---かつて地獄は、邪悪な悪魔の住処だった。
人の悪を育て、その邪な魂を糧とする歪んだ世界。
そんな世界でも、俗世に流されず正しくあろうとする存在がいた。
彼ら"違う悪魔たち"は世界を変えるべく、かつての悪魔を封印した。
野蛮で邪悪な悪魔の時代は終わり、理性と秩序が守られる新しい地獄の時代を迎えたのである---
まあこんな「じごくのれきし」はどうでもいい。
仮に俺が地獄の住人であれば、めでたしめでたしとなる物語なのかもしれないが、生憎この世で生きている身だ。
死んだ魚のような目だと言われたり、学校行事などの写真に間違って写れば心霊写真だと騒がれ、時折周りに俺のことは見えていないようだが、それでも生きている。…生きてるよ?
兎も角。
本来であれば、厨二時代を立派に卒業した真人間である所の俺が地獄なんてものに興味あるはずもなく、まして"本物の地獄"なんぞ知る由もなかったはずなのだが…。
罷り間違って、俺は地獄と縁ある立場となってしまったらしい。
そんな因縁を半ば一方的に押し付けて来やがった元凶は、嬉々として嫌な言葉を言い放つのだった。
「首を取られたくなかったら、精々働きなさい!」
ない胸を張ってドヤ顔を決める、鎌を持った少女。
その秩序ある地獄から来たという少女…もとい”悪魔”に、俺は辟易としつつも言葉を返す。
「野蛮な時代は終わったんじゃねぇのかよ…」
溜め息を吐きながら、この悪魔に出会った時のことを思い出していた。
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ホームルームを終えた俺は、先日強制的に入部させられた部活"奉仕部"の部室へと向かっていた。
当然、部活をするために向かっているわけだが、今のところ碌に活動はしていない。「困っている人に救いの手を」という理念とやらは聞いたが、具体的に何をするかはわからないのが現状である。
その奉仕部部長である雪ノ下雪乃と、顧問の平塚先生が言うところによれば、俺の腐った根性を矯正するという依頼が遂行されているらしいのだが。
俺の矯正より、まず部長の矯正が必要なんじゃないですかね…。
出会い頭の罵倒の数々を奉仕とか言っちゃう良識はどうなんだ。断じて俺は「我々の業界ではご褒美です!」の業界の方ではない。
とは言え、不思議と部室に向かう足取りは昨日より幾分か軽く思えた。
間違ったこの世界を、人ごと変えると言った雪ノ下雪乃。
まるで斜め上な思考であるが、自分に嘘をつかず、間違った世の中に流されないそのあり方には、少なからず共感できるところがあった。
まあ友達にはなれないが…断られてるし。
都合のいいラブコメのように、特別な進展などあろうはずもない。今日の部活も何も変わりなく、読書でもして時間を潰す時間となるのだろう。
× × ×
部室のある特別棟へと続く渡り廊下に差し掛かる。ここを渡れば、部室までの道程は後わずかだ。やだ…もう着いちゃう…。
そう考えてしまうと、先ほどまで軽く思えた足取りは気のせいだったと気付かされる。
「帰りてぇなぁ…」と口の中だけでつぶやき、ぐっと力を込めて渡り廊下の扉を押し開けた。
外に出ると突如、春の嵐にしては不自然なほどに冷気をまとった一陣の風が吹き付ける。
突風の勢いに煽られ、俺は思わず目を塞いだ。
不穏な気配を感じてゆっくり目を開くと、そこには奇妙な格好をして仁王立ちする少女の姿があった。
最初からそこに居たのか、風とともに現れたのか。
彼女の放つ怪しげな雰囲気に不覚にも目を奪われていると、少女もまたしっかりと俺に目を合わせてくる。
彼女はその力強い瞳で俺を捉えたまま、勝ち気な表情で声高に言い放った。
「お前が私のバディーね。握手してあげてもいいわよ!」