ガールズ&ユンゲ   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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ツヴェルフ

「おーっす直、なんだって? シンがアホこいて盗みの片棒担がされたんだって? ハッハワロス」

 

 部屋に入ってまず掛けられたのはそんな煽りだった。

 ノンナに連れられた部屋は中世ロシア風とでも言うのか赤を基調とした高価な調度品に囲まれた広い部屋だった。部屋には紅茶らしい良い香りが漂っていて鼻をくすぐる。そして部屋に響いてるのは何かのクラシックの音楽だろうか。

 先に部屋にいたのは丸いテーブルを囲む三人の男女だ。

 一人と二人に別れていて、一人の方は小学生染みた見た目の少女ならぬ幼女。緑のジャケットと赤いシャツに小さな体を落とし込んでいる様はしかし意外にも様になっている。

 プラウダ高校戦車道隊長のカチューシャ。

 対してカチューシャの正面に座り、ティーカップを手にしている少女。金髪を結い上げ、群青色の制服を隙なく着込んだのが聖グロリアーナ学院戦車道生徒会長ダージリン。

 その隣、姿勢も制服の着方も崩し、足を組んでティーカップすら口に加えて行儀の悪い男。妙に綺麗に染まっている金髪は逆立させて、見るからに不良といった男が――今まさに煽りを吐いたやつこそが言わずと知れたジャバウォックだ。

 三人の視線は部屋に入ってた俺、パヴロフ、ノンナに向けられていた。が、ジャバウォックの煽りにダージリンは眉を潜めながらティーカップに視線を落とし、

 

「……ジャバウォック? いけませんわよ。他校の友人の下へ来たのですから、お行儀よくしてみっともない真似はよしなさい。――こんな格言を知っているかしら? 信用は黄金よりも、重い」

 

「―――‐そうだな」

 

 ジャバウォックは真面目な顔で頷いた。

 

「――!?」

 

 信じられないものを見たと言わんばかりにダージリンが目を剥きながら顔を上げた。

 優雅さの欠片もないどころか紅茶が数滴落ちている。 

 

「うむ、ダー様の言う通りだな。全くだ、人さまの家で悪い態度を取るもんじゃないな」

 

 したり顔で頷きながらジャバウォックは姿勢を正してティーカップを口から外す。

 

「……? ……? !?」

 

 紅茶を震わせたダージリンはちゃんと座ったジャバウォックを化物でも見たかのように疑問と驚嘆を浮かべながら彼女自身も体を震わせている。

 

「あ……貴方……本当にジャバウォック……?」

 

「ノンナノンナ、ダージリンが壊れたんだけど」

 

「手遅れですね」

 

「おいおいダー様、ちゃんとしろっていったのはお前だろぅ? 偶には殊勝に言うこと聞こうと思ったわけよ」

 

「くっ……! この蛮族もついに礼儀や文明というものを知って……!」

 

 地味に酷いこと言いながら涙組んでいるが、

 

「――」

 

 そのダージリンを見下ろしながらジャバウォックの口端が歪んでいる。

 何を考えているのかは大体解るけど、まぁ他人ごとなので放っておこう。

 どうせ聖グロには後で向かうつもりだったわけだし。嫌でも視ることになるだろう。あれはあれでジャバウォックの愛情表現なのだから置いていおく。

 だから二人から外し

 

「――カチューシャ様ァ!」

 

「ひゃ!?」

 

 滑るようにカチューシャの足元へ土下座し行くパヴロフを見た。

 

「改めて! お初にお目に掛からせていただきまぁすカチューシャ様!」

 

「ぁ……ん? アンタさっき暴れてたやつね……? ふふん! いきなり土下座とは良い根性じゃない! 名前を聞いてあげるわ!」

 

「ははっー! パブロフといいます! 気軽に豚でも塵とでも呼んでくだせぇ!」

 

「豚……塵……? まぁいいわパブロフ! その姿勢は気に入ったわ!」

 

「んほぉぉ……! 勿体なきお言葉……! さっ、どうぞカチューシャ様! 俺を椅子にして座ってください! カチューシャ様は人の上に立つお方です! 天は人の上にカチューシャ様を導き、カチューシャ様の下に人を作ったのですから!」

 

「あっはっは! いいわねいいわね!」

 

 四つん這いとなったパブロフの背にカチューシャが座る。

 

「んほぉぉぉぉぉ……!」

 

