やはり俺の駆け魂狩りはまちがっている。   作:リルラ

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FLAG.3 彼女の努力は、いつかきっと実を結ぶ。

「どう教えれば伝わるのかしら…」

 

由比ヶ浜の依頼解決は困難を極めていた。

 

部室で聞いた由比ヶ浜の依頼は、ある人に手作りクッキーを渡したいというものだった。

自分一人で作るのは自信がない。かと言って、友達にはあまり知られたくない、というのが奉仕部に来た理由らしい。

 

2人だけで話したい相談事とは何かと思えば、何のことはない、恋の悩みだったのだ。「はっ…」と鼻で笑いたくなるが、馬鹿にしてはいけない。

駆け魂が取り憑いている彼女にとっては、心にスキマができる程度には真剣な悩みということなのだろう。

本音を言えば心底興味はないし、実際に鼻で笑ってしまったが。

 

そして今、俺たちは家庭科室に来ている。

早速、雪ノ下にクッキーの作り方を教えてもらう運びとなったのである。

ちなみに俺は試食要員として配備されている。いる意味はたぶんない。

 

先ほどからクッキー作りに精を出す2人だが、思ったように成果はでていない。

決して雪ノ下の教え方が悪くはなく、むしろプロ並みの腕前の雪ノ下なら適任すぎると言えるだろう。問題は由比ヶ浜だ。

料理センスがどうとか言うレベルじゃなく、この女やばい。何がやばいって、とにかくやばい。

 

けれどまあ、雪ノ下にきついことを言われても投げ出さず、しっかり言う事を聞いて頑張る姿は素直に好感が持てる。やはり見た目の派手さから受ける印象とは少し違うように思えた。

 

奉仕部として受けた依頼は、クッキー作りを手伝うというものなので、雪ノ下に教えてもらうということで解決できるだろう。…今のところ兆しは見えないが。

しかし、こと駆け魂については話が変わってくる。心にスキマができた原因を解消する必要がある。まさか自身の料理センスのなさを嘆いて心にスキマができるわけもあるまいし、原因とはすなわち、恋の悩みだろう。

 

そんなもの俺に何ができるって言うんだ…恋人どころか友達もいない俺が人の恋路をどうこうできるわけがない。そもそも興味すら持つのも難しいし。

 

「なんで上手くいかないのかなぁ…。言われた通りにやってるのに」

 

嘆く由比ヶ浜を見て、思わず俺もため息を吐いた。

「これ、いつ帰れんの?」なんて言葉は思っても口にはしない。

それにまあ、一生懸命頑張る女の子の努力を無碍にできるほど捻くれていない。

 

例え上達が見えなくても、その努力にこそ価値があるのだ。

これまで見てきてその努力は本物であるように思えた。由比ヶ浜が相手を思うその姿勢は、胸を打つには十分だろう。

くそ、誰だよその相手…そいつ死ねよ…。これだから人の恋路は興味が持てねぇんだ。

 

ちらっと視線を外した先、ジト目でこちらを睨むハクアと目が合った。

ハクアもこの家庭科室内に侵入している。もちろん透明化した状態である。

駆け魂を追う悪魔として、由比ヶ浜のことは気になる所だろうし、この広い部屋なら見つかる恐れもないだろうと俺も侵入を止めはしなかった。

 

ばっちりかち合うハクアのジト目からは、「任せろって言ったくせにお前何もしてないじゃない。何とかしなさいよ。お腹空いたわよ。クッキーはいいから早く駆け魂食べさせてよ」と言っているのがひしひしと伝わってくる。

出会って間も無い悪魔の思考など分かるわけもないし、悪魔が駆け魂を食うのか知らんけど、概ねそんなところだろう。

 

そんなハクアに気圧されたからというわけでもないが、俺は逡巡した後、口を開いた。

 

「なんでお前ら上手いクッキー作ろうとしてんの?」

 

突然声を上げた俺を、雪ノ下と由比ヶ浜は心底馬鹿にした目で見る。男心がわかっていないと見えるこいつらに、きっちり教えてやろう。

充分にためを作ってから、勝ち誇ったように笑った。

 

「10分後、ここに来てください。俺が本当の手作りクッキーってやつを食べさせてやりますよ」

 

 

× × ×

 

 

雪ノ下と由比ヶ浜が家庭科室から出て行った後、ハクアがこちらに近寄ってきた。

 

「…大丈夫なの?」

 

