救われる話   作:高須

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16話

俺は入ってきた人物の顔を見る。葉山は自信のある顔つきで、由比ヶ浜は不安な顔つきにみえる。ただ、雪ノ下は無表情で何を思っているかわからない。

めんどくさい予感がする。やっとイベントの準備を始めることが出来たんだ。ここで時間をとられてたまるか。

さっさと終わらせよう。俺は葉山に質問する。

 

「……何のようだ?」

 

「君と二人を仲直りさせたくてね」

 

まだ葉山は諦めていなかったようだ。だが、俺には関係ない。

 

「俺には何も話す気はない」

 

「うん、君は話し合う気がないみたいだから、俺が二人を連れてきたよ」

 

由比ヶ浜が前に出て話し出す。

 

「ねぇ、ヒッキーもう一度話し合おう……」

 

そう言った彼女は、いつものように明るい表情ではなかった。由比ヶ浜はまた戻れると思っているようだ。ただ、俺はそう思わない。何回話し合ったところで変わらない。なぜなら、俺にはもう別の居場所があるから。逃げている、そう言う言い訳に聞こえるかもしれない。それでも、ここが俺の新たな居場所なんだ。それを大切にしたい。

雪ノ下も由比ヶ浜同様に、そう思っているのか?戻りたいと。俺は雪ノ下を見る。雪ノ下は無表情のまま、俺達を見ながら佇んでいる。どうやら、雪ノ下は別の事を考えているようだ。

 

「そう言うことだから、藤咲さん、少し外してくれないか」

 

葉山が藤咲を追い出そうとする。葉山の考えはわかる。確かに、当事者同士の話し合いに部外者を入れるのは間違っている。けれど、ここは藤咲の部室なんだ。いきなりやって来て、出ていってくれなんて言う方が間違っている。

 

「それは何故ですか?」

 

藤咲もわかっているはずだ。それでもきいている。何をするきだ?

 

「そんなの当然の事だよ。これは奉仕部の問題だから、部外者である藤咲さんは席を外すべきだよ」

 

「それはわかります。でも貴方も部外者でしょう?」

 

葉山の顔が歪む。でもすぐにもとの表情に戻る。

 

「そうだよ。でも俺は仲介役として話し合いに参加するよ」

 

葉山は仲介役としての立場を使い、奉仕部の話し合いに参加しようとしている。俺はそんな役頼んでいないが。

 

「では、私も仲介役として参加します」

 

「それは……」

 

「何か問題でも?」

 

話し合いで一番怖いのは、数の暴力だ。少数の意見より多数の意見は正しいとされる。例えそれが間違っていても。だから、藤咲が話し合いに参加するのは、俺にとって安心できることだ。

 

「でも、仲介役は俺ひとりで出来るから、必要ないよ」

 

まだ葉山は諦めていない。

……と言うか、葉山は藤咲を参加させない事に固執しすぎているんじゃないか?藤咲に参加されると、嫌な理由でもあるのか?

 

「どうやら葉山君は奉仕部の二人よりの考えをお持ちのようですね。それだと、公平にならないと思います。だから、私が参加することで公平になるでしょう」

 

葉山の顔がまた歪む。痛いところをつかれたようだ。

 

「もういいよ!隼人君!」

 

突然の由比ヶ浜の声に辺りは静かになる。そして由比ヶ浜は俺を見てくる。

 

「ねぇ…ヒッキー…もう一度奉仕部に戻ろう。また三人で活動しよう」

 

甘い囁きだな。昔の俺ならその提案を受けていただろう。だが、違う。今の俺には受け入れられないものだ。

 

「……悪いが俺は戻る気はないぞ」

 

「そんな…嘘だよね。そんなわけがないよね。ねぇ、ヒッキー……」

 

壊れたように由比ヶ浜は同じことを言い続ける。

 

「いいかげんにしなさい!」

 

突然の声に由比ヶ浜が正常になる。周りの視線が雪ノ下に向く。今まで、何もせずたたずんでいた雪ノ下が動き出す。

 

「もうあの3人での部活には戻れないの。由比ヶ浜さん、貴方もわかっているでしょう」

 

「ゆきのん……」

 

雪ノ下はまるで自分に言い聞かすように話している。

例えもし、俺が奉仕部に戻ったとする。でもそれは、自分の気持ちを偽ることだ。自分の気持ち偽らないと成り立たない関係なんて欺瞞だ。偽りの関係を認めることは、俺には出来ない。

