「あー疲れたー……」
『ふふ、お疲れみたいですね』
『そりゃあねえ……』
今日はアリシアのお陰で大変だった。特に音楽の授業が。
だって先生の話を聞いてたら急にカチカチカチカチカチカチってメトロノームが高速で揺れ出したのよ? しかもピアノやらバイオリンまで鳴りだすし……。その所為で教室内がパニックになって授業が中断した時はマジで肝が冷えた。
……まったく、このいたずら娘は……。
帰ったら手刀二発目確定だな、と絶賛俺の膝上に座って爆睡中のアリシアを見て決意した。
『朝も思ったけど、人の上で良く寝れるよね』
『信頼されてるからでしょう』
『それなら嬉しいけど……』
今朝会ったばかりなんだけど、……ん? でもアリシアは昨日も居たってセラフは言ってたよね。じゃあ昨日フェイトたちと会った時が初対面になるのか? アリシアからは昨日が初対面で俺にとっては今朝が初対面……。
……分かるようで分からん……。
ま、そんな事どうでも良いよね! と結論を出した所になのはやって来た。
「秋介くん。わたし、今日は先に帰るね」
「あいよー、また明日なー」
「うん。また明日ね!」
そう言って、なのはは帰っていった。
さて、そろそろ俺も帰ろう、と思い立ち上ろうとしたら、
「ねえ、秋介。あんた、なのはから何か聞いてるの?」
「今朝ね、バスの中で聞いたんだけど、しばらく用事があって遊べないかもって」
アリサとすずかがやって来た。
「ああ、その事……。俺も詳しい事は知らないけど、なのはなら大丈夫でしょう」
ユーノ君とレイジングハートが居るからね!
「それに、……人には言い難い事って誰にでもあるでしょ?」
「うん……」
「それは、……そうね」
なのはだけじゃなくて、俺やすずかたちにも言える事だからね。
「なのはの事だし、その内ひょっこりと新しい友達でも連れて来るって。だから気長に待とう」
「……わかったわ。だけど、それはあんたも同じだからね! ちゃんとあの時の約束守りなさいよ!」
「私も待ってるから。その時が来たらちゃんと聞かせてね?」
「あいあい、わかってますよー。……じゃ、帰るか」
「そうね」
「うん!」
帰るために立ち上がったら、
『おうっ!?』
ガンッ、とアリシアが前のめりに頭を机にぶつけた。
……あ、忘れてた。
『う~、痛い……』
『そろそろ帰るよ』
『……わかった~』
何か、悪い事したなあ……。手刀を落とすのは止めてあげよう。
~坂の下でアリサとすずかは迎えの車で帰った~
家に着き、玄関を開くとリニスが出迎えてくれた。
「おかえりなさい、秋介」
「ただいまー。……あ、フェイトとアルフは帰ったの?」
今朝家を出る時には置いてあった二人の靴が無い。
『なんだとう!? 私、置いてかれちゃったの!?』
ひどいよ、フェイト……、と項垂れるアリシアを尻目にリビングに向かう。
……いや、見えてないんだから仕方ないよね。
「ええ、お昼を食べた後に。秋介によろしくと言っていましたよ」
「そっか。てっきり今日も泊まると思ってたんだけどなー」
残念。今日の晩ごはんはお好み焼きでも作ってあの二人がどんな反応するか見たかったな……。
「……それで、久しぶりの再会はどうだった?」
「そうですね……。色々と、有意義な時間を過ごせましたよ? 私が居なくなってから今日までの話を聞けましたし、……それに、私の中で何かが決まった気がします」
「そう、そりゃ良かった。……じゃあ、俺は晩ごはんの準備でもしようかね」
「お願いします。私は洗濯物を取りこんできますね」
『でしたら私はお風呂の用意をしてきます』
「あいよー」
リニスとセラフを見送ってからキッチンへと入る。
「さて、今日はパスタでも作るか……」
冷蔵庫を開けて中身を確認する。
簡単にケチャップでナポリタンか、……あ、ひき肉あるからミートでも良いなー。
……卵も少し残ってるし、ベーコンもあるからカルボナーラも捨てがたい……。
