短くするとか言っておきながら相変わらずの長文ですが、どうぞ。
今日こそは、と思った。
勇気を出して声をかける。たったそれだけの事だ。
帰りの挨拶を、ただ一言「さようなら」とそう言えばいい。
一人、また一人とクラスメイトが教室を出て行く。
そして隣の席の子が立ち上がった。
……今だ。
同じように自分も立ち上がる。鞄を背負い、自然に、変に思われないよう笑顔で、
「……あの。さ」
「せんせー、さようならー」
「ハイ、さようならー。また明日ねー」
「バイバーイッ!」
そう言って、その子は手を振りながら離れた席の子と合流して教室を出ていく。それを目で追いかけて、胸の高さまで上がっていた右手を降ろし、
「よう、なら……」
ふと気が付けば、既にほとんどのクラスメイトが教室を出ていた。
残っているのは自分と先生、黒板の掃除をしている日直の子とそれを待つ友人たちだけになっていて、
……また、言えなかった。
今の自分は引きつった笑顔を作っていると自覚する。
息を吐いて表情をリセット。前へと視線をやれば、提出されたプリントをまとめていた先生と目が合い、
「さようなら。気を付けて帰ってね」
軽く頭を下げる事を返答として自分も教室を出た。
昇降口へと向う途中、横をすれ違って行く他の子たちを見て思うのは、
……これじゃあ友達なんかできっこないよね。
帰りに駄菓子屋さん行こうとか、私の家で宿題やろーとか、そういった会話が聞こえてくる。羨ましい。自分はこのまま帰るだけだ。
「はあ」
おはようもさようならも言えないなんて、とつくづく自分が嫌になる。
人間関係は挨拶からと聞いた事があるけどそれは確かだ。
だって現に自分は友達がいないから。
昨日も一昨日も、そのまた前も。この学校に転入してから一度もクラスメイトに声をかけた事がない。かけられていないのだ。
……周りからはどう思われてるんだろう。
転入初日の自己紹介は大きく失敗したな、と今でも反省している。
お姉ちゃんから「最初はインパクトが大事だよ!」と聞いていたので、軽い挨拶として手からバチッと電気を発生させてみたのだが、
……皆、無表情だったなあ。
遠慮して出力を落としたのがいけなかったか。きっと静電気か何かだと思われたのだろう。
自分でも発生させた電気を見てちょっと色が薄いな、と感じたが、やはりお姉ちゃんの言葉に従ってもっと派手にするべきだった。つまらない子だと思われたに違いない。
「百人とは言わないから、せめて一人だけでも……」
おはようの挨拶から始まって昨日見たテレビの話や宿題の話、給食の話。帰りには寄り道をして駄菓子屋さんに行ったり、お肉屋さんのコロッケを買って食べ歩いたり、家に呼んで宿題をやったりお菓子作りをするそんな経験を一度はしてみたい。
だけど、
……難しいよね。
何故なら自分には、いや、私には人に言えない秘密がある。
ごく普通の小学三年生。友達はいないけれど普通の小学生、だと思いたいです。
そんな私、フェイト・テスタロッサの本当の姿は――。
~場所と時間は変わって夜の繁華街・上空~
私は、眼下に街灯りが望める位置で今夜も仕事をこなしていた。
すでに封時結界は張ってある。
相対するのはこの町に暗躍する魔物だ。しかし、今までの猫型や黒い影と違って、今回の相手は鳥型。空中戦を得意としているために、
「ッ、この……!」
『Photon Bullet』
魔力光弾をばら撒いて牽制、相手の怯んだ隙をついて魔法のホウキ『バルディッシュ』に跨り、一気に下降する。
『――ェエッ!』
「このまま真っ直ぐ!」
『yes sir!』
魔物の放った魔力砲の追撃をそのままに、地面へと激突する勢いで突っ込んだ。目指すは道路標示の『ま』の字。このまま一直線に落ちれば間違いなく頭から激突するだろう。
加えて、追ってくる砲撃は恐らく追尾型だ。避ける自信はあっても避け続ける自信はない。このまま逃げてもいつかは捕まるのなら、
……ここだ!
