あれから幾日かたった。総武高校ではあるイベントが起こる。それは、マラソン大会である。そして、今日がその日だ。
風は多少あるものの、冬晴れだった。寒い、俺は体を震わせながらスタート地点にいる。走行距離は長い。だからと言って、俺個人としてやることは変わらない。
整列の号令がかかると、俺達はスタート地点に引かれた白線の後ろに並び始める。俺は人混みを掻き分けながら、葉山がいる最前線に並ぶ。
「よう、葉山」
「やぁ、比企谷」
俺達は軽い挨拶を交わす。そして、お互いに屈伸したり身体を伸ばして、軽く準備運動をする。そして、スタートの合図が来るのを待つ。
「比企谷、忘れてないよな?」
「あぁ、忘れてねぇよ。賭けのことだろ」
俺と葉山はある賭けをした。それは、マラソン大会での勝負。勝った方が負けた方に、一つだけ言うことを聞かせる。
はっきり言って無謀なことだ。運動部である葉山に、文化部である俺が勝つことは出来るわけがない。俺はその事を葉山に言ったが、葉山はニヤニヤと笑って条件を変えてきた。それは、葉山が1位以外を取ったときは葉山の負けと変えた。なめられたものだ。葉山は絶対に1位を取る自信があるらしい。俺はなんとか別のものにしようと交渉するが、葉山は頑なに認めなかった。
「俺は君には絶対に負けないよ」
「………………」
腹をくくるしかない。俺は大きく深呼吸して落ち着かせる。周りを見ると、観戦している女子が見られる。大抵は葉山の応援をしている。そこから少し距離をおいて、三浦達がいた。三浦はちらちらと葉山に視線を送るだけだった。珍しいな。三浦が葉山の応援をしないなんて。やっぱり、あの噂は本当のようだな。そう結論づけて、ある人物を探す。
見つけた。俺の彼女、藤咲がそこにいた。お互い見つめあう形になる。そして、藤咲が俺に向けて何か言ってきた。けれど、葉山の応援でかきけされて、聞こえなかった。それでも、俺には伝わった。身体に力がみなぎるのを感じる。よし、頑張れる。俺は更に身体を動かし、万端の準備を整える。
もう間もなくスタート開始だ。並んでいる男子生徒達も静かになり、スタートの合図を待つ。
そして、ピストルを片手に平塚先生が現れる。空に向かってピストルを構えた。
「位置について、よーい」
次の瞬間、引き金が引かれて銃声がなる。俺達は一斉に走り始めた。俺は葉山の後ろについて走る。それを見た葉山がペースを上げた。最初から飛ばしすぎだよな。それでも、俺は葉山にくらいついて走る。ある程度走ると、二人だけでトップ争いしていた。
身体が痛い。呼吸も荒く、もう投げ出したくなる。それでも、走る。葉山に負けたくない一心で。俺は葉山を見た。少し疲れているように見える。さすがに、あんなに速いペースだと疲れるよな。もう少しだな。俺は葉山の横に並ぶ。葉山は俺をちらりと見る。
「よくついてこれるな……」
バカにした言い方だな。少しイラッとくる。だが、今がチャンスだな。
「一つ聞いていいか?」
「なんだ、比企谷」
「どうして、そこまで、俺を奉仕部に戻させようとするんだ?」
一つの疑問をぶつけてみる。
葉山は賭けをしてまで俺を戻そうとしている。それまで、固執する理由とは、一体なんなのか。
「俺はただいつものように戻ってほしいんだ」
何かを誤魔化すように、葉山はペースを上げる。本当に戻したいと思っているだけかもしれない。けれど、俺には別の理由があると思ってしまう。
だから、俺もペースを上げる。
「嘘をつくな。それだけじゃないだろう」
それを聞いた葉山はペースを上げる。
どうやら図星だったようだ。だが、逃がさないぞ。考えろ。今、確実に葉山を止めることが出来る言葉を。どうして、葉山は俺を戻そうとしているか。
あぁ、そうか。わかってしまった。考えてみたら簡単にわかることだ。いつだってそうだった。
「そうか。お前は奉仕部を必用としているのか。自分の都合のいいようにするために。利用するために」
葉山は急に立ち止まった。俺もそれに合わせて止まる。葉山を見ると、その顔は歪んでいた。それは、疲れからなのか。それとも、図星を突かれてしまったからか。もしかしたら両方なのかもしれない。
俺は更に畳み掛ける。
「いつだってそうだった。お前は奉仕部をただの便利屋としか思ってなかったんだ」
「………………」
「結局、お前は自分のためになることしか出来ないんだ!」
「黙れーーー!」
怒り狂った葉山が俺の胸ぐらをつかんでくる。俺は一切動じない。
「君に何がわかるんだ!俺がどういう気持ちでいたか……」
「知らねぇーよ」
俺は葉山の腕を払いのける。そんなの当たり前だろ。俺は葉山隼人ではない。葉山の気持ちなんてわかるわけがないのだ。
「……俺は君に勝つよ」
葉山は宣言する。それは、自分に言い聞かせてるように思えた。
「……俺は勝って、自分が正しいことを証明するよ」
