今日も俺はコミュニティーセンターで合同イベントの準備をしている。俺の担当は小学生と一緒に作業することだ。藤咲も俺と同じ担当だ。作業開始からしばらくすると、小学生たちがお喋りしたりふざけ合ったりし始める。そのなかで、ぽつんと一人でいる小学生が見える。その小学生は鶴見留美だった。一人でせっせと作業している。真面目さが災いして、他の子の仕事を押し付けられている。
さすがにあれを一人でやるのは大変だろう。それに、他の小学生が何もしていないのは駄目だろう。時間が無駄になるだけだ。
「藤咲、ちょっといいか?」
俺は横に居た藤咲に視線を向け、話しかける。
「はい、何ですか?」
藤咲も俺の方をみる。お互いに顔をみる形になる。藤咲の視線を受け、俺は徐々に恥ずかしい気持ちが出てくる。あのデートの日から、真っ直ぐ見れなくなってしまった。乙女かって、自分でも思ってしまう。けれど、藤咲に対する想いがそうさせているんだろう。一度理解すると、もう止まらない。
このままではいけない。思考を切り替えるために、仕事に集中する。藤咲と話す。
「あっちをお願い出来ないか?」
視線を小学生たちに向けながら言う。小学生を遊ばせてるほど時間はないしな。それに、一人で頑張っている奴がいるのに、押し付けて、遊んでいるのは許せない。
俺につられて、藤咲も小学生の方を見てから、留美の方を見る。そして、少ししてから視線を戻す。
「なるほど、わかりました」
そう言って藤咲は小学生の方に向かった。どうやら俺の意図を察してもらえたようだ。
さて、俺も動くか。俺は留美の方に近づく。作業用の道具に手を伸ばす。すると、その手を声が押し留める。
「いい、いらない。一人でできる」
留美は作業の手を止めず、こちらを見ないまま言った。
俺はちらっと材料を見る。はっきり言ってかなりの量がある。一人でできると言っても、かなりつらいはずだ。それでもやろうとしている。
「……そうか、一人でできる、か」
この子は本気だ。意地になっているだけかもしれない。結局間に合わなくて迷惑をかけるかもしれない。
それでも、一人で頑張ろうとする姿は気高い。
俺は似ている人物を思い出した。その彼女も一人で頑張ろうとしていた。けれど、無理をして体調を崩してしまった。その彼女と重ねてしまう。まぁ、仕事量は留美の方が少ないが、それでも俺はこの子が無理をしているのを見たくない。ならどうするか。答えは簡単だ。行動に移すのみだ。
「でもな、俺の方がもっと一人でできる」
そう言うと、留美はきょとんとしたが、不意に呆れ笑いを漏らした。
「……なにそれ、……ばっかみたい」
小さな笑顔をみせる。留美はもう俺が作業するのを止めなかった。
この子は一人でも強い。だから、一人でも生きていけるだろう。けれど、いつかは壁にぶつかる。そんな時は誰かに頼るしかない。俺と同じように。
なら俺にできることは、いつか誰かと歩いて生けるように、その予行練習になるように手助けをすることだ。
「……なぁ、お前、演劇出るか?」
俺は留美に問いかける。留美は作業の手を止め、こっちを見た。
「……お前じゃない」
「はぁ?」
なんだ、急に睨んで。
「留美」
不機嫌気味に言って、そっぽを向く。どうやら、そう呼べと言うことらしい。どうしようかと悩んでいると、留美は作業を進めていく。ガン無視ですか。はぁ…仕方ねぇな。
「留美……これでいいか」
呼ぶと、こくりと、小さく頷いた。
「それで演劇に出てみないか」
また、留美に問いかける。
「……八幡、何だか変わったね」
話題をそらさせる。そこまで嫌なのか?
「そんなに変わったか?」
「うん。前にあったときと比べて、目も腐ってないし、何だか雰囲気が違う」
自分じゃそこまで気づかない。そんなにも変わったのか?
そう思っている間、ふと、留美の視線が下がる。
「……やっぱり、変わらないといけないのかな?」
留美の悩みを少し、わかったかもしれない。留美も心のどこかで、今の自分では駄目だと思っているのだ。だから、どこか似ている俺を見て、変わってしまった俺を見て、さらに強く思ったのかもしれない。でも、変わると言うのは今の自分を否定することだ。それは、とても不安で怖くて、勇気が必要なことだ。
俺の意見で何が変わるかもしれない。そう考えると、真剣で言葉を選んで答えようと思える。
「別に変わらなくてもいいだろう。でも、それで自分の欲しいものが得られないのなら、変わらないと得られないのなら、変わるしかないだろう」
そう言って、留美の頭をそっと撫でてやる。
「まぁ、それは留美が決めることだ。だから、悩んでもいい。ただ、自分のしたいことをすればいい」
「……そっか…ありがとう」
頭を撫でるのをやめる。もう留美は前をみていた。
「八幡、私は決めた。演劇に出る」
留美はどうやら決意したようだ。何だか心配して損した気分だ。やはりこの子は強い。俺は小さく笑う。
「ありがとうな。ルミルミ」
「ルミルミ言うな、キモい」
おっと、精神的にダメージが来たぞ。まったく。
その後も俺達は作業を続けた。
作業に一段落して手を止め、休憩をとる。横目で藤咲の方を見てみると、小学生をまとめ、別の作業をしていた。これなら大丈夫だな、俺は安心して作業を続ける。
その後も俺達は淡々と作業をした。二人だけの作業だったが、早く終わることができた。他のところも今日のぶんの仕事が終わった。留美も含め小学生はもう帰った。残っているのは高校生だけだ。
俺はマッカン片手に休んでいると、藤咲は近づいてきた。隣に寄り添い、話しかけられる。
「このまま、順調にいけばいいんですけど……」
「そうだな……」
演劇については予定通りできるだろう。準備も間に合っているし。まぁ、一番の懸念材料と言えば、海浜高校だろう。こちら側には、行う内容は一切知らされていない。と言うか、決まってすらないんじゃないか?そう考えてしまうほど、何をやっているのかわからない。もし、まだ決まってないのなら呆れてしまうな。
「まぁ、俺達は自分のできることをしていけばいいと思うぞ」
「はい、その通りですね。それで…あの子はどうでしたか?」
あの子?あぁ、留美の事か。なるほど、藤咲も心配していたんだな。
「そうだな…留美は一人でいることは平気だ。だが、それを望んでいるわけではない。だから、俺は周りと馴染めるように、きっかけを作りたいと思う」
俺の言葉を聞いた藤咲は微かに笑った。それは、今まで見てきたものとは違ったものだった。何かを思い出すように……
「……やはり、貴方は優しいですね。その優しさは誰で救ってしまうのでしょうね。私の時のように……」
「なぁ、今のは……」
藤咲の最後の言葉を訊こうとするが、藤咲によって遮られる。
「もう、帰りましょう。私は用事があるのでお先に失礼します。」
そう言って、藤咲は帰ってしまった。俺は藤咲に声をかけることが出来なかった。
そして、今日一日が終わった。
久し振りの投稿ですみません。次はGWが終わるまでに投稿する予定です。
ちなみに、後、1話で第二章は終わります。