 

「待ってくれ!雪ノ下さん「黙りなさい」……」

 

葉山が口を出すが、雪ノ下が黙らせる。雪ノ下は真っ直ぐ由比ヶ浜を見つめる。

 

「いつまでも、こだわるのはやめなさい」

 

ぴっしゃりと言いはなつ。誰も口を挟めず、辺りは静かになる。

ぽつり、ぽつり、由比ヶ浜から聞こえる。

 

「……そんな……そんな……」

 

由比ヶ浜は泣いていた。頼りになるはずだった雪ノ下に拒絶され、かなりのダメージを受けている。味方の葉山は呆然と立ち尽くしていた。

由比ヶ浜はうつむき、歩き出した。ドアの方へ。見かねた、葉山が腕をつかみ、とどませようとする。

 

「まだ、話は終わっていないよ。俺がなんとかしてみるよ……」

 

「うるさい!」

 

そう吐き捨てると、葉山の腕を振りほどき、由比ヶ浜は出ていった。葉山は一度俺達を見たが、すぐに由比ヶ浜を追っていった。残された俺達はただ沈黙するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

沈黙を破ったのは藤咲だった。

 

「あれでよかったんですか?」

 

「えぇ、いいのよ。あれで」

 

雪ノ下はそう言った。これで俺達は終わった。すべてが終わった。

 

「ねぇ、比企谷君、私は今日謝りに来たの。聞いてくれる?」

 

雪ノ下もあれから変わった。そんな彼女の話を聞いてみたかった。

 

「あぁ、いいぞ」

 

俺は雪ノ下を見つめる。真剣に聞く。

 

「……ありがとう。あの時、私は解決法を貴方に任せると言った。なのに、私はそれを否定した。ごめんなさい」

 

俺はあの時のことを思い出してしまう。あの時、間違っていたのは……

 

「お前だけじゃない。俺も悪かった。あの時、勝手にお前達ならわかってくれると押し付けて、失望した。だけど、今ならわかる。あの時、誰もが正しくて間違っていたと。だから、謝るな」

 

今の俺に謝罪なんていらない。

 

「……わかったわ」

 

雪ノ下は笑顔を見せた。それは、今まで見たことのないものだった。

突然ドアが開き一色が現れた。走ってきたようで、髪が乱れていた。

 

「すいません、遅れました」

 

「それでは行きましょうか」

 

藤咲が支度をして言う。

 

「ちょっといいかしら?」

 

雪ノ下が藤咲にきく。

 

「何ですか?」

 

「比企谷君を借りれるかしら?」

 

いきなりの事で俺は驚く。二人の視線がぶつかりまくっているのがわかる。お互いに何かをよんでいるようだ。

 

「……わかりました。比企谷君、私達は先に行ってます。では、一色さん行きましょうか」

 

一色は頷いた。それから一色と藤咲は出ていった。

 

「で、話は何だ?」

 

雪ノ下は真剣な表情で俺を見てくる。そして、深呼吸して話す。

 

「私は…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はコミュニティセンターに一色を探した。仕事を貰うために。一色からは小学生の手伝いをお願いされた為、小学生のいる場所に向かった。そこには、藤咲がいた。俺は近づくと藤咲はある小学生を見ていることに気づいた。その小学生は周りと比べて、落差があった。俺は知っている。夏休みの千葉村であった小学生、鶴見留美だった。

 

「昔の私のようですね……」

 

ぽつりとこぼされたものを、俺は聞き逃さなかった。俺にも暗い過去があるように、藤咲にもあると気づいた。

 

俺は鶴見に声をかけてみることにした。鶴見は俺を覚えていた。だが、鶴見の周りの人間関係があまりよくないとわかった。俺はなんとかしてやりたいと思う。だから、ここで何かをしようと決めた。

 

 

 

 

今日一日を振り替えると、かなり進んでいた。これなら、当日のクリスマスイベントに間に合うだろう。

だが、別の問題が出来てしまった。個人的なものだが、あの後、雪ノ下に言われたことが頭から離れない。それは難しい問題で、解決するには認めたくないものを認めるしかない。俺に出来るのか……不安になる気持ちのまま、今日一日終える。




今回で文字数が3000をこえました。これからも、どんどん増やしていきたいです。

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