ! 今の内に旅館の方に――」

 

 と、飛び上がろうとした時だ。

 旅館の方角で光が瞬いた。続くのは、海賊たちの悲鳴のような叫びで、

 ……一体何事!?

 見れば、旅館の前、海賊たちを前に立つ影が二つあった。

 紫と緑。二色の光を手元に溜め、浴衣姿で浜辺に立つその二人は、

 

「プレシアさんとリンディさんか……!」

 

 ナイスタイミングで助かったけど、あの二人には知らせてないのにどうして……?

 

『ちょっと坊や。一体どうなっているの? リンディの酔い覚ましのために外に出たら変な連中が襲ってくるし、さっきから魔法少女連呼して気味が悪い』

『そいつら海賊の幽霊。狙いはフェイトとなのは。攫うつもり』

『――消し炭にしてやるわ』

 

 話が速くて助かる。

 セラフに頼んでモニターを出してもらい、二人の戦況を伺っていると、

 

「えっ何々!? ついに魔法少女の登場で!? 一体どんな衣装でタイプなのかっ!! ――なんだBBAじゃん。魔法BBAとか誰向けwww少なくとも拙者のストライクゾーンにはありませんなwww」

 

 雷撃が船長に直撃した。

 放ったのは間違いなくプレシアさんだろう。だって紫色だったし。船長、海に落ちて濡れていたぶんダメージマシマシだろうなあ。

 

「見事な一撃でしたわねえ」

「ザマァ」

 

 金銀の二人が、倒れて痙攣する船長を見て嬉しそうに言う横。胸の前で腕を組んだお姐さんが、

 

「なんだい。他にも戦える魔術師がいたじゃないか。……ったく。これならあの連中に声をかけた意味なかったじゃいかい」

「あの連中……?」

「この馬鹿は何しでかすか分かったもんじゃないからねぇ。念のために途中で居合わせた野郎に声をかけておいたんだが……」

 

 言って、お姐さんが足元に転がる船長を足蹴にしながら、旅館の方へと体を向けた。

 

「ぐぬぬぬ……。ここでまさかの援軍その二とは予想外。しかしたったの二人で守り切れるはずが――」

 

 と、船長が言った時だ。

 モニターの中。プレシアさんとリンディさんを取り囲む海賊たちの横を、遅れて上陸してきた別の部隊が抜けて行く。あ、と二人が声を上げた所で、

 

『――――』

 

 別部隊の頭上。そこから無数の矢が降り注いだ。

 違う。降り注いだのは矢ではなく、柄の短い刃物のような物で、

 ……マジか……!

 

『どうやら彼女の言っていた通りになったようだな。待機しておいて正解だった』

『ったく、小娘どもの次は海賊の相手かよ……。あーメンドくせぇ』

 

 旅館の屋根上。そこに二つの影が立っていた。

 紅と緑。それぞれ色の目立つ格好のお兄さんたちが、弓を構え、

 

『つーかこれ、アンタがいるならオレいなくてもいいんじゃないの? 制圧向きじゃねえし』

『子供たちを守るために海賊と戦うのは、私よりも君の役割ではないのかね? 生憎と、時計を飲み込んでしまったワニは見当たらないようだが』

『どっかの誰かさんと勘違いしてませんかねぇ。ってか、オタク絶対分かっててワザと言ってんだろ。口元ニヤついてんの丸見え』

『フ』

 

 何のことかな、と二人のお兄さんが参戦した。

 プレシアさんとリンディさんの援護として、抜け出た海賊たちを射抜いてく。

 

「守り切れるはずが、なんだって?」

「なんでもありまちぇん」

 

 とりあえずこれで向うは安心だ。一度ならず二度までもお姐さんに助けてもらっちゃったなあ。

 ……あとはこっちをなんとかするだけ、なんだけど……。

 そう思い船長へ向くと、復活したのか勢いよく立ち上がり、

 

「ぬがぁ! さっきからガシガシと拙者のプリチーなお尻を蹴り飛ばしちゃってくれやがって、自分の尻がデカいからって嫉妬かこのBBA! 八つ当たり良くない!」

「うるさい男だねぇまったく……。こんな東の果てにまで追ってきて、いい加減鬱陶しいんだよ! せっかくの温泉旅行が台無しになっちまったじゃないか!」

「はあ? 拙者がBBAを? ――冗談はその胸のデカさだけにしてくれませんかぁ? 変な言いがかりとかチョー迷惑なんですけどー」

「あんだとこの野郎! 散々アタシらの行く先に現れては邪魔しやがって、何か恨みでもあるってのかい!?」

「別に恨みなんてありません? むしろ――」

「ああ? むしろ何だってんだい」

「むしろー……。な、何でもねえよこのBBA!! こっち見んな!」

 

