救われる話   作:高須

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21話

午後の授業が終わり、放課後になった。俺は荷物をまとめ、教室を出る。

 

「ちょっといいかい」

 

誰かから呼び止められる。振り返ると、そこには葉山がいた。以前会話したときに比べ、なんだか雰囲気が変わったような気がする。凄く不気味に思える。

 

「……それで、なんだよ?」

 

ぶっきらぼうにこたえる。葉山はニヤニヤ笑いながら、話始める。

 

「ちょっとした確認だよ。それで、橘からの相談を受けるんだよな」

 

「……お前には言う必要はない」

 

「ははは、君はバカかい。俺が橘から相談を受けて、君に手伝ってもらうといいと言ったんだ。だから、知る必要がある」

 

人をバカにしたような笑い方をしてくる。むかつくな。

大体、こいつはなんでこんなにも突っ込んでくるんだ。こいつにとってなにか得になるのか?まさか、何か企んでいるのか?

 

「別に受けてもいいじゃないか。まさか、彼女のことが好きだから、手伝わないのか?」

 

思考が停止する。

図星を突かれたのがわかる。考えないようにしていた。でも、わかっていたんだ。どうして手伝う気になれないのか。それは、まだ藤咲のことが好きだから。まだ諦めきれないでいたから。未練があったから、受けることが出来なかった。

でも、もういいのかもしれない。ちょうどいい機会なのかもしれない。手伝うことで忘れられるかもしれない。諦めることが出来るかもしれない。辛くなくなるかもしれない。だから、受けよう。忘れよう。この気持ちを……

そして、俺は自分の心を偽ることに決めた。

 

「……わかった。橘の件は手伝うと決めた」

 

「それでいいよ。橘には俺から言っておくよ」

 

そう言って、葉山は立ち去った。俺は胸が凄く痛かったが、気にしないようにした。今日は部活がないため、すぐに家に帰った。

 

 

 

 

次の日の昼休み。屋上でマッカンを飲みながら、橘が来るのを待つ。ゆっくり飲みながら、待っていると橘がやってきた。

 

「よう、比企谷。悪いな、待たせちまって」

 

「大丈夫だ」

挨拶を交わし、話の本題に入る。

 

「本当にありがとうな。手伝ってくれて」

 

「別にいい。それで、俺は何をすればいい?」

 

「そうだな……」

 

橘は考えている。おい、具体的にしてもらいたいことを考えてなかったのか。

 

「あ、好きなタイプとかきいてくれないか」

 

今思い付いたな。本当に大丈夫なのか。俺は不安を覚える。

 

「それだけか?」

 

「今のところはそれぐらいだな」

 

「そうか、わかった」

 

まずすることがわかった。これは、簡単なものにみえるが、難しく思える。普通にみれば、振られた男が振った女に『好きなタイプは何ですか』なんて訊けるわけがないだろう。しかし、引き受けてしまった以上やるしかない。

 

「それじゃ、頼んだぜ」

 

「……まかせろ」

 

話がついたので、橘は帰っていった。残された俺は、残っていたマッカンを一気に飲み干し、教室に帰った。

 

 

 

 

放課後。

俺は部室に向かう。部室に向かう足取りは重い。藤咲と会うのは、あの時以来だ。そう考えると、怖いと思ってしまう。俺はどんな顔をして会えばいいのやら。そんなことを思っても仕方ない。結局俺が変えてしまったから。そう思い、部室のドアを開く。なかには、いつも通り藤咲がいる。なにも変わっていないようにみえる。

 

「……こんにちは」

 

「あぁ、こんにちは……」

 

藤咲は本から顔を上げず、挨拶をかわす。俺はいつものようにイスに座り、バックから本を取り出して読む。しかし、なかなか集中して読めない。それは、異常なほど空気が悪いから。凍てついている。前にあった暖かい空気はもうなかった。横目でチラリと藤咲の方を見る。藤咲はただ本を読んでいた。俺のことなど眼中にないと言った感じだ。

視線を本に戻す。まったく無理ゲーだ。今の状態で好きなタイプなんて訊けるわけがないだろう。それ以前に会話もない。日にちを改めよう。そう決めた俺は、本をバックに入れて帰る仕度をした。音に反応したのか、藤咲がチラリと俺の方をみたのがわかる。俺は気にしないようにした。

 

「悪いな、帰るわ……」

 

「……わかりました」

 

藤咲の態度は素っ気なかった。そして、俺は逃げるように部室を出た。

 

