目が覚めると、リビングの天井が広がっていた。
……ああ、昨日はソファーで寝たんだっけ。
「セラフー。リニスたちってまだ寝てる?」
『はい。どうやら昨日は、皆さん一緒に寝たみたいですよ』
「そうか……。じゃあ、フェイトもまだ寝てるのね」
『ええ、そうなりますが、……起こしてきましょうか?」
「いや、起こさなくていいや。それで、出来れば俺のほっぺ抓ってくれる?」
『流石に無理なので、今から私が全力でぶつかります!』
セラフはゆっくりと俺から離れていき、
『行きますよ……!』
「ちょ、待っ――!?」
シュバッ、と目にも止まらぬ速さで消えたと思ったら左ほっぺに激痛が、……来なかった。
「――…… あれ?」
ペチ、と何かが引っ付いたような感触がした。
『ふふ。どうです、目が覚めたでしょう?』
フヨフヨと俺の顔の横をセラフは浮いていた。
「――あー、ホント。一気に目が覚めた。セラフ、お茶入れてー」
『少々お待ちを~』
そう言ってセラフがキッチンへ飛んで行くのを見送り、今の自分の状況を見て思う。
……何で俺の上に居るのか……。
現在俺に被さる状態で、一人の少女が眠っている。
『ん~、ママのわからずやあー、……ぐう。すぴー、すぴー』
金髪を水色のリボンでツインテールに結い、青いワンピースを着たフェイトがそっくりな少女。
――アリシア・テスタロッサ。プレシア・テスタロッサの娘で、フェイトの基になった少女だ。
何故に俺の上で寝てる? それにどうやってうちに? 昨日は居なかったし……。ダメだ。寝起きで頭が回らん。
「……しかし良く寝るなあ、人の上で。……それにしてもプニプニだな、ほっぺ」
『うにゅぅ~……』
なんとなく触ったら、軟らかいお餅みたいな感触だ。
『マスター、お茶入れて来ましたよー』
セラフがお盆に湯呑みを載せて戻って来た。
「お、ありがとー。……あー、美味い」
左手で湯呑みを取り、首だけを動かして何とかお茶を飲む。
朝はあったかいお茶が一番だよねー。目が覚めるっていうかなんというか。頭が冴える感じするよね。
『所で一体、マスターは虚空を突いてなにをしているんです?』
「なにって、この、人の上で寝てるテスタロッサ(ちび姉)のほっぺを、――待って。セラフ、もう一回同じこと言って」
『――ああ、そう言うことですか。……ところで一体、マスターは虚空を突いて何をしているんです?』
「…………マジか」
セラフの反応からしてこの、俺の上で寝てるテスタロッサ(ちび姉)はセラフには見えてない。
――つまり、幽霊って事か……。
それなら色々な事に説明がつくけど……。
「ねえ、俺の周りに何か反応ってある?」
『私に姿は認識できませんが、反応はありますね。マスターの胸下あたりに、かなり特異な反応が一つ。魔力的な反応とは違った、……所謂、魂と呼ばれるモノじゃないですかね』
「いやー、話が早い。流石だねセラフは」
『いえいえ。それで、マスターには姿が見えるんですね?』
「フェイトにそっくりな少女が寝てます」
今現在も、すぴー、と寝息を立てるテスタロッサ(ちび姉)はもぞもぞと動き、
『ふあっ、あ~……、良く寝た~。……あれ、フェイトが居ない……?』
体を起こしあくびをして、軽く伸びてから首を傾げた。
そんなテスタロッサ(ちび姉)を見て、セラフに念話を飛ばす。
『ホントにセラフは見えてない?』
『はい。先ほども言った通り、魂らしき反応だけは感知できるので何処に居るか、くらいしかわかりませんね』
『そうか』
とりあえず、そろそろ朝ごはんの準備がしたい。もし遅刻でもしたらアリサに怒られるからね。
「……考えるのは良いけど、いい加減降りてくれない? そろそろ起きたいんだけど……」
むむむ、と考えるテスタロッサ(ちび姉)に声を掛ける。
『お? あ、ごめんね。今降りるか、ら、――ええっ!? 秋介、私の事見えるの!?』
「見えるし聞こえるし触れますよ? ほらね」
プニッ、と、ほっぺをつまんだ。
『おおお、ホントだ!? 何で!?』
「知らん。俺が聞きたいよ。というか、やっぱ幽霊だったか」
今更だけど声が念話っぽく聞こえるし、若干透けてるようにも見える。