右手に魔法陣を展開。それをアスファルトに叩きつけて砕き、爆風を利用して進路を変更する。
背後からアスファルトの破砕する音を聞きながら、そのまま道路沿いに大通り方面へと飛行していく。
そして大きな交差点を抜けた所で上空からの一撃が落ちてきた。
振り仰げばこちらの頭上。一つの影があった。
『……!』
両の翼を広げて、魔物が咆えた。
「――来るよ。バルディッシュ!」
『yes sir!』
次の一撃で仕留める。それで今日の仕事は終わりだ。
あとは帰って明日の準備を終わらせれば、とそこで一つの事に気が付いた。
……まだ宿題が残ってるよ……!
確か今日の宿題は漢字の書き取りをノート一頁分だっけ? うわ苦手科目……! 同じ読み方なのに字が違うとか同じ漢字でも読み方違うとか、こっちの世界の言語文字は複雑過ぎる。
聞いた話では特にこの国の言語は難しいらしいが、
……お姉ちゃんは、そうでもないんだよね。
本人曰く「直感的な? カタチから意味を察するとかそんな感じ感じ」読みはともかくとしてそれで私より漢字が綺麗に書けるのは、ちょっと納得いかない。
とはいえ、ここでお姉ちゃんとの差を思っても仕方ない。現状、翼を閉じて、加速を得た魔物が一直線に落ちてくる。
回避の必要はない。こちらはただ、それを極大で迎え撃つ。それだけだ。
「サンダーレイジ――」
『――!?』
捕らえた。
雷光の一撃が魔物をアスファルトへと縫い付ける。
落ちた魔物は、しかし悲咆混じりの一声を上げた。
同時に周囲へと魔力が放出され、それは複数の円形へと形を変えていく。それはきっと、この魔物の最後の一撃だろう。
バルディッシュを振り上げたこのタイミングで砲撃されれば、間違いなく直撃する。回避行動を取るには既に遅い。防御も間に合わない。だが、
『Photon Burst!』
攻撃こそが最大の防御でもあると、そう以前に教わった事がある。
それを私に教えてくれた猫耳のメイド長は、ワンドを手にこう言っていた。
「敵の攻撃を回避不能だと判断した場合、通常はそれをラウンドシールドなり何なりで防ぎますが、戦闘中なら両手が塞がっているというのは常。よくある事です。大技を発動するタイミングなんてそうでしょう?」
例えば、
「魔物との戦闘において、戦いを長引かせないためにも相手を拘束、または隙をついて一気に大技で勝負をつけようとします。しかし、同時に相手もそれを好機と一撃を放とうとします。
こちらは大技のために両手が塞がっていて動けず、さらには魔力の大半を発動に回しているので防御魔法を碌に張る事ができません。ならばどうするか、分かりますか?」
「魔法の発動をキャンセルして、一度回避してから再度大技の発動を狙う……?」
「惜しい。ただの魔物相手ならそれで十分でしょう。しかし現在、フェイトが担当している地域の魔物は他と違って野生動物を模ったものが多く、所謂野生の勘を持っています。再び同じ方法で挑んでも成功するかは怪しい所ですね」
「じゃあ、どうしたらいいかな」
「いいですか、フェイト? 貴女には母親譲りの〝雷撃〟があります。
古来より神の一撃と恐れられるそれは、魔法の中でも群を抜いた速度を誇り、それに伴った威力を持って敵を打ち砕く事ができる。……簡単に言ってしまえば、相手に攻撃される前にこちらが攻撃してしまえ、という事です。――このように」
と、いきなり動きを作った訓練用の傀儡に、見本として放った高速の一撃がたまたま近くの陰からこちらを覗いていた母さんを巻き込んで直撃したのだが、そこに執政官が現れて仕事に連れ戻すまでがいつものパターンだ。
あの時。彼女は念を押して私に言っていた。ですが、という前置き付きで、
……そんな状況になってしまったら、迷わず回避を選ぶ事。やられる前にやれの精神は発揮してはいけない、だっけ。
攻撃は最大の防御にもなるが、それが逆に諸刃の剣にもなるという事だ。それでもなお、そういった状況に陥ってしまう可能性はある。もし、そうなってしまったのなら、
……確実に勝てる状況であるのが、絶対の条件……!