うーん、これはリニスが来てから作るのを決めた方が良いかもね。
冷蔵庫の中を覗きながら他に何のパスタが作れるかを考えてると、
『ねえ、秋介。私の事、リニスに言わないの?』
いつの間にか立ち直ったアリシアが横に居た。
『そうねぇ、……まだ言わないかな? 今のリニスに言っても余計に混乱させちゃうだろうから』
さっき、リニスが何かが決まった気がするって言った。そこにアリシアの事を話してややこしくしたくない。
……まだしばらくは様子見かな。
とはいえ、プレシア・テスタロッサの病がどんな感じか分からないのが不安だね。
だけど、リニスは今現在の病状を知ってるか分からない。フェイトとアルフは病自体を知ってるかどうかだ。残るは……。
『なあ、アリシア。前にリニスから聞いたんだけどママの病気って大丈夫?』
『ふぇ? どうしたのいきなり……』
詳しい事を知ってるか定かじゃないけど、一番手っ取り早いのはアリシアだ。
『いや、ふと思い出したのよ。ジュエルシードを欲しがってる本人は病を患ってるから、その人の代わりにフェイトが集めに来るだろうってリニスと話したのをね』
『あー、なるほどねー。最後に会った時はまだ大丈夫そうだったよ』
『最後って、……それって地球に来る前の事だよね?』
『流石に『私が死ぬ前だけどね!』みたいな事は言わないよ?』
『…………』
何だ、言わないのか。ちょっと期待したのに……。
『……それなら良いや』
『今の間、なに……?』
『ナンノコトデショウカ?』
『む~……』
などとアリシアと念話していたらリニスがリビングに入って来た。
「おや、冷蔵庫を開けっ放しは良くないですよ、秋介?」
「はい……」
とりあえず冷蔵庫を閉める。
「リニス、今日の晩ごはんパスタにするんだけど何が、――今の……」
食べたいかを聞こうとしたら魔力を感じた。
『マスター、ジュエルシードの強制発動と広域結界の展開を感知しました』
いつの間にかセラフが、首から下がっていた。
「――フェイト……」
リニスは魔力を感じた方を見ている。
『今の、……フェイトの魔力だよね』
『アリシアも分かった?』
そう聞くと、アリシアは頷いた。
……ジュエルシードが発動したって事は、なのはも来るね。
「セラフ、セットアップ」
『了解です』
瞬時に制服がバリアジャケットに変わった。
「見に行こうと思うけど、リニスはどうする?」
「当然、私も行きますよ。フェイトとアルフが心配ですからね」
『アリシアは?』
『もちろん私も行くよ! もし危険な事になっても秋介が助けてくれるんでしょ?』
任せろ、とアリシアに念話で答え、一応〈
「セラフ、転移よろしく」
『わかりました。――転移魔法発動します!』
視界が光に包まれた。
~転移中……~
光が晴れると、俺はビル群の上空にたっていた。
「む、始まってる……」
下を見るとそこには、ジュエルシードを挟んで白と黒の魔法少女が、その近くではフェレットと燈色の狼が向き合っていた。
『フェイト、アルフ……』
「なのはさんも居ますか……」
横には二人を心配するアリシアと、なのはを見て複雑そうな顔のリニスが居る。
『少し良いですか、マスター?』
『どうしたの念話で。二人に聞かれたくない事?』
『聞かれたくないと言うより、リニスさんとアリシアさんの心配を増やしたくない、ですね』
『……ああ、そう言う事。リニスに猫の姿になるよう頼んだ方が良いね……』
『いえ、頼まなくても大丈夫ですよ。その辺りの対策も既に終えていますから』
『じゃあセラフの言いたいのは――』
『――状況によっては、管理局の魔導師が介入してくる可能性がある、と言う事です』
『なるほどね。……わかった、ありがとう』
いえいえ、と言ってセラフは念話を切った。
……管理局、か。
この状況で止めに入らないって事は静観を決め込むつもりなのかね?