 と、背けた船長の顔が、真っ赤になっていた。

 ……ふふん。なるほど。

 これは分っちゃったかもしれない。何がって? そりゃ船長がこの海にやって来た理由だよ。

 

「つまり?」

「どういうことだ?」

「ほらアレだよお二人さん。好きな子をあえていじめちゃういじめっ子心理的なアレ」

「……ああ」

 

 なるほど、とクロノとユーノが頷いた。

 

「ということは、だ。話を聞く限り、あの男は彼女を追いかけて回っていると」

「そうなるね」

「じゃあ彼女のことが好きなんだ」

 

 ユーノの言葉に向うで船長が噴き出した。

 ド直球……! と、金銀の二人が、口元を押さえて膝をついた。分かる。不意打ち過ぎたよね、今の発言。流石の秋介さんもビックリだよ……!

 

「少しくらい手加減してあげよう? ユーノ」

「そうだな。流石に今のセリフは僕でもやってしまったと思ったぞ」

「え、えっ? 僕何か言っちゃいけないこと言っちゃった!?」

『自覚がないのがまた容赦ないですねえ。ユーノさん』

「そんなセラフまで!?」

 

 ともあれ、晩ごはんの時に聞いた話の真相がわかってスッキリした。

 〝女を探すor攫う幽霊〟ならぬ実際は〝尊敬という名の好意を抱いた男がその相手を追いかける〟話だったってわけだ。本人は絶対に認めないとは思うけど。

 

「み、みみ、みみ認めるも何も拙者元からBBAとか範疇外ですし!? 尊敬とかまったくこれっぽっちもしていませんし!! 大体、昼間の赤い水着もそうだけどそんなこれ見よがしに胸の脂肪を強調するような服着ちゃって歳を考えろって話!」

「風邪ひかないよう上に何か着ろ、ってことかな」

「ゴベハァッ!?」

 

 すげえ。ユーノの言葉は船長に効果ばつぐんらしい。体力的にはタフでも精神的には弱いのね……。

 

「最高、最高ですわ今の!」

「もう無理、笑えて足に力が入らない――」

 

 金銀の二人がその場に膝をついた。

 そんな二人の様子に、一度首を傾げたお姐さんが船長を訝しげに見て、

 

「風邪ってアンタ、……アタシを心配してくれてんのかい?」

「ち、違ァ――う! だ・か・ら! 拙者はBBAの水着姿とか全然一ミリもまったくもって興味ナッシングなの! バ、BBAの露出なんて誰得レベルですからwwwいい歳こいてホルタービキニとかwww恥ずかしくないんですか?」

「な、確かにあの二人より上だけどアタシャそこまで歳食っちゃいないよ! 恥ずかしくないし、まだいけるっての! なに着ようがアタシの勝手だろう!?」

「無理wwwパレオにしてから出直してくださいwww」

「――は。上等だよこの髭野郎! 樽に爆薬と一緒に詰めて海の藻屑にしてやる……!」

 

 と、二人が激突した。

 俺としては当然お姐さんに味方するつもりで、クロノとユーノに目線をおくる。

 頷きを貰い、いつでも加勢できるように船長を見据え、

 

「四方を囲まれて拙者大ピンチ! だけど負けない! モノホンの魔法少女を目に焼き付けるまでは……! そしてとくと聞けぇ!」

 

 いいか、と船長が前に置き、言葉を続ける。

 

「BBAが「まだ若いし、いけるし」とか思ってんじゃねえ――ッ!!」

 

 ……あ。

 

『マスター、しゃがんでください!!』

 

 一瞬。背後からかものすごい殺気を感じた。

 セラフの言葉に従って緊急回避。その直後、

 

「――はい?」

 

 船長の左胸。そこから、一本の紅が生えていた。

 

「な、何じゃこりゃあ――!」

 

 ……あれは……!