それが成立している場合に限って挑むべきだと、彼女はそう言っていた。
ならば、今の状況はどうであるか。
魔物は拘束され、最後の一撃を私に放とうとしている。こちらも既に発射段階だ。あとは振り上げたバルディッシュをそのまま下に落とせば、
「フォトンバースト――ッ!」
上天よりの雷撃を魔物にぶち込んだ。
~……ふぅ~
『Mission Complete』
「お疲れ様。バルディッシュ」
魔物が消滅した事によって封時結界が解除されていく。その光景をビルの上から眺めながら、私は、はあ、と息を吐いた。
……疲れたぁ――。
最後の一撃に、思った以上に魔力を持っていかれてしまったと思うのは、私が未熟だからだろうか。絶対に帰って布団に入ったら一瞬で寝落ちすると、そんな気もする。まだ宿題が残っていると思うと、かなり億劫だが、
「一件落着、だね」
『はい。お疲れ様です。先ほどの一撃はお見事でしたよ、フェイト』
「――えっ。リニス!?」
別に、誰に向けて言った言葉ではなかったのだが、思わぬ反応に驚いて待機状態に戻ったバルディッシュを落としそうになった。危ない危ない……。
「どうしたの? 急に」
『明日の朝、アルフを迎えにやりますから一度こちらの世界に戻って来てください。女王が貴女に直接会ってお話がしたいそうです』
「……もしかしてメールじゃ話せないような内容?」
と、手元に表示された空間モニターの中。猫耳の彼女は苦笑して、
『ええまあ、大体はそんな感じで。ほとんどはただ単にあの人が貴女に会いたいがための口実ですが』
「先週帰ったばかりなのになぁ……」
『まったくです。彼女は心配が過ぎるというか……。なんであれ、貴女が顔を見せれば彼女も安心するでしょう。明日、待っていますね』
そう言って、通信が切れた。
同時に、封時結界が完全に解けたのか、段々と下の方が騒がしさを増していく。
携帯を取り出して見れば、時刻は既に十時過ぎ。転移魔法を使って家に帰ったとして、そこから宿題を始めると恐らく一時間ほどで終わるだろう。多分。きっと。それから明日の準備をして、お風呂に入って、
……あ。そういえば明日は創立記念日で学校休み……。
確かそんな事を担任が帰りのSHRで言っていた気がする。いかに友達が欲しくても、どうやって声をかけるかに集中して先生の話をおろそかにしてはいけないな、とすごく反省。
「だから朝に迎えに来るんだ」
迂闊だった。それなら無理に今日宿題をやらなくてもいいよね。明日やろう。向うから帰って来たら、いや、むしろ向うでお姉ちゃんと練習も兼ねて一緒にやろうかな。その方が、きっとお姉ちゃんも喜んでくれる。
「帰ろう。バルディッシュ」
言うと、魔法陣が展開された。
足元に広がるのは私の魔法と同じ金色のサークル。これを見ると、つくづく自分は普通じゃないなぁ、と実感する。こういった所に友達ができない原因があるのかもしれないが、今私が思うのは、
「今日も無事、町を守る事ができたよ」
そう。それが私の役目。
私、フェイト・テスタロッサの本当の姿は、――魔法の国からやって来た魔法少女だったりします。
魔物と戦い、町の平和を守ったり守れなかったり、……そんな日々を過ごしています。
……それにしても、ホウキ以外の友達ほしいなあ……。
~魔法の国~
「転校、……ですか?」
唐突に、女王からそんな言葉を告げられた。
「そう。配置換えがあってね? 貴女の担当区域が変更になったの。魔物退治の成績を考慮して、まぁ栄転と考えていいわ」
「でも、母さん……」
そんな急に、と思った時だ。女王の横に控えていた執政官が、言葉を作った。
「今の学校に親しいお友達もいないみたいだし、いいですよね? フェイト」
「うぐっ」
「一言多いですよリンディ様……」
「でもリニス。うちの子はフェイトと同じくらいの時にはもう現地で沢山の友達を作っていたわよ?」
「ぐはっ」
「一緒にしないでくださいよ……」
これ以上は私の心の傷が深まるばかりだ。早々に話題を変えよう。
「……わかりました。それで
聞くと、母が笑みを作り、こう言った。
「海鳴市、――私立聖祥大付属小学校」
~すごく緊張する~
「というわけで転入生のフェイトちゃんよ。皆、仲良くしてあげてねー」
「ふぇ、フェイト・テスタロッサです。今日から、お願いしましゅ!」
一瞬、前回と同様にインパクト重視か、それとも普通に自己紹介をするか悩んだのがいけなかった。お陰で最後に声が裏返ってしまった。
すると何故か、おー、という声が上がり、拍手が巻き起こった。横で先生も同じように手を叩いているが、
……え、えっ!?
