やはり俺の駆け魂狩りはまちがっている。   作:リルラ

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FLAG.10 やがて、彼女の事情を知ることになる。

 

 

 

校内のグラウンドでは、部活動に励む連中の快活な声が響いている。

その喧騒の脇をとぼとぼと歩く後ろ姿に、俺は頭を掻きながら声をかけた。

 

「まあなんだ、あんま気にすんなよ。そもそも期待してなかったし」

「……どういう意味よそれ!」

「…なんだ元気じゃねぇか」

 

だったらこれ見よがしに落ち込むんじゃねぇよ…面倒な悪魔だな。ていうか少しは気にしろ。攻略難易度上がってんだぞ。それと近いからちょっと離れろ。

などと心の中で悪態を付いていると、勢い余って目の前まで顔を寄せてきたハクアは、そのままの距離で何か言いたそうにじーっと俺の顔を見てきた。いやちょっとマジ近いって、頼むから離れてくれ。

 

「…なんだよ」

「べ、べつに、なんでもないわっ!」

 

堪えきれずに声をかけると、ハクアはそう言ってふいっと顔を明後日の方向に逸らした。

なにそれツンデレ?そういうの求めてないからやめろよ。ツンデレ優等生黒髪委員長キャラの義姉悪魔とか、余裕で属性過多だから。…今さら一個増えても変わんねぇな。

 

「…確かに、気にしてる場合じゃないわね」

 

何やらぼそぼそと呟いた後「よし」と切り替えるように言うと、ハクアは真っ直ぐ前を見据えた。

やっぱり、そうしてる方がお前らしいな。

そんな戯言は言葉に出さず、俺は話を先に進めることにした。

 

「…で、どうする?帰る?」

「帰るわけないでしょ!追いかけるわよ」

「つっても、どこ行ったかわかんねぇだろ」

 

俺の言葉を受け、ハクアは「見てなさい」と言って羽衣をガラス板のような形に変形させた。ピッピッと操作すると、そこには何やら映像が映し出された。

何だこれはと訝しんでいる俺に、ハクアは顔をドヤらせて説明してくれる。

 

「少し前のここの映像を映してるの」

「へぇ、そんなこともできるのか。羽衣便利だな」

「技術が必要だけどね」

 

標準装備ではないってことか。ハクアの得意げな表情を見るに、それなりに高等な技術なのだろう。

 

「…ふーん。すごいんだな、お前」

「あ、当たり前じゃない!私、一等公務魔なんだから!」

 

一応褒めてやると、ハクアはそっぽを向けながらよく分からない自慢をしてくる。なんだそれ、公務員なの?安定職なの?その割には不定期な仕事だな。

 

「…いたわ!あっちに行ったみたいね」

 

映像の中では、校門から出て左に歩いて行く川崎の姿が映し出されていた。その先は塀に阻まれて見えなくなったが、とりあえず向かった方向だけはわかったらしい。

なるほど、これを繰り返していけばたどり着けるというわけか。尾行にはうってつけだ。

 

「この先は空から探した方が早いわね。ほら、行くわよ」

「あ?お、おい、ちょっ…」

 

などと考えていると、ハクアに荒い手つきでぐいっと襟元を掴まれた。そして、そのまま空中へと引きずられていく。

ちょ待て、ふざけんな、この悪魔!いきなり飛ぶなよ!怖ぇだろ!

 

「まだ遠くには行ってないはずよ」

 

いやでもまだ方向しかわかってないだろ…行動力ありすぎるでしょ。ほんと仕事好きだなお前。

あとちょっと高すぎない?超怖いんだけど。せめて首根っこ掴まずにしっかり抱えてくれ。

 

「見つけた!」

 

なるべく下界を見ないようにしていると、川崎を見つけたらしいハクアは、嬉々として声を上げた。

俺もハクアが指差す方に恐る恐る目線を向ける。…が、こんな上空からじゃさっぱりわからん。どんな索敵能力してんだ。なにお前、正規空母なの?ならアドミラールであるところの俺をもっと労われ。

 

そんな心の声が伝わったのか、ハクアは緩やかに高度を下げていく。地上に近づくに連れ、街中を行き交う人並みが見えてきた。

ファーストフードの店や予備校などが立ち並んでいるこの辺りは、学校帰りに立ち寄る学生も多いらしく、放課後のこの時間はそこそこ賑わっている。

その人混みに目を凝らしてみると、漸く見覚えのある青髪のポニーテールを見つけた。

 