まあ、向う動かないなら特に気にしなくても良いか……。
「セラフ、ジュエルシードはどんな感じ?」
『今の所、暴走の心配は無いですが、何かしらの衝撃を受けると暴走する可能性がありますね』
「……一応、ジュエルシードが見えるようにモニター出して。あとなのはたちの会話が聞こえるようにもお願い」
『わかりました』
セラフがそう言うと、ジュエルシードが映った空間モニターが現れると同時になのはの声が聞こえて来た。
「――こないだは助けてくれてありがとう。わたし、なのは。高町なのはって言います。……あなたは?」
「私は……。フェイト、フェイト・テスタロッサ」
フェイトは少し考えてから答えた。
「フェイトちゃん、だね。……ねえ、フェイトちゃん。聞いても良い? どうして、ジュエルシードを集めてるの……?」
「……ッ!」
なのはの言葉を聞いて、フェイトはバルディッシュを構えた。
「貴方には関係ない。……私たちの邪魔をしないで!」
フェイトが魔力弾を展開し、なのはに向けて撃ち込んだ。
「――ッ!」
なのはは飛び上がって魔力弾を躱す。
「フェイトちゃん……!」
「ッ……!」
フェイトがもう一度魔力弾を展開しなのはに打ち込むが……。
……お、躱したね。
飛んで来る魔力弾を躱し飛び回るなのはと、それを追いながら魔力弾を撃ち込むフェイト。そして、その近くではアルフがユーノ君を追いかけている。
『なのはさん、少し見ない間に随分と成長していますね』
「ええ。以前はまったくの素人でしたが、今の彼女は見違えるほどに成長していますね。あの数の攻撃を見事に躱しています。これはフェイトも危ないかもしれませんね……」
セラフとリニスはなのはの成長について話して、その横でアリシアは、
『そこだよ、フェイト! あ、茶髪の子も避けて、……何あの砲撃、すごい!?』
二人共頑張れー! と楽しそうに観戦していた。
……うん。アリシアは気楽で羨ましいね。
俺だってポップコーン片手に、……は流石に無いけど悠長に見てたい。
……けど、何か嫌な予感がするのよねー……。
こんな街中でジュエルシードの封印とか、アレが起きる気がするし……。
なのはとフェイトを見ると、二人は動きを止めていた。
「何か、事情があるんだよね? 私もユーノくんも、フェイトちゃんに協力できると思う」
なのはがレイジングハートを下げたが、
「……ッ」
フェイトはバルディッシュをなのはに向けたままだ。
「――だから教えて? 私も言うから、どうしてジュエルシードを集めてるのか、教えてほしいんだ!」
「…………私は――」
「――答えなくて良い、フェイト! 早く持って帰るんだろ!? あの人の所に!!」
フェイトが何か言いかけた時、アルフがそれを遮った。
「――そうだ。持って帰るんだ、母さんの為に!」
「あ、待って、――きゃあッ!?」
ジュエルシードに向かって飛ぶフェイトを追おうとしたなのはに、金色の魔力弾が直撃した。
「なのはっ!?」
「大丈夫だよ、ユーノくん!」
魔力弾を防いだなのはが、心配するユーノ君の声に答えながらフェイトを追っていった。
先行していたフェイトがジュエルシードを封印する為、バルディッシュを勢いよく近づけた瞬間、ガキンッ、となのはが同じようにレイジングハートでそれを止めた。
「「――ッ!?」」
直後、交差したレイジングハートとバルディッシュにひびが入ったと思ったら……、
「きゃぁあああ――ッ!」
「うあぁあああ――ッ!」
二人が弾き飛ばされジュエルシードが暴走した。
『――マスター――ッ!』
「わかってる!」
――やっぱりこうなったか……!
『ええっ何!?』
「これは、次元震……!」
二人は驚いているが、今は答える暇が無い。一刻も早くジュエルシードを封印しないと危険だ。
「セラフ、今から使う宝具に封印魔法の付与……!」
『わかりました。――いつでもどうぞ!』
暴走するジェルシードの直上に、セラフが一枚の魔法陣を展開した。
「サンキュ……ッ!」
なのはたちに見つからず、この場から封印するにはどうしても遠距離から行うしか無い。
モニターに映るジュエルシードを標的とし、右腕を掲げる。
今から放つ宝具は本来、構えも真名解放も必要ない。だけどやっぱり俺としては構えて真名を叫びたい。地味な宝具と言われる事もあるけど、この状況にはうってつけだからね!
だから、
「――
掲げた腕を、勢いよく下に振り切った。
瞬間、一筋の流星が魔法陣を通過しジュエルシードを射抜いた。
「――ふう。何とか間に合った……」
『ジュエルシードの封印を確認。――お見事です、マスター』
射抜かれたジュエルシードの暴走は収まり、その場に落ちた。
「秋介……」
『お、おお!? 凄いね! 今の何て魔法!?』
よし。これでジュエルシードの方は大丈夫だろうけど、向うの二人は無事かね……?
