ガールズ&ユンゲ   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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帰郷、そしてその間

 

 ボコミュージアムより数日後、みほと直の二人は大洗を離れ一時的に熊本へと帰郷していた。

 既に席は大洗にある二人だが、その大洗はいまさら言うまでもなく廃校になった。なので大洗生徒は現在学校に通えていない。それぞれ生徒が他の学校に振り分けられるまで待機だったのだが、その為に転校処理を必要としている。生徒たちは一時的に帰省し、自宅に帰えって親から書類にサインと判子を貰わねばならない。

 つまり、西住みほの場合西住しほと常夫からそれらが必要なのだが、

 

「ほら、みほ」

 

「あ、ありがとうお姉ちゃん」

 

 みほはまほよりしほのサインをもらっていた。

 久しぶりの自室だ。

 ボコのぬいぐるみや戦車グッズで溢れた洒落た洋室だ。角部屋であり日の当たりも良く、風通しもいい。ドレッサーは手入れされているし、かつて袖を通していた黒森峰のタンクジャケットもクリーニングされている。

 ……変わってない。

 かつて過ごした時とまるで変わらず残っている。

 本当を言うと帰ってくるのは怖かった。飛行機や船、電車を乗り継ぐ間も体は少し震えていた。直が握りしめてくれなければきっとずっと俯いていただろう。

 彼に背中を押されて、ここまで来た。

 直の方も日向の家に行かなければならなかったし、自分の家くらい自分で帰りたいと思ったから別れた所でまほと再開したのだ。

 

「お母さん、大丈夫なのかな?」

 

「あぁ。気にしなくていいよ。それよりも大洗での生活のことを聞かせてくれ」

 

 二人でベッドに並んで話すのは何時以来だろう。少なくとも高校に入ってからそんな時間はなかった。二人が中学生くらいの時は多かった気がする。母から受けた戦車道の修行で疲れた姉妹は一緒にベッドに潜り込んで様々な話をした。小さい頃はみほは今とはくらべものにならないくらいに活発で、まほと直に色々迷惑を掛けたものだ。

 子供の頃の思い出は、少し切ない。

 ……楽しかったことは確かだけど。

 思い出の中での直はいつでもまほを見ていた。自分は活発だけど、それでもただやんちゃをしていただけで手を引き、前に進んでいたのはまほだ。そしてそんなまほを直はずっと見ていた。

 そのことを自分は幼い頃から嫉妬していた。

 嫉妬なんて実の姉に対して使いたい言葉ではないが間違っていない。

 まほが直の視線を独り占めしていることにみほは確かに嫉妬していた。或はそれはそのような言葉で表せられるほどに明確なものではなく、幼稚なものだったかもしれないがそれは確かだ。

 そういうことを思いだす度に自分のことが嫌になる。

 

「だが今はお前の彼氏だろ?」

 

「………………エスパー?」

 

「お前のことだからな」

 

「……流石お姉ちゃん」

 

 考えていたことをそのまま当てられて、さらにその返しに思わず苦笑する。 

 こちらのことに興味がないようで、けれど確かに自分や直のことを見てくれている。鋼のように冷たい表情を見せるが、しかしその下には暖かさと愛に溢れているのだ。

 感情表現が苦手なのだろう。

 もっというと戦車道をやっている時とそうでない時のオンオフも激しい。

 自分が一年の時、同級生から随分と怖がられていた。 

 ……エリカさんだけはずっと心酔してたけど。

 彼女にも長い間会っていない。顔を合わせづらい、というのが正直な所だ。

 

「直は確か日向の家に行ったんだったか?」

 

「うん。直君も叔父さんたちのサインと判子がいるし。荷物も少し持ってくるんだって」

 

「ふむ、みほも何か持っていくか? なんだったら転校先が決まってから宅急便でも送ろうか」

 

「あ、うん。そうしてくれると助かるかな。大洗の学園艦にあった荷物はまだ箱に入ったままだしね」

 

「解った。そのあたりはこっちで上手くやるとしよう」

 

「お願いね」

 

 この家にもボコの人形は沢山ある。以前この家を離れた時は逃げるように飛び出したからそのあたりが雑だったと今更ながらに思う。

 ……どこに行くかはまだ解らないけれど。

 少なくとも、帰る家はある。

 迎えてくれる人もいる。

 隣に歩いてくれる大好きな人もいる。

 だったら――大丈夫。

 

「それじゃ、行くねお姉ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

「無事に終わってよかったなみほ」

 

「うん、ありがとね直君」

 