『そうだよ! 私はアリシア・テスタロッサ。アリシアで良いよ!』
「あいよー、アリシア。さっそくで悪いけど早く降りて」
『あ、ごめん』
よっ、とアリシアは降り、俺の顔を見て、
『ふふん、秋介ってば照れちゃってカワイイー!』
グッ、と親指を立てて言われた。
「はいはい」
『あうっ!?』
手刀を落としたら昨日のフェイトと同じ反応をした。
……てか、なんで俺の名前知ってるのよ。まだ名乗ってないよね。
『う~、こんなカワイイお姉さんの頭を叩くとは、……ママに言ってやる!』
「何処がお姉さん。どう見ても妹でしょ。お姉さんを名乗るんだったらリニスやアルフみたい成長してから出直して来なさい。あと、そのお母さんはアリシアの事見えるの?」
『う、気にしてる事を的確について来るな~。……あれ、でもカワイイは否定しなかったって事は認めてくれるんだね!? やったよ、ママ! 私、秋介を魅了したよ!』
「やかましい」
『あうっ!?』
二発目の手刀で静かにさせる。
「あのさ、さっきから気になってるんだけど何で俺の名前知ってるのさ」
『だって昨日教えてくれたじゃん』
「え?」
『え?』
いつ自己紹介した? アリシアを見たのは今日が初めてのはず……。
『マスター、彼女、――アリシアさんの反応は昨日からありましたよ? 正確にいうと、フェイトさんたちと出会った時から反応は感知していました』
「セラフさんよ、なして言ってくれなかった?」
『マスターが気付いていないようでしたので、別段今話す事では無いかと思いまして』
今度から教えてほしいね。
『おー、セラフってすごいんだね! ママやバルディッシュも気付かなかったのに会ってすぐ気付いたなんて!』
「でしょう? セラフは俺の自慢のデバイスで――」
『――次元世界一ですからね!』
ホント、その通りです。というかセラフ。もしかしてアリシアの声聞こえてません?
『おお、セラフも私が見えるの!?』
『いえ。姿は見えませんが、念話のような感じで私にも声を聞く事は出来ますよ』
『セラフ……!』
『アリシアさん……!』
イエーイ、とデバイスと幽霊がハイタッチした錯覚を見た。
「……とりあえず朝ごはん食べよ」
思わぬ時間をくってしまった。急いで用意しないと。お弁当も詰めなきゃだからね!
~何気に初めての一人朝食~
朝ごはんを食べ終え、お弁当を詰めた。
「さて、そろそろ学校に行きますかね」
制服に着替えるとアリシアが、
『あ、お出かけ? 私も一緒に行く!』
などと言い出した。
「やだよ。何で幽霊連れて学校行かなきゃいけないの。フェイトと一緒に居なさい。お姉ちゃんでしょ?」
アリシアを連れて行ったら絶対疲れる。
『むう。こんな時だけお姉ちゃん扱いして……。だって暇なんだよ? フェイトもアルフも私の事見えないし声も聞こえないから楽しくないもん』
「……そうか、それは仕方ないね。――じゃ、俺は学校行くから。行ってきまーす」
『えええっ!? 今の普通「じゃあ一緒に学校行く?」って聞く所だよ!? 私寂しくて死んじゃうよ!?』
「はは、アリシアはもう死んでるでしょう?」
『あ、そう言えばそうだった』
「今の内……!」
『逃がさないよ……!』
こうして俺とアリシアの追いかけっこが始まった。
~壁の通り抜けとかずるくない!?~
何やかんやあって結局、アリシアと一緒に学校へ来てしまった。
『……まあ、此処まで来ちゃったし、今更帰れとは言わないからあまり騒がないでね』
『アイアイッサー!』
ビシッ、と敬礼をするアリシアを見て思う。
……大丈夫かなあ。
念のため学校ではアリシアとも念話で話す事にした。周りには幽霊が見えるとか言いたくないからね。
アリシアを連れて教室に入り、自分の席に着くとアリシアは俺の膝上に座った。
『いや何で』
『良いじゃん。勉強始まったらどくから。ね?』
上目使いで言われた。
『ホントに?』
『ホントだよ?』
だったら目線を合わせてよ……、と思いながらアリシアを見ていたら、
「おはよ、秋介」
「おはよう、秋介君」
アリサとすずかが教室に入ってきた。
……あれ、なのはが居ない……?
