やはり俺の駆け魂狩りはまちがっている。   作:リルラ

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FLAG.6 どころか、悪魔は唯一の安寧さえも塗りつぶしていく。

 

今、欲しいものは何だと問われたら、俺は迷いなく「金」と答えるだろう。

 

所詮この世は金だとかそんな話がしたいわけではない。

購買でハクアの分まで奢らされた俺は、当然のように金欠なのである。高校生の財力なんてそんなもんだ。

 

人間界に悪魔寄越すなら少しくらい金持たせとけよ地獄…。地獄のエネルギーとかでなんとかなるだろたぶん。知らんけど。

雰囲気で「飯食うか」なんて言ったが、悪魔も普通に食べるらしい。まじ迷惑、駆け魂食ってろよ。

 

ハクアは俺の金で買ったクリームパンを美味しそうに頬張り、俺の金で買った紙パックのストレートティーをチュッと飲んではぷはっと幸せそうに息を吐く。

そうして振舞う制服姿のハクアは、どこからどうみてもただの高校生にしか見えなかった。ただのっていうよりむしろ…どうでもいいか。

まあ何にせよ、少しは元気が戻ったようで何よりだ。俺の金だし。

 

落ち着いたところで、俺は話を切り出した。

 

「どういうつもりか説明してもらおうか。比企谷さん」

 

俺が皮肉を混ぜて問うと、ハクアはふいっと顔を逸らして髪を払いながら、さも当然のように答える。

 

「だから、お前の近くに居られるようにするって言ったでしょ」

「…編入してきたのは予想もしてたし、まあいい。比企谷って名乗ってんのはなんでだ」

 

続けた俺の問いにハクアは向き直り、馬鹿にしくさった目でこちらを見ながら答えた。

 

「人間で一番近い関係性って言ったら家族でしょ?知らないの?」

 

「家族と一言に言っても世の中いろんな関係があってだな、一概にそういう事を言うもんじゃねぇぞ。知らないのか?」とこの腹立つ物言いをする悪魔に滔々と教えてやろうかと思ったが、幸運にも家族に恵まれている俺にはその資格もないのでやめておく。

ていうかなんでこいつ俺にはこんな態度なの…下に見てんの?話題の転校生とカースト最底辺のぼっちじゃ、何も間違ってねぇじゃねぇか。

 

「か、家族って言っても仮の話だから!べっ、別に、け、結婚するわけじゃないわよ!?」

 

…1日に2回も結婚の話題が上がるとはな。

だからまだ結婚できる歳じゃないし、そもそも悪魔と人間でできるわけねぇだろ。よく知らんけど、常識的に考えて。

まあ家族を演じるつもりだってのも、何となくわかっていたことだ。ぼっちの俺が帰国子女の転校生といきなり親しくなる、なんてラノベタイトルみたいな展開よりはその方が自然だろう。

 

勝手に赤くなっているハクアは放っておいて話を進める。

 

「分かった。俺とお前は仮の家族、決して夫婦じゃない。結婚も絶対にしない。オーケー。…で、訳ありの関係ってのは何だ」

「……」

 

なんだよその目は。訳ありの関係はお前が言ったんだぞ。責任取れよ。

ハクアはむすっとした表情でたっぷりジト目を向けた後、口を開いた。

 

「義理の兄妹よ。隠し子とか、よくあるでしょ」

 

いや、よくあることでもないと思うんだが…というか訳ありってそういう意味かよ…意味深な発言するんじゃねぇよ。

まあ別になんでもいいか、ただの設定だし。

 

「じゃあ義理の姉な。妹は一人で十分だ。というか他の妹なんか考えられん。本当に血が繋がってたとしても、俺が妹とは認めない」

「…実際私が年上だからいいけど、釈然としないわね」

 

いくら設定でもこれだけは譲れない。悪魔風情に俺の妹を名乗らせるわけにはいかないのだ。

つい妹の話で熱くなってしまっが、しかしわざわざそんな凝った設定にする必要あるのか疑問ではある。

 

「なあ、別に義理の姉弟じゃなくても、いとことかでいいんじゃねぇの。いとこって知ってるか?」

 

悪魔は知らないかもしれんな、と仕返しのようにやや馬鹿にして言うと、「だ、だめよそれじゃあ!」と食い気味で否定されてしまった。

なんだよ知ってたのかよ。つかなんでだめなんだよ。

 

「し、知ってるのよ!いとこって、結婚できるんでしょ…?」

 

…だからどうした。

なんでこいつこんなに結婚に敏感なんだよ。焦ってんの?地獄でもそういうご時世なの?平塚先生と飲みにでも行ってこいよ。

まあ理由は何であれこいつが嫌だと言うなら、とりあえず義姉ってことでいいか。

それに義理の姉弟と言っておけば、ハクアが言ったように訳ありだと察して周囲の奴らも下手には聞いてこないだろう。

俺はともかく、ハクアにとってはその方が都合がよさそうだ。

 

昼休みも間もなく終わるし、一先ず結論付けるとしよう。

俺が立ち上がって口を開きかけると、顔を赤くしたハクアは、ふんっとそっぽを向きながら有り得ない一言を口にするのだった。

 

「い、一緒に住むんだから、お前もそういうことには気をつけなさい!」

 

「…は?」

 

俺の驚嘆の叫びは、幸いにも予鈴に紛れてくれた。

 

 

× × ×

 

 

昼休み後の授業なんて普段なら眠くてしょうがない時間であるのに、今の俺は怒りに震えて完全覚醒状態だった。もちろん授業は聞いていない。

 

この怒りはハクアに対してだけではなく、母親にも向けている。

ハクアの一緒に住む発言の後、タイミングを見計らったかのように母からメールが届いたのだ。

 

『今日から死んだおじいちゃんの隠し子がうちに住む事になったから』

 

簡潔すぎるだろ…家族会議レベルの話じゃねぇのかこれ。

「今日帰り遅くなるから」みたいなノリで言うなよ。

え、なに。俺が知らないだけで、隠し子ってよくある話なの?