 パヴロフが恍惚の笑みを浮かべていた。

 俺が今までの人生で見たもので最も気色悪いものだった。

 

「あはは! 良い座り心地よ! ノンナ! どうしてこいつのこと教えなかったのよ!」

 

「くっ……同士カチューシャ……それは、その、度し難い人間の塵屑の変態で名状しがたき畜生の類であるというか……свинья(この豚が)

 

「? 日本語で話しなさいよ」

 

 ロシア語は解らないがしかしとても汚い言葉をノンナが吐いた気がする。

 いつの間にかカチューシャの背後に控えていたノンナは、カチューシャに気付かれぬようにパブロフの手を踏んでいる。

 踵で。

 全体重を掛けて。

 女子とは言え身長百七十を超えている彼女がそんなことをしたら普通手の甲砕けそうだがまぁパブロフだから大丈夫だろう。カーボンスーツ着てれば威力低めの砲弾くらいなら何度か耐えられる奴だし。

 しかして改めて室内を見回す。

 ダージリンが感涙と共に紅茶を飲み、それをジャバウォックが悪い顔で笑っている。

 カチューシャが高笑いをして彼女を四つん這いになったパヴロフがのせいて、パブロフの手を全力で踏みつぶしながらノンナがカチューシャに紅茶を入れたりお菓子を食べさせている。

 

「………………帰るか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 残念ながら帰るわけにはいかなかった。

 継続連中に盗まれたであろう戦車や下手人であるシンやらスナフキンもどきの説明は必要だ。

 とりあえず説明すると以外にもカチューシャは話の分かるようで、一通り信じてくれた。近いうちに戦車道連盟を通して抗議をするとか息まいている。

 

「……制裁なり粛清なりするのなら呼んでほしい。俺も是非手伝わせてくれ」

 

「ふふん! 良い心がけね! その時は手伝わせてあげるわ! なんだっけパブロフの幼馴染だっけ?」

 

「ですですカチューシャ様! 俺の孤児院の幼馴染で超強いです! あ、いえ! 勿論カチューシャの偉大さには劣りますけどね!」

 

「あ? そう? そうよね! 解ってるじゃないパブロフ!」

 

「ははーっ!」

 

 さらっと言外に貶められているが変態の言うことだから気にしないようにする。

 嘆息しつつ、ノンナが淹れてくれた紅茶を口に運ぶ。

 

「紅茶はお好きかしら、直さん」

 

「……嫌いじゃない」

 

 声を掛けてきたダージリンに応える。

 

「嫌いな食べ物とか特にないからな。嗜好品というと紅茶も嫌いじゃないが……まぁ地元柄ノンアルコールビールが好きだけど、食事に文句付けることはない」

 

「それは素敵なことですわね。こんな格言を知ってるかしら? 食べるために生きるな。生きる為に食べろ――」

 

 一瞬ダージリンがジャバウォックをチラ見して、

 

「ソクラテスだな」

 

「……! えぇ! えぇそうですわ!」

 

 ジャバウォックの頷きながらの合いの手に目を輝かせている。

 隣で別の意味で目を光らせているジャバウォックには気づいていないが。

 それよりも意外なことがあってジャバウォックの方にあって、

 

「……ふむ」

 

「……あん? どした?」

 

「いや、なんでもない」

 

 首を振りつつ改めて紅茶に視線を落とす。テーブルには紅茶以外にもロシアのお菓子があり、そしてその隣にはジャムの小瓶がある。一人一つ分のそれらを見て、思い出すのはロシアンティーとか言う奴のことだ。

 確か、ジャムを紅茶に入れるのだっただろうか。

 

「……これ、どーするんだ?」

 

「ジャムを紅茶に入れて――」

 

「違うわよ」

 

 上がった声はカチューシャだ。

 自らスプーンでジャムを掬い、しかし紅茶ではなく自らの口に運んで、

 

「紅茶にいれるんじゃなくて、舐めながら紅茶を飲むの」

 

「カチューシャ、口についてますよ!」

 

「――舐めて取りましょうか!?」

 

「黙ってなさい」

 

 カチューシャに衝撃が行かないように無駄に器用にパヴロフが蹴り上げられた。そしてまた無駄な耐久力を発揮してパヴロフが耐えきっていた。ちょっと嬉しそうだ。

 

「ふむ……しかし、練習しなくていいのかしら?」

 

「あら、もう負けた貴女に言われてもね?」

 

「勝負は時の運と言うでしょう?」

 