『大丈夫ですよ』
セラフは言うと、
「おはよう、秋介くん!」
少し遅れてなのはが入って来た。
「遅いわよ、なのは」
「にゃはは。ちょっとハンカチ落としちゃって……」
「ちゃんと見つかった?」
「うん」
「まったく。……それよりも、何であたしたちより先に学校に居るのかしら、秋介ぇ~?」
何か急に俺に矛先が向いた。
……えー、先に行っても怒られるの……?
「黙秘します」
幽霊と追いかけっこしてる内に、いつの間にか学校に着いたなんて言えない。
「却下!」
「じゃあ、時計が壊れて時間を間違えた」
「じゃあ、って何よ、じゃあって!!」
「お、落ち着いて、アリサちゃん!?」
「そうだよ! 一回くらいでそれはダメだよ!」
ウガー! と飛びかかりそうになったアリサを、なのはとすずかが抑えてくれた。
……平和だなー。心配は取り越し苦労だったみたい。
というかすずかさん。一回くらいって何? もし次やったら俺、どうなるの?
『血を吸われるんじゃないですか?』
ヤメテ、セラフ。ソレは否定できないから困るね!?
でも、すずかだったら別に良いかな? 特に害があるって訳じゃないだろうし……。
『まあ、そうだと良いですね……』
待って! 何その言い方、めっちゃ不安になるんだけど!?
『冗談だよね……?』
『ふふ、――本当にそうだと良いですね!』
ええ!? いつもみたいに『冗談です』って言ってくれないの!?
『ええ。冗談ですよ。どうです、偶にはこういうのも良いでしょう?』
『はあ、勘弁して……』
うぅ、マジで冷や汗掻いた……。
『ねえ秋介。そんな事よりあの茶髪の子、フェイトと一緒でジュエルシード集めてたよ?』
そんな事って酷くない、アリシアさん!? 別に良いけど。
『知ってる。今度フェイトに会ったら助けてもらったお礼が言いたいって言ってたけど……』
でも昨日の反応を見る限りだと、ジュエルシードを前に二人が再会でもしたら……。
『そうだねー……。戦いになっちゃうんじゃないかな? フェイト、ママの為にジュエルシードを持って帰るのに一生懸命だから』
『ママの為、ねえ。……そう言えば昨日、何でジュエルシード集めてるのか聞けなかったなー』
『それは私が話しても良いけど、フェイトの事があるんだよねー……』
むう……、とアリシアは難しい顔をした。
『……秋介はさ、私の事どう思う?』
『どうって、妹よりちびっこい姉、妹より騒がしい姉、妹より子供っぽい姉の三点セットでございますよ?』
今ならなんと、妹より先に幽霊になった姉もついて四点セットに出来ますよ?
『むう、本当の事だから良いけど、……それ以外で』
『幽霊になったって事は、何かしらの心残りがあるんだろうな、って』
『……じゃあ、フェイトの事はどう思う?』
『姉より――』
『姉より大きい妹とかは無しだよ。秋介から見てどう思ったか、それを教えて』
おおう、中々に対応が早いじゃない。もしかしなくても気にしてるのね……。
……さて、何て答えよう……?
単刀直入に「フェイトってクローンだよね」って聞く、……のは止めとこう。
昨日リニスたちが何を話してたかは知らないけど、多分その場にアリシアも居たはず。だったらリニスから何も聞いてない俺がそんな事を言ったら変だよね。
……セラフに聞いたって事にしても……。
ダメだな。セラフの事だから話を合わせてくれるだろうけど、俺から聞くような事じゃない。
『……なんか色々と抱えてそうだよね』
『どうして、そう思うの……?』
始業を知らせるチャイムが鳴ってなのは、アリサ、すずかが自分の席に着き、先生が教室に入ってきて授業が始まった。
授業を聞きながら思い出す。
『少し友達に似てる気がしてね。その子も昔、家庭の事情を一人抱え込んで泣いちゃってさ。
……一緒にするわけじゃないけど、フェイトも何かしら家庭の事情があるんだろうなー、って』
片や家族に迷惑を掛けないように、片や親の願いを叶える為。理由は違え、なのはとフェイトは似てるところがあると、俺は思う。
『……その子はどうしたの?』
『自分の思いを親にぶつけようとした』
『したって事はダメだった?』
『ダメと言うか、……中々言葉にしないから、俺がつい代わりに言っちゃった』
……あの時は、ホントつい言っちゃったからなあ……。
『まあ、過程はどうあれ親御さんの方も気付いて、泣きながら抱きしめてたよ』