いやそれにしても家族が増えるとか、一言ぐらい相談するもんじゃねぇのか…。

 

どうやらあの悪魔、あらかじめ地獄に根回しを頼んでいやがったらしいのだ。「お前の家族にはすでに伝わってるはずよ」っておい、俺より先に伝えてんのかよ。

そしてその結果がこれである。

どう根回ししたらこうなるのか、人間の俺には知る由もない。

学校だけの設定じゃなかったのか…ていうかこの際どうでもいい事だけど、じいちゃんの隠し子ってことなら俺の義姉じゃねぇな。叔母だろ。なあおい、ハクアおばさん。

 

平塚先生からハクアの住所聞いた時に嫌な予感はしていたが…まじで家まで侵食されんのかよ。しかも用意周到ときてる。洒落になってねぇんだよ。まさに悪魔の所業。

「悪魔とバディーは、駆け魂を捕まえるためにいつも一緒にいないといけないのよ」って、家にいて駆け魂に出会うわけねぇだろ。遊びに来る友達もいないし。

「お前の家、空き部屋が一部屋あるじゃない。そこを使わせてもらうから大丈夫」じゃねぇよ。何一つ大丈夫じゃねぇし、なんで知ってんだ。引くわ。

 

契約には、バディーと悪魔は一緒に住まなければいけないなんてものはどこにもなかっただろ。よってこの件は認める必要はない。大体俺は奉仕部で活動していればいいという話だったはずだ。それなら学校での協力は仕方ないとしても、家でまで縛られる理由はない。むしろ契約違反はハクアの方だ。だから首を取られるのは…違う。これはだめだ、俺の首も取れちまう。

 

などとこうして文句と屁理屈をこねたとろこで、どうせ覆らないんだよなぁ…外堀も埋められてるし…。

結局、駆け魂を捕まえてこの契約を終わらせるしか手立てはないのだ。

命どころか生活まで賭けさせるとか、やっぱ地獄ってやばい。

 

そうして思考を巡らせていると、気がつけば午後の授業は終わっており、帰りのホームルームの時間を迎えていた。

このままさっさと帰りたい所なのだが、ハクアが奉仕部に連れて行けと言うのでそういうわけにもいかなかった。というか奉仕部をサボるわけにもいかない。後が恐いから。

まあ家でも一悶着ありそうだ…今日は顔だけ出して帰るとしよう。

 

各々が帰り支度をする中、ハクアの下にはまたぞろクラスの連中が集まっていた。

「っべー、これもうパーリーの流れでしょー」などと言いながらウェイウェイやっている。朝から思っていたことだが、あの金髪は群を抜いてうぜぇ。

「わ、私、八幡と行きたいとこあるから!」と言うハクアの言葉には、他の女子が「じゃあそのはち…八万?も誘ってさー」なんて素敵な提案をしてくれる。俺は八万じゃないので当然行かない。

 

早くしろよ…。なんで大勢相手にはそんなに弱ぇんだ。そういうとこ俺とちょっと似てるなとか親近感沸いちゃうから困るだろうが。

 

いい加減待ちきれなくなった俺はハクアの取り巻きに近寄り、わざとらしく咳ばらいをしてこちらに注目させた。盛り上がっていた集団も突然知らない人が入り込んできたことでしんと静まりかえる。

 

「…ハクア。行くぞ」

 

内心の苛立ちと注目を浴びている緊張からか、思ったよりも低い声が出ていた。

 

「っ…う、うん。わかった」

 

おかげでハクアまで威圧してしまったらしい。

どたばたと支度をするハクアを引き連れ、俺は軽くため息を吐いて教室を後にした。

 

 

しばらくお互い無言で歩いていると、こいつに出会った渡り廊下へと差し掛かる。

あの時突然舞い降りた悪魔と制服姿で並んで歩いているなんてな…なんて感傷に浸るはずもない。まだ3日しか経ってないし。ついでにいい思いでもない。

すると、ハクアは聞きづらそうにおずおずと口を開いた。

 

「……もしかしてお前、嫌われてるの?」

「…別に嫌われてねぇよ」

 

言い方気をつけろよ。本当に嫌われてたら傷ついちゃうだろ。

 

「ただ知られてないだけだ」

「もっとひどいじゃない…」

 

お前が来なきゃこのまま知られないままだったんだけどな。とは、思っても口には出さなかった。

先にハクアが言葉を続けたからだ。

 

「私が来てよかったわね」

 

いいわけねぇだろ…。

お前のせいで俺の無色透明な学園生活が真っ黒な悪魔色に塗り変えられちまっただろうが。

 

「私はお前のこと知ってるから」

 

逆光を浴びるハクアの表情に目を向けることは憚られ、俺は顔を逸らしながら「はっ…」と乾いた笑いを返した。

 

 

 


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