深夜。
なかなか寝つけなく、喉が乾いた。水を飲もうとリビングに向かう。リビングからは光りが漏れていた。誰かいるみたいだ。ドアを開けると、ビールを飲んでいた親父がいた。
「おいおい、なんだよお前か。母ちゃんかと思ってびっくりしたぞ」
どうやら、母ちゃんにばれないように飲んでいたようだ。俺は親父を無視して、コップに水を注ぎ、一気に飲む。そして、自分の部屋に戻ろうとする。
「……なんかあったのか」
親父から言われて、足が止まる。俺は誤魔化すように言う。
「なんもねぇよ……」
「じゃあ、なんで辛気臭い顔をしてるんだ?」
いつも、親父はこんなに関わってくることはない。というか、うちは俺に関して放任主義だ。だから、今日はいつもと違うので、不思議に思う。
「あぁ、あれか、好きな子に振られたのか」
いきなりのことで体がびっくと動く。反応してしまった。親父にばれてしまう。
親父は頭をかき、バツが悪そうにする。
「……なんだよ、図星か」
親にそういった恋愛事がばれるなんて嫌だし、そのうえ振られたことを知られたなんて最悪だ。笑われる。そう思っていた。けど、親父は笑っていなかった。それどころか、顔つきが変わっていた。
「それで、お前は諦めるのか?」
「……………」
雪ノ下さんと同じ質問だが、俺は何も答えられなかった。
「……まぁ、お前の事だからまだ好きなんだろう」
極力体を動かさないようにしたが、反応してしまった。親父は些細な動きから俺の心を読む。
「また、当たったか……」
簡単に思考が読まれてしまう。
これ以上、ここにいたくない。そう思った俺は逃げるように出ていこうとする。
「……まだ好きなら、諦めなきゃいいだろう」
ドアノブに手をかけたところで静止する。
親父は簡単に言ってのけた。俺がそれで苦しい想いをしてるのに。何も知らないくせに。そう思ったら、怒りが込み上げて来る。
「……何もわかんねぇくせに、簡単に言うんじゃねぇ」
親父に怒りをぶつけてしまった。筋違いのものだとはわかっている。それでも、押さえることが出来なかった。
親父は軽く笑って、こう言ってきた。
「簡単に言うぜ。だって、俺の問題じゃねもん」
はぁ?ふざけるなよ!
喉まででかかった言葉を飲み込む。親父に言っても無駄だから。その代わりに、俺は親父を鋭く睨む。だが、親父は一切気にしなかった。
「そうだろう。これはお前の問題だ。なら、自分で解決してみせろ」
そんなことはわかっている。でも、自分でもどうしたらいいのかわからない。
「どうしたらいい……」
すがるように、親父にきく。
「自分のしたいことをすればいい。後悔しないように。真っ直ぐ正直にな」
すうっと、体に入ってくる。
それは、簡単に思えて難しい。俺が望んでいるのは凄く自分勝手なものだ。そのうえ、俺には資格がない。振られた俺には……
「……無理だな…俺には資格がない……」
俺の弱音を聞いた親父はドンと、手にしたビール缶でテーブルを叩いた。
「逃げるな!」
怒声が聞こえてくる。
いつになく親父の顔は怖かった。
「そうやって勝手に決めつけて、自分の逃げ道を作るな!」
頭を殴られるような強い衝撃を受ける。
……あぁ、その通りだな。俺は自分で作っていたんだ。資格がないって勝手に決めつけて、諦めようとしていた。でも、別に諦めなくても良いってことなんだろう……まだ、藤咲のことを想ってても良いってことなんだろう……
心がすうっと軽くなる。頭の中のモヤモヤが消えてくる。もっと別の答えが見えてくる。
「……ありがとう」
そうつぶやいて、出ていく。
まったく、俺らしくない言葉だったな。軽く笑ってしまう。だけど、もう一度頑張ろう。そう決意する。
翌日。
目覚めはスッキリとしていた。よく眠れたようだ。顔を洗い、小町と一緒に朝食を食べる。そして、学校に向かう。
学校につくと、雪ノ下に出会った。
「久し振りだな」
「えぇ、そうね」
いつ振りだろう。こうして向かい合って会うことは。
「……そう言えば、貴方に言っておかなければいけないことがあるわ」
言っておかなければいけないこと?
一体なんのことだ。俺に関係すること……考えてもわからないな。
「……由比ヶ浜さんが奉仕部を辞めたわ」
まさか、由比ヶ浜が辞めたなんて、驚きを隠せない。
「……理由はわかるのか?」
雪ノ下に疑問をぶつけてみる。雪ノ下は表情を変えた。それは、ひどく儚げであった。
「……わからないわ。私は平塚先生から聞いただけだから」
「そうか……」
あぁ、そういうことか。由比ヶ浜は平塚先生に退部届を出したんだ。つまり、雪ノ下に会わないまま辞めたということだ。
俺は何も言えなかった。
由比ヶ浜が抜けたことにより、雪ノ下はまたひとりぼっちになってしまった。彼女はこれからどうなっていくのだろう。
俺は知っている。雪ノ下雪乃は完璧に見えて、ひどく脆い。
「それで、お前はどうするんだ?」
彼女も奉仕部を辞めるのか。だとしたら、奉仕部は消えるのだろう。
雪ノ下は笑った。それは、決意を表しているようだった。
「私は最後まで続けるわ。いろいろあったけど、あそこは私にとって思い出の場所だから」
やはり、雪ノ下は強い。彼女ならひとりでもやっていける。
「それじゃ……」
「あぁ、じゃあな」
雪ノ下は踵を返し、歩いていく。俺も自分のクラスに向かう。
もっと素直になろう。理由をつけて逃げるのは、辞めよう。諦められないのなら、諦めなくていい。もう一度頑張ればいいだけだ。ただ、自分のしたいことをすればいい。
それに、まだ俺は聞いていない。藤咲の気持ちを聞いていない。『付き合う資格がない』そんな建前しか聞いていない。だから、もう一度聞こう。藤咲の気持ちを。
そして、俺は文芸部のドアを開く。
久し振りの投稿ですみません。
諸事情により、忙しく投稿できませんでした。次回は藤咲との話し合いです。ここで、八幡との関係がわかります。