 見覚えのある物だ。

 投げれば必中、標的の心臓を刺し穿ち突き穿つ。紅の魔槍の、さらに古い同型武装。

 背後から飛んで来たということは、あの槍の持ち主はその方向にいるということだ。

 振り返って見てみれば、遠く、海岸沿いの岩場で火が焚かれているのが見える。

 黒い戦装束を身に纏う赤い瞳が、こちらを睨んでいた。

 

「あの距離で聞こえるとはとんだ地獄耳……!」

『あの方の場合、魔境耳と言っても差し支えないような気もしますね』

 

 言えてる、と試しに軽く手を振ってみた。

 返してくれた。なんかちょっと嬉しい……! とかやっている場合じゃなくて、

 

「ギャ――ッ!! 拙者の胸に穴が、穴が! 血は出てないけど何これ!? ――てかチョー痛ぇ!!」

 

 心臓を貫かれたのにちょっと元気過ぎやしませんかね? 船長。

 

「しかも徐々に拙者の体が足元から消え始めてるんですけど!? もしかしてこれで終わり? 拙者の出番終了なの!? これからBBAとのラストバトルに勝利して魔法少女ちゃんたちとキャッキャウフフする予定だったのにぃ……!?」

 

 いいからもう消えてくれないかな。消えてしまえ。

 

「何かあっけなくない? ねえ拙者の退場あっけなくない!? もっとこう壮絶な戦いの末に紙一重な感じはないの!? そして芽生える友情、現れる新たな敵。俺たちの戦いはこれからだ……! 的な!」

 

 ないよ。

 

「じゃあ拙者がライバルとして蘇るルートとか必要では!?」

 

 いりません。さっさと消えてくださいお願いします。眠たいんで。

 

「お願いされちゃった……! なら仕方ねえ、そろそろ消えるとするか! あーあ、生で本物の魔法少女見たかったなー。次こそは必ずこの目に焼き付けてやる……!」

「そんな死に体でよくそこまで口が回るものですわね……。あ、尊敬はしませんから」

「ホント無駄なタフさ。……ま、でも感心くらいはしてあげるよ」

「ンフ。拙者、最後の最後でお二人のデレが見られて満足ですぞ。ついでにBBAも最後だしデレちゃってもいいのよ? ン?」

「あ?」

「何でもないですごめんなさい。あ、消える前に一言。――いずれ第二第三の拙者が」

「いいからさっさと消えな!」

「あひん。もうBBAったら最後まで乱暴なんだからっ。それじゃあ、さらばだ魔法少年たち!」

 

 そう言って、船長は高笑いを残してかき消えた。

 続いて部下の海賊たちも消えていく。旅館の方でも光が見えるのは、向うの連中も消えていくからか。

 それと同時に船が崩れ始める。

 

「あらあら。このままでは崩落に巻き込まれてしまいますわね」

「それじゃあ撤退するよ! 舌を噛まないよう気を付けなよ坊や!」

「はい? 舌ってなん、――でえッ!?」

 

 と、お姐さんが、俺を脇に抱えてガレオン船へと飛び移った。

 ……ほっぺに伝わるこの感触はまさか……!

 張りのある弾力に、女の人特有のいい香り。俺が抱えられている位置からして、それは、

 

「――ッ!?」

『マスターの赤面いただきました……! というかマスターって、こういう不意打ちにホント弱いですよねー』

 

 うっさいセラフ。

 あと保存するなら俺だけじゃなくて後ろの二人もよろしくね。見てほらクロノの金髪お姉さんに抱えられる顔、恥ずかしがっちゃってまあ……。ユーノなんて銀髪の子にお姫様抱っことかされちゃってもうねえ? 両手で隠してるけど絶対顔真っ赤だよ。アレ。

 

「――っと。ん? アタシの顔に何かついてるかい? 坊や」

「へ? あ、いやぁその……。遅くなったけど、助けてくれてありがとう」

「なんだいそんなことか。それだったら、アタシじゃなくて向こうに言いな。銃を突きつけられていたアンタを助けたのは、あの子の一発さ」

 

 乗り移ったガレオン船の上。俺を降ろしたお姐さんが、後続の金髪お姉さんを示した。

 それに金髪お姉さんが気付き、クロノを降ろしてやって来る。

 