心配というよりは、訝しむ様な目で問うてくる。ハクアが問うからには、クッキーの行く末ではなく、駆け魂攻略のことを言っているのだろう。

だから俺は偽りなく答えた。

 

「さあな。わからん」

「わからんって…お前、任せろって言ったじゃない!」

 

いや、あの時は由比ヶ浜の依頼が何かも知らなかったし…働かなくていいという希望に舞い上がってつい口走っただけだし…。

つか恐ぇよ。鎌振りあげんな。

 

しかし俺とて何の手立てがないわけでもない。

俺は軽く声の調子を整え、ハクアに言い聞かせるように口を開く。

 

「…いいか。この奉仕部という部活は、生徒の自立を促すという理念の下に活動しているんだ」

 

偉そうに言っているが、先ほど雪ノ下から聞いたばかりの話だ。

ハクアは黙って横目で先を促してくる。話を聞く気はあるようだ。

 

「魚を求める者に魚を与えるのではなく、魚の取り方を教える。あくまで奉仕部は手助けをするだけだ」

「…ふーん。つまり?」

 

一応、話の内容は理解しているのだろう。悪魔の優等生は、少なくとも由比ヶ浜よりは賢いらしい。

それを確認すると、俺は一度ためてから重々しく告げた。

 

「…駆け魂が出るかどうかは、あいつ次第、ということだ」

「なによそれ!ただの無責任じゃない!」

 

…おい、言われてるぞ雪ノ下部長。

まあ雪ノ下の肩を持つわけじゃないが、この理念には少なからず俺にも同調できる部分がある。

 

「そうじゃない。本当に望む願いなら自分で叶えるべきだってことだ。誰かに叶えてもらっても意味ないだろ」

 

本音半分、はったり半分といったところだ。

実際、人に叶えてもらえる願いはいくらでもあるし、誰に叶えてもらったかという事自体に意味を持つことだってあるだろう。だが、俺はそれを知らない。

いつだって俺の世界は1人で、何をするにも何を望むにも1人で完結する。そのことに俺は不満もなく、むしろ誇りに思っている。1人で生きてきた俺にとって、叶えたいことは自分で、なんてのは当たり前のことだ。

 

「悩んで足掻いて苦しんで、それでも努力する。願いとか夢ってのはそうやって叶えることに意味があるんだ」

 

つい熱が入って大袈裟な話になってしまった。

ハクアは視線を落として黙り込んでしまっている。

「は?何夢とか語ってんの?キモイんですけど?」とか思われたか…悪魔にもキモがられる俺は地獄に落ちてもボッチですかそうですか…。

 

そんな心配をよそにハクアはゆっくり顔を上げた。

手に持つ大きな鎌を愛しむようにそっと撫で、柔らかな笑みを浮かべる。それこそ、憑き物が取れたかのように。

 

ハクアは俺の方に向き直ると、しっかり目を合わせて勝ち気に笑った。

 

「わかった。お前のやり方に任せるわ」

 

淀みなく、穏やかな口調でハクアは言う。

その言葉は、廊下で聞いた時よりも重く、真摯に聞こえた。

 

「お、おう…いいのか」

「そもそも、駆け魂はバディーに任せるのが決まりなのよ」

「…そうなのか。無責任だな」

 

ハクアの言葉を借りて皮肉を返してやると、首筋に鎌を突きつけてきた。

こわっ!絶対野蛮な時代終わってないんだよなぁ…。

 

「あの人間やる気はあるみたいだし。…お前よりはね」

 

そう言って、ハクアはくすっと笑う。

なんだよ。悪魔にまで俺の働きたくない精神は見透かされてんのかよ。

俺結構がんばってない?地獄の話にだって付き合ってやったし、奉仕部の依頼もこうして付き添ってるし、巻き込まれ体質のラノベ主人公ぐらい聞き分けよくない?

 

「……まあ、俺だって後押しぐらいはするつもりだ」

「わかってるわよ。それがホウシブなんでしょ?」

「…まあな」

「ふふ。頑張りなさいよ!」

 

こんなに真っ直ぐな信頼と応援を受けたのは、生まれて初めてかもしれなかった。その相手が人じゃなくて悪魔っていうのはいろいろと致命的な気もするが…。

 

まあ相手が人じゃなかったからこそ、捻くれぼっちである所の俺が、少しは応えてやろうと素直に思えたのかもしれない。

 

 


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