それがお前のやり方か。なら俺も自分のやり方を貫くだけだ。葉山に宣言をする。
「……お前には無理だよ」
「なぜだ!」
「それは……」
葉山の後ろから誰かがやってくる。葉山はまだ気づいていない。後ろから来たのは橘綾斗だ。そして、俺が葉山に勝つための切り札だ。
あの時、藤咲と結ばれたあと、俺は橘を呼び出した。そして、全てを話した。俺が藤咲のことが好きだと。そして、告白したことを。
殴られると思った。協力すると言っておきながら、告白して奪った。だから、俺は何を言われても受け入れるつもりだった。それなのに、橘はこう言ってきた。
「悪かったな、比企谷」
謝罪だった。俺にはどうしてそんな言葉が出るのかわからなかった。普通なら怒りをぶつけてくるだろう。けれど、それは一切なかった。
「どうして……」
返ってきた言葉は意外なものだった。
「だって、藤咲の事が本気で好きだったんだろう。なら、そんな比企谷に頼んだ俺が悪い」
橘は笑っていた。凄く真っ直ぐな男だ。そう思ってしまう。
「じゃあ、今から振られに行きますか」
突然のことで停止するが、すぐさまもとに戻る。俺は橘のすることがわかってしまった。決して実らないとわかっているのに、告白するのはある意味勇気が必用だ。改めて実感する。橘は強い人間だと。
「……行くのか?」
「あぁ、自分の気持ちに嘘はつきたくないからな。じゃあな、比企谷」
そう言って、出ていく。残された俺は強く決意する。
あの後、どうなったかは俺は知らない。聞かない。ただ、橘は部活に精を出しているようだ。今以上に部活を頑張っているらしい。だから、俺は頼んだ。今回の件を。葉山に勝つための切り札として。
走ってくる橘と目が合う。任せろと言っているようだ。橘は葉山を抜かした。
「しまった!」
橘に気づいた葉山が走り出す。すかさず俺が挑発する。
「おいおい。俺との話は終わってねぇだろう。逃げるのか?」
葉山は足を止めた。その顔は焦って見える。
「くっ、うるさい!」
そう吐き捨てて葉山は橘を追っていく。作戦通りだな。ニヤと笑いながら、俺も葉山を追っていく。
今回の作戦の内容とはこうだ。まず、俺と葉山でトップ争いをする。その間、俺は出来るだけ葉山を疲れさせる。頃合いを見て、挑発し、走るのをストップさせる。そこを、橘に抜いてもらうという作戦だ。
俺は最初から葉山と直接対決する気はさらさらなかった。要は葉山を1位にさせなければいいのだ。つまり、他の人を1位にさせればいい。その役として、橘に頼んだ。そして、結果は成功した。
未だに葉山は橘を抜かせないでいた。これは、俺が疲れさせたためであろう。自分のペースで走ってきた者と、ペースを速くしたり止まったりしてからだにダメージを与えた者。どちらが、勝つことが出来るか?それは前者だろう。だから、もう葉山は抜けない。俺の勝ちは決まってしまった。だけど、ふとよぎる。藤咲から言われたことを。
『頑張って下さい』
もう頑張る必用がない。それでも、葉山には負けたくないと思ってしまう。それに、藤咲に無様な姿は見せたくない。かっこいい姿を見せてやりたい。
身体に力がみなぎる。かなり疲れているが、まだ走れる。俺はペースを上げた。
息が荒い。かなり疲れている。それでも、葉山に負けたくない一心で走る。いつのまにか、ゴールが見える所まで来た。付近には女子生徒達がいた。そして、俺は葉山に追い付いた。俺も葉山もかなり疲れている。今だ。俺はもっとペースを上げる。そして、葉山を抜かした。
「君には絶対に負けない!」
葉山の怒声が聞こえる。それと同時に、背中を引っ張られる。俺は体制を崩した。まさか、こんなことをされるなんて、このままだと負ける。だが、ゴール付近である人物を見つける。藤咲だ。
「邪魔をするなぁぁぁぁ!」
足を前に力強く進める。そして、葉山の腕を払いのける。そのまま、ゴールに走った。もう、葉山は追いかけてこなかった。
そして、今回の勝負は俺の勝ちに決まった。
ゴールした後、藤咲からタオルとスポーツドリンクを手渡される。俺は受けとると、顔をタオルで拭いた。すると、いいにおいがする。
「おめでとうございます。すごかったですよ。まさか、葉山君を差し置いて2位を取るなんて……そんな貴方が私の彼氏なんて、誇りに思いますよ」
「それは言い過ぎだぞ……」
そこまで言われると照れてしまう。
「いえいえ、謙遜しないでください。それに……」
「それに?」
「とってもかっこよかったですよ!」
とびきりの笑顔で藤咲は言った。その笑顔を見ることが出来たのなら、頑張って良かったと思う。
なかなか投稿出来なくてすみません。今回は葉山との直接対決でしたが、見事勝ちました。しかし、葉山の悲劇は終わりません。それは、次回で。
次で最後になります。最後まで読んでいただければ幸いです。