「ねえ今の聞いた? お願いしましゅだって。うん。――チョーカワイイ」
「金髪赤目、しかも日本語達者な帰国子女とか。うん。――チョーカワイイ」
「雰囲気的に見ても間違いない。うちのクラス三人目のお嬢様だ。うん。――チョーカワイイ」
「ファンクラブ作らね?」
最後だけよくわからないけどこの状況は、多分歓迎されているんだろう。誰一人として無表情じゃないし顔が引きつってもいない。誰も彼もこちらに笑顔を向けてくれている。
いや、若干一名、窓際の席の男の子が机に突っ伏して寝ているが、それに気が付いた先生がチョークを直撃させたので特に問題なし。
……け、結果オーライ……?
先生の技術に内心驚愕しながら、空いている席へと足を運ぶ。
後ろから数えて三番目。先ほどチョークが直撃した彼の隣の席だった。そして、
「じゃあ今日の一時限目は予定を変更して自習にします。いい皆? 席を立っても良いけど教室からは出ちゃダメよ? あと他のクラスは授業中だから騒がない事」
「それって先生が自習中寝るから起こすな、って事?」
そう言った彼に再度チョークが叩き込まれた。この教室では失言をするとチョークが飛んで来るらしい。気を付けないと。
「それじゃあ皆? 別に転入生ちゃんを質問攻めにしても良いけど節度は守るように。オッケー? ならよし。以上の事を踏まえて、自習開始――」
と、先生が一瞬で教師用のスチール机に突っ伏した。生徒の居眠りは注意して自分はいいのか、と立場の差を実感した所で、一人のクラスメイトが立ち上がった。そして、
「あの! テスタロッサさんってどこの出身ですか!」
「好きな食べ物とかある!?」
「前の学校ってどんなところだった!?」
「フェイトちゃんって呼んでいいかな!」
「兄妹とかっていたりするの!?」
その子を皮切りに、次々とクラスメイトが殺到してくる。
えっと、その、と私が戸惑っている間にも質問は増えていき、ついには席を取り囲まれた。
……助けてお姉ちゃん――ッ!
そう心の中で叫んだ時だ。右斜め前の席の子が立ち上がった。
金茶の髪を腰まで伸ばした彼女は、質問を続けるクラスメイトに割って入って、
「はいはい、みんなそこまで。先生が騒ぐなって言ったでしょ? 起こすと回転加わったチョークが飛んでくるわよー。質問は一人一つまで、いっぺんに聞かないの! ――一列に並びなさい!」
驚くほど綺麗に列が形成された。きっと彼女はこのクラスの女王、失礼の無いようにしないと。
「あの、ありがとう……」
「いいのよ気にしないで。あたし、アリサ・バニングス。これからよろしく。――あ、こらそこ! 横入りしないの! え? 自分の方が先に並んでた? 周りの子は見てないの? ならじゃんけんで決めなさいよ」
と、アリサは列の後方へと仲裁に入っていった。そして交代するように、今度は紫髪の女の子がやってきて、
「それじゃあみんな、そこの仲裁が終わるまでに何を質問するか考えておいてねー、と。……あはは、話の途中にごめんね? アリサちゃん、ああいうのを放っておけない質だから。
あ、私は月村すずかです。よろしくね」
そう言って、すずかが微笑んだ。すると右隣の席の子が、手をそっと挙げ、
「あのー。わたしも自己紹介いいかな? すずかちゃんたちだけずるいよー」
……あ。
「わたしは高町なのはっていいます。……フェイトちゃん、でいいかな? わたしもなのはでいいよ。これからよろしくね!」
この教室で、――私は、運命的な出会いをした。
理由なんてない。一目見てそう思った。
ただそれだけで、私には十分だ。
この子と友達になりたい。
この子を守りたい。
私は、そう感じた――。
~……キュルルル~
バルディッシュを通して執政官の声が聞こえる。
魔法の国からの魔物の出現や緊急時用の連絡手段だが、声の慌てようからして相当な事態なのだろう。
そこで私は寝返りの動作で枕を抱き、
「う、ん……。それはふしぎなであいなのれすが……」
『フェイト! 起きなさいフェイト! 出撃よ! もうっ出撃なんだってば――ッ!!』
~……キュルルルル~
完全に出遅れた、と私は夜の街が大樹に覆われているのを眼下に見た。
……根がこんな所にまで……!
