ガールズ&ユンゲ   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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フィーア

「ふっ……ぅっ―――」

 

 息を吐きながら、額に汗が流れるのを自覚する。

 自分のことながら気の遠くなるほどの遅さで、一秒ことに一センチ程度で身体を持ちあげる。もう何時間、何百回と続き、もうすぐ四桁に届きそうだ。全身の汗腺からは汗が噴き出ているし、トレーニング用のジャージも見るに堪えないレベルで濡れている。

 が、構わない。

 

「九九五――九九六――九九七――」

 

 始める前に上着を脱ぎ捨てながら決めた目標回数は千だ。正直辛くないといえば嘘であり、苦行と言っても差し支えないものであるが決めたことは決めたこと。途中で止めるという選択肢はない。

 人間、当たり前だが得意不得意なものがある。

 それは技術的であったり、肉体的なものであったり、先天的なものであったり、後天的なものであったり人によって様々だろうが――日向直の能力を特筆するならばバランス感覚と反射神経に他ならない。自分で言うのもなんだが日向直という人間はそもそも先天的にそれらがよかったらしい。だからこそかつての孤児院においてこの二つは先生によって徹底的に磨かれた。そしてそれは今尚磨き続けているものだ。一度血肉にしたのだから劣化させるということはあってはならないし、自分にできる範囲ならば磨くのは当然であろう。

 まぁ周囲の人間曰く、もう一つあるらしいのだがそれは置いておいて。

 だからこそ、

 

「九九八――九九九――――――千」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()を千まで行ったのである。

 

「ふぅ―――――――」

 

 息を眺めに吐きながら呼吸を整え、

 

「――ッ」

 

 一瞬だけ指先から全身を沈め、顔が床に直撃する寸前まで落下。しかし直後に全身の発条を瞬発させて、

 

「――っと」

 

 飛び上がり、空中で一回転披露しながら両足で着地する。

 

「ふぅ……ま、こんなもんか」

 

 汗まみれの額を拭い、床に置いておいたタオルと取ろうして、

 

「Hey! お疲れ様だねナオ! 相変わらずよくそんなことをNaturallyやるな!」 

 

「……」

 

 別のタオルが差し出された。持ち主まで視線を向ければそこにいたのはムキムキスキンヘッドのヒロ、なのだが。

 問題はその恰好だった。

 上半身は何も来ておらず――これは俺も同じだが――下半身は肌にぴったり張り付くタイプのアンダーパンツ。そこに押し込まれているのはどれだけ鍛えたのか想像でもできないくらいに盛り上がった超筋肉。

 そんなマッチョマンが汗塗れでいい笑顔でこちらに話しかけてくる。

 

「……いや、自分のあるから」

 

「OK!]

 

 なんだか、良くわからない寒気を感じた俺であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「But、ナオもHotなTraining Machineを使えばいいのに」

 

「……ふむ、まぁ確かにな」

 

 ヒロの言葉に今自分が入る場所を改めて見直してみる。

 一言でいえば豪華なトレーニングルームという言葉に限る。トレーニングルーム一つとっても異常なまでに充実している。いや、トレーニングルームというかもうこれはトレーニングホールだ。百人くらいなら簡単に同時にそれぞれの器具も使えるだろう。器具にしたって古典的なランニングマシンやサイクリングマシンから酸素調整器具やVIPRという小さい土管みたいな最新ものもある。

 

「俺はこれらのMachineに嵌ってね! せっかくあるんだからとTrainingしてたらこんなにもMuscleさ!」

 

 歯を光らせボディビルディングのようなポーズを決めるヒロだが、なんか肌に白い粉っぽいのが付いている気がする。

 塩だろうか。

 見なかったことにしよう。

 

「……まぁこういうのもたまには悪くないとは思うがな。基本は基本だ。普段でやってることはやっておかないとどうにも落ち着かないんだよ」

 

「I see! 解らなくもないよ! でもTryをおススメするよ!」

 

「まぁ――折角サンダースに来たわけだしなぁ」

 

 そう、俺は今黒森峰ではなくサンダース大学付属高校へと赴いていた。

 というのも話は数日前の喫茶店へと遡る。

 逸見やまほさんたちが去った後、のぞき見していた面子と合流し普通に飲み食いして過ごした。武部が異常なまでに女子力アピールしていたがうちの面子にあそこまでできたのはまさしく婚活戦士というべきだろう。最も途中からまともな人間がいないと知って普通にしていたが、そっちの方は男子にモテそうである。

