「直君はこれからどうするの?」
黄昏時の潮風に吹かれながらみほからの問いかけに直は首を傾げた。
温泉の後、既に聖グロやプラウダ、知波単とは解散している。それぞれの移動手段で自身の学園艦に帰還し、今大洗チームも自分たちの学園艦に向かっている。
勿論、戦車で。
風呂上がり故の気だるさの残る身体に風に吹かれていたが、
「……ふむ」
風の感触を忘れ、みほの問いを考える。
現在俺は黒森峰から大洗へ、短期転校中だった。戦車道全国エキシビションマッチ、その歩兵道参加故にそれが認められていた。最も僅か数日程度のものであり、授業に参加しているわけでもない。
なので、明日明後日には戻らないと行けないのだが、
「……」
こちらを上目遣いで伺ってくるみほの視線が突き刺さる。
……凄い見られてるな。
実のところ、エキシビションマッチ前日に大洗入りしてから二人だけの時間というのがなかった。エキシビションマッチまでの時間は大洗のアウトレットモールに行ったが聖グロ、知波単、プラウダんも面子もごちゃまぜで半ばお祭り騒ぎだった。
全国大会後から恋人同士になったが、しかし茨城と熊本という土地の関係上遠距離恋愛というやつであり、二人の時間というものは中々取れない。電話やチャットアプリで連絡は取っていたがそれでも実際に会うのとは違うわけで。
「……明日」
「ん……?」
「明日、夕方には大洗でないといけないけど……それまで、どっか行くか。大洗の街はそれほど詳しいわけじゃないけど」
少しだけ、彼には珍しく優しく微笑み、
「うっ、うん! 行こう! ど、どこがいいかな!?」
普段控え目な彼女にしても珍しく、満面の笑みと食い気味の答えが来た。
●
「……はぁ」
戦車内部、敬愛する少女のラブコメを隣で聞いていて優花里は重く息を吐いた。
……なんでしょうかこの複雑すぎるものは……。
別段、直のことが嫌いなわけではない。寧ろ、男性の友人が少ない優花里には貴重な普通に話せる相手でもある。かつてサンダースに潜入した時に助けられたのは記憶に残っているし、みほのことを心配していた様子も印象的だ。
悪い人ではない。
みほを泣かせるような男でもないだろう。
……が、それはそれとして面白くないです……!
具体的には、こうパンツァーファウストとか持ちだしたいくらいに。どうせ直なら平気だろうし、当てても構わないかなって思う。
その後が怖いのでできないが。
なんてことを考えつつ、斜め前の方を見れば、
「……」
「まぁ、羨ましさが振りきれて憔悴してますわね。自分には縁遠いわけですし」
「ぐはっ」
……毎度毎度五十鈴殿が止めを刺しているような……?
いや、彼女たちは親友同士だ。かつてボッチだった自分には計り知れない友情があるのだろう。今も正直理解できないが、それはそれ、人それぞれと言う奴だろう。
頷いていたら、
麻子がぼそりと呟いた。
呆れ混じりの嘆息のそれは、
「――日向はもう転校してしまえばどうだ?」
●
「ふえぇぇぇ!?」
どこっ! っと車内で二人程が頭をぶつける音と隣にいたみほが顔を真っ赤にしながら叫んだのを直は聞いた。
そして、
「……それも、ありだな」
「!?」
車内と隣から、今度は合わせて五つの音を聞いた。
そもそも学園艦においては転校というのは決して珍しくない。
何故なら、
……学園艦ってそれぞれ個性強いからなぁ。
各校は提携する学校と国家の影響を色濃く受けている。留学生も少なくないが、基本的には日本人で、学園艦に入る中でそれぞれの文化の中で中高生活を過ごしていくのだ。
が、どうしても性格や性分か合う合わないというのは生まれてしまう。
また巨大ながらも艦という限られた空間ということで一度トラブルを起こすと禍根が残りやすく、簡単には消えてくれない。
文化や人間関係、はたまた部活やサークル――つまりみほはこれになってしまう――の問題で、どうしても転校せざるを得ない状況に陥ってしまう生徒というのは儘いる。
場合によっては、様々な文化を体験したいと短期間で転校を繰り返すという物好きもいる。それ故に転校制度の手続きは難しくない。
短期転校制度を使う生徒は珍しくないし、成績さえ良ければ大学への一時転校制度すらも整えられている。
今回の直の場合は歩兵道による短期派遣であるが、
……多分、申請すれば通るよなぁ。