「一旦あっちに降りるわよ」

 

俺が川崎を見つけたと同時に、ハクアは通りから逸れた小道を指差し、ゆっくり下降しながら物陰の方へするりと進んでいく。

離陸は乱暴だったが着陸は割と丁寧なんだな…と俺が油断していると、着地の寸前でぽいっと投げ出され、2、3歩たたらを踏みながらなんとか着地する。お前、覚えてろよ…。

俺とは違って華麗に着地を決めたハクアは、慣れた手つきで羽衣を操作して透明化を解除した。実際のところよく知らないが、たぶんそうだろう。

 

それにしても、ハクアの悪魔能力を見るのも結構久しぶりだ。普段の生活では飛んだり消えたりしないからつい忘れがちだが、こうして見せつけられるとこいつは人間じゃないのだと思い知る。ていうか駆け魂見つけた途端に超悪魔。俺の扱いとか悪魔の所業以外の何ものでもない。

 

「…なによ」

「…いや。お前やっぱり悪魔だなって思ってな」

「は?当然でしょ」

 

なぜか誇らしげに胸を張るが、一言も褒めちゃいない。ついでにいくら無い胸を張ったところでないものはない。

腹いせに心の中で悪態をつきながら、大通りに向かって小道を抜けた。

 

 

× × ×

 

 

上空から見た位置を頼りに辺りを見渡すと、建物の前に立って何かを見ている川崎の姿を見つけた。何を見ているのかとその頭上にちらっと目線をやる。そこには、某有名予備校を冠した看板がかかっていた。どうやら川崎は予備校の案内か何かを見ているらしい。

 

そう状況を確認したところで、隣にいたはずのハクアが視界の中に入り込んできた。そのまま迷いなく突き進み、川崎のもとへと歩み寄っていく。

…っておい、ちょっと待て、何やってんだ。

俺が制止しようと口を開きかけた時には、すでにハクアは川崎に声をかけていた。

 

「探したわよ、沙希!」

 

馬鹿かよ…なんで後つけてきて名乗り出てんだ。

呼びかけられた川崎は、振り向いてハクアを確認すると相変わらずの気だるげな表情を見せた。

 

「…またあんたか」

「話があるって言ったでしょ」

「詮索するなって、言わなかったっけ?」

「私はお前のことを知りたいの」

 

川崎の威圧に怯むことなく、ハクアは堂々と言ってみせる。

まったく、つくづくバカ正直なやつだ。そんな尾行があるかよ。…いや、こいつは尾行なんて一言も言ってなかったな。

いつだってこいつは正々堂々、愚直に真正面からぶつかるやつだった。俺とは考え方がまるで違う。

 

「……あっそ。知ってどうすんの?」

 

少しの間があった後、川崎は警戒して射竦めるようにハクアを見た。

そんな視線にもハクアは毅然とした態度を崩さない。

 

「助けてあげるわ」

「…別に頼んでないんだけど」

 

淀みないハクアの言葉を、川崎は敵意の込もった目で突き放す。

川崎が何に悩んでいるのか俺たちは知らない。それでもハクアに一切の迷いはなかった。駆け魂隊としての信念の下、正しいことだと信じているのだろう。

 

だが、果たしてそれは本当に正しいのだろうか。

川崎の人を寄せ付けないような態度には、きっと彼女なりの事情がある。心の隙間を埋めると言うのなら、それを無視した解決で駆け魂攻略になるとは思えない。

助けてあげるなんてのは結局こちらのエゴでしかないのだ。

 

俺は互いを見合う2人の下に近寄り、なだめるようハクアの肩に手を置いた。

 

「おい、もうその辺にしとけ」

「で、でも…!」

 

真面目なこいつを納得させるため、真っ当な理由を突きつけてやる。ハクアにだけ聞こえるように小声で耳打ちした。

 

「バディーに任せるのが決まりなんだろ」

「それは…」

「なら、少し大人しくしてろ」

「う、うん…わかった」

 

語気を強めて言うと、規律を重んじるハクアは歯噛みしながらも素直に押し黙った。そんなハクアから視線を川崎の方へと移す。

 

「悪かったな。こいつにはもう絡むなって言っとくから」

 