 そう、聖グロリアーナは既に戦車道全国大会を敗退していた。ダージリンたちを打ち倒したのは、他ならぬまほさんが率いる我が母校黒森峰だ。聖グロ対黒森峰が準決勝であった為、既に黒森峰は決勝へと駒を進めている。

 そして未だ行われていない準決勝はみほ率いる大洗と、

 

「余裕ね? もうすぐ準決勝でしょうに」

 

「はん! 名前も聞いたことが無名高相手なんて燃料がもったいないわ!」

 

 目前、カチューシャ率いるプラウダ高校なのだ。 

 

「でも、相手は西住流よ? 家元の」

 

「はあ!? なにそれなんでそんな大事なこと言わなかったの!?」

 

「何度も言いました」

 

「聞いてないわ!」

 

「――妹さんの方だけどね?」

 

「っ、な、なーんだっ!」

 

 あからさまにカチューシャは安堵して息を吐く。

 

「……」

 

 紅茶の香りを吸いこみながら、少しだけ口に含む。

 

「だったら楽勝じゃない! 去年のこと忘れたわけじゃないでしょ!?」

 

 去年――そう、去年だ。

 去年の全国大会においてプラウダ高校は決勝で黒森峰と戦い――そして、プラウダが勝利した。聞くところによればカチューシャは当時の黒森峰のフラッグ車に白旗を上げさせた為に今プラウダの戦車長に成りえているとか。

 つまり、去年みほの戦車を撃ったのがカチューシャだ。

 

「……」

 

「直、これクッキー美味いぜ。食べてみろよ?」

 

「……貰おう」

 

 ジャバウォックが指したクッキーを手に取る。

 その間にもカチューシャの言葉は続いていて、

 

「妹の方なら楽勝じゃない! 負けるはずが――」

 

「――」

 

 ――手の中のクッキーが粉となって砕けて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ひっ」

 

 カチューシャは息を飲み、怯えていた。瞳には恐怖で濡れ、そしてそれは彼女だけはない。ノンナも目を見開き後ずさり、ダージリンでさえも反射的に紅茶を震わせながらのけ反って、

 

「大丈夫です、カチューシャ様、ノンナ様」

 

「しゃんとしろよ、ダー様」

 

 パブロフとジャバウォックの声にそれぞれが己を取り戻していた。

 そんな光景を他人事のように見ていたが、

 

「直ぉ、ちっと落ち着け」

 

「……あぁ、すまんな」

 

 自分が三人を怯えさせていたことに今更ながら気が付く。

 完全に無意識の威圧だったらしく、気付かなかった。

 そのあたり自制が甘くなっている。

 ニタニタ笑っているジャバウォックと意外そうな顔をしているパヴロフを視界の隅に入れつつ、

 

「……悪い」

 

「な、なによアンタ!?」

 

「あのー、カチューシャ様。直は今の西住さんと幼馴染なんです。ついでにこいつは身内大好きマンで、ちょっと貶すと激おこで、こいつが激おこだと大分拙いというか……いえ、カチューシャ様の偉大さを信じないわけではないですが」

 

「ふっ……ふん! ま、まぁいいわよ! どうせ勝つのはカチューシャなんだから!」

 

 パブロフに慰められ、持ち直したようなカチューシャだが此方に視線を向けようとしない。背後のノンナも此方を睨みつけてあからさまに警戒しているのが伺える。

 

「ははは、ビビらせてやんの」

 

「……やかましい」

 

「なんというか……なるほど。直さんもジャバウォックの同類と」

 

「……なんだその納得は」

 

 嘆息しつつ、今度こそクッキーを口に持っていきながら考える。

 こうなってしまうとプラウダには些か居づらいだろう。どうせパブロフは変態だし、来てから碌な目にあってないし、折角だからさっさとお暇することにしよう。折角ダージリンとジャバウォックがいるのだからついでにそのまま聖グロに行けばいい。

 この二人だって大洗とプラウダの試合に見に行くだろうし、問題はない。

 考えながらクッキーを齧り、 

 

「……美味いな」

 

 当然、おかわりはもらえなかった。




日向直
みほ馬鹿にされてげきおこ

ダージリン
格言言えたわ!!

ジャバウォック
チャージタイム

パヴロフ
椅子になれたんほぉおおおおおおお!!

カチューシャ
椅子ゲット。まほに続き黒森峰生徒は苦手。

ノンナ
この豚め

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