直の成績はかなり良い方だ。定期テストでは中学時から学年トップ十位内をキープしている。このあたり、大学進学時にどこかしらの特待生を狙っていた――養子故に日向の家に負担を掛けたくないため――結果なのだが、こんな所にいい影響があるとは思っていなかった。
これおかげで自分探しの旅もスムーズにできたわけだ。
だから、冗談でもなんでもく、意思さえあれば日向直の黒森峰から大洗の転校は可能であり、
「――一緒にって、約束したからな」
今までずっと離れていて、そして一緒にってあの日約束した。
だから、可能な限り同じ時間を過ごしたいわけで、
「……みほが、嫌じゃなければな」
「え、えぇ……!?」
みほの顔が赤いを通りこして形容しがたい色へとなっていた。
頭を振り回し、湯気を出していたが、
「って、うわぁ!?」
「っと」
キューポラから落ちそうになった所を受け取る。
揺れる戦車の上であるが、その程度でバランスを崩すことはない。
つまり、抱きかかえることになり、
……風呂上がり、だもんなぁ。
いい匂いがした。
それに対する反応は化物とすら呼ばれた精神力で抑え込み、
「大丈夫か?」
「え、あ、うん……っ」
「で、どうだろうな。俺はできればみほと一緒にいたいんだが」
「え、えぇ!? ちょ、直君、直球過ぎて、えっと……!」
赤とか青とか紫とか顔の色は変化し、目がぐるぐると回して、
「――ちょ、ちょっと待って……!」
問題は置いておかれた。
そして大洗の学園艦へ、そして学校へと戻り――――それ所ではないということを彼らは知る。
●
「……」
重い空気の中、みほは荷物を纏めていた。
……ついさっきまで楽しかったのに。
学園での一連の出来事から約数時間、空気だけではなく心までも重い。
校門の前で大洗戦車道チームが杏から――そして現れた文科省役人から告げられた事実はあまりにも酷な現実だった。
かつてみほたちが戦ったのは、自分たちの学校を廃校を止めるためだった。
黒森峰では手に入らなかった自分の居場所を、自分と愛する仲間と共に手にいれることができた。
なのに――その居場所は奪われた。
優勝により廃校は撤回されたはずだった。かつて杏が文科省と約束をして、だからこそ戦ってきたのに、
……口約束だから、守らないなんて。
残酷というのは残酷すぎて、しかしそれは現実として突きつけられる。
何もかもが既に終わってしまって、もうどうしようもない。
廃校は現時点で決定していて、覆しようのない現実だ。決定にしたいて抵抗したいと叫ぶ仲間もいたけれど、その場合は大洗学園艦の人たちの再就職先を斡旋しないとさえ言われている。
文科省がなぜそこまでして大洗を廃校にしたいのかは解らない。
ただただ、どうしようもない現実が突きつけられ、みほの心を際悩む。
駄目押しと言わんばかりに戦車すらも文科省へ没収された。
そうして、今のみほにできることは、部屋の荷物を纏めるだけだ。
「……」
……前にも、あったなぁ。
かつて黒森峰から去った時も気分重く、荷物を纏めることがあった。
去年の全国大会により、居場所を失った彼女はあの時も今のように自分の部屋で荷物を纏めて黒森峰を立った。
同じような展開であり、しかし違うのは、
……離れたくない。
逃げたいと思ったかつてとは違い、しかし今では離れたくないという想いで一杯だ。
或はどうだろう。
幼い頃、幼馴染の少女が外国へ転校し離れ離れになったことがあった。
あの時は、悲しかったけれど、しかし希望と絆は互いの胸にあった。
いつか自分の戦車道を見つけた時にまた会おう――そう誓いあった彼女は自分の道を見つけられただろうか。
自分は見つけることができた。
だけど、もうその道は途絶えてしまったのだ。
「…………ごめんね」
呟いた言葉は、異国の地にいるはずの彼女へ。
「……みほ?」
「あ、大丈夫だよ」
玄関先から直が顔を出す。
普段無表情な彼もまた表情は普段よりも硬い。
今彼は、学園の寮の空き部屋を使っていたがあまり荷物がなかった彼は自分の支度を終えてみほの部屋まで来ていたのだ。
荷物はボストンバックとサブバッグが一つづつだけ。
あれに着替えや歩兵道用のスーツがあるのだから上手に仕舞ったものだと思う。
見慣れた白いパーカーに力なく微笑み、
「……終わったよ」
終わったよ――なんて。
一体何を指しているのだろう。
荷造りか、それとも、自分の道か。
それすらも、良くわからなくなってしまった。
そんなみほに、直は少しだけ言葉に迷い、
「……気持ちは解る。少しだけな」