そう伝えると川崎はこちらを一瞥し、興味なさそうに踵を返して立ち去っていった。

 

「…帰してよかったの?」

「ああ。あれ以上聞き出すのも難しそうだからな」

「でも、沙希のこと知らないと…」

「他にもやり方はあるだろ」

 

実際大した妙案もないが…まあ多少の情報も得られたことだし、今日のところはこんなもんでいいだろう。変に関係をこじらせても良くない。

それに今日は随分と疲れた。もう空飛ぶのは勘弁してほしい。

 

「あのー、総武高校の生徒さんですよね?」

 

そうして俺が帰宅モードに切り替えていると、パンツスーツに身を包んだ女性が声をかけてきた。

話しかけられたのは俺ではなくハクアの方だった。俺と違って切り替えられていないハクアは、咄嗟の事でしどろもどろになっている。

 

「え?えーっと…」

「よかったらどうぞ。そこの予備校ですので。よろしくお願います」

「え、あ、はい、どうも…」

 

きょどりすぎだろ、どこの俺だよ。

その女性はにこやかな笑顔で広告を一枚だけハクアに手渡すと、すぐに別の学生へと声かけに行った。俺も総武高の制服着てんだけど…ひょっとして俺だけ透明のままなの?

ハクアの手元のビラを除き込んでみると、よくある夏期講習の案内だった。

高校2年の夏ともなれば、受験勉強を始める時期として早すぎることはないだろう。俺も考えてみるかね…と軽く内容に目を通していると、ある一点に目が止まり、思わずハクアからビラを奪い取っていた。

 

「これは…!」

「な、なによ…もしかして、何かわかったの?」

 

はっと閃いた俺は、重々しく口を開いた。

 

「…ハクア。今すぐ帰るぞ」

 

 

× × ×

 

 

帰宅した俺は直ぐさま自室にこもり、さっそく今やるべき事に取り掛かっていた。

 

「ちょっと!なんで勉強なんかしてるの!」

 

荒々しくドアを開けて、ハクアが怒鳴り込んでくる。

ノックをしなさいといつも言っているでしょう?雪ノ下が。

 

「…勉強なんかとはなんだ。俺は学生だぞ。学生なら勉強して当たり前だろうが」

 

そう。学生の本分とは勉強だ。彼奴らが青春だ何だと嘯いたところで、学校とは本来勉強するための場所なのである。

勉学に励むことこそが正しい学生の在り方であり、また、その為にする行いであれば決して咎められることはないはずだ。

具体的には、予備校の学費をねだるとか。

 

「なんなのもう!何か思いついたんじゃなかったの!?」

 

ハクアは怒鳴りながら、街中で貰ったビラをダンッと机の上に叩きつけてきた。俺はそいつにチラッと視線を向ける。

 

このチラシで紹介されているスカラシップ制度。これは、優秀な入塾生の授業料を免除してくれるというものだ。

これを見て俺は瞬時に閃いた。

このスカラシップの枠に入り、さらに親から夏期講習代を貰えば、その金は丸々俺のものにできる…と。

予備校にとっては優秀な生徒が入って宣伝になり、親としても俺が真面目に勉強していれば安心でき、どちらにも損はない。

素晴らしい…誰も傷つかないなんて優しい世界なんだ。

誰もが得をする錬金術を瞬時に思いつくあたり、もしかしたら俺は賢者の石なのかもしれない。

 

「なに笑ってんのよ…きもちわるい」

 

知らず知らずのうちに笑みを浮かべていたらしい。ハクアの勢いを殺すほど気味が悪かったのか、冷たい目を向けられてしまった。

 

まあそこそこ優秀な俺とはいえ、そう簡単にスカラシップを取れるとは思っていない。差し当たっては、目前の定期テストに向けて勉強するとしよう。

前のめりで睨んでくるハクアを手で払いのけ、俺は落ち着けてやるようにゆっくりと告げる。

 

「いいから静かにしろよ。真面目に勉強してんだから」

「勉強してる場合じゃないでしょ!?」

 

めっちゃ咎められてんだけど…まあ悪魔のこいつには通用しねぇか。しかしこいつも今は一応学生だ。ここは家族として一言言ってやらないといけない。

 

「もうすぐテストだろ。お前も勉強しないと、雪ノ下に負けるぞ」

「それは嫌だけど……で、でも、駆け魂の方が大事よ!」

 