 

 

 

今、俺はドーナツショップにいる。学校から出た後、頭の中にモヤモヤとしたものがあるままで家に帰りたくないと思った。いつも通りに注文し、カウンターに座る。ゆっくりドーナツを頬張りながら、時間を潰す。どれくらいたっただろう。頭の中のモヤモヤとしたものはいっこうにはれない。

 

「はぁ……」

 

溜め息が出る。俺はカフェオレを飲み、気持ちを落ち着かせる。

 

「どうしたの?溜め息なんて吐いちゃって」

 

突然話しかけられる。俺は一瞬びっくと体を震わせる。

その人物は俺の隣の席に座る。聞き覚えのある声に、視線を向ける。そこにいたのは、雪ノ下さんだった。

 

「それで、どうして溜め息なんて吐いちゃってたの?」

 

「貴方には関係ありません」

 

俺は拒絶する。だが、雪ノ下さんは特に気にしなかった。

 

「まぁ、そうだよね~」

 

じゃあ、訊くなよ!俺は口にはしなかったが、心のなかで思った。

 

「今回は別のことで来たんだよね。そろそろ答えを聞こうかなって……」

 

自然と姿勢がただされていく。ついに来てしまった。ごくりと息を飲んでしまう。

 

「それで、聞かせてくれるよね」

 

もし、言わなかった場合、何をされるかわからない。非常に怖い。だから、言わないといけない。

あの時に聞かれたのは『比企谷君にとって本物って何?』だった。それに対しての答えはもうすでに出ている。

 

「俺が考えているのは、凄く傲慢なものです。それは、誰にも理解されないものかもしれません。それでも、俺は完全に理解し合える関係を望みます」

 

……言った。ついに言ってしまった。よく考えれば、この人にこんなことを言うなんて、恥ずかしいよな。

 

「ふ~ん。そっか。そうなんだ」

 

なにかに納得するように、雪ノ下さんはうなずく。

 

「それで、上手く出来たの?確か……藤咲ちゃんだっけ?」

 

どうして、この人が知っているんだ?また、あいつなのか。俺は雪ノ下さんに疑問をぶつけてみる。

 

「誰から聞いたんですか?」

 

「隼人だよ」

 

あぁ、やっぱりか。俺は顔を伏せる。怒りを抑えるため、雪ノ下さんに見られないように。その間にもふつふつと怒りが込み上げて来るのを感じる。いつもそうだ。あいつは中途半端に突っ込んできて、周りをぐちゃぐちゃにして逃げる。結局、なにもしてない。許せない。

 

「それで、上手くいってるの?」

 

「……振られました」

 

素直に言ってしまった。この人の前では、嘘をつけないと思ってしまったからだ。

 

「そっか……」

 

意外だな。この人の場合、笑ってバカにしたりするんだと思っていた。

 

「それで、これからどうするの?」

 

この質問に対して戸惑う。俺がすることは橘の応援だろう。だって、俺は振られてしまったのだから。そう、結論付けていた。

 

「……諦めちゃうんだ」

 

俺の考えを読んだのか、雪ノ下さんはそう言ってくる。つまり、諦めるなって、言いたいのか。でもそれは、絶対にあり得ないことだ。雪ノ下さんがそんなことを言うわけがない。じゃあ、何が言いたいんだ?

 

「……いいんじゃない。諦めちゃって」

 

気持ち悪いぐらい、肯定的だ。それに、簡単に言ってくる。

 

「だって、その程度の想いなんだから……」

 

呼吸が止まる。その程度だって……ふざけるなよ。貴女に何がわかるんだ。怒りが込み上げて来る。

しかし、雪ノ下は眼中にないようで、トレーを持ち、立ち上がる。そして、上から俺を見てくる。

 

「一応、雪乃ちゃんを変えてくれたから、何もしないけど、覚えておいて……なに甘ったれたことを言ってんの……だから、比企谷君には何も得られない。一生得られない」

 

雪ノ下さんの言葉がズカズカと刺さる。そして、立ち去っていく。しかし、途中で立ち止まる。振り替えることはしない。

 

「最後に私からの忠告ね……隼人には気を付けなさい。今の彼は何をするか予想出来ない……それじゃ、バイバイ」

 

話終えると、一度も振り返らず、帰っていった。

残された俺は、独りぽつんと残されていた。

 




いろいろと、急展開で物語は進んでいく予定です。
次回もよろしくお願いします。

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