 日向の家で用事を済ませてからみほと合流し、まほに駅まで送ってもらった。

 随分と久しぶりのあの小さな戦車に乗ったなぁと昔を思い出す。

 あれに乗って地元を駆け巡った。釣りやピクニックなんて当たり前で自転車感覚で使っていた。今更思えば直ならば戦車に乗るより走った方が速いだろうに自分に付き合ってくれていた。

 ……我ながら未練がましいかな。

 先ほど回想したばかりのことをまた思いだす。

 昔の記憶はやっぱり少しだけ胸を痛めるが、

 

「みほ」

 

「ん」

 

 繋いで絡めた手が、その痛みを過去のものだと教えてくれる。

 手の中にある温もりが今確かに自分にあるものだ。

 かつて自分の前で別の人を見ていた彼は、今隣で同じ道を歩きながら自分を見てくれている。

 ……ならいいよね。

 

「中々いい時間だな。昼食食べてから電車に乗るかな」

 

 直が開いた手でスマートフォンを操作して電車の時間を調べ出す。 

 気づけば一時を少し過ぎている。流石に家で食事をしていく気はなかったけれどまほも食事に誘えばよかったと今更思うが仕方がない。

 ……おねーちゃんとご飯食べにいくとカレー一択だしなぁ。

 あれで妙にカレーが好きで何度もつき合わされた。子供の頃からの好物で、また子供っぽいと想っているらしくエリカや小梅を初めとした黒森峰の仲間には言おうとしない。だから自動的にみほか直が付き合わされたのだ。 

 それはそれで懐かしきいい思い出だが先ほどから回想は嫌と言う程にしている。 

 ちょっとそういう気分ではない。

 同様の理由で熊本のソウルフード的なものを食べるのは気が進まない。

 ……直君はノンアルコールビール買いこんでたなぁ。

 食に興味がない、なんでも食べる彼でもそれは好きらしく幾つも箱買いして大洗へと送っていた。様々なご当地ものを集めていたあたり珍しくもあり微笑ましくもあった。家に帰るより先に、行きがけだったとはいえそちらを先に済ますあたり可愛らしい。

 

「……やめてくれ」

 

「くすくす」

 

 直がこちらの考えていることを察知して、少しだけ照れてそっぽを向く。

 こういう所もやっぱり可愛い。

 普段はカッコいいけど。

 

「こほん」

 

 直は一度誤魔化しながら咳払い。

 

「行きに駅の中にオープンしたての洋食屋かなにかを見ただろう。そこでいいか?」

 

「あ、うん。いいよ」

 

 電車や船の時間もある。あまり外連味を出して遠出をする必要もない。

 手を繋いだまま駅の構内へ進み、行きがけに視界に入れていた新しい店へと赴く。

 駅を訪れた時は実家へ帰ることへの緊張で見かけただけであまり気にしていなかったが、開店祝いに贈呈されたであろうフラワーギフトが並び、塗装も真新しいし綺麗だ。昼のピークは過ぎようとしているからか行列もある様子はない。

 なので店に入る。

 入ればテーブル席とカウンター席がありそれぞれほとんどが埋まっている。

 空いているのは奥のカウンター席二つだけで、そしてその手前側には

 

「ふんふん、結構おいしそうじゃない――」

 

 見覚えのある銀髪の少女がハンバーグを前に頬を緩ませる姿だった。

 

 

 

 

● 

 

 

 

「よぉーし集まったか高校生共?」

 

 その青年はブリーフィングルームに集まった高校生たちに笑みと共に語りかけた。

 歳は二十一、大学四年、長身黒髪。グレーのスーツ姿。ジャケットだけは正規のものではなく着慣れた様子のレザージャケットだ。片手に書類を挟んだバインダーを手にした彼は数日前ボコミュージアムで日向直と西住みほと遭遇していたことはこの場にいる誰も知らないことだ。

 見回した先、七人の高校生が彼に注目していた。

 選抜制服のカッターシャツに白衣、前髪で片目を隠したのが一人。

 着崩した制服に口元を隠すようにマフラーを巻いた仏頂面が一人。

 浅黒い肌に民族風のフェイスペイントを施し、はち切れんばかりの筋肉を無理矢理制服に押し込んだ巨漢が一人。

 金髪長身の中性的な美形、机の上に刃物――包丁を並べた一人。 

 ジャケットはなく、袖を斬り落としたノースリーブのカッターシャツ姿で腕を組むのが一人。

 白髪を無造作にかきあげ、口端を釣り上げながら青年を睨みつけるのが一人。

 合わせて七人。

 仏頂面の一人は部屋の隅で壁に持たれており、他のメンバーに関して青年へと注目しているのは巨漢と白髪くらい。後はそれぞれ包丁の手入れをしていたり、目を伏せたり、スマートフォンを弄るという状態である。