さすがは一等公務魔、私的な勝負事よりも仕事を優先するらしい。それにしても、公務魔とか仕事好きそうすぎてやばい。もっともこいつは名前負けしてないけどな。

 

「いい?沙希の駆け魂は憑いたばかりでレベルも低いの。今ならまだ安全よ」

「そうなのか。…なら焦らなくてもいいんじゃねぇの?」

「安全なうちに捕まえさいって言ってるの!」

 

なんだよ、安全ならいいじゃねぇか。もう間に合わないと思ってからが本番だろ。締め切りってのは引き伸ばせるもんなんだよ。余裕ですよ、ガハハ。

俺はぐっと伸びをして立ち上がり、捲し立ててくるハクアから逃げるよう部屋を出て階段を降りる。

 

「沙希に何か起こる前に捕まえないと」

「だからって、焦って行動しても今日みたいになるだけだろ」

「そ、それは……」

 

俺が言うと、ハクアはバツが悪そうに俯いた。別に責めたわけじゃないんだが…ほんとめんどくせぇなこいつ。

現状では、俺たちが川崎にできることは何もない。もう少し情報が必要だ。当初の予定通り尾行するか…もう飛びたくねぇなぁ…。

 

「…まあなに、今日わかったこともある。続きはまた明日な」

「ならいいけど…沙希のこと、ちゃんと考えてよ?」

「へいへい」

「ほんとにやる気あるの!?」

 

口うるさいハクアを適当にあしらいながらリビングに入ると、台所に立つ小町の姿があった。

 

「お兄ちゃんたちもまだ起きてたんだ」

「ああ、勉強してたんだけどな。こいつが邪魔してくるもんで、仕方なく休憩だ」

「邪魔ってなによ!」

 

俺たちのやり取りを見ながら、小町は「真面目だねー」とクスクス笑ってくる。なんだその上から目線の微笑まし気な顔は。長女気取りかよ。姉の小町とかいらね…いや、それもいいな。「もう、八幡はお姉ちゃんが居ないとダメなんだから」とかあきれられて、一生養ってもらいたいまである。あきれられちゃうのかよ。

俺が頭の悪い妄想を膨らませていると、小町はぐっと身体を寄せてきて、今度は下から上目使いを向けてきた。

 

「それよりさー。サキ…さん?って誰?どういう関係なの?お兄ちゃん」

 

小町、気になります!と目をキラキラさせ、身を乗り出してくる。聞こえてたのかよ…。

こういう時ハクアが役立たずなのはもうわかりきっているので、俺は直ぐに適当な口上を用意する。

 

「…別に何の関係もねぇよ。クラスメイトってだけだ。まあ、ちょっと不良やっちゃってる感じの子でな。世話焼きのハクアが勝手に気にしてんだよ」

「そ、そうなの!何か悩んでるんじゃないかなーって、ほんとそれだけ!それだけだから!何でもないのよ!?」

 

下手くそか。いいからお前もう黙ってろよ。

幸い小町の興味を引く答えではなかったようで、ハクアの見苦しい釈明には「へー、そうなんだ」とどうでもよさそうに相槌を返すだけだった。こいつも結構ハクアの扱い適当になってきたな…。さすがは我が妹、普段俺のどうでもいい話を聞き流してるだけのことはある。

小町は本当に興味がなくなったらしく、「あ、そうそう」と思い付いたように言って、別の話題を切り出してきた。

 

「不良って言えばね、塾の友達のお姉さんが最近不良化したんだって」

「不良化って?」

「なんかね、夜とか全然帰ってこないらしいよ」

 

ふーん、そりゃ心配だ。是非ともご家族で話し合ってほしい。そちらのご家族でどうぞ。

小町の話など右から左。相手はハクアに任せ、俺はコーヒーを淹れて一口すする。

 

「あ、そのお姉さんも総武高通ってるって。それで、まあ総武高行くぐらいだし、前は真面目さんだったらしいんだけどね。何があったのかなー」

「突然の人格の変化…もしかして…」

 

ハクアは小町の話を聞きながら、神妙な面持ちで何やら思案している。

そのお姉さんとやらにも駆け魂がいるかも、とでも考えているのか。おいやめろ、これ以上仕事増やすな。

ハクアが何か言い出す前に、俺は部屋に戻ることにする。

 