玄関に座り込み、言葉を紡いだ。
彼にしては珍しい、行儀のいいと言えない行動だ。
意外に思いつつ、みほも正面にすわり、話の続きを聞く。
「――俺も、俺たちも似たような境遇だった」
●
「日向の家に、つまり孤児院――若松院って言ったんだけどな。まぁ知ってると思うが俺らが小さい頃に潰れたんだ」
……まぁ無理もないと今更ながらに思うけどな。
歩兵道の修行と称して、一桁の子供を世界中引きずり回して修行をしてたのだ。
先生は頭がおかしかった言うほかないし、その先生の友人にしてもスパナで戦車を解体するとかガチ忍者とか頭がおかしい。そんな人たちに育てられたから自分たちも大概だろう。
だけど、その時はそんなことに気付かなくて、孤児院が潰れるって聞いた時は、
「結構、反抗したな。俺たち全員」
「直君も?」
「あぁ俺も」
意外そうなみほに苦笑と共に返す。
確かに自分にしてはあまりない行動だったと思う。だけど、寧ろらしい行動だったとさえ思っているのだ。
……家族のこと、だからな。
日向直という少年は常に無表情故に冷たいと思われがちだが、これでも気づかいはできるし、何より身内への想いは人一倍強い。
だからこそ、家族との居場所が奪われそうになって、認められなくて、
「……それで、どうしたの?」
「先生が言ってくれたんだよ」
思いだす。
かつて、誰よりも尊敬していた人の言葉を。
「――大丈夫だよ、って」
そう告げられた。
「君たちはまだ半人前だけど、それでも自分の道を歩いていけるだろう。だから、大丈夫。……そんなことを言ってくれた。だから、それぞれ別れることができた」
本音を言えば寂しかったけれど、そう言われてしまえば胸を張るしかなかった。
「……まぁ、それでも自分の道を歩けるようになったのはついこの間のことだけどな」
回り道し過ぎたなぁと思わず恥ずかしくなる。
けれど、その結果に得た道は何よりも誇らしい物だ。
「……私は、どうかな?」
目前、力なくみほがほほ笑んだ。
大切な、護ったはずのものを失って彼女は傷ついている。だから、傷ついたみほを放っておけなくて、
「――大丈夫だ」
「ぁ――っ」
胸の中に引き寄せ、抱きしめながら言葉を囁いていた。
「大丈夫、大丈夫――みほなら大丈夫だ。大事なものを、お前は持っているだろう? 確かに、学園はなくなってしまう。だけど、それでもみほがその中で得たものまで無くなるわけじゃない。それは、絶対だよ」
「……うん」
背中にみほの腕が回る。
彼女の額が胸に沈むように擦りつけ、
「……解らないけど……直君が言ってくれるなら信じる」
「あぁ、安心しろ。俺が世界で一番……うん。少なくとも三位以内にはみほのこと見てるはずだから」
……何しろまほさんと常夫さんがいるしなぁ。しほさんは多分かなり遠目というか、チラ見している感じだし。
真面目に答えたが、しかしみほは吹きだして、
「あはは、そこは一番でいいのに」
「ぬぅ、しかしやらかした時間もあるし……」
「関係ないよ」
みほの顔が上がる。
自然と至近距離で視線は結び、
「――今、私に見えるのは直君だけだから」
「――そうか」
吐息さえ感じられ、まつげすらも数えられる距離。
目の前には柔らかい笑みを浮かべた最愛の人がいて、
「……って、ごめん! なんか、えっと――」
「――いいんだ」
我に返って離れ掛けたみほを少し乱暴になりつつも引き留める。
「ぁ――」
「――嫌か?」
「……いやじゃ、ない」
視界の中、彼女の頬が赤く染まり、どこからか鼓動の音が聞こえてくる。
多分、それは自分のものでもあり身体が重なっているみほのものである。
「……正直、辛いんだ」
彼女は呟く。
「この先どうなるか……どうすればいいのか、解らなくて……怖いの」
だから、
「――私に、勇気をください」
言葉は返さなかった。
代わりに行動で。
「――ん」
腕の中の誰よりも愛する少女と唇を重ねながら願う。
例えどれだけ辛い現実であったとしても、彼女が自分の道を歩けることを。
そして誓う。
その道に先に自分が彼女と共あることを。
直みほ
このあとめちゃげふんげふん。
何したんでしょうね。
ナニですかね
役人トークは申し訳ないが割愛。
らぶらぶ大作戦とかリトルアーミーとかリボンの武者最新刊めちゃよかったですね。
わりかし、マジノも含めて読んでおられるとこの話も楽しめると思います(つまり、解るな?
感想評価お願いします。