 みほとはその後あまり言葉を交わすことはなかった。

 それについて、俺も彼女も人前で本心を晒すようなことは得意ではないし、あのまま二人だけの話を続けても進展はなかったんだろうと思う。

 だから武部やジャバウォックが戻ってきて、全員でテーブルを囲んだのだ。

 結構、楽しかった。

 が、問題はその後である。

 孤児院面子でさぁこれから男子会の続きと思ったら、逸見からメールが来たのだ。

 

『ばーか! ばーか! 余計なこと言わないでよ! ていうか黒森峰帰ってこなくていいから! ヘリ先に出すから! 泳いで帰って来なさいばーか! ばーか!』

  

 やたら長いメールでスクロールするのも大変だったが要約するとこんな感じだった。

 小学生みたいな女である。

 そもそも帰りのヘリに乗るつもりはなかったからダメージにならない。

 まぁでも、そんなことを言われたので、

 

「帰らないってSayしたのにはSurpriseだったよ」

 

「折角埼玉まで来てたんだしなぁ。戦車道中心の学校でその副隊長から帰るなって言われたんだ。一生徒としては従っておくしかないだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「え? 日向が帰ってこない? 休学? は? なんで――え? あたしのせい? ………………いや、ちょ、ま、違うわよ!? 虐めとかそんなんじゃないから!? というかあたしが虐められたというか!? あ、ちょ――皆でそんな目で見ないでよぉ!」

 

 

 

 

 

 

 

「……というのは冗談してもお前らが学校でどんな感じなのかは気にもなったしな。これでも優等生で生徒会や先生からの信頼もある。適当な理由付けて置けば結構融通が利くもんだったよ」

 

「Uh – huh.But、意外ではあったね。君はそういうことは好きではなさそうだったのに」

 

「……確かにな」

 

 言ってはなんだが今回の休学はあまり褒められたものではない。やっていることは学期中にずる休みをして旅行に行っているというもので普段からの信頼を使って先生たちを騙しているのだから。

 そもそも旅行だってそれほど好きというわけではない。魅力があるのも理解はできるが、あっちこっち飛び回りたいとは思わないし、基本的に地に足を付けた生活を送るのが好きなのだろう。そもそも世界中飛び回るのは先生とやったので十分だ。今思うとあの人は一桁の子供にどれだけ無茶をさせていたのだろうか。

 ただ、だとしても、

 

「……なぁヒロ」

 

「なんだい?」

 

「お前はやっぱこのサンダースの戦車道気に入ってるわけだろ?」

 

「Of course!」

 

 即答の答えであり、いい笑顔だ。

 きっとそれはジャバウォックもディアボラもパヴロフもシンも神風丸も同じなんだろう。それぞれに学校にはそれぞれの戦車道があり、こいつらはそれに魅入られている。そしてその道を往く彼女自身達もそうだ。

 きっと――みほだって。

 彼女がどう変わったのかは解らない。西住流でも黒森峰流でもない戦車道を見つけたのかも分からない。或は今も尚探している途中なのかもしれない。

 ただ、確実なのは彼女は前へと進んでいる。

 火砕流の中だろうと進むことができる戦車と共に。

 だから、

 

「……俺も、少しは変わらないといけない」

 

 その為にまずサンダースに訪れたのだ。幸い元孤児院面子はそれなりの地位を獲得しているらしく、数日から一週間程度の滞在ならば問題はなかった。できるのであればそれぞれの戦車道がどんなものかを確かめたいと思う。なにせしばらくは全国大会だ。目にする機会は幾らでもあるだろう。

 

「Uh – huh. つまり――自分探しのTripって感じかな?」

 

「……自分探しか。あぁ、確かにそういうことだろう。陳腐だけどな」

 

「No,Bad!」

 

 悪くない――確かに悪くない。

 そして良いといえるかどうかはこの先の自分に懸かっているわけだ。

 

「にしても凄い学校だ。このトレーニングルームもそうだけど、スケールが一々大きい。流石に驚いたよ。アメリカスタイルってことなんだな」

 