「最近仲良くなって相談されたんだー。あ、その子、川崎大志君っていうんだけど」

 

その名前を聞いて思わず立ち止まった。

おいおい、こんな事ってあるのかよ…。

振り返るとハクアも驚いたように目を見開いていた。目配せしてくるハクアに、俺は「わかってる」と軽く首肯して返す。当然、俺だって同じ気持ちだ。

ハクアの意思を引き取り、一つ咳払いを入れてから口を開いた。

 

「…小町。その大志くんとやらは何だ、男なのか。仲良しってのはどういう仲良しだ。怒らないから言ってみろ?」

「お兄ちゃん、目が怖いんだけど…」

「そこじゃないでしょ!?」

 

 

× × ×

 

 

翌朝、教室に川崎の姿はなかった。

 

駆け魂の事もあり一瞬嫌な予感が過ったが、まだ慌てることはない。だからそこのオロオロしてる悪魔。ちょっと落ち着け。

何も朝来ていないだけで川崎の身に何かあったと決めるのは早計だろう。小学生ならいざ知れず、高校生で誘拐の線も薄い。ここはただの、僕だけがいない教室だ。…なにそれ怖い。

 

そんな懸念はやはり外れており、一限目の終了を告げるチャイムが鳴り止んだ直後、前の扉から川崎は教室に入ってきた。

 

「…また遅刻かね。川崎」

 

平塚先生の言葉に川崎は会釈程度にぺこっと頭を下げるだけで、無言ですたすたと窓際の自席に歩いていった。誰とも挨拶を交わすことはなく、着席してからも相変わらず窓の外を気だるげにぼーっと眺めている。

 

平塚先生の言い方からして、どうやら川崎の遅刻はよくあることらしい。

とすると、帰りが遅いというのは当たっているのかもしれない。

 

昨夜小町から聞いた、不良化したという川崎大志の姉。苗字が同じというだけで同一人物だと考えるのは安直に過ぎるが、こういう都合のいいことも別に珍しいことではない。ゲームではな。

…なんだ今の。誰の言葉?

まあいい。

とりあえず今日の放課後、小町に頼んで川崎大志から話を聞く事になっている。今はただ、その姉が川崎沙希であることを祈っておくとしよう。

なんなら別人でも構わない。新たな駆け魂でなければそれでいいんだ。絶対増えるなよ仕事!

 

そうして川崎によく分からない祈りを捧げていると、すぐ側に人の気配を感じた。体を起こしてそちらを見れば、広大な双丘に視界のすべてを覆われ、思わず体勢を後ろに仰け反らせた。

丘どころか山とも言えるその領主の由比ヶ浜は、先ほど俺が向けていた視線の先を疎ましそうに眺めている。

ていうか近いって。持ち主なら大きさ把握しときなさいよ。頼むから、そういう距離感大事にしてよね。

 

「…なんか用か」

 

早まった鼓動を落ち着けながら俺が声をかけると、由比ヶ浜はビクッとして分かりやすく動揺していた。

もしかして、俺が居るの気づいてなかった?

 

「うぇ!?あー、えーっと……あ、そうそう、部活。テスト週間だから、今日から休みだってゆきのんが」

「そうか。了解」

 

そういや今日からテスト週間だったか。それは好都合だ。…いや、テスト勉強しないとまずいんじゃね?せっかくの俺の錬金術が…これは早く攻略しないとな…。

俺が早まった締め切りを憂いていると、由比ヶ浜はまだ用があるらしく話を続けた。

 

「うん、そう。それで、その……」

 

そこまで言って、モジモジと手を弄りながら言葉を濁す。

じっと続きを待っていると、由比ヶ浜は誤魔化すように笑って首を横に振った。

 

「や、やっぱいいや」

「…なんだよ」

「なんでもない!」

「いや、なんでもないってお前な…」

 

由比ヶ浜はわちゃわちゃと胸の前で手を振り、「なんでもないから、気にしないで」と繰り返す。そこまで言ってそれはないだろ…。

 

そうこうしているうちにチャイムが鳴り、休み時間は終わった。

由比ヶ浜は小声で「じゃあね」と言っていそいそと席に戻っていく。またしても俺は小さくため息を吐いていた。

 

昨日の帰りといい今日といい、まったく…気にするなって言う方が無理だろ、これ。

 

 

 


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