 しかし青年はそんな状態には構わず口を開き、

 

「さて休暇はどうだった? 久しぶり高校帰ったからにゃ色々面白い話もあるだろ。どーよ、ドクター」

 

「さて、私は別に変わらないよ」

 

 ドクターと呼ばれた白衣はスマートフォンから目を離さず、

 

「保健室にいて、患者を診ていただけだよ。特別なエピソードもない――あぁでもストレス性の腹痛持ちの患者がしょっちゅう相談に来ていたくらいかな? カウンセリングはあまり得意ではないのだけれど、連絡もよく来るし――あぁまただよ」

 

 言葉を返しながらも指はスマートフォンの操作だ。その患者とやらのチャットを、義務的に行っているらしい。面倒そう、という雰囲気はないが特別な思い入れも無さそうである。

 

「クィズィーン、お前は? ていうか包丁を広げんなよこんな所で。キッチン行けキッチン」

 

 応えたのは少女にも間違えそうな中性さを持つ少年だった。

 

「失礼、器具のチェックは欠かせないものでね。いや、こんな部屋では埃とか被ったらいやなんだが……まぁこれは野戦時用の器具だから。キッチン用のはまた別にあるんだよ」

 

「はー……まぁ美味い飯が食えるのはいいことだ。……アノーネはどうよ。竪琴の飯は結構独特で俺は好きなんだけど」

 

「え、えっと……」

 

 褐色の巨漢は自分に話が振られたことに少し戸惑いつつ、

 

「べ、別に僕に変わったことは……でも戦車道の隊長さんが引退して、新しい隊長さんが大変そうだったなって……竪琴はあんまりお金もないし……」

 

「カッカッカ! そりゃあお前んとこはそうだろうなぁ! なんでもかんでも土塗れだしよぉ!」

 

 馬鹿にするように笑い声を上げたのは白髪だ。足を組み、釣りあがっていた頬をさらに広げ、

 

「戦車道って竪琴とか弱小中の弱小だるぉ? ぶっちゃけ終わっちまえばいいんじゃねぇか?」

 

「ぁ、ぅ……でも……アウンさんちゃんたち頑張ってるし……」

 

「あぁ? さんちゃん? なんだそりゃ」

 

「ユサール、止めろ。喧嘩売るなっていつも言ってるだろうが」

 

「カッカッカ! すいませんでしたよぉ隊長殿! ちなみに先に言っておくと俺に面白みあることは言えねぇよ!」

 

「自信持っていうことか……?」

 

 あっけからんとした言いように首を傾げつつ、次に声を掛けたのは、

 

「お前はどうだ骸」

 

「……拙者は常と変わらず姫の剣であっただけで御座る」

 

 目を伏せていた彼はゆっくりと開き、

 

「――そう、姫御所望の鳥居脛衛門殿の旗指物を街の骨董屋で探し回っていたので御座る!」

 

『それ剣の仕事じゃねぇよ!』

 

「……? まぁ拙者、変わらず姫にお仕えしていただけで御座る」

 

「まぁ本人がいいならいいけどな。それで――」

 

「何もねぇ」

 

 青年に声を掛けられるよりも先に壁に背を預けていた少年は先んじて答えた。

 彼は他の会話にまるで興味を見せない。マフラーで口元だけではなく無造作に伸ばされた髪で目元までも隠しているのはあからさまにコミュニケーションを拒絶しているようにも見える。

 

「……まぁそんなコミュ拒絶するなよオルフェ」

 

「……ちっ」

 

 彼は――オルフェは面倒臭そうに舌打ちをし、

 

「……うちなんてくそったれの掃きだめだ。てめぇらの大好きな戦車道も馬鹿しかいねぇし、俺だって変わらねぇ」

 

 それよりもだ、とオルフェは髪で隠れた目を細め、

 

「とっと要件を言えよ。予定ならこうして俺らが大学選抜から一時戻るのはもっと遅かっただろうが。この前の社会人選抜の後はしばらくそれぞれの高校に戻る――そういう約束だった。にも拘らず、俺ら高校組を呼び出したってことはそういうことだろ黒龍」

 

「――あぁそうだ。察しがいいなお前は」

 

 青年――黒龍と呼ばれた彼はオルフェの言葉に笑みを深め、

 

「――試合が決まったぜ」

 

 

 




エリカ
別にいつもハンバーグ食べてるわけではない。
ちょっと新しい店気になったから。
この後めちゃくちゃ一緒にランチした。


高校生ズ
たくさん

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