「何かありまして?」

「この坊やがアンタに礼を言いたいんだとさ」

「まあ、お利口さん。どういたしまして」

「いやそこで頭撫でられるのはちょっと……」

『本日二度目の赤面が……! いやあ、夜が明ける前でこれとは幸先が良い』

 

 もう好きにすればいいよ。

 

「へえ。喋るペンダントとはアンタ、面白いもんもってるじゃないか。それにその形……」

「助けてもらったのは感謝してるけどセラフはあげないよ?」

「……は。いいって別に。いくらなんでも子供相手に礼を要求しやしないよ。大体、直接助けたのはこの子だ。アタシは大したことはしてない」

 

 むしろ、とお姉さんが、口元を釣り上げた。

 

「こっちが礼を言いたいくらいさ。アンタらのお陰でしつこいのを追っ払えたんだからね」

「僕としては最後の一撃を誰かに取られちゃったのが残念だったけど。ま、あの男が消えたなら結果オーライかな」

 

 銀髪の子が、クロノとユーノに何かしらの説明を終えてやってきた。

 続いて来たのは、肩にフェレット姿のユーノを乗せたクロノで、

 

「という訳だ、アレックス。例の連中は現地の協力者もあって消滅し、民間人及び施設等の被害はゼロ。詳しい報告書は明日改めて、……いや今日か。後ほど改めて書くことにするよ。……少し眠りたい」

『了解しました。クロノ執務官。ユーノ君もお疲れ様、ゆっくり休んで。秋介君にもよろしく』

 

 アレックスさんとの通信を終え、疲れた表情の二人があくびを一つ。

 

「なにユーノ、魔力切れ?」

「ううん。そういう訳じゃないんだけど、……流石に今回は眠気も相まって疲れちゃった。こっちの姿の方が楽なんだ」

「人の肩に乗れて歩かなくていいからな。まったく……」

 

 うらやましいの? クロノ。

 

「まさか。ほら、ユーノは君に任せた。今の僕は転んで海にでも落としてしまいそうだからな」

「はいよ」

 

 と、ユーノを受け取って肩に乗せる。するとお姐さんが、

 

「ほら、ついでにこいつも頭に乗っけてみな」

「おお?」

 

 危ね、もう少しでずり落ちるところだった。

 ……って。これは……。

 

「お姐さんの帽子……? なんで」

「アタシからのお詫び兼お礼さ。ま、要らないなら捨てるなり何なりしておくれよ」

 

 そんなもったいないこと誰がしますか。くれるなら丁重に扱わせてもらうよ。うちのリビングか寝室にでも飾ろうかな、ケースに入れて。だけど、

 

「お礼はともかくお詫びって?」

「いやあ、旅館で蹴り飛ばしちまったからねえ。それがどうも気になって」

 

 なんだそんなことか。ならありがたく貰おう。あ、ついでにサインとか貰えます? 宝物にするんで。

 

「セラフ、サインペン」

『よゆーです!』

 

 え、セラフが変形するの? てっきりいつものごとくどっからか取り出すと思ってた……。

 

「この横辺りでいいかい? あ、そうだアンタらもついでに」

「ええ。喜んで」

「僕も」

 

 ……おお。なんということでしょう。

 あの帽子はもう一生の宝物の一つに決定だね! 帰ったら早速専用のケースを買わなければ……!

 

「ほら坊や。こんなもんでいいかい? なら、アタシらはもう行くよ。浜まで送る?」

「いや俺たち空飛べるから大丈夫。……大丈夫だよね? クロノ」

「……ああ。寝てない。だから大丈夫だ」

 

 もうダメそうだからちゃちゃっと転移で部屋に戻ることにした。

 

「じゃ。ホントに助けてくれてありがとう」

「元気でやりなよ、坊や」

「それではまたいつか。風邪をひかないように気を付けてくださいね」

「ばいばい。縁があったらまた」

 

 セラフが足元に魔法陣が展開した。

 手を振って別れを告げ、視界が光に包まれる。晴れるとそこは、

 

「……疲れたな」

「うん。もう無理。流石に俺もこれ以上睡魔と戦う気力はないよ……」

「キュ……」

『ユーノさん寝ちゃいましたね』

 

 無理もないって。俺たちも早く寝よう。

 

「そうだな。あとで起きたら報告書作りは手伝ってもらうからな? 秋介。それじゃあおやすみ」

「はいはい。おやすみー、と」

 