「私のせいだ……ッ」
出撃が遅れて、そのうえ本体の位置を見誤ったのが原因だ。
今回の魔物は植物型。初めは小さな苗木程度で「フォトンランサーで一発かな」と高を括り、執政官の緊急目覚ましコールを三度無視したのがいけなかった。
……仏の顔も三度までって言うもんね!
あんな執政官の低い声は初めて聞いた。あれはリニスと一緒で本気で怒らせちゃいけないタイプだ。そんな人を母さんは毎日仕事を抜け出すなりして怒らせていたと思うと、あの性懲りのなさには呆れを通り越して尊敬するレベルだが、
……苗の成長速度が異常だ!
執政官が慌てて連絡をよこすのも頷ける。今回の相手は今までの中で一番厄介な相手だ。
核となる本体が四方に張り巡らされた根を移動していて、どこに狙いを付けたらいいのかが分からない。
「どこに……ッ!」
『見つけましたよフェイト! 十時の方向、大樹の幹部分です! だけどこれは――』
執政官の声を聞いて現場へと飛んだ。こちらを捉えようと伸びてくる根を回避しながら、速度を上げる。
「そんな――」
辿り着いた先。大樹の中央部に、一つの影を見つけた。
見間違うはずがない。そこにある栗色の髪を両側で結い、白の制服姿の彼女は、
「――なのはッ!」
恐らくはこの魔物の本体であろう核の輝きの真下に、彼女は囚われていた。
……私のせいだ……!
私の油断が、なのはを巻き込んでしまった。
本来なら魔法文化の無いこの世界の住人は、封時結界に入るどころか認識する事すらできないが、極稀に魔法を扱える才能を持って生まれてくる事がある。ほとんどの場合はその事に気付かず生涯を終えてしまうのだが、
「待ってて」
魔法文化の無い世界において、しかし魔法の才能を持って生まれた者は、魔法文化に触れる事でそれが開花する可能性がある。つまり、
……今日の出来事で、なのはの才能が開花してしまうかもしれない!
もしそうなってしまったら私はどうすればいいんだろう。
なのはに全てを話したとして、それでも今まで通り友達として一緒に居られるのだろうか。
……きっと、なのはは驚くよね。
どんな反応をされるだろう。笑って、すごいね、とそう言ってくれるだろうか。それとも、もう一緒に居たくないと、そう言われても仕方がないとも思う。
そう言われるだけの危険な目に彼女を巻き込んでしまった。だから、
「撃ち抜け、轟雷――」
……絶対に、助けるから……!
「サンダースマッシャー……ッ!」
~……キュルルルルル~
酷い夢だ、と私はモニターに流れる映像を見つめていた。
画面の中ではちょうど私が特大の一撃を大樹にかましてなのはを救出、そのままお姫様抱っこで近くのビルへと避難している場面だ。
「明晰夢っていうんだっけ……」
夢の中でこれは夢だと気が付く夢。でも、流石に夢の中で夢をビデオで見るっていうのはどうかと思う。
「お姉ちゃんと一緒に見たアニメが原因かなあ」
多分、この夢にはリンディさんが持って来てくれたアニメの内容に影響されている。
……寝る前に見たのがいけなかったか。
私たちは近々地球へと引っ越す事になり、母さんとリニスがその手続きの為に管理局本局へ行った時の事だ。リンディさんが心配して様子を見に来てくれた際に、暇つぶしに、と地球のアニメを元にミッドチルダのテレビ局『ミッドウ卿』が制作した『魔導師少女トランプキャッチャー☆フローズン』を持って来てくれたのだが、
……内容が、主人公の女の子が願いを叶えるために地球にバラ撒かれた五十二枚それぞれ違う能力を持ったトランプを集める、って。
そこはかとなくジュエルシード事件に似ているアニメをチョイスしたのは、リンディさんの天然だろうか。あの人の事だからエイミィさん辺りに相談して選んだんだろうけどもうちょっと違うのは無かったのかな。
夏の旅行からもう一か月。こんな夢を見たら早く皆に会いたくなっちゃうよ。
「それにしても、なのはがヒロインっていうのは納得だけど……」
と、ビデオを少し早送りする。