「Yeah! 言っちゃあなんだけどこの学校はRichだからね! 設備はAll Superだよ! ――まぁ大きすぎて手入れとか届いてないんだけど」

 

 それは駄目なのでは。

 しかしこのトレーニングも百人くらい同時に使えそうなのに、実際に使っている生徒は俺たちを含めて十人ちょっとという所だろう。いくら何でも伽藍とし過ぎている。

 非効率的というか、こういう無駄はあまり好きではないのが正直な所だ。

 

「最も一番驚くのはFoodだろうけどね! とにかくBig! Big! Big! どんなものでもとりあえず大きいよ! お腹いっぱい間違いなし! 気を付けないとものすごく太る! 俺は鍛えまくってMuscleにしたけどね!」

 

「飯ねぇ……」

 

 正直食事に対する興味というのは薄いのだが。

 黒森峰ではドイツの影響からかジャガイモを主食として、やはりソーセージが良く食べられている。ついでにいうとノンアルコールビールが特産品で、俺の場合唯一の好きな食べ物がノンアルビールになるわけだ。本物のアルコールは未成年なので飲んだことはないから強いか弱いかは解らないが。

 

「とりあえずノンアルビールあって腹を満たせるななんでもいいよ」

 

「HAHAHA! そんなことをディアボラがListenしたらangryだろうね!」

 

「確かにな」

 

 アイツはあれでキャラまともだけどなんなんだろう。

 告って、振られて――ノリと勢いで婚約。

 未だに意味が不明だ。

 なんというか一度まほさんに思い切り振られた身としては凄く複雑だ。いや、勿論祝福するべきことだろうけど。

 

「……そういうことならヒロはどうなんだ」

 

「Uh – huh.正直今の俺は皆で楽しくPartyするのが好きかな? 好きな人との関係を取り持ってとは頼まれるけどね。ディアボラ以外は――ジャバウォック?」

 

「えぇ……? まじで……?」

 

「あぁいうのは意外にGoodな関係なんだよ!」

 

 

 

 

 

 

「えぇぇぇぇえええええええええ!? 今なんて言ったのダー様!? 皆! ちょっと静かにしよう! 聞こえない! ダー様の格言(笑)が聞こえない! オレペコ! 聞いてた!? アッサム! 録音しよう! 匹夫は椅子。それでお願いしますよダー様ぁあああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「……?」

 

「HAHAHA! まだまだナオはそういう所に疎いね!」

 

「……お前はコミュ力高いなぁ」

 

 昔からこの男は皆の潤滑油とでもいうのだろうか、中心にいることが多かった。俺はストッパーとして皆の暴れる姿を少し後ろで見ているのに対してヒロはど真ん中にいるような奴だ。サンダースに来てからはさらにアメリカ流に染まって、コミュニケーション能力が超強化されたらしい。

 人の話を聞くのは得意だが、話す方は苦手な身では羨ましい限りだ。

 

「ん? ていうか実際アメリカには行ったのか?」

 

「ナオ……聞いてはいけないこともあるんだよ」

 

 若干素というか昔に戻ったような喋り方だった。

 まぁ確かにそれぞれ国際色に染められている学園艦ではこの質問は禁句か。俺自身ドイツ流というものには親しんでいるが実際にドイツに行ったことはない。

 ――先生による拉致鍛錬を忘れればという話だが。

 

「……ま、そういうことも含めてサンダースとサンダースを楽しませてもらうとしよう」

 

「OK! なら男二人でいつまでもTrainingroomに籠るのは終わりにしようか! まだケイたちには会ってなかったよね?」

 

「あぁ、一回戦の準備があるだろうし、余所者の相手させるのも悪いと思ったしな」

 

「HAHAHA! 気にしない気にしない! ケイはそういうこと気にしないよ! ――アリサはするかもだけど」

 

「ちょっと不安になるなぁ」

 




日向直
幼馴染と一緒なので若干饒舌。
自分探しの旅なう。インドでも行けよと思わなくもない。

ヒロ
汗が眩しいムキムキハゲ。
一応ノンケ。

エリカ
かわいい。

匹夫
椅子。

というわけで影が薄めの主人公による自分探しの旅。
次回サンダースの戦車道とは?
ケイさんの国籍が気になります。

前話で評価いただいてとても感謝。
また感想評価お願いします。

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