「今のって……」
「大丈夫、なのは!?」
ユーノ君がなのはに駆け寄った。
「わたしは大丈夫だよ。……でも、レイジングハートが……」
「これは、……コアは傷ついていないみたいだから心配はない。これなら自己修復できる」
「良かった……」
なのはは胸を撫で下ろしホッ、としたようだ。
「フェイトちゃんは、大丈夫かな……?」
なのはの目線の先、アルフがフェイトに駆け寄っていた。
「フェイト! 大丈夫かい!? どこか怪我とかしてないかい!?」
「大丈夫だよ、アルフ。……それよりも、早くジュエルシードを……」
フェイトがフラフラと立ち上がり、
「……母さんが、待ってるから……!」
「フェイト――ッ!」
落ちているジュエルシードへと一気に距離を詰めた。
「あっ……!」
それを見たなのはもジュエルシードへ急ぐ。
二人がジュエルシードへ手を伸ばした瞬間――。
「――そこまでだ! 双方、共に武器を収めて此方の指示に従ってもらう!」
二人がジュエルシードに迫った瞬間、青い魔法陣が展開され間に一人の少年が割って入った。
なのはとフェイトは両の手足をバインドで拘束され、現れた少年を見て驚いていた。
「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。今回の件について君たちに事情を聴きたい」
クロノ君が免許証のようなものを掲げ、それを見たリニスとアリシアが苦い顔をした。
「管理局、それも執務官ですか……」
『うわー、ついに来ちゃったよ。どうしよう秋介……?』
「ひとまず様子見ね。――セラフ、いつでも転移できるように準備よろしく」
『わかりました』
これで帰る準備は出来たし、後は向うの動き次第かな……?
「逃げるよ、フェイト!」
アルフがクロノに魔力弾を撃ち込んだ。
「――くっ!?」
クロノ君は魔法障壁を展開し防ぐが、その隙にアルフがフェイトを回収し離脱した。
「逃がさな、――ッ!?」
「――ダメ! 撃っちゃダメッ!」
フェイトを抱えるアルフに向け、クロノ君が複数の魔力弾を展開した時、それをなのはが前に出て遮った。
「なのはさん……」
『茶髪の子、ナイスッ!』
『なのはさん無茶しますね』
「そうね。……まあ、そのお陰でフェイトとアルフが逃げられたけど……」
ほら、ユーノ君にも注意されてる。
「もうあんな無茶はしないでくれ。……もし君に怪我でもさせたら、僕は……」
「あ、ははは……。ごめんね、ユーノくん。次からは気を付けるから……」
ユーノ君は表情を陰らせ、なのはが頬を掻いていた。
「取り込み中の所悪いが、良いだろうか?」
そんな二人にクロノ君が声をかけた。
「あ……」
「すみません。勝手なことをして……」
なのはのバインドが解除され、ユーノ君は頭を下げた。
「……まあ、悪いと思っているなら良い。それで、さっきも言ったが今回の件についての事情を聴きたい」
「僕は構わないけど……」
「私も大丈夫だよ」
「わかった。それで執務官、実は――」
ユーノ君が何か言いかけた時、一つの空間モニターが現れた。
『――お話の最中ごめんなさいね。立ち話もなんですから、クロノ執務官、お二人をアースラまでご案内してくださる?』
モニターに女性――リンディ・ハラオウンが映っていた。
「わかりました」
クロノ君がそう言って魔法陣を展開し、三人は転移していった。
「セラフ、フェイトとアルフは?」
『お二人なら大丈夫ですよ。先ほど、無事に転移したのを確認しました。大きな怪我も無かったようです』
「良かった……」
『ホント、良かった~……』
ホッ、とリニスとアリシアが胸を撫で下ろしていた。
「なら今日は帰りますか。セラフ、転移よろしくー」
『分かりました』
さあて、晩ごはんは何のパスタにしようかね?
……あ、あさりが残ってるからボンゴレも良いね!
最後にそんな事を考えながら転移して帰った。
ポルタ―ガイスト発生時、
『ごめん、秋介! カチカチ速めたら起きちゃった!!』
『何が!?』
「しゅ、秋介くん!? ピアノが勝手に鳴ってるの!?」
「秋介、あ、あれ! 指揮棒が浮いてるわ!?」
「秋介君、見て! バイオリンがいっぱい並んだよ!?」
『どうしよう増えちゃった!?』
『だから何が!?』
てな感じで色々とパニックになってた。