そのあと悲惨な目に会ったのは、今じゃ良い思い出です。
『そう、なんだ……。秋介の言う通りうちも家庭の事情があってね。……私が死んじゃったのが原因なんだけど、その所為でフェイトは、……生まれがちょっと特殊なんだ』
アリシアは俺の膝上から机に移り正座した。そして俺と目線を合わせ、
『ごめんね。やっぱりフェイトの気持ちもあるから詳しい事は話せないや……。それでもフェイトの事、頼んでも良い? 私からはこれくらいの事しか出来ないけど、……あの子は頑張り屋さんだから、このままだときっと大怪我しちゃう。だから、――フェイトの事を助けて下さい』
お願いします! とアリシアが頭を下げた。
『マスター?』
『聞かれなくても決まってるって』
元からそのつもりだからね。
『――良いよ。俺の出来る限りの範囲でフェイトを助ける。ついでにその家庭の事情も解決しようか?』
そう言うとアリシアは顔を上げ笑った。
『あははは! そこまでは無理だよ。……でも、ありがとう。フェイトの事よろしくねっ!』
『あいよ。さ、授業が始まるからどいたどいた』
『むう~。……仕方ないなあ。じゃあ私、学校の中見て来るね!』
『迷子にならないようにねー』
そう言ってアリシアを見送ったあと、授業を聞きながらセラフに念話を飛ばす。
『さてセラフさん。今更だけど、何で俺アリシアが見えるようになったのかね?』
『マスターには「女神の寵愛EX」がありますよね』
『――あ、なるほどね』
それってイザナミさんがおまけで付けてくれたスキルじゃないですか。
イザナミさんは確か、黄泉の神様なんだっけ? しかもその黄泉って死者の国らしい。
……幽霊が見えるのは「女神の寵愛EX」の効果って事か。
フェイトに会ったのがきっかけで、突然見えるようになったのかもしれないね。
『そう言う事です。まあこの程度、私の魔法でも見えるように出来ますけど』
『え?』
『え?』
まさか一日に二度もこのやり取りをしようとは……。
……まあ、セラフなら出来てもおかしくないか。
こんな事で驚いてたらきりがないからね。
『それよりもマスター。一つお知らせしたい事が』
『何かあった?』
『大した事では無いですが、――学校の付近に複数の監視用使い魔の反応があります。どうやら管理局の魔導師が放ったモノですね』
『……それって昨日も居た?』
『いえ。放たれたのは今朝です。昨日の戦闘は見られてませんよ』
そっか。なら良いや。でもそれなら何で学校に……。
『学校だけで無く街中に放たれています。どうやらジュエルシードの探索兼関係のある魔導師を探しているのでしょう』
『それって俺も含まれるよね……』
『そうですね。ですが既に、全ての使い魔にマスターの魔力が感知されないようジャミングを施しているので大丈夫です』
おおう。流石ね、セラフ。いつの間にそんな細工を……。
『マスターが寝てる間にです。一応、万が一に備えマスター自身にも使い魔たちが魔力を感知できないよう、特殊な結界のようなものを張りましたので心配はないかと』
「え、それこそホントいつの間に……?」
『今朝、私がマスターに触れた時ですよ』
『ああー……』
アレって俺を起こす為じゃないかったのね……。
『いえいえ。九割はマスターを起こす為ですよ?』
『残りの一割で管理局は対策されるのかあ……』
とまあそれはそれで置いといて。
……近い内にクロノ君が来るんだろうね。
多分、次になのはかフェイトがジュエルシードを封印しに行ったら出て来ると思う。
よし。出てきたら出てきたでその時考えよう。今は授業中だからね!
そう思い、授業に集中しようとしたら、
『ただいま!!』
「ぬをあっ!?」
ニュッ、といきなりアリシアの顔が机から生えて来た。
「戸田君、今は授業中なんだけど?」
「……すいません」
まったく、注意されちゃったじゃないの……。
『ふふん! 朝の仕返しだよ!』
帰ったらもう一発手刀を落としてやろう、とそう思った。
という事でアリシアが登場したよ!
ちなみに、
「さて、少しバス停に来るのが早かったか、――な!?」
『おお! 私、バスに乗るの初めてだよ!』
「こうなったら走って学校に……!」
『フッフッフッ、私に障害物は関係ないよ!』
「バカな!? 壁抜けだけじゃなく空からも来るだとう!?」
『幽霊だからね! 魔法使わなくても飛べるよ!』
てな感じで学校まで追いかけっこしてました。