なのはを救出した私が、魔物に止めの一撃を放った場面で再生。雷撃が大樹へと直撃し、
『やった……!?』
それはフラグだろう、と思うなりそうなった。
撃ちそこなった核が大樹を再生し、死角からの一撃を私へと振り抜いた。
『フェイトちゃん……ッ!』
直後。私が吹き飛ばされた。
……うわ。あれは痛い。
魔物が追撃として大樹を伸ばして来る。しかし、それを私は回避する事ができなくて、
『おっと危ない』
「あ……」
どこからか現れた黒の外套が、私を攫った。
その動きはゆっくりと、しかし魔物の攻撃を受けぬよう下をくぐって、
『え……?』
一瞬の内に、私は黒の外套に抱えられて上空へと移動していた。
多分、転移魔法だろう。
私を抱えている外套姿の足元に展開された月白色の魔法陣には見覚えがある。それは、私に驚きと安心と、幸いをくれた人の物だ。
『もう。マスターが「見せてもらおうか。新しい担当ちゃんの強さとやらを」とか言って傍観決めているからこうなるんです。――あと一歩遅れていたら大変な事になってましたよ』
『全くもって申し開きの言葉もありません。以後、超気を付けます。……でもまあ、間に合ったからいいよね? 新しい担当ちゃん』
『……え?』
目深に被ったフードで顔は良く見えないが、声と口調、そしてキューブ型のペンダントとの会話を聞く限り違いない。
『あの』
『ああ、そういえばこの姿だとまだ会った事なかったっけ』
そう言って、画面の中の彼が首を振る動きでフードを取った。私を抱えたまま、なのはが見上げるビルの屋上に向かってゆるりと下降しながら、
『なのはを助けてくれてありがとう。それと、これから学校でもこっちの仕事でも、どうかよろしくね』
「……夢の中でも私を助けてくれるんだね。秋介」
出番は学校でのチョークシーンだけだと思っていたけどなんのその。主人公のピンチに駆けつける現地の魔導師役とはハマってる。実際にもそうだし、何より登場の仕方がずるい。
……いくら夢の中でも、お姫様抱っこは恥ずかしい。
映像といっても抱えられているのは私だ。見ているだけで頬が熱くなる。
「ずるいよ。もう……」
夢の中での彼の扱いがここまでという事は、私の中で彼はどれだけ大きな存在になっているのだろうか。
それはきっと感謝の気持ち以上のものだ。
恩人ともちょっと違う。同じ魔導師で、同じ相手に魔法を教わって、最初は敵対したけど笑顔で受け入れてくれて。私の大切な人を助けてくれた。
リニス。母さん。そしてアリシア。
私だけじゃない。もし、皆が秋介と出会っていなかったら――。
「……ううん。違う」
多分、それは考えたくもない結末になっていたと思う。だけどそれでも私は前に進んだはずだ。
たらとかればとかそんな話は関係ない。過去の可能性より未来の可能性だ。
今の私が全てだから。
今の私は幸せで幸いだ。幸福と言っても良い。きっと、
「運が良かったんだ」
画面の中ではちょうど私と秋介が合体技で魔物に止めを刺したが、何あれ。私たちそんな技持ってないよ。この前なのはとフォーメーションでも作ろうか、って話にはなったけど秋介とはまだなのに。
……先を越されちゃった――。
いいもん。今度会った時に作るから。夢よりもすごいのを絶対に作ってやる。
「は」
何だか急に眠くなってきた。
という事はつまり、
「夢はもう、おしまいかな」
きっと、そろそろ起きる時間。目が覚めたらまたいつもの朝になっているのだろう。
この夢の事は覚えているだろうか。分からない。
だけど、
……私のこの想いは、現実だ。
だから、
「次に会える日が楽しみ」
~そして目が覚めて~
「という夢を見たんだ」
「お姉ちゃんなのに一回も出番がなかったぁ――!?」
それはまあ、ほら、アルフも同じだから。
「……あれ? そういえばユーノは?」
「あっ」
名前すら出てこなかったなあ。
一応、元ネタはプリヤの作者まひろちゃんが書いたコミックアラカルトのお話だったりします。