 あ、そうだ。窓開けっぱなしでさっき外出ちゃったんだよね。少し閉めておこうか、蚊とか虫に入って来られても嫌だし。

 

「そういえばプレシアさんとリンディさんは?」

『すでに部屋へ戻ってお休みになっているようです』

「起きた時、何て言われるかなあ……」

『その辺りはクロノさんと報告書を書くときにでも考えましょうよ。ユーノさんもいますし。リンディさんに関しては酔っていたようなので、戦ったことを覚えているかどうかですが』

 

 それもそうか、と窓を閉じる。次にカーテンを引こうとして、

 

「お」

 

 水平線の向うへと消えていく、ガレオン船の後ろ姿を見た。

 

「縁があったらまた、か」

『これからの楽しみが増えましたね。マスター』

「うん」

 

 さあて、それじゃ俺も寝るとしますかなー。

 

 

 ~なんだか嫌な予感~

 

 

「あ・さ・だ・よ・起きろ――ッ!!」

「グハッ!?」

 

 突如お腹に受けた衝撃によって目が覚めた。

 ……なに、な、え、えぇ!?

 俺のお腹の上。そこに笑顔で馬乗りになる、この金髪ツインテは、

 

「アリシア……?」

「あ、起きた。おはよー。もうすぐ朝ごはんだよ」

「もういつまで寝てんのよあんたは……。遅い!」

「おはよう。秋介君」

 

 アリサに、すずかまで……。

 

「わたしたちもいるよ。秋介くん」

「おはよう」

「なのはにフェイトも……。おはよう」

 

 というか何で皆さん俺らの部屋に……? 

 

「あんたたちが全然起きてこないから見に来たのよ。朝ごはん、皆あんたたちが起きて来るの待ってるのに」

「それで様子を見に行こう、ってアリサちゃんがいいだして。来てみたらやっぱり秋介君たちが寝てたから」

「私が飛び乗って起こすことにしました!」

「……とりあえずアリシアはあとで手刀一発」

「なんで!? せっかく起こして上げたのに!」

 

 もっと他の方法があるでしょうがまったく……。俺たちさっき寝たばっかりなのに。

 

「夜更かしする方が悪いんでしょうが。ほら、いいからさっさと行くわよ」

「ちょ、待ってアリサ。腕引っ張んないで!」

「朝ごはんは食堂でビュッフェスタイルなんだって。何があるのかなあ」

「すずかまで!? 自分で歩けるから引きずらないで……!」

 

 クロノ助けて、ってまだ寝てる! よし行けアリシア、俺と同じ衝撃をクロノにお見舞いしてあげろ!

 

「らじゃ」

 

 そう言ってアリシアがクロノに飛び込んだ。

 呻き声を挙げ、無理やり起こされたクロノが俺を見て、

 

「……夢か」

「寝ぼけてんなクロノ! 朝ごはんだよ起きなさい!」

『マスターがソレを言いますか』

『だよね! あ、セラフおはよう』

『はい。おはようございます』

「もういいから行くわよ。なのは、ユーノをよろしくね」

「うん。ユーノくん朝だよ~」

 

 むぅ。今はフェレット姿だから起こされないとはなんと羨ましい……!

 

「それじゃ行くわよー」

「いや自分で歩くから手を離してくれません!?」

「ダメ」

 

 そんな……!

 

「クロノも行くよ! ほら早く!」

「いや、僕はもう少し寝かせてもら――」

「あらクロノ? まだ寝ているのかしら。母さんが起こしに来たわよー」

 

 部屋を出る瞬間。聞こえた声に、ものすごく困惑して頭を抱えたクロノが見られたので、まあ、よしとしよう。

 ところでもしかして食堂までずっと俺引っ張られた状態なの? 途中、階段があったような気するんだけど。

 

「大丈夫よ。エレベーターあるから」

「さいですか」

『ともあれこれで残りの旅行も楽しくなりそうですね、マスター』

『ホントにね。とりあえず今は、どんなおかずがあるかが楽しみ』

 

 そうだ。いっそ食堂に着くまで寝ていよう。あ、噓ですごめんなさい階段で行こうとしないで……!




 早く投稿するコツとか何かないものかなあ。
 試しに文字数を減らしてみるとか。

 よし、次はそれでやってみよう。ということで次回、やっとあの子が登場します。
 ここまで長かったな……。

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